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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第41話  「言えなかった」

 和気藹々(わきあいあい)と過ごす稲豊とレフトの二人。

 そんな団欒が破られたのは、伸びた影が二人の間に割って入ったからだ。同時に顔を上げる二人の前には、逆光を背負った仁王立ちの男が一人。爬虫類のまなこで、稲豊を舐め回すように眺めていた。


 比喩ではない。

 男の目は正に爬虫類そのモノ。縦長な瞳孔を収縮し、雌黄しおう色の瞳を、稲豊の全身に合わせ上下させている。正面からの姿形は、一見人間の青年に見えなくもない。背だって稲豊よりも十センチ高いくらいだろう……。しかし――――、黒のタンクトップから覗く肩から肘、首の後ろから下顎にまで伸びた深緑の鱗肌。白のズボンから顔を出す、同様の鱗板に覆われた太く長い尾は、彼が魔物である事を如実に物語っている。



「な、なんスか?」



 爬虫類の瞳からもたらされる恐怖を誤魔化すように、稲豊は鼻白みながらも声を出す。いぶかしげな表情の稲豊を見下ろしていたその男は、ずらりと並んだ鋭い歯を口端くちはより覗かせながら、寝起きの人間の様な鈍重な声を喉奥より吐き出した。



「あぁーわるいわるい。……あんたにちょっち聞きたい事があったんだわ」



 寝惚けた様な顔をした男は、寝乱れた茶短髪を尖った爪で掻き乱す。そしてやたら緩慢に腰を屈め、稲豊と目線を等しく合わせた。



「貴方は確か“助っ人枠”の『タルタル』様ですね?」



 口を挟んだのは、二人のやり取りを否が応にも隣で見せられていたレフトだ。

 彼は自身の記憶を手繰り寄せ、屈む男の名に辿り着く。男はのんびりと首を縦に振り、レフトの言葉を無表情で肯定する。



ワニの『爬虫類人間レプタイラー』のタルタルで合ってるよ。調査隊助っ人の」



 タルタルは面倒くさそうに言葉を返す。

 そんな男の正面で、「助っ人?」と首を捻るのは稲豊である。正規の隊員以外がいた事に少々の疑問が口を付いて出たのだが、レフトはそれを聞き逃す事無く真摯な応対を見せる。



「調査の場所によっては、土地勘のある者を都合する場合もあるのですよ。今回は彼以外にも数人の助っ人が、一時的な隊員として参加しております」



 腕組みし納得の表情をする稲豊を余所に、タルタルは姿勢を戻すと、「じゃ」と短く告げて立ち去りに入る。



「いやいやいや!!」



 稲豊とレフトの同時音声が広場に木霊する。

 まさかの二人の二重奏デュエットに「うん?」と、疑問符を浮かべ振り返るタルタル。稲豊は二人を代表して男にツッコミを入れる事とする。



「『うん?』じゃないでしょ! 俺に聞きたい事があったって自分で言ってたじゃないスか!!」


「あぁー……そうだった、そうだった。えっと――――そうそう。…………そうだ! ヒャクを売ってたりする? 市場で」



 面倒くさいのか、言葉を端折る独特な話し方をするタルタル。かろうじて意味を汲み取る事の出来た稲豊は、精神の消耗を実感しつつも問いに答える。



「モンペルガの市場でヒャク屋の手伝いなら偶にしてますよ。それが一体?」


「あー、今はそんだけ。じゃ」



 稲豊に疲労感だけを与え、タルタルは最後までマイペースに去って行った。



「何だったのですかね?」


「…………さあ?」



 困惑の渦に呑まれる稲豊達。

 そんな二人を掬い上げたのは、リードが告げる休憩の終わりを知らせる言葉だった……。



:::::::::::::::::::::::::::



「猪車一つはこの広場で待機! 残り九台で三つに手分けし、赤い茎の植物を探索する! 補佐官殿が前にも伝えたと思うが、気になる物は茎が赤じゃなくても構わん。手当たり次第に採取するように!! 準備の整った三つの班が揃い次第出発しろ! 時計は持っているな? 何一つ発見出来ずとも、二刻後には戻る事!! 以上だ!!」



