第46話 「―――――――――――――――」
嬉しい事があったので、変に行き詰まらなければ、
もう一話、今日中に上げたいです。_(:3」∠)_
稲豊から少女達の姿は見えなくなった。
恐らくアリスの谷を熟知しているのだろう、一切の迷いを見せる事無く、谷の奥へと消えたのだ。
敵は去ったというのに、稲豊は未だその場を動けずにいた。
毒は消えたにも関わらず、再度酸味のある何かが彼の喉を迫り上がる。込み上げる激情を涙目になって抑え込む稲豊。その涙が、押し寄せる吐き気から来たものなのか? はたまた昂った感情から来るものなのか? 彼には区別が付かなかった。
『大将のエルフを討ち取った』
その言葉が、何度も何度も稲豊の脳内で反復される。
認めたくない現実に、稲豊は意図せず「レフトじゃない」と、数度口から吐き出した。
「――――行ったようだな」
そんな稲豊の隣で起き上がったのは、寝たふりをしていたターブだ。
傷も治癒し、とうの昔に起き上がれる状態まで回復していたが、空気を読んで敵将が去るまで伏せていたのである。
「引くぞ。オメェも聞いただろうが。もう手遅れだ」
ターブがそう声を掛けても、稲豊はその場を微動だにしない。「勝手にしやがれ」そう捨て台詞を残し、ターブは元来た道を引き返して行く。
進めば良いのか? 戻れば良いのか? …………その答えすら導き出せぬまま。
時間は刻刻と過ぎて行く、そんな稲豊を思考の迷路から引き摺りだしたのは、彼に迫る一台の幌猪車であった。
「……あっ」
稲豊が感情の無い音を吐き、自然と御者台に視線を送ると、そこにいたのは一人のオーク。
「乗れ。悩むぐらいなら見に行け。後悔はしたくねぇんだろ?」
この奥が、危険な道である事をターブは勿論承知している。
しかしそれでも、稲豊に「先に行こう」とターブは告げた。同情なのか? 自棄なのか? きっと言った本人だって分かっていない。
ターブの言葉に意を決した稲豊は、伸ばされた太い腕をしっかと右手で握り、そのままターブの隣に引き上げられた。そして、少しずつ速度を上げていく幌猪車と共に、稲豊の心臓の鼓動もまた、同様に速さを上げていった。
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ターブが手綱を握る幌猪車は、目的地に辿り着くその前に、一度停車する事となる。
その理由はというと…………。
「タルタルさん?」
「あー……あんた達も生きてたんだなぁ。C班は全滅。生きてんのおれだけ」
不用心にも道の中心を歩く、爬虫類人間のタルタルの姿を見つけたからであった。
彼は前に稲豊と会話した時と同様な、脳天気な口調で隊の惨状を説明する。そんなタルタルだが、今の姿は一言で言えばボロ雑巾。何があったというのか? 服は所々が酷く破れ、腕の鱗も幾つか剥がれ落ちている。血を滴らせるその様子は、見ているだけでも痛々しい。
「しつれーい」
しかし本人は怪我を全く意に介さず、緩慢な姿勢を崩さないまま荷台に乗り込む。
そしてまた、人数の増えた幌猪車は走り出した。
「あー? そっち向かうんだ。あんまりオススメしないけどなぁ」
タルタルはそう零した後、呑気にも荷台で横になり目を瞑る。
これだけの悪路でも、彼ぐらいにもなれば気にせず寝る事が出来るのだろう。稲豊は寝転ぶ爬虫類人間より視線を外し、真っ直ぐ猪車の正面を見据える。気になるのは、彼の発した不吉な一言。それを脳内から振り落とすように、稲豊は左右に頭を振った……。
「こっちか」
分かれ道に差し掛かる度に、ターブは鼻を鳴らして匂いを辿る。
それはレフトの香りでは無く、乗っていた幌猪車の香りを追っているのだとターブは稲豊に語った。そして、運良く敵部隊に遭遇しなかった稲豊達は、当然のように“ソレ”を発見する。
「あれを見ろ」
「………………煙?」
ターブの言葉で、その方向に首を向けた稲豊は、天に昇る黒煙を視界に捉える。
岸壁の向こう側から立ち上る煙を見た稲豊は、不吉な影に飲まれる感覚に支配されるのを感じながらも、黒煙から目を逸らす事が出来ないでいた……。
目的地は、もう目の前である。
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黒煙に近付いた稲豊達一行を襲ったのは、周囲一帯を覆う酷い悪臭。
