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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第98話  「四年前 前編」


 

 四年前。


 争闘そうとうを続ける両国家に挟まれた森の中。

 そこには多くない人間が住む長閑のどかな村と、勇猛な人狼族の暮らす小さな村が存在していた。


 そう離れた場所にない二つの村は、睨み合いを続ける周囲の状況など何処吹く風。何十年もの昔から、まるで家族のように親交を深めていた。食料が不足すれば人狼族が狩りで得た獲物を渡し、作物の収穫に困った時は人間達が種を提供する。そうして人口も多くない両村は、今まで共生を続けて来たのだ。


 人狼族は狩りが得意ゆえに、その恐ろしさも当然ながら熟知している。

 なので『成人するまで狩りを禁ずる』という掟が生まれたことも半ば必然と言えた。しかし勇猛な人狼族の中には、それに納得のいっていない者も少なからず存在する。勇ましい戦士である父と、優しくも逞しい母の下に生まれたミアキスも、例外ではなかった。

 

『私だって誇り高き人狼族の戦士だ! 魔獣如きに遅れをとったりするもんか!!』


 今のミアキスが聞いたら赤面するような言葉も、当時の彼女は平気で口に出していた。朝早くから狩りに出ていく大人達の背中を眺めながら、いつもミアキスはモヤモヤとした気持ちを溜め込み続ける。『早く認められたい』という若さゆえの不満。それを持て余した彼女が取った行動は、きたる日を迎えるべく研鑽けんさんを積むことであった。


 日に日に研ぎ澄まされる自身の武の才能を噛み締めつつ、ミアキスは日々鍛錬を重ねていく。そんな彼女の勇猛さが掟の存在を見えなくするまで、そう時間は掛からなかった。


『感覚を研ぎ澄ますには実戦が一番!』


 どこかで聞いたような教えを言い訳にしながら、ミアキスは皆の目を盗んで一人狩りに出掛けた。そして自己満足が欲しかっただけの彼女は、初めて行った狩りで“あるもの”を目撃する。


 獲物の臭いを追っていたミアキスが偶然見つけたのは、体長三メートルを有に超える熊型の魔獣。エンプティーベアに襲われている人間の少女の姿だった。成人になっていないミアキスよりも更に若いその少女は、銀色に輝く細剣を左手に持ち、必死の形相で魔獣の猛攻を凌いでいる。


『よりによって最初に遭遇した獲物がヤツか……!』


 ミアキスは口唇を噛みながら少女と自身の不運を呪った。

 空腹熊エンプティーベアはその名の通り、いつも腹を空かして貪欲なまでに獲物を欲する魔獣である。一度目をつけたが最後、獲物から目を逸らすことはまずあり得ない。幾つもの動物を絶滅させている、この森で最も危険な生物と言っても過言ではない猛獣だ。遭遇した場合は、速やかな“その場”での対処が掟付けられている。


『い、いけるか?』


 巨躯をものともしない俊敏さと、かすっただけで肉を抉る豪腕。

 本来なら数人掛かりで仕留める獲物なだけに、勇猛を自負するミアキスでも足が言う事を聞かない。彼女が勇気を奮い立たせている合間に、年齢とは相反して健闘する少女も、遂に大木の幹を背負ってしまう。


 もう逃げ場は何処にもない。

 

 舌舐めずりして少女へ迫る魔獣を岩影から確認したミアキスは、ようやく勇気の行き渡った右腕を動かし、慣れた手付きで竹製の弓に矢を番える。そして糸を目一杯に引き絞り、照準を合わせた後で矢を解放した。何千何万と練習を重ねてきた弓での狩り。日頃の鍛錬の成果は、ここ一番で発揮の時を迎える。


『グオオオォォォ!!』


 矢は見事エンプティーベアの右目を貫き、獣は大きな咆哮を上げる。

 予想外の一撃に驚いたのは魔獣だけでなく、黒い髪の少女もまた同様であった。驚愕の表情で矢の飛んできた位置へ視線を走らせた彼女は、そこでようやく弓を構えた人狼の存在に気付く。


『早くこっちへ!!』


 切羽詰まったミアキスの言葉で我に返った少女は、無我夢中で魔獣の攻撃範囲テリトリーを脱する。そして人狼の側まで駆け寄った彼女は空腹熊エンプティーベアを視界に捉えながら――


