思い出と思い
「そう言えばダメル?行き先に当てはあるの?」
少しだけ顔を動かしてローザが尋ねた。ちらりとローザを見てから視線を正面に戻し、ダメルは問い返す。
「取り敢えず街に戻るかい?」
「え?どうして?」
「ローザは何も持たずに街を出たろう?家は引き払ってしまったのだけれど」
「え?そうなの?」
「ああ。家の中の物もほとんど処分したのだけれど、ローザが大切にしていた物はニオラさんに預かって貰ったんだ。私が持ち歩いても会えるかどうか分からなかったから、もしローザが取りに戻ったら手元に届く様にと思って。私が街にいなければ、ニオラさんを訪ねたよね?」
「きっとそうしたと思う。ありがとう、ダメル」
「どういたしまして」
「大切な物ってお皿とか?」
「お皿?大切だったのかい?」
「違ったの?カップとか花瓶とか」
「申し訳ない、ローザ。それらは売ってしまった」
「ううん、大丈夫。思い出はあったけれど、この国に来て一旦は全て諦めたし、ダメルとまた一緒に暮らせるのなら、また思い出は作れるから」
「そうだね。今度は一緒に食器を揃えようか」
「ええ。楽しみだな。でもそうすると私の大切な物って何?」
「魔獣の抜け殻とか、魔獣の牙とか」
「え?なにそれ?」
「集めていたじゃないか?大切そうに奥にしまってあったよ?」
「それ、私が小さい頃の?」
「そうだよ。一度私がゴミだと思って捨ててしまってから、私に隠れて集めていただろう?」
「捨てられたのは覚えていないけれど、集めていたのなんてずっと昔で忘れていたわ。それを取ってあるの?」
「ああ。預けてあるよ」
「それなら戻らなくてもいいかな」
「後は口紅とか」
「え?口紅?」
「大切にしていたろう?」
「ダメル、私が口紅を持っていたの、知っていたの?」
「知っているよ。たまに付けていたじゃないか」
「気付いていないと思っていたのに、少し恥ずかしい」
「年頃なのだから、恥ずかしくはないよ」
「そう言う子供扱いされるのが恥ずかしいの!」
「そうだろうと思ったから、知らない振りをしていたのだけれど、口紅も取っておかない方が良かったかな?」
「そうじゃないけれど、その、取っておいてくれてありがとう」
「ああ、良かった。どういたしまして」
「でも、そもそも街って反対側じゃない?方角的に後ろの方よね?どうする?道を戻る?」
「もし街に戻るなら先ずはこのまま真っ直ぐ国境を越えて、ピオニー王国の周りをぐるりと半周しようか。前からローザとは旅の約束をしていただろう?」
「良いの?」
「もちろんだよ。他に行きたいところがあれば寄るし、住みたい街があればそこに腰を落ち着けても良い。ただしピオニー王国とバウドネス王国以外でね?」
「ピオニーは国外追放されたから分かるけれど、バウドネス王国はどうして?」
「ピオニー王国とバウドネス王国は戦争になるかも知れないからね」
「そうなの?」
「両国の一部の貴族が戦争をしようとしている。まあどうなるか分からないけれど、そんなリスクがあるところには住みたくないからね」
「そうね。他の国は大丈夫なの?」
「他の国は今のところ平和だよ。ピオニー王国とバウドネス王国の事を煽ったりしている国はないし」
「それなら色々と行ってみたいな」
「そうだね。ところでローザ?」
「なに?ダメル?」
「お姫様になって王子様と結婚する夢はどうするのかな?」
「え?どうするのかって?」
「今回、ローザにはそれに近いチャンスがあった訳だけれど、この経験を生かそうとか思っているのかどうなのか?」
「ダメルは私をそう言うタイプだと思っているの?」
「そうではないけれど、ローザの夢だったろう?」
「小さい頃のね?」
「そうなのか」
「今回もちょっと、そんな気になり掛けた事もあったけれど、でも私には無理だな」
「お姫様ごっこだけでは教育が足りなかったから?」
「ううん。礼儀作法とか褒められたわよ?そうではなくて、私は貴族や王族の妻になるより、ダメルと一緒に暮らしたい」
「良いのかい?」
「ええ。ダメルは?私と一緒でも良い?」
「もちろんだよ。一緒に暮らそうと言っただろう?」
「良かった。娘じゃないから出て行けって、言われたらどうしようって思っていたから」
「ローザのイメージの中の私は、そう言う事を言いそうなのかい?」
「ううん。ダメルは私を大切に守ってくれると思っている」
「もちろんだよ。それは良かった。逆に父親ではないならどこか行ってと言われるかと、私も思っていたからね」
「そんな事、言う訳がないじゃない」
「それがそうでもなくて、血の繋がった実の娘にそう言われる父親はそこそこ多いらしい」
「それは父親が教育を間違ったのではないの?」
「まあ、私からのコメントは控えよう。では、どうやって王子様を紹介しようかと思っていたけれど、良いのだね?」
「ええ、いらないわ。もう王子様には懲り懲り」
「まあ、気が変わったら言いなさい」
「私を追い出したいのではないのよね?」
「もちろん違うよ。私はローザとまた暮らせるのが嬉しいし、可愛いローザを嫁に出したりする事には抵抗があるからね」
「私もダメルが結婚したりしたら、小姑根性を開花させそう」
「幸い私は自分で何でも出来るから、今更結婚なんてしないかな」
「それを言ったら私も一人で何でも出来るから、この先、誰かと暮らすなんて考えられないわ」
「う〜ん?それは私に似たと言う事かな?」
「そうよね。私の周りに私達みたいなこう言うタイプの人は他にいなかったし」
「私が教育を間違えたかな?」
「なんで?ダメルの教育が良かったのよ。ダメルは私の理想の大人だもの。かっこいいし」
「それは嬉しいし、私もローザは私の理想の女性だよ。可愛いし」
「ふふっ。お互いに褒め合って、恥ずかしいかも?」
「そうだね。こういうのは二人きりの時だけにしようか」
「そうね。誰かに聞かれてダメルに憧れられても困るし」
「ローザに悪い虫が寄って来ても困るからね」
お互いに好意は持っているし、好意を持たれている事は知っているけれど、恋愛関係には進まない。
そんな二人がこれから始める旅では行く先々で、二人の仲を見ていられない人々の余計なお節介に拠って、関係が少しずつ拗れて行く。
しかしその様な未来を知る由もない二人は、お互いの体温が感じられる馬上の道行きに安らぎを覚えながら、これから共に過ごす時間を語り合える喜びが心に滲む事に、静かな幸せを感じているのであった。
─ 終わり ─




