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メシマズ異世界の食糧改革~神の舌を持つ俺は、魔王の姫に拾われる~  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第97話  「二人の思惑」



「うわぁ! スゴイ!」



 エルルゥ家の庭を見たナナは、珍妙な生物達を見て歓喜の声を上げた。

 瞳はキラキラと輝き、その両手は夢見る少女のように胸の前で組んでいる。ルトの屋敷を発つ前の覚悟を決めた顔とは、まさに雲泥の差だ。



「ねぇねぇイナホ様! さわってもいいですか!!」


「今んとこ噛まれたり刺されたりした事はないけど、一応気を付けてな?」



 念のために注意を促した後で、稲豊は慣れた手つきで鉄柵の門を開ける。

 すると中にいた動物達は匂いからそれを直ぐに察し、大挙した彼等によって瞬く間に一行は覆われてしまう。



「スゴイスゴイ!!」


「この圧力はヤバイねー。相変わらず」


「まあでも、この生き物達の目的は一つなんやけどな」



 マリアンヌの言葉通り、ペット達は稲豊以外の者には目もくれず、我先にと少年に甘えだす。横になりお腹を出したり体を擦り付けたりと、その甘え方も様々である。

 


「よしよし! 慣れてしまえば可愛く見えてくるから不思議だ」


「いいな~! イナホ様良いな~! うらやましいです!!」



 動物達と戯れる稲豊と、そのおこぼれに与ろうと羨ましながらペット達に手を伸ばすナナ。一行が束の間のブレイクタイムを堪能していた時。

 


 その終わりは呆気なく訪れた。



「…………ナナ」


「――――あ」



 珍しく庭に姿を見せたミアキスに、ナナは表情を一変する。

 二人はしばらくの間、言葉もなく寂しげな瞳を交差させていたが、やがて意を決した少女の方から口を開く。



「ミアキス様。お変わりない姿でナナは安心しました。イジメられてないですか? ガマンしてないですか? 最近冷え込んで来ましたので、今日は差し入れを持って来たんです!」



 ナナはメイド服の背中部分から器用に袋を取り出すと、それをミアキスの前へと差し出した。



「マフラーです! 他に欲しい物があればなんでも言って下さい! ナナに用意できる物なら、なんでも用意しますから!!」



 ハキハキとした声を出すナナだが、その様子が空元気であることは誰の目にも明らかだった。しかし、ミアキスは少女の期待に応える訳にもいかず、ただ無言でそれを手に取るしかない。そして俯きがちに袋に手を伸ばしたミアキスは、それを受け取ろうとして違和感を覚える。



「……ナナ?」



 少女は差し出した袋にミアキスが手を掛けているにも関わらず、それを離すまいと力を込めて袋を握っていたのだ。袋越しに伝わるナナの強く悲しげな意思に、ミアキスの顔は困惑で一杯となる。


 そんな長くも短い硬直の時間。

 それは一人の青年の、こんな言葉と共に打ち破られた。



「毎日毎日ご苦労な事だな。そのくだらない労力をもっと他の事に傾けたらどうだ?」


「――――っ!?」



 嫌味を言いながら登場したネロに、ナナは見て分かるぐらいに体を跳ねさせる。

 そして袋から手を離した少女は、逃げるように稲豊の背中へと回り込んだ。

 


「ミアキス。クリステラ様がいつもの場所でお呼びだ。すぐに行け」


「…………承知」



 皆を一瞥した後で、マフラーの入った袋を手に庭を去るミアキス。

 ナナはその背中に憂いを帯びた視線を向けたが、数秒後には瞳に燃えるような感情をたぎらせ、ネロをキッと睨みつけた。



「今日は更に人数が増えているじゃないか? 結構なことだが、その役立たずをどうするつもりだ? 屋敷に上げるのは汚れるんで勘弁願いたいのだが?」



 少女の視線に気付いたネロは、それを非道な言葉で打ち返す。

 あまりに酷い言葉にナナは涙を浮かべたが、その瞳だけは負けてはいなかった。強い眼差しで、射抜くように青年を睨み続けている。

 

 そして青年を睨んでいる視線は一つだけではなかった。

 いつもナナに恩を感じいている稲豊は、先程のネロの言葉に腸が煮えくり返るような思いを感じていたのだ。



「やすい挑発だな。悪いがその手には乗らねぇよ?」



 しかし稲豊はそこを理性でグッと堪える。

 ここで手を出してしまえば、それはネロの思う壺。出入り禁止という大義名分を相手に与える事になってしまうからである。少女の頭にポンと手を置いた稲豊は、意識して冷静に振る舞うことにした。



「ナナは役立たずなんかじゃない。屋敷の中で一番の働き者だし、何よりこんなに可愛い。俺はこの子が今のミアキスさんと同じ状況になったとしても、絶対に取り戻そうとするよ。それだけ、なくてはならない存在なんだ」



