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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第47話  「関西の方?」

 それからの稲豊の記憶は、断片的なモノしか残っていない。



 稲豊が覚えているのは、あの後ターブに背後から口を塞がれ、猪車に押し込められた所まで……。



 ――――そして現在。


 ターブが手綱を握る幌猪車は、アリスの谷を遠く離れた地を駆けている。

 荷台に佇むのは、横になる爬虫類人間レプタイラーと、虚ろな表情を浮かべる稲豊の二人。


 猪車が帰途につこうとした直後は、「遺体を弔う!」と、騒いでいた稲豊だが、ターブとタルタルに『危険である』という理由から却下され。調査隊員達は全てそのままに、アリスの谷を去る事となった。「後日軍の奴が回収に来る」そんなターブの説明も、今の稲豊の耳には届かない。



「あー、雨がくんねぇ」



 タルタルは荷台後部より、空模様を窺いながらそう零した。


 アリスの谷に立ち昇る黒煙が雨雲となったのか? 


 それとも稲豊の心に降る雨が現実の物になったのか?


 東の空より来たる黒雲は、程無くして。出発の時とは違い、たった一台となった幌猪車を覆い隠した。



:::::::::::::::::::::::::::



「お前はココで良いんだな?」


「あー、それは別に良いんだけどねぇー」



 王都の門を潜った後、とある住宅街で歩みを止めた猪車。

 下車したターブとタルタルは、ココで別れる事となるのだが…………。

 そんな二人が視線を送ったのは、荷台でうずくまる少年である。アリスの谷を抜けてから、一度も口を開いていない。



「あー、明日送ってやるよ。おれが預かって、もう時間遅いからー」


「そうか? そうして貰えると助かる。俺様はアレだからな」



 陰鬱な表情でため息を吐く、ターブの向けた親指の先には、西洋鎧に身を包んだ兵士が二人。それは、これからの長い事情聴取を意味している。当然である、調査隊で帰って来たのは、彼ら三人だけなのだから。ターブは遺体の見つからなかった隊長の帰還を密かに期待していたのだが、その期待は空振りに終わった。リード・ルードは、未だに王都に戻っていない。



「オメェも直ぐ出頭だろうけどな」


「まー、なんとかなるけどねー。おれは」


「フン! テメェならそうだろうな。コイツを頼んだ。傷付けるんじゃねぇぞ?」


「おっけー」



 稲豊を荷台から降ろそうと右腕を伸ばしたターブだが、その手は空中で縫い付けられたかの様にピタリと止まる。答えは至極簡単だ、手を伸ばす必要性を失ったからである。



「良いよ。一人で降りれる」



 伸ばされた太い腕にそう告げた稲豊は、自身の足でしっかりと石畳の上に降り立つ。

 表情や仕草にも、消沈した様子は何処にもない。そこにいたのは、普段の稲豊に相違なかった。その態度に、逆に違和感を覚えた稲豊以外の二人だが、やせ我慢だろう――という考えにやがて落ち着く。しかし、その本質はやせ我慢などではなく、もっと異質な“何か”であったのだが……。その正体は、稲豊自身にすら――――見えてはいなかった。



「タルタルさんの申し出は嬉しいんですけど…………」


「あー、いまさらだけどー。普通に話してくれていいよ。歳ぃー、同じぐらいだと思うからさー。たぶん」


「ん……そッスか? じゃあ遠慮無く。俺は屋敷の主に、多分今日中に帰れます! って言っちゃったんで。出来れば帰りたいなぁ……なんて」



 食事は夕食の分まで用意しているが、稲豊が帰らなければ、屋敷の者に必要以上の心配を掛けかねない。

特にミアキスは、間違いなく稲豊の捜索に出るだろう。そんな懸念を抱き申し出た稲豊だが、タルタルは静かに首を振った。



「あー。無理だな。ほら、空見てみなよ。雨が振る。たぶん四半刻も掛からない。夜は危険だー」



 その言葉に誘導され、稲豊は空を見上げる。

 視界に入るのは、顔色の悪い空模様。誰が見ても、雨が近い事は明らかである。上空に留まる灰と黒の斑雲まだらぐもの様に、陰る稲豊の表情。そんな彼に一歩踏み出させたのは、タルタルの次のセリフだ。



「明日の朝一で屋敷まで送るからさー。おいでよ、会わせたい人もいるんだ」


「――――そこまで言われちゃ、お招き受けない訳にはいかないッスね! 世話になります」


「敬語…………まーいいか。じゃあ、そういう事だから」



 食い下がるタルタルの誘いに、遂に首を縦に振る稲豊。

 そんな二人を見ていたターブは「おう」と答えて、荷台にあった荷物を稲豊に渡す。活躍出来なかった料理鞄と、活躍したが意味を為さなかった特注重箱だ。両手が塞がる稲豊に背を向けて、猪車と共に去ろうとするターブ。



