135話
ダンジョンとしての空中要塞というのは、実のところ主人公パーティーの強化イベントとしての側面が強い。もちろんストーリーとしても重要なイベントではあるのだが、それにも増してゲームクリアに必須のアイテムを手に入れる場所なのだ。
ゲーム的に言えばこのイベントをクリアしないとストーリーは進行しないわけだが、この世界では無論そういった条件は存在しない。成功か失敗かの結果があるだけで、ゲームとは異なりたとえ失敗しても事態は先へ先へと進んでいく。
そんな状況に一人で放り込まれたハロルドが、ストーリークリアのために達成しなければいけないミッション。それはこの空中要塞が浮遊・飛行するための動力源となっている水晶を奪取することだ。
この水晶は全部で六つ存在し、元はそれら全てハロルドが回収させられた秘宝に装飾されていた物である。
さらに言えば水晶自体は星の核から削り出されたとされる古代の遺産だ。
(こんなことになるなら水晶だけパクっちまった方がよかったか?いや、でもなぁ……)
ハロルドとしては秘宝の水晶が空中要塞の動力源になることを当然ながら知っていた。
ではなぜむざむざハリソンに秘宝をそのまま受け渡していたかと言えば、水晶を一個奪ったところでどうにもならない可能性が高かったからである。
秘宝に水晶が装飾されていなかったり回収に失敗したと嘘をついた場合、それをユストゥスが不審に思えばハロルドは問い詰められただろう。知らぬ存ぜぬで返すこともできるが、一度疑われてしまえば秘宝回収の任務からは解かれてしまっていたはずだ。
事実、致し方なくリーファを連れ出して離反を実行した際にヤケクソ気味に未回収かつ在処も判明していた秘宝を奪いに向かったが、すでに回収されていたうえにフィンセントが待ち構えていたことを考えるとハロルドの行動は把握されていたし対策も打たれていたはずである。
だからこそ逆に自分が回収していれば計画の進行具合を推し測ることも、回収のタイミングをある程度コントロールできるのではという目論見もあった。
さらに言えばハロルドが回収した秘宝は七つあり、その内の一つはユストゥスの手元にある。だから水晶を一つ奪ったところで予備が存在するとなると空中要塞の浮上は止められない。
そしてハロルドがなんらかの理由で水晶を奪ったという行動から色々なことに勘付かれる恐れもあった。何より避けたかったのがそうなることでユストゥスが秘宝の扱いを原作とは異なるものにしてしまい、その結果としてライナー達の手に渡らなくなってしまうパターンであった。
水晶は変わらず空中要塞の動力源とされていただろうが、六つの秘宝までユストゥスの手元に置かれてしまっていたら回収は困難を極めたのは想像に難くない。
(そうなれば手元に秘宝無し、水晶も一個だけでユストゥスとの最終戦に臨むことになっていたかもしれない。それじゃ間違いなく全滅する……)
ユストゥスとの戦闘、いわゆるラスボス戦においてはこの秘宝と水晶が大きな鍵を握る。
星の核と同期したユストゥスは存在自体が膨大なエネルギーそのものと化す。そうなると通常の攻撃や魔法は一切効かない。要するにいくら攻撃をしてもダメージを与えられないのだ。
そこで必要になるのが同じ星の核から作り出された水晶であり、その器とも言える秘宝だ。これを装備することでやっとユストゥスにダメージを与えられるようになる。
ラスボスを倒すために必須となるアイテムを入手することができる。それがこの空中要塞というイベントなのだ。
そしてこれほど重要なアイテムともなればそれを入手するためのボス戦が待ち受けているのがRPGというものであり、原作においてそのボスを務めたのがフィンセントだった。
様々な問題が重なり精神的に衰弱していたタイミングで、裏で糸を引いてその問題を引き起こしていたユストゥスに付け込まれたゲームのフィンセントは都合の良い手駒となってライナー達の前に立ちはだかった。そして戦闘終了後のムービーシーンで親友であるコーディーに討たれ、動力源を喪失して墜落する空中要塞と共に海中へと沈んでいった。
ちなみに何故その場にコーディーがいたのかというと、騎士団時代の伝手で借りてきた空船で浮上した空中要塞に主人公パーティーを運んだからである。まあ「借りた」というのはコーディー本人が語っただけで、実情は騙して奪ってきたというのが正しい。
そして彼がそこまでやった理由はフィンセントがユストゥスと行動を共にしているという情報を掴み、バカなことは止めろと引き留めたい一心だった。それだけのためにそこまでできるからこそ、フィンセントが堕ちた時、まだ騎士団にコーディーが残っていれば踏み止まることもできたはずだ、とプレイヤーの間では言われていた。
なんの因果かこの世界においては経緯こそだいぶ異なるがそんなIFが実現している。それでも一時的にとはいえ洗脳状態に陥ったり、ユストゥスに敵対している相手と戦うことになった辺りには世界の修正力というものを感じなくもないが、フィンセントに関しては少なくとも原作よりはましな結末が待っているだろう。
まあそれもユストゥスの計画を阻止できれば、の話ではあるのだが。そのためにはまずここで水晶を全て確保する必要がある。
