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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第二章 魔王の晩餐会
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第9話   「説明会とも言う」

テンプレ生命力。でも響きが好きです。

 シン……と静まり返る食堂――ではなく。

 主に一人の老紳士によるものだが拍手と歓声も聞こえる。



「ふむ。中々愉快な挨拶であった。褒めてつかわす」


「いやぁ~見事な自己紹介ですぞイナホ殿。異世界からとはまた随分と遠い所からよくぞおいでになられましたな。さぞや疲れておいででしょう? 今日はのんびりしましょうぞ!」


「変わった匂いがすると思ってはいたが。異世界か。納得した」


「料理長が異世界の人なんてちょっとした自慢になりますね!」



 思っていたのと違う反応に稲豊はどぎまぎする。

 

 いつか必ず出るであろうボロの恐ろしさ故、異世界から来たことを最初に説明する苦肉の策であった。

 「頭のおかしい奴」だと、最悪追い出されるのも覚悟していたが……、現実は拍子抜けするほどあっさりと受け入れられた。



「では次は私めが! 屋敷の執事長を担っております。『アドバーン』と申します。ヨロシクで御座いますぞイナホ殿!」


「ど、どうも」



 その見た目に似つかわしくない激しい動きで自己紹介する老紳士。

 恐らく自分の上司に当たる人物だ。そのテンションに慣れる必要性を稲豊は感じ取った。

 

 次に自己紹介をしたのは、右手を真っ直ぐ上に伸ばし、背筋をピンとして立ち上がった金髪の美女だ。



「我は“人狼”の『ミアキス・ロックブラッド』。姫の騎士である。少年、分からない事があれば何でも聞いてくれ」


「ぜひ!」



 勇ましく握手を求められ、それに元気よく応じる稲豊。どうしようもなく困った事があったらこの人を頼ろうと思った。



「ナナはもう済ませてますので、最後トリはご主人様ですね」


「うむ」



 皆の視線がルートミリアに集まる。

 上座の主人は座ったままでその小振りな口を開く。



「一度名乗ったが再度名乗ろう。妾がこの屋敷の主であり、この『魔王国』の王でもある『ルートミリア・ビーザスト・クロウリー』じゃ。妾は堅苦しい者はあまり好かん。ルト、ルート、魔王、姫、好きな名で呼ぶといい」


「正確には次の魔王候補ですな。お嬢様は国王の第一王女に当たるとても高貴なお方なのです!」



 豪胆に自己紹介する屋敷の主人と、それをカバーする執事長。

 上手くバランスが取れていると稲豊は感心すると同時に、自分がとんでもない人物に拾われたのだと理解する。



「いずれそうなるので魔王で良いのじゃ。シモン。貴様には屋敷での皆の食事を担当して貰う。基本的には朝と夜の二回だが、来客があった時などは頼む事もあるじゃろうな。食材や道具が必要な時は、他の三人に頼ると良い。後、西側に貴様の部屋を用意したのでそこを使え」


「何から何まで助かります。えっと、ルト様」



 正に至れり尽くせりである。

 簡単な料理を作る事なら出来る。稲豊は光明が見えた気がした。



「では、ナナの折角の料理が冷めぬうちに食すとしよう」


「腕によりをかけて作りました!」



 えっへんと胸を張るナナ。

 皆その姿に微笑ましい視線を送った後で、目の前の灰色のスープを銀のスプーンで掬う。



「どうですか? どうですか!」



 眼を爛々と輝かせながら皆に感想を求めるナナ。

 だが……そのスープを口に運んだ者の表情は固い。



「う、うむ。良く出来ておるの」



 ナナのスープを褒めるルト、しかしその顔には大量の汗が浮かんでいる。



「おおおおいしいなぁ……」



 気が遠のきながらも、少女の期待に答えるのは稲豊だ。



「持病の癪が!!」



 そんな中、急に倒れる老執事。

 彼は慌てて自分を介抱するナナに、「ゆっくり休んだら治るが、胃が痛いので食事は無理」と大嘘をついていた。


 青い顔で謎のスープを見つめる稲豊。

 彼のレパートリーの中に存在しない食材、調味料で形成されたその料理は、今まで食べたどんな物よりも酷い味だった。


 どろっとした舌触りに、ブヨブヨした触感の何か。

 それを歯で潰した時にブチュッと飛び出す液体は、まるでカメムシのソレである。

 スープ自体も、何を入れたらこんな味になってしまうのか? 物凄く甘苦く、ゴーヤとガムを同時に口に入れたような味がした。

 

