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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第十章 終焉の魔人

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裏話  【アキサタナ=エンカウント】 後編


 器測定をしたその日に、ボクはトロアスタ様と一緒に屋敷へと帰った。するとあの傲慢だった父と兄は、説明を聞くなりボクの目の前で額を床に擦り付けた。


 そしていままでの非道を詫び、『これからは心を入れ替える』とトロアスタ様の前で宣言したのだ。


 胸の中に溜まっていた黒い靄が、すべて晴れていくような気分だった。

 やはり神はボクを見放さなかったのだ。


 遂にボクは――――復讐を果たしたのだ。


 ほどなくボクは【洗礼】を受け、正式に天使となる。

 それからのボクの人生は一変した。


『アキサタナ様、なんと神々しいお姿!』

『天使様、我々をお導きください』

『喜んで奉仕いたします』


 皆がボクを敬い、皆がボクに笑顔を振りまく。

 ただ街を歩いているだけで、大勢に声をかけられた。

 店に入れば、店主はタダで店の物を譲ってくれた。


 ああ……なんて良い気分なんだろう。

 

 ボクがただこうして存在しているだけで、皆が幸せを感じているのだ。

 屋敷に帰っても、辛辣だった父と兄はいない。あの嫌な教育係にはクビを言い渡した。

 

 そして神の心臓を得たいま、ボクは死すら超越した存在となったのだ。

 

 なに不自由もない生活。

 夢色の人生。

 

 そこまでは、確かにそう思っていた。

 あの日、トロアスタ様に呼び出されるまでは――――――


『え? ボクが……戦に…………ですか?』


『魔物との戦いは天使の職責。避けられぬ宿命なのですよ。期待しておりますぞ、アキサタナ“将軍”』


 軍を率いた経験などあるはずもない。

 魔法だって、爆破魔法以外は習得できなかった。

 そんなボクに、どうしろと言うんだ…………。


『魔物共の襲撃です!! アキサタナ様! し、指示をッ!!』

『うわぁあぁあぁああ!!!!!!』

『ア、アキサタナ様……!? どこへ行かれるのですか……!!』


 初陣の結果は惨憺(さんたん)たるものだった。

 多くの兵が死に、ボクは命からがら戦場を逃げ出した。

 アート・モーロへ逃げ戻ったボクは、ある覚悟をしていたんだ。


 そう……罵られる覚悟を。


 だがボクを待っていたのは、軽蔑でも、叱責でもなかった。


『さすがはアキサタナ将軍だ! 魔物たちへ一泡吹かせてきたのですね』

『素晴らしい! 生きてお戻りになられると信じておりました!』


 称賛の声、声、声。

 

『ご苦労さまでした。アキサタナ将軍』


 トロアスタ様に労われたボクは、城に留まるのが居た堪れず……久しぶりに屋敷へと帰った。


『やあやあやあ、天使様。何でも凄まじいご活躍だったそうで、我々も鼻が高いというものです』

『ええ、ええ。天使様がいる限り、このエンカウント家も安泰。祝福をありがとうございます』


 そこでも、また称賛。

 喜色満面の顔をする父と兄の姿を見たとき、黒い靄が再びボクの心を覆った。


 それからだ。


 誰にどんな称賛の言葉をかけられても、嬉しいと感じなくなった。

 誰にどんな物を贈られても、ゴミにしか見えなくなった。

 

 気付いたんだ。

 ボクは気付いてしまったんだ。



『誰もボクを人間として見ていない』



 皆が見ているのは“アキサタナ”ではなかった。

 その後ろにある、天使という称号。天使という偶像。

 あの洗礼を受けた日から、ボクは人ではなくなったんだ。


 知ってしまったその日から、ボクの心は空虚となった。

 

 庶民が手を出せない高価な物を食べても、美味くない。

 好みの女をどれだけ抱いても、心が満たされない。

 いつしかボクは、人への接し方がわからなくなっていった。


『ふん、なんて見窄(みすぼ)らしい姿だ』


『て、天使様……申し訳ございません!』


『目障りなその顔を二度とボクに見せるなよ』


 汚れていたエプロンが気に入らない。

 そんな理由で、ボクは店先に立っていた中年の男に土下座を強要した。別段、珍しい光景でもない。普段からボクは、そうやって鬱憤を晴らしていたからだ。


 だがその日は、いつもと少し違っていた――――――


『大丈夫ですか?』


 黒髪の少女が、店の親父に手を差し伸べている。

 少女は店主を立たせたあとで、キッとこちらを睨みつけた。


『あなたねぇ! ここまでさせることないでしょう!!』


 いきなり怒鳴り付けられ、ボクは困惑する。

 