「ありがとな……助かったよ!」



 その大きな背中に、稲豊は感謝の言葉を贈る。

 ターブには今回随分と助けられた。恩すら感じた稲豊の、素直な気持ちから出た言葉だ。そんな気持ちに応える様に、ターブは左手を上げ、こう言い残した。



「良いってコトよ。礼ならもう“いただいてる”しな。…………あばよ」


「うん?」



 ターブは幌猪車と、それに続く兵士達と共に、首を傾げる稲豊の前から今度こそ姿を消した。後に居座るのは、彼の残した些細な疑問。

 その答えはもう少し後になって気付く事となる。



「じゃー。ついてきて」


「ああ、どうも。こっちッスか?」



 タルタルの言葉に従い、彼の少し斜め後ろを稲豊は付いて歩く。

 今二人が歩みを進めているのは、王都モンペルガの二層住民街。王城の周囲にある一層住民街、別名『貴族街』よりワンランク劣る、一般的な国民達の生活区域だ。王都国民の約半数が住む広大なこの場所は、「迷子から始まる住民生活」と、稲豊が勝手に呼んでしまうくらい、入り組んだ街並みとなっている。


 逸れない様にタルタルの後ろをピタリと歩く稲豊は、ただ歩くのも居心地が悪いと感じ、自分の方から会話を切り出した。


「タルタルさんは二層住民街(この場所)に住んでるんスか? 土地勘があるって聞いていたので、王都の外に住んでいるのかと思いました」


「あー、なるほど。『枠外』ね」



 魔王国と言えど、周辺地域の魔物全てが王都に住んでいる訳ではない。

 群れを嫌い、少数で森や谷に住む魔物も多くいる。一般的に『枠外』と呼ばれる魔物達である。タルタルもその仲間だと、稲豊は考えていたのだが……。



「いやぁー。少し前まであの辺に住んでたんだけどねー。こっちで働いてるんだよ。今」


「へぇ~。失礼ッスけど、何の仕事してるんスか? 調査隊ッスか?」


「んん~ん。調査隊なんてのは、頼まれたから受けただけだねー。本来の仕事はー。コックなんだわ」


料理人コック!?」



 意外なタルタルの職業に、稲豊は驚きを全身で表現する。

 まさかの自分と同じ職業に、親近感が湧くのを実感する稲豊。しかも、二人の共通点は、それだけではなかった。



「えーと、そんでぇ。貴族のトコに下宿しながら、お抱えコックやってんの」


「マジすか!? 俺と同じッスね!」



 意外と共通項の多い事が発覚した二人は、その後も他愛無い会話を弾ませる。

 そしてポツポツと水滴が地面を濡らし出した頃に、丁度タルタルの足も歩みを止める。「ここだね」そう告げるタルタルの正面には、この異世界の洋風な雰囲気と、見事に調和を乱す和テイストの木造建築が、どっしりと立ち構えていた。


 外観は老舗旅館を“思わせる”佇まいで、二階建て。

 周りの住宅達からは明らかに浮いている。若干の戸惑いを感じつつも、玄関の巨大な引き戸を開けるタルタルの後に、不満顔の稲豊は続く。



「はぁ……やっぱり」



 稲豊が憂鬱そうにため息を零したのは、先程『思わせる』を強調した事と関係がある。

 この建物は、和洋折衷を限りなく勘違いした造形をしているのだ。先程(くぐ)った引き戸の右隣には、稲豊の身長を優に超える、羽の生えた悪魔の石造りの彫像。左隣には提灯代わりの巨大ランタン。玄関の引き戸のガラスは何故かステンドグラス。


 内装も酷いものである。

 玄関を潜って一番に視界に飛び込んで来るのが、壁の棚に並んだ六体の西洋人形。ギラギラした生き物の様な人形達の瞳に出迎えられて、良い気分がする者などいないだろう。盆栽を意識しているのか? くねくねと踊る植物が、廊下の机上の花瓶に植えられ、狭く薄暗い廊下を不気味に彩っている。


 床一面に敷かれた真紅の絨毯も、所々に黒ずみが見られ、それが血痕の様に見えた稲豊の精神を削る。無理に和のテイストを取り入れた結果、奇々怪々な何かが生まれた……。そんな感想を稲豊にもたらす建物であった。


