裏話 【アキサタナ=エンカウント】 前編
子供の頃、ボクは世辞にも裕福とは言えない家庭で育った。
食事は家畜の餌とそう変わらなかったし、寝床はもっぱら納屋の中だった。
では、なぜ貧しかったのか。
その理由は簡単だ。
一般家庭の主な収入源である父が、ボクにはいなかったからだ。
母が牧場で家畜たちの世話をしながら、女手一つでボクを育てていた。重労働で、かつ薄給。普通なら、逃げ出してもおかしくないほどの激務だっただろう。
何度か、母に父の存在を訊ねたことがある。
しかしいつも決まってはぐらかされた。
『お父さんは立派な人だから、お仕事が忙しくて会いに来れないの。でも仕事が終われば、きっと迎えにきてくれるんだよ』
物心がつく前のボクはその母の言葉を信じ、顔も分からぬ父がいつか牧場を訪れるのだ……と、毎夜そんな夢を抱きながら床についた。
そんなうまい話が……と、バカにする奴もいるのかもしれない。
だがボクが七才になった頃、夢は現実のものとなって姿を現した。
『あのひと……だれだろう?』
ある日……いつものように母の手伝いをしていたボクは、牧場主と会話する身なりの整った老人を見かけた。老人はボクと目が合うと、まっすぐにこちらへきてこう言った。
『もしや、アキサタナ様ではございませんか?』
その老人は教えてくれた。
ボクの父はアート・モーロに住む貴族で、ボクたちを屋敷へ迎え入れるために、自分を使者としてここへ送ったのだと。
当然、ボクと母は泣いて喜んださ。
苦しかった生活も、すべてはこの日のためだった。
自分たちは、遂に報われたのだ…………。
思い返せば、実に滑稽な姿だな。
だってそれは……ただの空喜びだったのだから。
『ふん……なんと見窄らしい姿か……。こいつらをさっさと風呂に入れろ』
生まれて初めて聞いた父の言葉。
ゴミでも見たかのようなその瞳を、いまでもはっきりと覚えている。
自分たちが歓迎されていないことだけは、幼心に理解できた。
その夜のことだ。
ボクが母から聞かされ、すべてを知ったのは。
母は正妻ではなく、妾のひとりだった。
そして父は貴族といっても、いわゆる純血ではなかった。
商人が金とコネで得た貴族階級。つまりは“成り上がり”だったわけだ。
しかもその商売の方も、最近は右肩下がり。
エンカウント家は、没落貴族への道を突き進んでいた。
ここにきてボクらを屋敷へ招いたのだって、逃げ出した使用人の代わり。
無料で使える、召使いが欲しかっただけのことだ。
あわよくば、なにかの役に立てば良い。
そうだ! 教育を施し、軍にでも入れてコネを作ろうか?
父の考えは、恐らくそんなところだったのだろう。
屋敷にきた次の日から、教育係による厳しい鍛錬が始まった。
鋤を持っていたボクが、剣を持ち振るう。
十回、百回、千回。素振りが終われば、魔法の訓練。
日が暮れるまで、瞑想を続けた。
そのあとは、休む間もなく座学の時間。
難解な本を、何冊も何冊も読まされた。
嫌で仕方がなかったが、口答えは許されない。
少しでも反抗しようものなら、鞭で体を打たれた。治癒魔法があるからと、時には指の骨が見えるまで叩かれたこともあったな。
だがそこまで努力を続けたのに、父の機嫌は日を追う事に悪くなっていった。
ボクには剣も魔法も、勉学でさえ……その才能がなかったからだ。
二つ上の腹違いの兄の方が、ボクよりもずっと才能に恵まれていた。
そう、兄。
父には亡き妻の産んだ子供がいた。
ボクよりも優秀な、父の自慢の息子。
『なんだ、こんな簡単なこともできないのか?』
『お前など、軍に行っても足を引っ張るだけだな』
『役立たずが』『所詮は妾の子だな』
優秀な兄は、いつもボクのことを見下していた。
その度にボクは劣等感に押し潰されるのと同時に、それでもいつかこの努力が報われる日が来るのだ……と、『大きくなれば母と一緒に屋敷を、父の下を去ってやる!』と、決意を高めたものだった。
だがボクのそんな小さな夢は、ボクが十歳のときに儚く消える。
母が死んだ。
死因ははっきりとはしなかったが、過労だろうという使用人たちの声を聞いたことがある。
『お母さんに……会っても良いですか?』
『ダメだ!! そんな暇があったら、魔法のひとつでも覚えたらどうだ!!』
結局ボクは、母の葬式の日でさえ鍛錬を休むことは許されなかった。
憎んだよ。父も、兄も。
だからボクは母の墓前で、誓った。復讐の誓いを。
『エンカウント家を……いつか、いつかボクのものにする。そして逆に、あいつらのことを道具のようにこき使ってやる!! お母さんがそうされたみたいに!!』
その日から、ボクは弱音を吐くのをやめた。
死に物狂いで努力をしたよ。
しかし才能というのは不平等なもので、それでも兄に追いつくことはできなかった。
そんな世の不条理さを嘆いていた、十七才のとき。
一年に一度、全国民の参加が義務付けされている……器測定の日。
あの日のことは忘れられない。
ガーデン・フォール城で、ボクの器を測定した係官が叫んだ。
『こ、これは……!? 天使の器!! 神樹セフィロトに見出されし者の証!!!!』
ボクの人生に、二度目の転機が訪れる。