『ありがとう。助かったわ!』


 と、未だ緊張感を湛えた表情のままで、感謝の言葉を述べた。

 見知らぬ人間の少女とは言え、役立てたことにミアキスが些かの喜びを感じたのも束の間、逆上した獣は再びのたけり声を出す。そして残った左の眼で、人間と人狼をギロリと睨みつけた。


『ここで仕留めるしかない……!』


『わかった』


 ミアキスの無謀とも取れる提案にも、少女は動じたりはしなかった。

 勇ましい瞳を魔獣へと縫い付けると、腰を低く落とし戦闘態勢へ移行する。そして人狼も彼女に習い、矢をもう一度標的の方へと向けた。


『ガァァッ!!』


腕力強化魔法ラ・アース・ドーラ!』


 魔獣が雄叫びを上げて突進するのと同時、少女が魔法を唱える。

 己だけでなく一定の範囲内の者を強化するように掛けられた魔法は、それを初めて体感するミアキスに少しの驚きを与えた。


『……これが魔法』


 魔法を扱える人狼も里には数名いたのだが、その恩恵を受けられるのは狩りに出掛ける勇士だけ。ミアキスの心に、戦士だと認められたかのような誇らしい気持ちが湧き上がる。そして彼女は湧き出る想いをぶつけるかの如く、軽くなった弦から指を離した。


 見事命中。


 ミアキスの放った矢はエンプティーベアの眉間を捉える。

『やった!』と軽い喜びの声を出した二人だったが、この後に予想外の事態が彼女らを襲う。



『グルルォォ!!』



 頭を射抜いたにも関わらず、魔獣がそのままの勢いで二人へと向かって来たのだ。


 虚を突かれた少女の判断は一歩遅れる。

 それが致命的なミスとなって、彼女はまともにエンプティーベアの洗礼を浴びることとなった。


『――――グッ!』


 突き出された剛爪を何とか剣で受け止めるも、魔法で強化されたとはいえ少女の細腕が魔獣に勝てるはずもない。その小さな体は、いとも容易たやすく宙を舞う。細剣と離れ離れになり投げ出された黒髪の少女は、木の幹に背中から叩きつけられ、呼吸を忘れて苦しみに悶えた。


 しかも魔獣の猛攻はまだ終わらない。

 エンプティーベアは少女を吹き飛ばした勢いのまま、その巨体をミアキスへと突進させる。獣の俊敏さに驚きつつも、人狼は自身の体と牙の間に弓を割り入れることに成功する。だがそれは修練を共にした弓の犠牲を意味していた。竹弓は容易に噛み砕かれ、二人は絶対絶命の状況へと追いやられる。


『……ここまでか?』


 ミアキスの脳裏に諦めの色が浮かんだ――――その時。

 黄金色をした人狼の瞳に、一筋の光が差す。自然とそちらへ目を移した彼女が見たものは、少女の手より離れ地面に突き刺さった細剣の姿だった。剣は木漏れ日を反射し、まるで自身を主張するかのように銀色の光をミアキスへと浴びせていたのだ。


『よし!』


 ミアキスは飛び付きながら銀色の細剣を手に取ると、殆ど間を置く事無く魔獣へ向けて飛び出した。当然それを迎え撃つエンプティーベア。獣のただ唯一の誤算は、弱っていた獲物を後回しにしたことだろう。人狼の剣と魔獣の爪が交差するその刹那。


『ガッ!?』


 音もなく飛んできた水の飛沫が、残っていた魔獣の左目に直撃する。

 視界を奪われ体を硬直させるエンプティーベア。その一瞬のすきがミアキスに光明を生んだ。彼女の全身全霊を懸けて放った渾身の刺突。細剣はスルリと獣の胸に滑り込み、的確に心の臓を貫いた。