しかしそこで問題になるのは時間と人手が足りない、ということだ。
(原作通りなら六つの水晶は三か所に設置されているはず。このバカでかい要塞を一人で全部回るとなると……)
どう考えても時間がかかるだろう。ゲーム内のダンジョンマップはある程度頭に入っているが遠い記憶なのでそれも完璧ではなく、そのマップ自体も快適なゲームプレイのために単純化されていたはずである。実際の空中要塞の内部はマップより広く複雑である可能性が高い。
一応ゲーム内で唯一ワープシステムが実装されているのだが、裏を返せばそれが必要なくらい広いということだ。なにせ本来であればここで六人のメンバーを二分して、それぞれの視点で二つのパーティーを操作するのである。
そして最後の一ヵ所の前で合流し、フルメンバーでフィンセント戦を迎える、という流れだ。
ゲーム的にタイムアタックの要素はなかったが、空中要塞を陸に墜落させるととんでもない被害になる。だからこそ原作でも海に墜落したわけだ。
こんなバカでかい物が墜落すれば大波による被害も大きいだろうが、それでも直接墜ちてくるよりかは遥かにましなはずである。
「邪魔だ!」
進行方向に現れたモンスターを一振りで薙ぎ払い、死んだかどうかの確認もせずその場から走り去った。たったの一歩でも、一秒でも足を止めるのが今は惜しい。
そうして時たま現れるモンスターを適当に捌きながら要塞内を駆けることしばらく、突如として目の前にそれは現れた。十メートルほど前方、右手側の通路から突然何かが飛び出してきた。いや、より正確に言うなら吹き飛ばされてきた、と表現するのが正しいだろう。
何せ勢いよく壁に打ち据えられたそれの正体は、息絶えたモンスターだったからだ。
誰がこんなことを、と疑問と警戒が強まる。そしてこれを成した人物を目の当たりにして、ハロルドの中の疑問も警戒も一気に吹き飛び、今度は混乱に支配される。
「……何故、貴様らがここにいる?」
通路から現れたのはライナー、フィンセント、そしてエリカの姿であった。
これが主人公パーティーの一団であれば驚きこそすれ理解もできるが、どうしてフィンセントが一緒にいるのかは分からない。どういった経緯でこのメンバーが空中要塞に乗り込んできているのか。
「ハロルド様」
呆気に取られるハロルドに対して、エリカは不意に前へと出てその距離を詰めてくる。そして右の手のひらでハロルドの胸の辺りにそっと触れた。
(な、なんだ……?)
行動の意味が読み取れずに困惑するハロルド。
俯いているのでその表情は窺い知ることはできないが、手や肩が微かに震えている。その震えが心配によるものなのか、はたまた怒りによるものなのか。それとも全く違う要因でもあるのか判断がつかない。
考えてもみれば傍目に見ると現在のハロルドは恐らく行方不明の身だ。それを知っている場合、心優しいエリカであれば嫌っている相手でもその身の無事を案じてくれてはいたのだろう。
逆に怒っているとなるとその理由も特に思い浮かばない。嫌われているといってもそれ自体は八年前からのものであり、追加で怒りを買うような真似をした覚えもないのだが。
(まさかここでいきなりビンタされる?)
そのイベントなら幼少時にかなり早まって消化したはずだが、何かしらの力が働いて思いもよらない理由でビンタを見舞われる可能性もゼロではない。
まあそんなものを大人しく食らうつもりはないし、くると思って身構えていれば避けるのもそう難しい話ではないだろう。そんなことを考えて警戒していたが、エリカの反応は予想よりも遥かに穏便なものだった。
「……お怪我はありませんか?」
「愚問だな。見れば分かるだろう」
相も変わらずこの口は心配に対して素直な言葉の一つも吐けはしないが、そんなハロルドの悪態に慣れ切っているだろうエリカは動じた様子もなくゆっくりと顔を上げる。
「はい。本当に……ご無事で何よりです」
想いを噛みしめるようにエリカはそう言った。
喜びや安堵、その他諸々の感情がない交ぜになったような表情。それは紛れもなく、心の底から湧いたもののように見えた。
至近距離でそんな笑みを向けられ、あまりの気まずさに目を逸らす。
何せこれまでの八年間、ただひたすらに嫌われるための言動をくり返してきた相手だ。相当嫌な思いを味わわせてきた自覚がある。
いくら生来の性格からくる優しさだとはいえ、そんなエリカに心配されるというのはどうにもきまりが悪い。
まあエリカも晴れて主人公パーティーの一員になったわけで、ここまでくれば離脱することもないだろう。そう思えばもう意図的に嫌われるための態度をとる必要はないが、だからといってこの口が暴言を止めてくれるわけもなく、ハロルド自身も過去を水に流して仲良くやろうと思えるほど面の皮は厚くないのだ。
あの言動にハロルドなりの理由があったとはいえ、そんなものはエリカにとって知ったことではない。何より彼女からしても今さらわだかまりを無くそうなどと提案されたところでどの口が、くらいは言いたくなるだろう。
それこそビンタが飛んできてもおかしくはない。
「そんなことより俺の質問に答えろ。何故貴様らがここにいる?他の奴らも一緒なのか?」
「いいえ。ここへきたのは私達三人だけです」
(マジで何がどうしてそうなってんの?)
