136話
「せっかくの再会をあれだけで済ませてよかったのかい?」
ハロルドに指示された空中要塞の動力部へ向かう道中、フィンセントがそんな言葉を投げかけてきた。
彼が今のように周囲を警戒しなければいけない時に軽口を叩くのは少し意外だった。エリカとしてはもっとお堅い性格なのだと思っていたのだが。
「……私情を優先できる状況ではありませんから」
確かにもう少し落ち着いた状況での再会であればそっと触れるだけでは留まらず自分からハロルドの胸へ飛び込んでいた可能性は否定できない。
エリカからすればかなり大胆な行為だが、そう思わずにはいられないほどには高揚していた自覚がある。安堵も歓喜も、そして何より愛おしさが爆発してしまいそうだった。
「私情、か。でも君はそのために危険を承知でここまでやってきたんだろう?」
「それは……まあ、そうですが……」
そもそもとしてハロルドを捜索しにきたこと自体、エリカからすればだいぶ私情を含んだ行為である。もちろんみんなハロルドを心配しているし、フィンセントも状況の確認やユストゥスの情報を聞き出したいという思惑こそあるが、そこにハロルドの身を案じる気持ちを確かに持っている。
だが、エリカ自身が仲間達と別行動をしてまで捜索する必要性があるかと問われれば、そんな義務や責任は存在しない。スメラギの人員を派遣して行うことだってできた。
それでもこうしてここに立っているのは、自分の目でハロルドの無事を確認したかったからだ。
「ご無事な様子を目にできました。今はそれで満足です」
「……君は聡明だ。理知的で、物事を俯瞰して見ることもできる」
「あ、ありがとうございます……?」
突然褒め称えられ、困惑しながらもエリカは感謝を口にする。
しかしそこから続いた言葉は予想外のものだった。
「だからこれは年長者からの余計なお節介だと思って聞いてくれ」
「なんでしょうか?」
「君のそういった美徳は、恋路においては不利になることもある。特にハロルドのような、一人で突き進んでいく男が相手だとね」
「な、何を急に……!?」
「言っただろう。ただのお節介さ」
冗談めかし、少しだけ肩をすくめてみせるフィンセント。
「君達の婚約が破棄されたことは聞いている。それでも彼のことを慕っているのなら、もっと利己的に振舞ってもいいのではと思うよ」
自ら余計なお節介だと前置きした通り、それに違わない言葉であった。
けれどエリカの胸に去来したのは決して不快な感情などではなく、暖かな優しさとリーファの真っすぐな笑顔だった。
「仲間にも同様のことを言われました。ハロルド様に対して『もっと自分本位になった方がいい』と」
「そうか。良い仲間に恵まれているようで何よりだ」
「ええ、本当に。私にとって一番の理解者……親友と言えるかもしれません」
少なくともエリカとしてはそう思っている。
自分に対して真っすぐに向き合ってくれる、想ってくれる相手がどれだけ大きな存在なのか、この旅を通してエリカは身に染みて感じていた。
「ですが中々上手くはいかないものですね。私としてもハロルド様と向き合っていこうと意識を改めたはずなのですが」
出会って間もないフィンセントにすらこう言われるということは、それだけエリカの態度が一歩引いているように見えるということだ。
加えて言うならばハロルドに対する想い自体は明け透けになっているから余計にそう見えているのだろう。まあそれについては今さら隠し立てするつもりもないのでどうだっていいのだが。
「自分を変えるというのは時によっては他人を変えることよりも難しい。だから焦らず、けれど意志を持って行動していけばいつか道は開けるだろう」
「その言葉、しっかりと胸に刻んでおきます……。それにしても、貴方もこういった話をなさるのですね。言ってはなんですが少し意外でした」
「ああ、まあ……場を和ますような軽口や世間話は苦手なんだがね」
「ではなぜ?」
そう問いかけられたフィンセントは初めて見せる、少しだけ気恥しそうな表情を浮かべた。
「君と似たようなものさ。親友に『お前は堅物すぎるって。その近づきにくい雰囲気をも~っと柔らかくしなきゃ』……などと言われたことがあってね」
ほんのわずかにコーディーの口調を真似ながら、懐かしむようにフィンセントはそう溢した。
「そういう自覚もあるし、正直に言うとあいつの人当たりの良さや自由奔放さに憧れてもいる。だから私も自分を変えるために藻掻いているのさ」
その言葉でフィンセントにとってコーディーがどれだけ大切な相手なのか伝わってくる。そして同時に、フィンセントとの間に奇妙な連帯感のようなものも芽生えたような感覚がエリカにはあった。
「ここを脱出した後、スメラギの方でもコーディー様の消息を探ってみましょう」
「それは……いや、ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
そう言ってフィンセントが大剣を構える。エリカもまた弓を手にして精神を研ぎ澄ますように眼前を見据えた。
和やかに会話をしている最中も絶えず周囲を警戒していた二人は、ふっと空気が静まるのを察知して戦闘態勢に入った。
二人の前にあるのは半円状の扉。間違いなくその奥に何者かが潜んでいる。
ハロルドから聞かされたこの要塞の動力部のおおよその位置に近いことから考えても、目的の水晶はここにある可能性が高い
「そのためにも、まずはこの先にいる相手をどうにかしなければいけないようですね」
「私が盾になる。相手次第だが、殺さずに拘束できれば最善だ」
エリカはこくりと頷き返す。
全員が無事に帰還するための戦いが幕を開けた。
◇
あまりの出来事を前にして事態を飲み込むことに多少の時間は要したが、それでもライナーは持ち前の前向きさでとりあえず行動しよう、とこの施設からの脱出方法を探すことにした。