 間を置かず森に響き渡る、断末魔の咆哮。


 耳が痛くなるのを感じながらも、ミアキスは最後の力を剣へと込める。

 そして時間の感覚さえ曖昧になった頃、そこには一つの魔獣の死体が横たわっていた。


『大丈夫か?』


『ええ……なんとか』


 ミアキスが手を差し伸べると、少女は素直に手を取り体を起こした。

 二人は自らの命がまだあることに驚きを覚えつつも、互いの健闘を称え合う。


『最後の水魔法は絶妙なタイミングだった。この剣の事もだが、恩に着る』


『いえ私の方こそ、貴女が来てくれなかったらきっと死んでいたわ。本当にありがとう』


 ミアキスから受け取った細剣を腰の鞘に収めた少女は、頭を深々と下げて礼を告げた。


 当面の危機が去った事により安堵する人間と人狼。

 余裕が生まれた二人は、ふと命の消えた存在へと目を移す。襲ってきた相手とは言え、嫌な気持ちは残り香のように双方の中を舞い続ける。


『なぜグヤの木の煙も浴びずに森の奥(こんな所)に来たんだ?』


『ごめんなさい。私この森に来たの初めてだったから……。グヤの木の煙は浴びた方が良いの?』


『この辺の者なら必ず浴びる煙だ。空腹熊エンプティーベアもそうだが、魔獣の大半が嫌う臭いを発する。森を歩く者の常識だぞ?』


『……次からは絶対浴びることにする』


 ミアキスの話に一度落ち込みを見せる少女だが、次の瞬間には真剣な表情を人狼へと向けていた。


『友達を捜してこの森にやって来たの。貴女見なかった? 私よりも背が低い子なんだけど』


『子供か? いや、見掛けなかったが』


『……そう。あの子ったらどこに――――――あっ!』


 会話の最中に、少女が突然声を上げる。

 彼女の視線が自身の後ろにあることを察したミアキスは『何事か?』と振り返り、そして少女にも負けないぐらいの大きな声を出した。


『うわぁ!!!!』


 いつの間にか背後にいた存在に面食らったミアキスは、あまりの驚きと恐怖から尻もちをついてしまう。そんな人狼の情けない姿を差し置いて、黒髪の少女は“異様”な存在に歓喜の表情で走り寄った。


『エレーロ! 良かった、近くにいたのね! もう私から離れちゃダメよ?』


 少女がそう言って抱き寄せたのは、ミアキスが生まれて初めて遭遇した未知なる存在であった。


 人間の子供に近い体形をしているが、その体は水色に透き通っている。

 しかし透明にも関わらず、顔面にはありありと人の表情が浮かんでいるのだ。よく見ればまだ幼い少女のようにも見える筈だが、今のミアキスの何処にもそんな余裕は見つからなかった。


『お、お化け……?』


 ヨロヨロと立ち上がったミアキスは、木の背後に隠れてから黒髪の少女に問い掛ける。幾ら狩りの腕を鍛えようとも、実体の無い存在には太刀打ち出来ない。人狼は震えながら、尻尾を股の間に挟み込んだ。


 少女は先程とはあまりに違う人狼の姿にクスリと笑ってから、手を振り『違う』というサインを送る。


『彼女は水の上級精霊のエレーロ。会話自体は出来ないのだけれど、ちゃんとこちらの言葉も理解しているわ。可愛くて良い子だけど、好奇心が強すぎて勝手に行動しちゃうのが玉に瑕ね。貴女は上級精霊を見るの初めてかしら?』


『あ、ああ……。話には聞いていたが初めて見る。コレ……いや彼女が上級精霊なのか』


 エレーロはこくこくと首を縦に振り、くるくると嬉しそうに黒髪の少女の周りを回る。その光景に幾分かの恐怖が解消されたミアキスは、それでも震える足を何とか動かし、ようやく木の影から脱出することに成功する。そして横目で水の精霊の様子を窺いながら、


『さ、捜し人(?)に巡り会えたのなら何よりだ! うん。とにかく急いでこの場を離れよう。いつまた魔獣に襲われるかも分からない』


 と話を急がせた。

 異論のない少女は『そうね』と頷き、エレーロと手を繋いだ。まだ慣れない上級精霊から敢えて目を逸していたミアキスは、外した視線の先にある魔獣の死体を見て『あっ』と声を出す。


『しまった。熊を何とかしないと』


『私はエレーロに会えただけで満足したから、熊は貴女に譲るわ。狩りとしては大収穫ね!』


 黒髪の少女は自分の事のようにミアキスの狩猟の成果を喜んだのだが、当の本人は渋めの顔。それもそのはず、村にエンプティーベアを持ち帰ることは、掟破りを公言するのと同義であるからだ。小さな獲物なら言い訳も利くだろうが、ここまでの収穫となるとそうもいかない。