本来なら一緒に乗り込んできているはずのコレット、ヒューゴ、リーファ、フランシスが不在。その代わりにフィンセントが同行しており、おまけにこの空中要塞にはユストゥスに洗脳されたコーディーもいる。
ハロルドからすると非常に嫌な予感がしてくる構図だ。頭を抱えてうずくまりたい気分である。
「ハロルド、君はここがどこか知っているのか?」
ここにいるはずのない男、フィンセントがそう尋ねてくる。口ぶりからして分かって乗り込んできたわけではないようだ。ますます謎が深まっていく。
「……古代文明の遺産。空中要塞の内部だ」
「なるほど……」
にわかには信じられない話なのだろう。問いかけてきたフィンセントだけでなく残りの二人も怪訝な表情を浮かべている。
だがフィンセントはそれを飲み込んで再び尋ねてきた。
「聞きたいことは山積みだが、必要なことだけを聞こう。ここからの脱出は可能だろうか?」
「無論だ。だが、それを聞いてどうする?」
「不躾ですまないが、脱出のために指揮を願いたい」
フィンセントがそう申し出る理由は分からないでもない。順当に考えればそれが脱出の可能性が最も高い選択肢だからだ。
ただエリカやライナーとしてはハロルドの指揮下に入ることに抵抗があるのではないか、とも思う。
「はっ、指揮してやってもいいが俺の命令には絶対服従だ。それを守れるなら手足として使ってやる」
エリカの方を見れば表面上は特に思うところもなさそうだが、対してライナーは何やら難しい顔をしている。
まああれだけ明確に敵対した後なのだからそうなっても仕方ないのだが、それでもまず考えるべきことは空中要塞からの脱出だ。現在の地上の状況が不明なのも痛いし、事態が大きく動いているなら軌道修正も必要になる。
その軌道修正にはライナーとエリカの存在は不可欠。禍根の解消ができるかどうかは別にしても、地上に戻ってからでないと難しい。
「私としては異論ない。二人は?」
「私も構いません」
「……分かった。今は脱出が最優先ってことだよな?」
「決まりだな。二手に分かれる。ライナー、貴様は俺の後ろについてこい」
いきなり名指しをされたライナーは驚いたように半歩後ずさる。
「な、なんで俺なんだ……?」
「まず攻略すべき場所は二カ所あるが、その内の一つはここから距離がある。愚鈍な奴を引き連れるつもりはない」
エリカやフィンセントではハロルドの速さについてこられない。その代わりといってはなんだが、ここから近くにあるだろうもう片方の動力部に向かってもらう方が効率的だ。高火力の遠距離攻撃可能でサポートもできるエリカと、高火力高耐久の前衛タンクであるフィンセントは戦闘での相性も良い。
決してエリカと二人きりは気まずいな、などと考えての判断ではない。
「この中でまともな速さなのは貴様だけだ。まあもし遅れれば見捨てるがな」
「んなっ!……いいぜ、絶対についてってやる!」
ライナーの瞳と声に普段の活力が戻ってくる。扱いやすいな、とは思わない。
キャラクターとしての特性上、ライナーは考えなしだと言われることもしばしばある。確かに猪突猛進な言動が目立つしハロルドの皮肉を理解できない鈍感なところもあるが、その胸の内には色々な想いを抱えていて、年相応の少年として思い悩むことも、己の道に迷うこともあるのだとハロルドは知っている。
けれど、それらと逃げることなく向き合い、背負って立ち、真っすぐ進んでいくことができる。そうした経験を糧にしてライナー・グリフィスという少年は物語を通して成長して、英雄と呼ばれるに相応しい騎士となるのだ。
平沢一希はそんな主人公のことが好きだった。その気持ちは今も変わっていない。
「その言葉が虚勢でないことを証明してみせろ、ライナー」




