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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第二章 魔王の晩餐会

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第26話  「――――――良い」

 マルーの活躍により、二倍早く戻って来れた屋敷の厨房。

 黒から白い服に変わった稲豊は、腕まくりをして自身に気合を注入する。勿論、ヒャクも厨房内に運び済みである。


 時間の確認の為に浮遊砂時計に目をやる稲豊。実は浮遊石には特性がある。午前中は浮き上がり、午後になると沈むというものだ。なので今の砂は普通の砂時計の様に沈み、午後六時半を示している。つまるところ残り時間は後三十分しかない。



「うおっ! 時間が無い! 取り敢えず肉を用意して。ヒャクの果汁を……」



 迫り来る時間に、思考を口からだだ漏れにしながら厨房内を歩きまわるコック。そんな稲豊に突如天からの助けが差し伸べられる。



「少年。猫の――いや狼の手は必要かな?」


「ミアキスさん? って、ええっ!?」


 

 稲豊が視線を走らせた先にいたのは。

 短い白のキャミソールの上にエプロンを着け、下半身は藍色のデニムショートパンツ。金髪のポニーテールといった格好で、厨房の入り口から手を振っているミアキスの姿だった。


 初めて見るその格好に驚いたのも本当だが、稲豊が素っ頓狂な声を出したのはそこにではない。彼が驚いたのは、振っているその腕が“消えたはずの右腕”だったという事実に驚愕したのである。目を丸くする稲豊の元にミアキスが歩み寄り、右手で少年の左頬を撫でる。



「ほら。幻ではないだろう? 姫様に頼んで修復魔法を掛けて頂いたのだ」



 右腕を誇示するミアキスの姿に、腰の力が抜けるのを感じる稲豊。彼は侮っていた、魔法が如何に便利なものなのかと言うことを。



「よ、良かった。本当に良かったです」


「ふむ。その言葉が聞きたかった。だが、腕が元通りなのも姫様だからこその話だ。あのお方の膨大な魔素と、その才能があっての修復魔法だ。普通の魔術師ではこうはいかん」



 悪戯な笑みを浮かべるミアキスだが。

 ただからかう為に修復魔法の事を黙っていた訳ではない。今回は何とかなったが、取り返しのつかない油断もあるかも知れないと暗に稲豊に教えているのだ。今回の件は未熟な稲豊にとって、良い薬となった騒動でもあった。



「どうせ暇だ。何か手伝わせてくれ」


「助かります! それじゃあ、俺が持ってくる野菜の皮剥きお願いしますね」


「心得た」

 


 男前に手伝いを申し出るミアキスに誰がダメだと言えようか? 喜んでミアキスの手を借りる新米コック。貯蔵室から比較的食べやすい野菜を幾つか選択チョイスしたのをミアキスに渡す。その皮を器用に小刀で向いていく騎士。刃物の扱いはお手の物なようだ。稲豊も負けていられない、冷蔵室に目当ての食材を取りに行く。



「うお~寒い。えっと、コレとコレ」



 夕食のメイン食材となる鶏肉と豚肉。その種類までは分からないが、形がそれっぽいので判断出来る。鳥の方はにわとりを彷彿とさせるフォルムをしているが、腕が四本とやはり元いた世界とは体の何処かが違う。


 だがこの肉、そして野菜達が今夜自らの命運を握ると言っても過言ではないのだ。今稲豊の体を襲う震えはけして寒さのせいだけではないだろう。しかしここで諦めるなんて馬鹿な選択肢は用意させない。意識して自分を奮い立たせ、運命の食材と共に厨房に戻った。



「皮を剥き終わったぞ?」


「では次はそれを一口大に切って下さい」


「了解」



 ミアキスが裸になった野菜を並べ声を掛ける。

 助手弐号に次の指示を出した後。稲豊はヒャクの果実を両手で握り込み、その果汁を絞る。目の細かいザルを通り、種や実を省いた果汁がザルの下の皿に蓄積されていく。その果汁だけを見てみると日本酒にしか見えない。外見は梨の様だが、その中身はまるで蜜柑その物な造形をしているヒャク。比較的弱い握力でも果汁を取り出すことが出来る…………のだが。



「ふんす!」



 稲豊の全力では果汁の三分の二くらいまでしか絞れない。

 それを見かねたミアキスが「貸せ」とだけ伝え、残りの果汁を片手で簡単に絞りきっていく。男としてのプライドは粉々に砕け散ったが、果汁は十分に抽出出来たので良しとする。



「くそっ! 時間がない」



 本来なら試行錯誤してより良い味を模索する所だが、今回ばかりはそうもいかない。時間という魔物に簡単な料理を迫られている。仕方ないながらも稲豊の考えだした料理は、実に手軽な物だった。