『い、良いのかそんな口を利いて? ボクは天使だぞ』


『あなたのどこが天使様なのよ! 天使様だって言うなら、もっと人に優しくしたらどうなの!』


『…………ふん』


 返す言葉が思い付かず、ボクは逃げるようにその場を去った。

 しかし、不思議と悪い気は起きなかった。


 ボクは屋敷に戻るなり使用人に調査を命じ、少女が宿り木の家に住む孤児で“レトリア”という名前だと知った。

 

『レトリア……か』


 あの日以来、少女の顔が忘れられない。

 ボクのことを睨みつけたあの瞳が、頭から離れない。


 そんなモヤモヤとした日々が続いたなかで、軍が魔物を捕らえたという噂を耳にした。好奇心からタルタロス監獄へ向かったボクは、その捕虜のいる牢屋の前で足を止める。


『奇っ怪な生き物だな。魔物という奴は』


 牢屋の中には上半身が女、下半身が蜘蛛の、アラクネという魔物が拘束されていた。魔物は憎しみを込めた目で、ボクの姿を見つめている。


 ふと、あの日のレトリアの瞳と重なった。


 奇妙な劣情が、ボクの中で膨れ上がる。

 どうしても、その魔物をボクの物にしたくなった。


 だからボクは看守を天使の権限で離れさせたあとで、屋敷の者を利用し、魔物を屋敷の倉庫まで運ばせた。倉庫内で再び魔物を拘束したボクは――――――


『レトリア……レトリア…………!!』


 少女の名を呼びながら、ボクは劣情のすべてを魔物にぶつけた。

 それは得も言えぬ快感を生んだ。時間も忘れ、ボクは魔物を弄ぶことに没頭した。来る日も来る日も、魔物はボクの情欲の捌け口となった。


 だがそんな退廃的な日々が、いつまでも続くはずもなく……。


『天使様、申し訳ございません! 今朝お世話しようと倉庫へ向かったら……捕虜が!』


 報告を受け向かったボクが見たのは、もぬけの殻となった倉庫の中だった。急いで捜索したが、遂に発見には至らなかった。


 しばらくはびくびくと恐れながら生活をしていたが、魔物は誰にも見つかることなくアート・モーロを出ていったようだ。そうでなければ、もっと大事(おおごと)になっていたことだろう。最後に会った時点でかなり弱っていたから、きっとどこかで野垂れ死んだに違いない。


 安心したところで、ボクの心に再び欲が戻ってきた。


『次の魔物が……必要だ』


 ボクにはもう、魔物(かのじょ)なしでの生活は考えられなかった。

 だから次に女型の魔物を手に入れたときは、もっと頑丈な檻、そして誰にも見つからない場所が必要だった。喪失感は、いつの間にか期待感へと変わっている。


 次に魔物をこの手にするのは、いつのことだろうか?

 そんな機会を心待ちにしていたときに、ボクは彼女と再会した。


『ああ、アキサタナ殿。彼女はこの度、天使の器を認められた者です』


『キミは――――――』


『……はじめまして。新天使となる予定の、レトリア=ガアプです』


 夢にまで見た彼女が、ボクの目の前にいる。

 声をかけようと何度も思い、結局なにもできなかったのに。

 

 これはきっと運命なんだ。

 神がボクと彼女を結ばせようとしているのだ。


『天使同士の親睦を深めるために、今夜……食事でもどうかな?』


『…………忙しいので、遠慮しておきます』


 それから何度もアプローチをしたが、彼女の返事はいつもつれないものだった。しかし彼女が誘いを断れば断るほど、ボクの気持ちは強くなっていく。


 やはり彼女は、声をかければホイホイついてくるそこらの女共とは違う。


 ボクに相応しい、芯のある女性だ。

 彼女といられるだけで、ボクの心は満たされていく。


 だから彼女と離れなければならない遠征の軍務は、ただただ苦痛でしかなかった。今度の軍務は、北西の森の調査。なんてことはない、平凡な任務になる…………はずだった。

 

『なんで魔獣が……!? いつもいつも、ボクのときに限って……!!』


 ボクの率いた調査隊は、壊滅した。

 もう何度目になるだろう。


 死に行く兵士たちの、絶望の瞳が脳にこびりついている。

 救いを求める声が、耳の奥で木霊している。


 ボクにどうしろと言うんだ?

 ボクはどうしたら良かったんだ?

 努力してもダメな人間は、どこへ向かえば良いと言うんだ?


