第25話 「やーらかい・・・・・・ZZZ」
「――まさか本当に持ってくるとは」
そう話すのは非人街代表のオサ。
リーダーがレベル一のコックの一行、それが任務を果たして自分の家に戻って来たことに驚きを隠せない。だが三人の姿を見れば、魔物との死闘があった事など一目瞭然。自身の責任に深く大きなため息を吐く。
「どうよ! 四回ぐらい死にかけたけど。果実はゲットしたぜ!」
「凄いとは思うけど誰がそんな事頼んだよ。絶対に無理すんなっつったよな!」
チョークスリーパーを稲豊にかけるパイロ。喧嘩しているようにも見える光景だが、二人の顔には笑顔が満ち満ちている。その姿を横目に、テーブルの上の白い果実から目が離せないオサ。ごくんと喉を鳴らした後、三人に縋るような視線を向ける。
「そ、それでその。この果実は頂けるのだろうか? いや少しで良いんだ。交換できる物もあまりないが、その……」
酒と同じ能力をヒャクが持っているのなら、アル中だって生まれるのでは? そう思わせるオサの必死な言動に不安を隠せない稲豊。
しかし残された時間はあまり無い。悠長にしている場合ではないのだ。
「とにかく時間が無いから手短に話します。ヒャクを幾つか置いていくんで、その種を使って栽培して欲しいんです。んで、上手く増やすことが出来たら俺にも分けて下さい」
「それは願ってもない提案だけどよ。前にも言った通り栽培には失敗してんだよ。木にまでは成長したんだけど、実をつけるには至らなかった。ヒャクを育てるにはなにか……」
パイロがその何かに思いを馳せた時、得意気な顔をした稲豊が麻袋をヒャクの隣にドンと置く。そして躊躇うことなく、その中身を親子に披露した。
「おお…………コ、コレは!?」
「――――すげぇ」
親子が息を呑んだ物。それは皆の姿を紫色に染めた。
卓の上ではダチョウの玉子ぐらいある水晶が、強く自己の存在を主張している。その水晶を撫でながら稲豊は更に得意気になって語る。
「高純度な紫水晶だ。これをあと三つ持ってきた。どうやらヒャクは太陽の光なんかじゃなくて、この紫光じゃないと実をつけないらしい」
実際に果実を育ててきたネブの情報である。
それはきっと正しい。そしてその森の番人の話によると、高純度な紫光で育てた場合。なんと一ヶ月でその実を収穫に至るまで成長させる事が出来るとの事だ。
森のあらゆる場所に生えていたヒャクの樹、その栽培方法は至って簡単。紫水晶を隣に置き、水を与えるだけで成長する。森中に分布しているのも納得出来るというものだ。故にその殆どを採り尽くした人間達。なるほど、ネブが蝗とそれを称したのも頷ける。
「分かりました。こちらこそ願っても無い頼み。ヒャクの栽培は我々に任せて頂きたい」
ヒャクを手に持ち、頭を下げるオサとその息子。
その二人に対し、上手く腕が組めずにもやもやしながら注意を促したのはミアキスだ。
「栽培をするなら人目につかず、更には密閉した場所がいいだろう。ヒャクのキツイ匂いも然ることながら、その価値に気付いた他の魔物に目をつけられ兼ねない。この場所が非戦区とは言え、手を出されないとも限らん」
「それに関しては大丈夫だ。親父が前にヒャクを育てようとした際に、この家の地下を改造して専用の畑を作ってあるんだ。そこなら誰にも見つからないし、扉を変えれば匂いも出ない」
「……オサ様はわりと自身の欲望に忠実な一面がありますね」
地下畑の存在を明らかにするパイロと、それを作ったオサのヒャクに対する情熱に、冷めた視線でツッコミを入れるナナ。少女にまでその異常性を指摘され、しゅんとなる街のリーダーの姿に稲豊はすかさずフォローを入れる。
「まぁ、そのおかげでヒャクは育てられる訳だからな、結果オーライと行こう。それじゃあ、俺達は屋敷に帰りますんで。ヒャクの栽培頼んます!」
「これが残りの紫水晶だ。芽が出たら四方を囲うように配置すると良い」
あと三つの麻袋を親子に預け、料理長一行はオサの家から外へ出る。
遠くの空には沈みゆく夕日が見え、タイムリミットが迫ることを告げていた。急ぎ帰ろうとする稲豊の背中に『待った』が掛かり、振り向くと深く頭を下げる親子の姿が稲豊の瞳に映る。
「皆様はこの街の恩人です。本当に有難う御座いました。この恩は必ずや返させて頂きたいと――」
「気が早いし、感謝は別に良いですよ。俺は自分の為にやっただけなんで!」
「ナナもナナの為にやりました!」
「右に同じく」
拝まんばかりに頭を垂れ、感謝を述べるオサ。
その言動を遮り、稲豊達は自身の心情を吐露する。その姿に親子は苦笑いを浮かべた後「敵わないな」と後頭部を掻いた。
非人街を離れる稲豊達。その姿が見えなくなるまで、親子は三人を見送り続けた。
