第8話
「あっ、いた!」
いきなり大きな声がして、佐伯は肩をびくりとさせた。脇腹に響いた。
縁側の向こうに、女神が立っていた。いつものファイルを胸に抱えて、ずかずかと上がり込んでくる。
「探しましたよ! アパートに伺ったらいらっしゃらないし、病院にもいないし!」
「なんでいるんですか」
「課長命令です!」
女神は、勢いよく畳に腰を下ろした。
「担当外になりましたって報告したら、課長に『理由の欄が空欄のまま終わらせるつもりか。担当外? 知るか。行ってこい』って言われて」
そこまで言って、女神の声が少し小さくなった。
「……『その程度の仕事もできないなら、帰ってこなくていい』とも」
「病院で、お大事にって言いましたよね」
「言いました。私だって、あれでお別れのつもりだったんですよ」
女神は、ふう、と息を吐いてから、顔を上げた。無理に明るくしたような顔で、ぐるりと家の中を見回した。
「何してらしたんですか?」
「別に。ちょっと、じいちゃんの家が気になって」
「そうですか」
女神は、開けっぱなしの押し入れと、畳の上に並んだ輪ゴムの玉や割り箸の束に目をやった。
「でも、何か探してらしたみたいですね?」
佐伯は、少し黙った。
「将棋盤。どこにいったか、わからなくて」
女神は、きょとんとした。それから、ぱっと顔を輝かせた。
「お手伝いします! 探しものは得意なんです。佐伯さんのことも見つけましたし」
女神は返事も待たずに立ち上がり、押し入れの下の段に頭を突っ込んだ。
結局、二人がかりで家じゅうをもう一度ひっくり返した。女神は、どこを開けても「これは?」と何かを持ってきた。古い家計簿。年賀状の束。町内会の回覧板。どれも、将棋盤ではなかった。
一時間後、佐伯は縁側に腰を下ろした。女神も、隣に座った。
「ないですね」
「ないですね」
庭の草が、風で揺れていた。
佐伯の腹が、ぐうと鳴った。
そういえば、朝から何も食べていなかった。来る途中のコンビニで、家に置いておくつもりのカップラーメンを二つ買っていた。
台所には、じいちゃんのやかんが残っていた。ガスも水道も、止めないままにしてある。佐伯はやかんに水を入れて、コンロにかけた。
女神が、横からのぞき込んでいた。
「それ、何ですか?」
「カップラーメン。お湯入れて、三分待つと食べられるやつです」
「三分」
「食べます? 二つあるんで」
女神は、ぱっと顔を輝かせた。
「いいんですか?」
湯が沸くと、佐伯はふたを半分はがして、お湯を注いだ。
女神は、カップの前に正座して、ふたの上に割り箸をのせたまま、じっと動かなかった。
「……まだですか?」
「まだ一分もたってないです」
「天界には、三分も待つ食べものはありません」
「何があるんですか」
「待たなくても、出てきます」
女神は、真剣な顔でカップを見つめ続けた。
三分たって、ふたをはがすと、湯気と一緒に醤油の匂いが立ちのぼった。女神は、割り箸を不器用に割って、麺を一本ずつすすった。
「……おいしいです」
「普通のやつですよ」
「待った分、おいしいです」
佐伯も、左手でぎこちなく箸を動かした。縁側で何かを食べるのは、ずいぶん久しぶりだった。