 これは無理だと、口直しに別の皿にフォークを伸ばすが……意味は無かった。

 紫の野菜が主のサラダは、敢えて表現するなら蟹の食べられない部分の味。何かのステーキも、自転車のチューブを食べてる錯覚が起きるほどだ。せめて液体で流し込もうと、稲豊はワイングラスの黄の液体を口に含むが、それすらも不味い。ナナがいるにもかかわらず、料理長が必要な理由を少年は理解した。



「ところでイナホ殿。少々お伺いしてもよろしいですかな?」


「何ですか?」



 左隣のアドバーンが声を掛けてくる。

 これ幸いとフォークを卓に戻し、稲豊は返事をした。



「こちらの世界に渡ったのはいつ頃ですかな?」


「えーと、実は三日前に来たばかりで……」



 そこまで言って、別の世界の暦は全く違う可能性がある事に今更気付く。

 だが結果だけ言うと、それは稲豊の杞憂に終わった。



「ほほぅ。三日前というと……、インドラの月九日ですか。記念すべき日となりますなぁ」



 月日の概念は同じだが、名称は違うようだ。

 その記念日を、なんとなく稲豊は記憶のノートに記入した。そして、自己紹介の後から気になっていた、あの質問を投じてみる。



「こちらからも質問構いませんか? 異世界から来る人って……その、結構多いんですか? 俺が初めてじゃ無いように感じたんですけど」



 皆の反応は明らかに異世界召喚について知っている者にしか出来ない反応だ。

 もし召喚された者がこの世界にいるのなら、元の世界に戻る方法が聞けるかも知れない。はやる胸の内を抑えながら、稲豊は返事を待った。



「そうですなぁ。この世界に来たばかりのイナホ殿にとっては、知らぬ事も多いでしょうな。質問にお答えしましょう。――魔法についてはご存知ですかな?」


「この世界に来て見た魔法は治癒魔法と……、ルト様がオークの腹に風穴開けた魔法ぐらいですね」



 穴の開いた腹を思い出し、食欲が更に無くなる。



「アレは虚無魔法じゃな。基本の五行の魔法ともまた違う特別な魔法よ。扱える者もそうはおらん」



 話に割り込んできたルトが、どうだ! と言わんばかりに鼻を高くして説明する。

 正直な所、あの魔法の恐ろしさを目の当たりにした稲豊にとっては、手放しで称賛出来るものではない。

 髭先を弄りながら、アドバーンが「長い話になりますがよろしいかな?」と前置きをして、稲豊が頷くのを見届けてから話を再開する。



「火・水・風・土・雷これらが基礎の五大属性ですな。魔法を使える者は、大体の者がこの中から自分に合った魔法を習得し、使用しております。ですが先人の中には、それだけでは満足の出来ない者もおりまして。そういった者達が研究し生み出した魔法が、特殊魔法と呼ばれる五行属性以外の魔法です」


「路地裏で少年に施した『治癒魔法』も、特殊魔法にカテゴライズされる。まぁ、昔と違い今では使用できる者も増え、別段珍しい魔法ではないがな」



 黙々と料理を食べていたミアキスまでもが話に加わる。  



「特殊魔法には色々あるぞ? 強化魔法、幻惑魔法、毒魔法……。それと“召喚魔法”。妾は大体の魔法が使えるがの」



 ルトの話す特殊魔法の中で、稲豊が一番気になる魔法は決まっている。



「――――召喚魔法」


「うむ。精霊界より精霊を、異界より悪霊をといった具合に、異世界の者をこちらの世界に呼び寄せ、契約を結びその力を借りるという魔法じゃ。コレを扱える者は相当限られるがな」