 リードの言葉が終わると同時に、隊員達は雄叫びを上げる。

 稲豊の料理により、生命力を必要以上に回復させた彼らの声は一際大きい。大気を震わせる振動と音に、稲豊の鼓膜は悲鳴を上げた。


 未だ響く耳鳴りに片耳を押さえながら、稲豊は普段と様子の違うレフトに気付く。

 周囲の隊員達は出発に備え、猪車の車輪の確認等に余念がない。それに対し緑の青年は、何をするでもなく、広場の隅で石像の様に動かない。



「どうかしたのか? 眉間に皺が寄ってるけど?」



 顎に手を当て物思いに耽るレフトは、声を掛けられ少し驚いた様子で稲豊の方を見る。そして、何処か恥ずかし気にその胸の内を明かした。



「――――いえなに、谷に侵入して以来……少し違和を感じるものですから……。杞憂だとは思うのですが、難儀な性格なモノで」


「違和感?」



 レフトの言葉に、稲豊は周囲をぐるりと見渡す。

 しかし、引っ掛かるものを感じはしない。稲豊はもう一度レフトに向き直し、不足の事態を憂慮する。



「アリスの谷を住処にする魔獣が出る……とか?」


「まあその可能性も無くはありませんが、限りなく低いでしょうね。そんな噂は聞いたことありませんし、何より凶暴な生物なら、小官の魔能『エルフの耳』に引っ掛かるはずですから。現在いまも精霊達は穏やかなモノです」

 

「やっぱ便利だ。その魔能」

 


 結局その違和感の正体に辿り着く事無く、レフトはリードが手綱を握る猪車の荷台へと乗り込む。その姿を見送る事しか出来ない稲豊は、心から申し訳無さそうに、彼に詫びを入れた。



「悪い。俺なんかが楽な待機組にしてもらって……。もっと活躍できたら良かったんだけど……」


「何を仰っているのですか! それが今回小官が貴方様に依頼した仕事ですよ。我々が植物を入手し、イナホ様がそれを鑑定する! 適材適所とは正にこの事!! 二刻程で戻りますので、お待ち下さいませ!!」



 そう豪語するレフトだが……。

 稲豊はとっくに気付いていた。猪車酔いに苦しむ稲豊の為と、レフトが気を利かせてくれていた事。


 そんな彼の優しさを、無碍に出来るはずも無く……。今の稲豊に出来る事は、笑顔で彼を送り出す。ただ、それだけしかない。



「レフトの声なら、どこにいたって分かりそうだ」


「勿論!! 小官の声は何処までも響きます故!! それらしき植物を入手した暁には、この美声! 十km先からでも届けて見せますよ!!」



 二人は一頻り笑い合ったあと、「後でまた」とこの場で別れる。

 レフトの乗る幌猪車が裂け目の道へと進入し、その後ろに二台の幌猪車が続いて走った。これで待機組以外の猪車は全ていなくなる。


 稲豊はレフトの猪車を見送った後、自身の乗ってきた猪車へと足を運んだ。

 そこで見たのは、巨猪の体にブラシするターブの姿。暴れん坊の意外な姿に、稲豊は和んだ気分に浸りつつ、猪車の荷台で大の字に寝そべった。



「助っ人参加してたんだろ? 悪いな……。手柄奪っちまった」



 相手の姿を見ずにそう話し掛けたのは稲豊から。

 


「全くだ。わざわざパイロに休みを貰ったってのによ……城務めの報酬がパアだぜ」



 ターブ曰く、その植物を見つけた魔物には、栄誉ある調査隊への大抜擢が約束されていたとの事。そうとは知らなかった稲豊に少しの罪悪感が込み上げるが、ヒャク屋に護衛は必要不可欠。非人街に迷惑掛けた分の護衛を務めて貰おう。と、卑怯者は邪悪な笑みを浮かべた。



 それから十分……二十分と時間は過ぎて行き。

 時間を持て余した稲豊は、暇潰しに全力を注いだ。



「ブラシの掛け方教えて」


「ああ? チッ……こういう風に力を込めて――――」



 巨猪のブラッシングをしてみたり――――。



「重箱の料理まだ一つ余ってんだろ。俺様に食わせろ」


「ダメ。コレは誰かの魔素が尽きた時用だからな」


「ケチな奴だな」


「そんな事より。ターブは好きな人いる?」



 男子ボーイズトークに勤しんでみたり――――。



「油アルバムって早口で三回言ってみそ」


「あぶらあるばむ・あぶばあぶらむ・あるばあばらむ…………言えねぇ……」



 早口言葉で遊んだり。

 


 しかし一時間も過ぎれば、やる事も無くなり。それに伴い会話も無くなる。ターブは猪車内で横になり、稲豊はと言うと……。広場中央の大岩に寝そべり、晴天に浮かぶ雲を眺めている。あの流れる雲から調査隊は見えているのだろうか? 呆けた表情でそんな事を考える稲豊だが。


 彼は特に深く考えずに、こんな言葉を呟いた。


 ――――静かだ。



 そんな彼の言葉が風に乗って届いたのか?

 稲豊が呟いたのと奇しく同時刻。同じ言葉を零した者がいた。



 稲豊のいる広場より五km程奥に進んだ裂け目の道。

 赤旗の猪車内部にいるレフト。遂に違和感の正体に到達した彼は、その言葉を口にする。



「――――静かだ。静か過ぎる!?」



 気付いた時にはもう手遅れ。

 闇色の蛇の眼は、既に獲物を視界に捉え、後は牙を剥くだけとなっていた。

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