 稲豊にとってただ一つ良かったのは、壁に掛けられた浮遊時計だ。

 現在時刻が、午後五時である事が理解出来た…………それだけである。



「あら。タルタル様? いつお帰りになられたのですか? 酷い傷ですコト」


「んー。今だね。マリお嬢は?」


「いえ、私は存じませんが…………、あら? お客様ですか?」



 内装を見て唖然とする稲豊と、きょろきょろと視線を動かすタルタルの元に現れたのは、小麦色の肌が特徴的な、黒メイド服の妙齢の女性だ。その長い耳から、人間ではない事が伺えるが、種族までは分からない。女性はタルタルの傷など意に介さず、会話途中で視線を逸らす。稲豊の存在に気が付いた彼女は、上品な笑顔を浮かべて会釈した。釣られる様に頭を下げる稲豊だが、何と切り出して良いのか分からず困惑してしまう。



「えー。件の客を連れて来たって伝えて。お嬢に。一泊していくから」


「ど、どうも! 一晩お世話になります。志門 稲豊です! タルタルさんとは調査隊で知り合――――」


「シモン・イナホ様!!?? た、大変! こうしては居られません!」



 メイド女性は稲豊の言葉を最後まで聞くこと無く、大急ぎで廊下の奥へと消えて行く。

 そんな彼女の様子に、タルタルは面倒くさそうにため息を吐いた。



「あーんなに、慌てなくてもいいのになー? んじゃ、こっちな」


「あ、ああ……」



 またしてもタルタルに先導され、赤い絨毯を踏みしめながら廊下を突き進む二人。

 やがて辿り着いたのは、広大且つ天井の高い座敷部屋。座敷と言っても、敷き詰められたのは薄茶の絨毯である。そして何より稲豊の目を引いたのは、部屋の正面奥に控えるステンドグラスの引き戸…………。そこの暖簾に書かれていた文字だ。



「ゆ……? 風呂か?」

 

「ああ。疲れた時はやっぱ風呂だからなー」



 何とか読めるようになった、簡単な文字。

 自らの成長に、稲豊がガッツポーズを心の中で取ったその時。その引き戸はスライドし、中から二人のメイドが姿を現した。



「おー。丁度準備出来たみたいだ! ラッキーだなー」


「――――あっ!」



 風呂の準備が整った事を喜ぶタルタルだが、稲豊の関心はそこに無く。向けられた視線は、浴場から出て来たメイドの内の一人。小さな少女に釘付けとなった。



「タルト!」


「…………! イナホ?」



 少女に駆け寄る稲豊と、駆け寄るのが顔見知りだと知り、表情を綻ばせる少女。

 荷物を床に置いた稲豊は、タルトを両手で抱え上げ、喜びからくるくるとその場で回る。何処か懐かしくもあるタルトの姿が、心から稲豊を安堵させたのである。それは、全く知らない土地で、知人にあった時の心強さと似ているかも知れない。



「えっと? どちら様で御座いましょう。タルタル様?」


「んー。シモン・イナホ。ちびの知り合いみたいねー」


「まぁ! シモン・イナホ様!!」



 戯れ合う少年(稲豊)少女タルトの姿を遠巻きに眺めながら、そんな会話を繰り広げるタルタルと三つ目のメイド。



「タルトはここで働いていたんだな!」


「ん…………もう、おしごとおわり」


「じゃあ、もっと回してやる!」


「わ~…………!」



 兄妹の様に仲の良い二人の様子を、微笑ましそうに眺めるメイドと、風呂に早く入りたくてソワソワするタルタル。そんな空間に、暴風が吹き荒れたのは、その直後の事であった。





「やっぱ風呂上りはミノタウロス乳に限るなぁ! そう思わへん? お二人さ――――――」



 ガラス戸がスライドし、バスタオルを体に巻き付けただけの女性が、稲豊達の前に唐突に現れたのだ。呑気なコトを話していた女性は、周囲の状況を知り、牛乳瓶を持ったまま石の様に硬直する。あられもないその姿は、稲豊に強烈な衝撃を与えた。


 バスタオル越しにくっきりと浮かぶ、恵まれた豊満な胸。

 しかし、くびれもないがしろにはしていない。出る所と、出ていない所がはっきりとした体つきである。腰まで伸びる、ばらついたクリーム色の髪は、そこから滴る液体が健康的な肌をなぞり落ち、扇情的に稲豊を刺激する。


 背も年齢も稲豊と同じか、少し上くらい。

 異世界で稲豊が見て来たどの女性よりも、女性らしい体付きと言えるかも知れない。

 大きく開かれた赤色の瞳と、閉じる事が出来ない口が、彼女の驚愕を物語る。居た堪れなくなった稲豊が口を開こうとしたその瞬間、女性の時間は動き出す。



「しししし――シモン君!!!!??? ななな、何でこんな所にぃ!!!???」

関西弁。上手く扱えないかも知れません。

しかし、一応それっぽい理由は用意しているので、勘弁してつかーさい。

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