正直なところ頭を使って色々考えることは苦手だし、今何が起きているかしっかり理解できているとも言い難い。
だが頼りになる仲間のエリカもいるし、ずっと憧れていた騎士団の団長であるフィンセントも一緒だ。自分にできないことは二人に任せて、自分はできることをやればいい。
それはこれまでの旅でライナーが学んできたことの一つだった。
『一人で及ばないなら群れろ。それが弱き者の宿命だ』
あの日、ハロルドに言われた言葉はライナーの中にしっかりと刻み込まれている。当初は弱いと評されたことに思うところもあったが、旅の中で自分の無力さ、及ばなさを様々な場面で痛感してきた。
ハロルドは「群れろ」と表現したが、それはきっと仲間を作れと言っていたのだろうと今となっては思う。
けれどその一方で、ライナーは強くなること、成長することにも貪欲であり続けた。
『だが強くあろうとすることだけは絶対に怠るな。自分が弱いと思っているならなおさらな』
それもまた、ハロルドからの言葉だ。もちろんこれだけが努力の理由ではなかったが、ライバルであり、目標であり、何よりも友達だと思っていたハロルドの言葉はライナーにとって道標とも言えるものだった。
そしてそんな相手だからこそ、ライナーはハロルドを信じたいと思ったし、そうするためには話をしなければいけないと考えて捜索に同行したのだ。
「おれの両親に怪我をさせる必要があったのか?」「あの剣を盗んだ目的は?」「おれをただ利用したかっただけなのか?」「ハロルドの目的っていったい何なんだ?」
こうして列挙すれば聞きたいことは山ほどある。しかし、いざ対面するとなぜかこと言葉に詰まってしまった
おまけに肝心のハロルドは今まさにとんでもない速度で自分の先を駆けていく。見失わないよう必死に食らいついていくこと以外に思考を割く暇もなかった。
それでも置いて行かれてたまるか、という執着にも近い一心で足を前へ前へと出し続ける。そんな時間が十分以上続いた頃、ようやくハロルドのスピードが落ち始め、ついに完全に停止した。
この旅を経て体力や持久力だって格段に成長した自信はあるが、そんなライナーでも膝に手をついて咳き込むほどには苦しい時間であった。その隣では少し乱れた息さえもう整いかけているハロルドが涼しい顔をしている。
「いつまでへばっている?」
おまけに容赦なくそんな言葉を投げかけてくる。相変わらず相手を思いやるようなことは言わないんだな、と闘技大会でのことを思い出して少しだけ懐かしい気持ちになった。
「はあ……はあ……もう、平気だっての!」
どこからどう見てもやせ我慢だったが、それでも体を起こしてハロルドの横に立つ。
そうして前を向けばそこには扉があった。
「ならさっさと先に進むぞ」
ハロルドは躊躇なく扉を開け放つ。
そこはクラストオーブとの戦闘があった場所に似た空間だった。あそこまで広く、かつ明るい白さではなかったが、今までの空中要塞の内部とは明らかに毛色が違っている。
「ここが動力部ってところなのか? なんもないけど」
「それはこの先だ。まあそう易々とたどり着かせるつもりはないようだがな」
忌々しそうにそう言い放つと、ハロルドは剣を握る。その視線は空間の奥にある四つのゲートを見つめていた。
そこでライナーも気付く。それらのゲートの奥に何かが潜んでいると。
「な、何がいるんだ?」
「恐らくはユストゥスの制御下にある、面倒なモンスター共だ。貴様の頭でも覚えくらいはあるだろう」
つい先日、トラヴィスという街で起きた、モンスターの大群による侵攻。仲間達と協力してなんとか少しでもそれを止めようとライナーは奮戦した。
その最中、野生で戦うモンスターとは明確に異なる、統制の取れた動きをしていた。戦闘の後にも、リーファやフランシスはこのモンスターによる侵攻は意図的なものだった疑いの目を向けていた。
スメラギ領、トラヴィス、そしてここと立て続けであれば、あまり察しの良くないライナーでも理解できる。
「まさかスメラギ領やトラヴィスで戦った、ユストゥス博士に制御されたモンスターか?」
「そういうことだ。ここにくるまで全く姿を見かけなかったところを見ても、要塞内の半分以上のモンスターが集結していると考えろ」
「はは……そりゃ確かに大変そうだな」
そんな言葉を交わしている内に、それぞれのゲートからぞろぞろとモンスターが姿を現し始めた。
制御されたモンスターは、野生ではあり得ない連携を見せたり、こちらのフェイントに釣られないなど苦戦を強いられてきた。それでも圧倒的物量を誇り、通常よりも手強いモンスターとの戦闘に勝利できたのは仲間がいたからだ。
けれど今ライナーの隣には仲間の姿はない。ハロルドのことは行動を共にしていなくとも仲間だと、友達だと思っていたが、ただ利用されていただけの可能性もある。
ライナーも鞘から剣を抜き放つ。さすがにスメラギやトラヴィスでの戦闘より数は少ないだろうが、間違いなくい骨は折れそうだ。
「……なあ、ハロルド」
「なんだ?」
「おれはお前を信じたい。信じるために、話をするためにここまできた」
「……酔狂な奴だ。愚かにも程がある」
「そうかも知れない。それでもおれはハロルドのことを信じたいと思うんだ」
ハロルドからの返答はない。見慣れた不機嫌そうな表情の下では呆れているのか、それとも浅はかだと嘲笑っているのか。
どちらでもいい。ただライナーはハロルドの話を、その本音を聞きたかった。
「だから、まずは勝つぜ。勝って、ちゃんとお前と話をする」
「……バカが」
その罵倒に込められた意味は分からない。それでもライナーは、ハロルドと同時にモンスター達に向かって飛び出して行った。