 鍋を水とヒャクの果汁で満たし、沸騰するまで火にかける。その間にミアキスが鶏肉を一口大に切り、フライパンで皮がパリッとなるまで炒め。湯が沸いたらその中に野菜と鶏肉を入れて、アクを取る。


 お玉でアクを取って行くミアキスの家庭的な姿に、目を奪われる稲豊。

 長身の凛々しい美女なのに、そのエプロンには可愛くデフォルメされた無数の犬達。そのギャップに思わず笑みが零れてしまう。



「どうした?」



 鍋から目を離さずミアキスが稲豊に尋ねる。

 どうやら鍋を見ながらでも、その視線に気付く事が出来るようだ。「見惚れてた」なんて言うわけにはいかない思春期の少年は、誤魔化さなければと咄嗟に考える。



「いやぁ、えっと……可愛いエプロンですね? それミアキスさんのお手製ですか?」



 上手く誤魔化したとは言えないが、悪くない話題だと無理に納得する稲豊。

 それに対し、ミアキスはエプロンを空いてる手で摘み上げその問に答える。



「いや。コレはナナが作ってくれたものだ。初めは蜘蛛の絵で埋めようとしていたので全力で止めさせた。まあ、その名残でこの中に一匹蜘蛛が残ってしまったがな」


「あっ、ほんとだ」



 ミアキスが指で摘んだ部分にはデフォルメされた白い小蜘蛛の姿。大勢の犬に囲まれながらも一人佇んでいる。微笑ましい二人のやりとりを想像し、緊張の解けた稲豊は、鎧を脱いだミアキスを見て思い浮かんだ疑問。それをなんとなく聞いてみる事にした。



「そう言えば俺とナナが森のかなり深い所で、楽園エデンの国の鎧と盾を見つけた……って話は猪車でしましたよね?」


「ああ、聞いている」



 惑乱の森からモンペルガに向かう際、簡単な経緯は皆で話あっている。



「でも俺とミアキスさんが森の入り口から入ってネブに遭遇するまで、そんな物ありませんでしたよね? あの付近だってヒャクは採られていたはずなのに……」



 何故交戦の痕が森の奥でしか無かったのか? 

 それが稲豊には少し腑に落ちなかったのだ。しかしミアキスはその答えに予想がついていたようで、難なく答える。



「それは恐らく。少年達が見た防具は“囮”の兵士の物だったんだろう。つまりは、我々にとっての入り口が、奴らにとっての入り口とは限らないと言う事だ」


「それってどういう?」



 ミアキスの言葉の意味が、稲豊はイマイチ理解出来ない。

 入り口が入り口じゃない? 悩める少年に、ミアキスは答えを教える。



「惑乱の森を抜けた遥か先に楽園エデンの国があるという事だ。奴らはまず防具で固めた兵士を森の奥……、つまりは奴らにとっての入り口から侵入させ、竜と対峙させる。その隙に身軽な部隊が森を荒らして回る。そんな作戦だと思う」


「――なるほど」



 森の番人は一人しかいない。

 どうやったって数の暴力には敵わないだろう。効果的な作戦と言えるが……、それを必死で止めようとしていたネブの事を想像すると稲豊の胸は傷んだ。何度か殺されそうになった怪物には違いないが、彼は孤独に戦う竜の事を凄いとさえ思っていたのだから。



「そろそろアクも出なくなりましたね。後は蓋をして弱火で時間ギリギリまで煮込みます」


「了解」



 話もそこそこに切り上げて次の料理に移る。

 

 豚なのに魚のように生臭い肉にヒャクの果汁を揉み込んでいく。

 十分に揉み込んだらフライパンに移動。油が使えないので果汁を入れて蓋をし、蒸し焼きにする。途中で一度ひっくり返し、また蓋。


 日本酒には肉の臭みを取る力があったはず。記憶の中に住む父、その言葉を頼りに使用したヒャクの果汁。


 それは魚により効果的だった気もするが、この世界に来てから魚を一度だって目にしていない。小川はあるのに魚の姿は見えないのである。超高級食材なのか、そもそも存在しないのかは分からない。だが今手元に無い存在を気にしても仕方がないのだ。今あるこの食材に賭けるしかない。


 そしてその全工程が終了し、額の汗を拭う稲豊。

 ミアキスの表情もどこか満足気に見えないこともない。



「出来た!!」



 完成を迎えた二つの料理。


 それぞれ試食した稲豊の舌が出した感想は…………。

煮物に落し蓋は意図的にさせてません。

そこまで頭が働いていないという設定ですけど……無理があるかも。

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