 稲豊の言葉を聞いたナナは、潤んだ瞳を少年へと向ける。

 そして恥ずかしそうに俯いた後に、屋敷を出る前のような強い表情を浮かべ再びネロを睨みつけた。


 その視線が面白くない青年は心の中で舌打ちをし、そして――――



「はっ! ならお前が屋敷で一番の役立たずという訳か? ルートミリア様が何故お前のような役立たずを雇ったのか理解に苦しむよ。素晴らしい御方だが、彼女唯一の欠点は使用人を見る目がなかったことだな」



 負け惜しむかのようにそう吐き捨てる。

 しかしネロは気付いていなかった。少年を馬鹿にする言葉が、この場ではどういう意味を持っているのかを……。



「マリお嬢。抑えて下さい」



 今まで少し離れた場所で静観していたタルタルは、瞳に暗い影を宿したマリアンヌを見て小声で告げる。しかしそれでも止まらない事を察した彼は彼女の前に立ち、その身でもってマリーの視線からネロを隠した。



「止めんといてよタルタル。大切な人が馬鹿にされたんやで? そんなの許せる訳がないやないの」


「ダメですって。別の王女のコックに手をあげるなんて。マリお嬢の立場を悪くするだけですよー」


「別にかまへん」



 制止を振り切り行こうとするマリアンヌ。

 力が一杯に込められたその右拳で殴られては、人間であるネロは軽傷ではすまないだろう。下手をすれば死んでしまうかも知れない。それを知っているが故にタルタルは止めに入ったのだが、頭に血が上ったマリーは止まる気配を全く見せない。



『もうダメかも』



 タルタルの脳裏に早くも諦めが浮かんだ――――次の瞬間。






「どっちがですか!!!!!!!!!!!」



 稲豊の後ろに隠れていたナナが、遂にその感情を爆発させた。

 突然上がった大声に皆だけでなく周囲の動物達も驚く中で、少女は怒りの形相でネロの前に歩み出る。



「イナホ様は頑張ってます! 平和な国からいきなりこんな場所に飛ばされて、人間だからって理由だけで嫌われるこの国で……イナホ様は頑張っているんです!! そしてその成果を出してご主人様にも認められています! 失態をして屋敷を追い出されたあなたとは違うんです!! あなたの方が…………よっぽど役立たずじゃないですか!!!!!!」



 涙を浮かべて激怒する少女の剣幕に、毒気を抜かれたマリアンヌは歩みを止め、ネロは呆然と立ち尽くす。そしてしばらくの沈黙が場を支配した後に、稲豊が再びナナの頭に手を置き、青年に言った。



「目的も果たしたし、今日はもう帰るわ。じゃあ、また明日な」



 一方的に別れを告げた稲豊は、興奮冷めやらぬナナの手を取り、来訪したばかりのエルルゥ家の屋敷を去る。そして当然それに続くマリーと護衛のタルタル。護衛の彼の顔がほっとしたように見えるのは、見間違いではないだろう。



「この僕が…………役立たず……だと?」

 


 庭にポツリ残されたネロは、稲豊達が見えなくなった後も、一人いつまでもワナワナと肩を震わせていた。




:::::::::::::::::::::::::::




「ご、ごめんなさい……」



 ルトの屋敷へと蜻蛉返とんぼがえりする猪車の中で、ナナは開口一番伏し目がちにそう零した。少女は借りてきた猫のように小さくなってしまったが、稲豊はそれを微笑ましそうに眺めた後で、



「謝る必要なんて全然ないぞ! 寧ろグッジョブ!」



 と親指を立てて彼女を労った。

 訳が分からないといった顔を浮かべるナナに、稲豊は更に言葉を続ける。



「今回の『ミアキスさん説得作戦』には、実は隠れたターゲットがいたんだ」


「……ターゲット?」



 首を傾げる少女の言葉に、稲豊は首を軽く縦に振る。



「恐らく黒幕とも呼べる男…………ネロだ。非人街やエルルゥ家での会話から、アイツが今回の事件に関わっている事は明らかだった。だから俺はミアキスさんの説得をしつつ、アイツにもちょっかいを掛け続けていたんだ」


「わざとイライラさせる事をして、アイツが折れるのを待ってる最中なんよ。つまり今回の根比べはミアキスだけやなく、ネロも交えた根比べやった――――ちゅう訳やね」


「は~! じゃあ、ナナのやったことは大丈夫だったんですね?」



 二人の説明を聞いたナナは大きく感心すると共に、自身の今日取った行動が間違いではないことに安堵の息を吐いた。



「そ! お前が勇気を出してくれたお陰で、今頃アイツの自尊心プライドはズタズタだ。傷付いた心に、終わり無く嫌がらせに来る連中。そして、それを解決する手段は一つだけ。アイツの方から動き出すのも、きっとそう遠くない――――」