 異世界に渡った可能性の中の一つである“異世界召喚”。

 その信憑性が跳ね上がる。



「でも……人間を召喚なんて初めて見ました! イナホ様は誰に召喚されて、どんな契約をお結ばれになられたのですか?」



 遂にはナナまで話に参加する。

 しかし稲豊は、好奇心から来るナナの質問に答えようがない。



「えっ!? 召喚者って近くにいたりすんの? 俺がこの世界に来た時は一人だったんだけど……」


「それは面妖な……。召喚魔法というのは、先刻の説明の通り。その力を借りたい時に使用するものだ。召喚だけして放置するなど意味が分からない」



 納得のいかない様子のミアキス。

 稲豊にもどうして自分が召喚されたのか? 訳が分からない。



「俺以外に召喚された人間って…………います?」



 稲豊以外の皆が顔を見合わせ、首を左右に振る。

 それを見た稲豊はガックリと肩を落とした。どうやら皆の思わせ振りな反応は、召喚魔法を知っていただけ、というオチ付きだったようだ。


 しかし稲豊は挫けない。「次だ!」とすぐに復活し、次の可能性を問いかける。



「じゃあ召喚魔法とは別の方法で来た可能性はありますか? なんか色々偶然が重なって、この世界の入り口が別の世界に繋がった――みたいな?」



 召喚魔法以外の可能性を問いかけて見るが、ルトは頭を振りそれを一刀両断する。



「ないのぅ。お前が元の世界で、転生魔法や空間魔法を用いこちらに来る可能性はあっても。偶然別の世界と繋がるなど聞いたことが無い。それこそ天文学的な確率じゃな。召喚された可能性とは比べるまでも無い」



 こちらに来る前の稲豊が魔法など使えるはずも無い。

 誰かに召喚されたというのは。ほぼ間違いないと、認めざるを得ない。



「しかし……そう考えるならば、やはり謎が残りますなぁ。誰が何の目的でイナホ殿を召喚したのか?」


「はいはい! 召喚魔法の練習の可能性はありませんか? 成功したものの、召喚者は逃げちゃった……みたいな」



 悩むアドバーンに、手を上げ自分なりの考えを発表するナナ。

 それに異議を唱えるルト。



「その可能性もゼロでは無いが……。召喚魔法というのは大量の『魔素』を消費する魔法じゃ。遊びの様な感覚で使えるものではない。下手に発動し、自らの召喚した精霊に殺された……、という話も聞いた事があるくらいじゃ」


「魔素というのは?」



 また聞いたことのない単語が飛び出した。稲豊は知識を出来るだけ吸収しようと、積極的に質問する。



「なんと! まさかイナホ殿の世界には魔素が存在せぬとでも仰るのですかな?」



 皆が信じられないといった表情で稲豊に視線を集める。

 どんな顔をされようと知らないものは知らない。いい加減皆の驚く顔にも慣れてきた稲豊。



 「そのまさかです」と答えると。アドバーンは丁寧に授業する。



「魔素とは全ての生命の源の事ですな。食物、植物、生物に精霊。その全てが生まれながらに持っているものです。魔法や特異能力を使用する際には、体内の魔素を消費して発動すると言う訳で御座いますな。魔素は生きているだけで消費され、その活動を弱めていきます。そして全ての魔素が活動を止めると衰弱死してしまいます」


「衰弱死!? 魔法ってそんな危険なもの何ですか?」



 まさかのMPマジックポイント兼、HPヒットポイントだった事に驚く稲豊。路地裏で何かの間違いで魔法が出てたら、危うく死んでいる所だった。――そんな稲豊の考えを察したのか、ルトが補足を加える。



「安心せい。使い切る前に身体が無意識にセーブする様に出来ておる。せいぜい倒れて、魔素が回復するまで動けんだけじゃ。――魔素は身体に蓄積出来る量がその者によって違う。人間や魔物、その他の凡愚どもではたかが知れているという事じゃな。妾クラスの上級魔族ともなると、桁外れの魔素を体内に蓄える事が出来るという訳じゃ」



 あまり大きくない胸を張りながら、鼻息を大きく吐き出し、ルトはふんぞり返った。

 その光景は少し微笑ましい。



「そして、魔素を回復することが出来る手段は一つしかない。少年。なんだか分かるか?」


「――――もしかして」



 ミアキスからの問いかけに、稲豊は直ぐに『ソレ』を直感した。何故なら『ソレ』はもう既に経験したことがあったからだ。

 あの時感じた力の奔流はそういう事だったのだろう。



「――そう。“食べる事”だ。それが唯一体内の魔素を活性化させる」



 その言葉で、非人街での全ての事が合点がいった。

 食事をとらなかった事により倒れた少女。味噌湯を飲ませた事で体内の魔素が活性化したに違いない。 



「しかも魔素というのは、ただ何かを食えば良いというものでは無い。それを効率良く活性化させる方法がある。それが『料理』だ」


「り、料理!?」


 