『こんなハズじゃなかった……!!!!』


 幼いときに母さんと夢見た幸せはこんなものじゃない。

 貧しくても、苦しくても、あの頃はもっと心が暖かった。


 母と向かい合って食事をし、その日あった他愛もない話で盛り上がる。ささやかで、穏やかだったあの頃。


『どこで狂った? どこからボクはおかしくなった?』


 わからないわからない。

 ボクはぐちゃぐちゃの心のままで、トロアスタ様の所へ向かう。

 すべてがもう、限界だった。


『なんですと? 天使の任を解いてもらいたい……そう仰られる?』


『ボクには荷が重すぎるのです! もう耐えられません……。化け物のような不死身の体も、周囲だけが老いていく不老の力もいらない!! ボクはただ普通の人間として、普通に生きたい! 天使なんかじゃなく、アキサタナとして生きていきたいんです!!』


 恥も外聞もない。

 でも本心だった。

 

『父と兄だって、辛く当たろうとも昔はボクのことを人間として見ていた!! なのにいまは天使様、天使様……ボクの名すら呼ぼうとしない!! それにボクのせいで兵士たちが死ぬのも、もう懲り懲りだ!! 毎日のように彼らの悪夢に悩まされるのも、もうたくさんなんです!!』


 ボクは額を床に擦り付けながら、思いの丈をぶつける。するとトロアスタ様はゆっくりとこちらの方へ歩み寄り、ボクの肩に優しく手を置いてから言った。


『それで()()()()()()アキサタナ殿。貴殿のおかげで、人数調整が滞りなく進んでいるのですから』


 あまり馴染みのない言葉が、頭に引っ掛かった。


『人数……調整?』


 トロアスタ様は天使とは思えぬ笑顔を浮かべ、目の前の椅子に腰を下ろす。


『拙僧や大将軍アルバ、勇者の軍務失敗は沽券に関わります。かといってティフレールは我々の思惑通りに動いてくれない。なのでいくら失敗を重ねようと、評価の下がらぬ貴殿のような存在は、貴重なのですよ』


 言葉の意味がわからない。

 つまり……どういうことだ?


『まだ分かりませんか? 飢餓に喘ぐ未来を防ぐため、エデンには選定が必要なのですよ。能力の低い兵士を貴殿に預け、軍務の失敗という形で排除する。それが一番、波風の立たぬ方法なのです』


『で、ではいつも魔獣や魔物の襲撃を受けていたのは…………?』


『木を大きく育てるために、いらぬ枝を切らねばならないときもある。器が小さく、非力な兵士に与える食糧など、この国にはないのです』


 ボクは愕然とした。

 いままでの襲撃のすべてが仕組まれていた?

 ならばボクは、彼らの人殺しに利用されていたのか?


 猛烈な悪寒と吐き気が込み上げてきた。


『お願いします……! もう天使を……辞めさせてください……!!』


 好きで天使になった訳じゃない。

 ボクは再び懇願する。するとトロアスタ様は、やれやれと首を振った。


『仕方ない。では貴殿の仕事を、別の者に割り振らなくてはなりませんな』


 その言葉を聞いた瞬間、ボクはハッと顔を上げた。


『新しく就任した天使殿にでも――――――』


『ダ、ダメだ!!!! それだけは……それだけは…………!!!!!!』


 この苦悩を、この苦痛を……レトリアに味合わせる?

 それだけは避けねばならない。


 ボクのことを唯一、人間として扱ってくれる彼女。

 彼女が人殺しの道具になるなど、許してはいけない。


 きっと優しいレトリアでは、その事実に耐えられないだろう。



『ならば、これまで通り……頼みましたぞアキサタナ“将軍”』



 ボクは肩を落としながら、トロアスタ様の部屋を出た。

 するとそこには――――――


『あら? あなたも大司教様に用事?』


 廊下に、首を傾げたレトリアの姿があった。

 ボクは慌てて、いつもの顔を作る。


『ま、まあね。ちょっと相談したいことがあったから……。そんなことより、あとで食事なんてどうだい?』


『今日は調練の日だから、ちょっと無理ね』


『つれないなぁ。そんなところもまた、魅力的なんだけどね』


『はいはい、さようなら』


 ああ、レトリア……。

 キミさえいれば、ボクはどんな苦痛にだって耐えられる。

 どんな天使の役目だって演じてみせる。


 だからレトリア、ボクの側を離れないでくれ。


 もしキミが離れたら、きっとボクは壊れてしまうから…………。


前編に対して後編が長くなり過ぎました……。

しばらくしてから、良い感じに文字数を揃えたいと思います。

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