 稲豊がそう見立てた通り、その日の内に事態は急な動きを見せた。



 夜。

 自室へとミアキスを呼びつけたネロは、彼女が入室するなり声を荒げる。



「奴等をなんとか出来ないのか! お前の元同僚だろ!? 毎日毎日毎日毎日…………鬱陶しくてしょうがない!!」



 叫びにも近い声を出しながら、ネロは近くにあった木製の椅子を蹴り飛ばす。

 だが幾らミアキスを怒鳴ろうとも、彼女に何も出来ないことぐらい青年にだって理解わかっていた。何かにでも当たらないと、湯水の如く湧き出る怒りをどうしようもなかったのだ。



「……あの少年の意思の固さは本物だ。恐らく納得が行くまで、何年経とうとも訪問を止める事はないだろう。そういう少年なんだ彼は」



 どこか嬉しそうな表情をするミアキスに、更にネロの神経は逆撫でされる。

 そして「どうしたものか?」と部屋を歩きながら考え事をする彼は、あるとき不意にその歩みを止めた。



「いや待てよ? 寧ろこれはチャンスなのでは……?」



 ふと頭に浮かんだアイデアにそんな言葉を零したネロ。

 彼はしばらくその考えを吟味した後、部屋の扉の前で控えるミアキスへと視線を走らせる。



「……あの男に理由を話しても構わない」



 ネロの言葉に、ミアキスは大きく目を見開く。

 何故ならその理由を口止めしていた犯人は、他でもない彼だったのだから。



「ただし、言っていいのはあの男にだけだ」



「少年だけ……」



 その言葉を聞いたミアキスは、自身の首を覆うマフラーへと目を落とす。そこには一匹の蜘蛛のアップリケ。ミアキスは愛おしそうに蜘蛛を眺めた後で、



「ナナにも伝えたい」



 とキッパリ青年に意思表示をする。

 十秒ほど悩んだ様子を見せたネロだったが、最終的には首を縦に振った。



「良いだろう。だが必ず口止めをしろ。“彼女”に知られるのだけは避けたいからな」



 そう言って窓ガラス越しに何処かへ視線を走らせたネロは薄く笑い、そして――――



「――――勝つのは僕だ」



 と、自分に言い聞かせるような言葉を洩らした。




:::::::::::::::::::::::::::




 翌日の昼。


 再びエルルゥ家に足を運んだ一行を出迎えたのは、何処か覚悟を決めた様子のミアキスであった。いつもとは違う彼女の雰囲気を感じ取った稲豊は、ミアキスの覚悟が伝播でんぱしたかのように真剣な表情へと変わる。



「すまないが、少年とナナだけこちらへ来てくれないか?」



 有無を言わさぬミアキスの迫力に、稲豊は無言で振り返り皆の顔色を窺う。

 ナナは力強く頷き、マリアンヌは不服そうな顔を浮かべる。そしてタルタルが視線で「離れても大丈夫?」と護衛の勤めを訴えるが、少年は無言で首を縦に振った。



「二人は適当な所で待っててくれ。また声を掛けるから」


「絶対やで?」


「じゃー風呂にでも行こっとー」



 そして稲豊とナナは、ミアキスに案内されるがまま庭園の端にある休憩所へと移動する。円形の屋根にベンチもあり、ペット達も比較的来ないその場所を見た少年は、「秘密の話をするには持って来いの場所だな」といった感想を持った。



「まったく! 少年にはいつも振り回されてばかりだな。ここまでするとは、予想だにしていなかった」


「こっちだって貴女には振り回されているんですから。お互い様です」


「フッ。違いないな」

 


 久方振りに軽く笑顔を覗かせた三人。

 それが今だけのモノかも知れないと分かっていながら、それでも三人はその空気を楽しんだ。しかし、どんなモノにも終わりは来る。やがて頃合いを見計らったミアキスは、先刻と同様な真剣な表情を浮かべ、そして口を開いた。



「我が屋敷を去った理由を話そう。それを聞けば、きっと少年もナナも納得が行くはずだ」



 ようやく明かされるその理由に、稲豊とナナは息を呑んだ。

 そして二人が口を挟む余地も無いまま、ミアキスの言葉は続けられる。



「だがその理由を言う前に、話さなくてはいけないことがある。それは我の過去、四年前に起きた事件のことだ。少し長くなるが……聞いてくれるか?」



 不安気な瞳を向けて問い掛けるミアキス。



 その言葉を受けた稲豊とナナは真剣な表情を浮かべ――――



 同時に力強く頷いた。






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