 素っ頓狂な声を上げ、ミアキスに反射的に聞き返す稲豊。

 それに答えたのはアドバーンだ。



「――そう。食べた物の味が良ければ良いほど、体内で吸収し活性化する魔素の量が多くなるので御座います。そして味の悪い物を食べると、魔素は逆に活動を弱めるのですな」



 そこまで言って、テーブルの上の灰色のスープに視線を落とすアドバーン。

 その視線の意味に稲豊は気付く。つまりナナの用意したこの食事は、魔素の補給どころか。逆に弱体化を促すとアドバーンは伝えているのだ。皿の中の料理から、異様なオーラが漂う錯覚を覚える。



「そして一般的には、魔素が“活性化することを魔素が増える”。魔素が“活動を弱める事を魔素が減る”と表現しているのじゃ。――どうじゃ? 如何に魔素、ひいては料理が大切なものか理解出来たかの?」


「え、ええ。理解しました!」



 稲豊が考える以上に自分の役職が重要だという事を気付かされる。楽な仕事だと少しでも考えた自分が恥ずかしい……、この仕事は文字通り皆の生命を預かるものだ。背中に責任が伸し掛かって来るのを感じた。



「話が一区切りついた所でナナよ。妾の部屋から何でも良いので酒を持って来てくれんかのぉ?」


「はい! 持ってきます!」



 右手を上げ。元気よく返事をするナナ。そしてミアキスの前にある空の皿をサービスワゴンに乗せる。

 驚くことに、ミアキスはナナの手料理を完食していた。



「す、凄ぇ……」



 ナナの去った食堂で、稲豊は感嘆の声を漏らした。



「ではミアキス。すまんが頼む」


「申し訳ございませぬ! ミアキス殿ぉ!!」



 ルトとアドバーンが自分の前の皿をミアキスの前に移動させると。「承知」と答えたミアキスが、ハイペースでその皿の料理を、自らの胃袋に処理していく。



「ちょっとぉ! お二人共いくらなんでも!?」


「貴様! 先程の話を『理解した』と言ったではないか! コレを食えば魔素が減り、妾は死ぬのじゃ!」


「ええそうですとも! コレは不可抗力というやつですな」



 子供みたいに駄々を捏ねるルトと正当性を主張するアドバーン。

 二人は似た者同士なのかも知れない。納得のいかない稲豊の様子を見たミアキスが口を開く。



「ほんはいはい。はれはひしふえ……」


「飲み込んでから喋って下さい!」



 リスの様に頬を膨らませながら話すミアキスを、稲豊は注意する。

 口内を空にした後で、その口元を手拭いで拭きつつ「失敬」と前置きするミアキス。



「少年。問題は無いのだ。我の味覚は未熟故、味の機微を判断出来ない。味が良く分からないと言う事は、魔素も減りようが無いのだ。食材に含まれる魔素は微量なので、大量に食べねばならぬのが玉に瑕だがな」



 説明しながら稲豊の皿を持って行くあたり、『本当に良い人だ』と稲豊は熱くなった目頭を押さえる。


 ミアキスが全てを平らげた後で、ワインを持ったナナが戻ってくる。全て空になった皿を見て、満面の笑みを浮かべるナナの姿が心に刺さる。稲穂とナナは氷水、それ以外のグラスにワインが注がれ、ルトはそれを確認すると、乾杯の音頭をとる。



「では、異世界からの来訪者に乾杯」



 皆でグラスを天にかざし、中身を同時に煽る。それで就任食事会はお開きとなった。



:::::::::::::::::::::::::::



「おお~!」



 これから世話になる部屋は一人では持て余す程広く。タンスや机に鏡など、家具も充実している。大きなベッドの足下には料理鞄。机の上には携帯電話、財布、綺麗になったタッパーが置かれていた。ナナかミアキスのどちらかだろう。



「久し振りのベッドだ」



勢いをつけて、ベッドに倒れ込み。自分の幸運に感謝する。そのまま瞳を閉じ、こちらに来てからの数日間を振り返っている内に、眠りに誘われる。



久方振りの安眠を満喫する稲豊だったが。

明日この世界が牙をむき、襲って来ることを、彼はまだ知らない。

矛盾無い……よな。無い……ハズ。


あったらスミマセン!

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