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いつもの倍は早い速度で帰路をひた走るマルー。稲豊が早く帰るように頼んだのを、律儀に守って全力で走っている。それでも猪車内部は振動を殆ど感じないので、魔法の凄さを改めて思い知る。
「ああ~疲れた。でもまだ食事を用意するという本来の仕事が残っているのか……」
「安心して下さい! ナナが全力でお手伝いしますので!」
「凄く助かるけどナナにはメイドの仕事があるだろ? 気持ちだけとっとく」
度重なる生死の狭間を潜り抜けた稲豊。ただの人間である彼にとって、その疲労は凄まじいものだった。だが彼がチラと横に視線を走らせると、片腕の無いミアキスの姿がその瞳に映るのだ。その度に酷い罪悪感に苛まれ「疲れがなんだ!」と喝を入れる。そして今日何度目かの謝罪の言葉をミアキスに吐き出すのである。
「……すいませんミアキスさん。俺があの時油断したばっかりに!」
「少年。その話は済んだことだ。少年が謝罪し、それを我が受け入れた。そこでその件は完結しているのだ。名誉の負傷は騎士にとっては誉でもある」
「でも!」
理屈は分かるが理解は出来ない。
自身の価値を見い出せていない稲豊にとっては、ミアキスの方がよっぽど眩しく見える。そう……、比べるのすら痴がましい程に。
「そんな事より少年。“それ”を持ってきたと言う事は、屋敷でも植樹をするつもりなのだろうか?」
そんな空気を打ち破らんと、大人の女性は話題を逸らす。
“それ”とは、稲豊の隣に置いてあるもう一つの麻袋である。勿論中身は高純度の紫水晶。一つだけだが、稲豊はそれを屋敷に持って帰る事にしたのだ。
「家庭菜園……みたいなものですかね。歩いていける距離にこの果実があれば良いと思って。ああ、心配しないで下さい! 屋敷から離れた場所で育てるんで」
「うむ。そうしてくれると助かる。この数個の果実だけでも猪車内が酷い匂いになっているからな」
紫水晶一つだけなので上手く育つかは分からない。
しかし、非人街で育ってくれたらそれで良い。趣味の範囲内でゆっくり育てばそれで良いのだ。麻袋を愛おしげに撫でる稲豊の正面の席では、ナナが訝しげな目で白い果実を眺めている。そして懐疑を含んだ声で稲豊に話し掛けた。
「イナホ様はこの果実を手に入れなければ死ぬって仰ってましたけど、本当にこの果実にイナホ様を救える力があるんですか? ナナには全然そうは見えないんですけど……」
「なに? そうなのか少年?」
ミアキスまで少女と同じ顔になり、稲豊に問い掛ける。
しかし問い掛けられた所で、本当の所は稲豊にだって良く分かっていない。奇跡が起こるのを祈るしか無い現状である。
――――ただ。
「そうなったら良いなと思います。――――ただですね。何となくなんですけど。この果実は俺の為に……いえ、この世界の為に生まれて来た気がするんです。単体では食べられない食材ばかりのこの世界。そこに設けられた救済措置。そんな……感じがするんです」
「そうか。少年がそう感じるのなら……そうなのかも知れないな」
「むう! イナホ様。今この世界の食べ物をディスりましたね! 悔しいですけど本当の事なので何も言えません!」
果実を見ながら不思議な感覚を覚える稲豊と、それに優しく同意するミアキス。ナナは頬を膨らませているが、本気で怒っている訳では無く。それはイナホの世界に対する嫉妬心のようなものだったのかも知れない。
「取りあえず……やしきにもどったら……この……ヒャ……クを……」
そこで自分の意思とは関係なく。
ぐらりと稲豊の体が前に傾く。死線を潜り抜けた極度の緊張と疲労が、一気にこの場面で吹き出したのだ。あっという間に闇に溶ける稲豊の精神。その体は自然と、正面に座る少女の方向へ倒れる。
「ひゃあん!?」
大きなヒップが邪魔をして、横向けにしか座れない少女は可愛らしい悲鳴を上げる。
その“蜘蛛のお尻部分”に体重を預け、子供のように眠る稲豊。一度は顔を真っ赤にした少女だが、その寝顔を見て慈しみの表情に変わる。そしてゆっくり目を閉じて、ミアキスに静かな声で語りかけた。
「ミアキス様。ナナはずっとナナの事が嫌いでした。蜘蛛の部分も、人の部分も嫌いだったんです。……でも、今日初めて思いました。――半魔で良かったって」
ナナの告白に静かに耳を傾けるミアキス。
途中で口を挟む無粋な真似なんかしない。
「ナナの蜘蛛の部分が一人の命を助け。ナナの人の部分が好きだと言って頂きました。こんな気持ち初めてなんです。ナナは……初めて思ったんです」
そこで少女は両手で顔を覆い。声を震わせながら、その思いの丈を吐き出した。
「生まれて来て…………良かったって!!」
猪車内には声を押し殺し泣く少女と寡黙な騎士。そして子供のように眠る少年。それぞれが違う理由で目を伏せ、思い思いの時を流す。
今ここに。
惑乱の森での死闘は、
レベル一の料理長率いる一行の、
完全勝利で幕を下ろしたのだった。