その正体は、周りを見渡せば一目瞭然である。猪車をタルタルに任せ、稲豊とターブの二人は、歩きで周辺の惨状を確認する。
「魔法でやられたなこりゃ。それにしてもヒデェが……」
ターブが呟き、辺りを見渡す。彼が思わずそう零してしまう程、その一帯はあまりに壊滅的だ。
削れた岩肌は周囲に石を撒き散らし、地には中心部分の焼け焦げた、クレーター状の穴を幾つも作り上げている。まるで、戦車が集中砲火でも浴びせた様な、極めて悲惨な状態である。
その混沌の中で、黒い煙を上げるのは二台の幌猪車。
火魔法の被害をまともに被った二つの猪車は、荷台の部分は原型が無いほど四散している。比較的マシな御者台も、ハーネスで繋がった巨猪と共に、未だ消えない炎に覆われていた。
「コ、コレって!?」
稲豊の視界に入り込んだのは、人型の大きな炭の塊である。
崩れた岩に挟まれる様に転がるそれは、生前の尊厳など何一つ残すこと無く、ただの黒い塊に変貌している。
A班はレフトとリード以外はオーガの種族で構成されている。炭のサイズから、オーガだというのは確認出来るが、それが誰なのかまでは判別出来ない。
二人が目を凝らして周りを見渡すと、そんな塊が他に三つ。
それは、オーガ達の全滅を意味している。レフトの炭形が無い事に安堵してしまった稲豊は、その後厳しく自身を律した。一度でも面識のある者が、苦しみの中で亡くなったのだ。稲豊は全てのオーガの亡骸に手を合わせ、せめてもの祈りを捧げる。
最後のオーガへの祈りが済んだ頃。
稲豊の足に、突然何かが絡まりついた。驚いた稲豊が、視線を足元へと逸らすと、そこにあるのは見覚えのある珍奇な帽子。そう……、レフトの頭部を覆っていた、あの玉葱帽子である。
「あ…………」
帽子を拾い、それが飛んで来た方角へと顔を向ける稲豊。
そして、少しの逡巡の後、黒煙の向こう側へと、稲豊は勢い良く駆け出した。
唯一の希望は、帽子の損傷が少ない事。僅かな希望にすら縋る稲豊を、何処か滑稽だと笑う自分自身に無視を決め込む。右手の中の緑の帽子を、強く強く握り締めながら、稲豊はレフトの無事を切に願った。
――――――――――そして。
「………………レフト?」
遂に稲豊はレフトを見つける。
地面に仰向けに倒れる緑の存在。
稲豊の立つ位置からは足しか見えず、その顔までは視認出来ない。
自然と荒くなる稲豊の呼吸。
事実を確認する恐怖から、少年の足は竦んで動かなくなる。この裂け目の道、それ以上の混沌に満たされる稲豊の脳内。レフトとの記憶が浮かんでは消え、消えてはまた浮かんだ。泥々の負の感情と、希望に縋る正の感情が混じり合い、灰色の靄が稲豊の心を覆って包む。
理性と感情が鬩ぎ合うそんな中。
稲豊の頭に響いたのは、良く通る友の声。
『いやぁ~! やられてしまいましたねぇ。どうやらココに噂の植物は無いみたいです。イナホ様! また次の食材を探しましょう!! 小官の見込んだ貴方様なら、きっとヒャク以上の食材を見つける事が出来ますよ!! さあさあさあ!! 我々の旅は、今始まったばかりなのです!!』
それは稲豊の妄想なのかも知れない。
しかし、レフトならきっとそう言うに違いない。と、幻聴に勇気付けられた稲豊は、緑の青年の顔を思い浮かべながら、まるで引き寄せられる様に、レフトの元へと…………近付いた。
「――――――――――――あ」
稲豊は後退った勢いを殺しきれず、尻餅をつく。
こけた少年の表情は、何一つ感情を読み取る事が出来ない。口は閉じ、呆けた時の様に、眉はハの字に下がり、瞳からは色が消えた。
極端な話。
稲豊はレフトの顔さえ見れば、それが死んでいようと、生きていようと、現実を受け入れる事が出来たのだ。そうする事で、彼は前に進む事が出来たのである。
それなのに…………残酷過ぎるこの世界は
少年の、そんな些細な願いすら、叶えてはくれなかった――――――
「――――あ、ああああぁあああああぁあああああああぁぁあぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????????????」
絶叫する稲豊。
その傍の死体には――――あるべき頭部が見当たらなかった。