 かといって、森の恵を捨てるなどもっての外。

 ミアキスは誰の目から見ても分かるほどに表情を悩ませ、深く大きく唸った。そんな人狼の様子に気付いた少女は、助け舟を送るかのようにこんな提案を持ち掛ける。


『じゃあ、私が駐留ちゅうりゅうしてるポタロ村に運ぶのはどうかしら? 人狼族と交流の深い村だと聞いているわ』


 少女の提案にミアキスはぽんと手を打ち、そして言った。


『名案だな。ポタロ村ならここからそう遠くはないし、君が狩ったことにすれば私の名誉も守られる。だが――――』


 そこで一端言葉を区切り、ミアキスは黒髪の少女を真っ直ぐに見据える。

 そして引っ掛かった“台詞”を彼女へと質問した。


『いま君は“駐留”という言葉を使ったな? ポタロ村の人間でも無いようだが……君は一体何者なんだ? 私はミアキス・ロックブラッド。見ての通り人狼族の里に住む戦士だ』


 ミアキスの質問と自己紹介に少女は驚きの表情を浮かべたが、直ぐに顔を明るいものに変える。


『そう言えば、自己紹介がまだだったね』


 軽い笑いを零した後、少女は朗らかな様子で――――




『私の名前はレトリア=ガアプ。エデン国の僧兵なの』


 自らの正体を明かした。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 ミアキスとレトリアが邂逅を果たしてから七日後の昼。

 

「またポタロ村に行くのか?」


 自宅裏でグヤの木を燻し、その煙を浴びていたミアキスに声を掛けるのは、顎髭を薄く生やした灰色の耳と尾を持つ人狼。ミアキスの父親である。


 禁猟日に自宅にいる父がそう問い掛けたくなるほどに、彼女はあれ以来ポタロ村に足繁く通っていた。魔獣相手に共闘し、レトリアと意気投合したことが最大の要因となっている。

 

「はい。今日はレトリアに魔法を教授して貰う約束をしてあります!」


「あらぁ。だったらミアキスは魔法使いを目指すのかしら?」


 興奮気味にそう話すミアキスの下に、父だけでなく母親まで集まってくる。

 金色の尾を振りながら、温和な口調と表情で娘をからかう母に、ミアキスは先程とは別の意味合いで鼻息を荒くした。


「森の戦士として強固たる存在になる為。そして勇士達の為に魔法を学ぶのです」


「どうだかな。『戦士よりも魔法使いになりたい』とか言い出すんじゃないのか~?」


 母に便乗する形で誂う父に、ミアキスは隠すこと無く不満な顔を披露する。

 そしてプイと父親から顔を背けた彼女は、


「そんな態度を取る父さんには、魔法を習得しても使ってあげません」


 そう言い、不貞腐れた様子で新調した弓を肩に掛けた。

 父は「うそうそ!」と今更ながらに弁解をするが、後の祭りである。ミアキスは勝ち誇った顔を浮かべた後で舌を出し、ポタラ村へと向けて駆け出した。


「ちょっと待って」


 そんな彼女の背中に、母親より声が掛かる。

 何事かと振り返り足を止めたミアキスに、母が駆け寄り既に絞められているキクリ鳥を手渡した。体調五十センチほどのその鳥は、月に一羽獲れたら幸運という森の珍味。人狼族の中でも飛び切りのご馳走である。


「持って行きなさい。ポタロ村の皆さんにもよろしくね?」


「うん。ありがとう!」


 キクリ鳥を持った右手を掲げて、ミアキスは気の利く母親に感謝の意を表す。

 母の隣で残念そうに尾を垂らす父に少しの申し訳無さを感じながらも、彼女は意気揚々と人狼の里を出る。目指すはレトリアの待つポタロ村。ミアキスの心は、今まで感じたことが無いような高揚を覚えていた。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



「レトリア!」


 ポタロ村に入り、程なくして目当ての人物を見つけたミアキス。

 人狼は尾を振り振り、黒髪の少女の下へと向かう。


「今日も時間通りね。ミアキス」


「魔法の授業を楽しみにしていたからな。これはその礼だ」


「そんな悪いわ! この前の熊だって貴女に貰ったばかりなのに」


「気にするな。友好の証だとでも思ってくれれば良い。この鳥は煮ても焼いてもイケる、私を含めた人狼族の好物だ。さあ、そんな事より魔法を教えてくれ!」


 待ちきれないと言った様子で尾を振るミアキスを見て、レトリアは「わかったわかった」と破顔する。そして村の外れにある人気のない広場へと移動した二人は、早々に魔法の練習へと取り掛かった。


「前にも言ったのだけれど、魔物は種族によって魔法の得手不得手があるわ。人狼族が比較的得意な魔法を今日は教えるわね?」


「ああ。構わない。元より全ての魔法を扱えるだなんて思っちゃいないさ」


「よかった。じゃあ最初に肉体強化の魔法なんだけど――――」



 それから二時間。

 ミアキスは魔法の練習に真摯に取り組み、彼女がやっと感覚を掴めたところで、


「それじゃあ、休憩にしましょうか?」


 とレトリアからの“待った”が掛かる。

 ミアキスとしては何時間でも練習を続けたいとすら思っていたのだが、教師の指示では仕方ない。二人は大きな切り株を椅子代わりに、骨を休めることで同意する。


「ミアキスはよく弓で狩りをするの?」


 切り株の脇に置いてあった弓を見て、レトリアがそんな質問を人狼へと投げ掛ける。するとミアキスは「いやいや」と首を左右に振った。


「前にも言ったと思うが、私の村では成人するまでの狩りは禁止されているんだ。この弓はただの護身用さ」


「そういえば熊退治の日は掟を破って狩りをしていたのよね? ミアキスって一見まじめそうに見えるけど、結構やんちゃよね」


「その“やんちゃ”のお陰で命が助かったのは誰だったかな?」


「あはは。ホントね!」

 

 麗らかな陽気に、人間と人狼の笑い声が木霊する。

 レトリアは一頻り笑った後で立ち上がり、ミアキスの方を向いておもむろに口を開いた。


「ねぇミアキス。剣術も学んでみない?」


「剣術? なぜ?」

 

 ミアキスのする当然の返答に、レトリアは訓練用の木剣を勇ましく構える。

 そして突くような仕草を見せてから、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あの時の貴女の姿が目に焼き付いて離れないのよ。すっごく格好良かったから。絶対に剣術の才能があると思う!」


「そ、そうだろうか?」


「絶対! 少し嫉妬しちゃうわ。“騎士”を目指している私よりも才能があるなんて」


 少し引き気味のミアキスが「騎士?」と首を傾げると、レトリアは興奮気味な様子で大きく頷く。そして少女は一歩後ろに下がると、木剣を天高くかざした。


「そう! 『騎士』。強くて誇り高くて、大切なものを守る為なら全力を尽くす。正義の騎士! 子供っぽいかも知れないけれど……私の憧れなの」


 一人盛り上がった後で、我に返り小さくなるレトリア。

 ミアキスは少女がそこまで憧れる『騎士』に、少なからずの興味を持つ。


「騎士は森の戦士とは違うのか? 私ら人狼族も誇り高く、そして強いぞ」


「なかなか難しい質問をするわねぇ。森の戦士が森や仲間を守るのなら、騎士は君主の為に命を捧げる感じかな? 私は自分の主を守るのと同時に、国を守りたいの」


「……国を守る」


 国を持たない人狼族、その一員ミアキス。

 愛国心など持ち合わせていない彼女だったが、何故かこの時のミアキスには、少女の言葉が深く心に残った。


 国を守れるほどの強く誇り高い騎士。

 そのような存在になれたら、それはどれだけ素晴らしいことだろうか?


 そんな想いが、ミアキスの胸を静かに熱くする。

 レトリアの夢見る瞳に拍車を掛けられたこの瞬間ときから、ミアキスは騎士への憧れを抱く事となった。


「けど、今は見習い兵士以下。こうして神官長や他の兵士達について来ては現場で待機。まだまだ騎士までは程遠いのが現状ね」


「そう言えば、君以外の僧兵はあまり見掛けないな? 普段はどこで何をやっているんだ?」


 ため息を吐き項垂れる少女に、ミアキスが記憶を思い返しながら質問を重ねる。彼女が何度となくポタロ村に足を運ぶ中で、レトリア以外の僧兵は片手の指で数えられるぐらいしか見掛けてはいない。人狼が疑問に感じるのも当然と言えた。

 

「さぁ? 私含め五人で来たんだけど、赴いた理由は教えて貰えなかったから……。ただ何かの“調査”とだけ聞かされたわ」


「お互いに重要な案件では蚊帳の外と言う訳か。努力をするしかないな」


「そうね。一歩ずつ進みましょうか!」


 気合の入った言葉で面を上げたレトリア。

 ミアキスはそんな少女を見て、彼女の夢が叶う日を切に願った。



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