結.誰かのための物語
「さすが天の御使いだよね。花嫁が攫われるってのに、誰ひとり文句も言わず、ただ見てるだけだったよ」
あははと笑いながら空を飛ぶヴィンスに、フィーはぎゅっとしがみつく。
ここは民家が点のように見えるほど高い空の上だ。落ちたらひとたまりもない。なのに、ヴィンスはふざけてふらふらくるりと変な飛び方ばかりしているのだ。
「ヴィンス、ちゃんとまっすぐ飛んで! 落ちそうで怖いの!」
「だからしっかり掴まれって言っただろ」
「掴まってたって怖いわ!」
ヴィンスも、今は天の御使いの姿なんてしていない。いつもの格好だ。
まさかヴィンスは本当に――とフィーが恐る恐る尋ねると、何のことはない。あの御使いの姿も不自然に響き渡る声も、輝くような光も、何もかも全部ヴィンスの魔法だったのだ。幻術というやつだ。
「祈りの場で、本職の司祭の目の前だったら即バレだったかもだけど、素人ばかりなら大丈夫だと思ったんだよね。
何より、ソウが協力してたんだから、問題なんて起こるはずがないよ」
「ソウ様が?」
フィーは目を丸くする。
ソウは最初からこうなると全部知ってて、フィーを渡したのか。
だから、スイに言伝なんて……。
「だって、フィー。お前、聖女の力なんてきれいに全部無くなっただろ」
「そう、だけど……」
「今はまあ、いろいろあった直後だからいいけど、そのうち絶対フィーのどこが聖女なんだって言い出す奴が出てくるだろうって、ソウが言ってたんだよ。
そこは、俺も兄貴も同意見なんだ」
“玄鳥の郷”へ視線を投げると、今度こそ、ヴィンスはしっかりとフィーを抱えてまっすぐに飛び始めた。
「だから、フィーも町を出たほうがいいんじゃないかってのがソウの意見。俺と兄貴はフィーがそう望んでるならってことで、今回のこれ」
「ソウ様が……」
「俺、処刑の日までフィーのふりしてたじゃないか。だから、御使いのふりもできないかってソウが言い出した時はちょっと驚いた」
「ソウ様、だからあんなに御使いの話ばっかりしてたのね……」
フィーも、“玄鳥の郷”へと視線を向ける。
なら、ソウはすべて承知の上で、この後フィーはスイに会うとわかっていたからこそで――。
「ヴィンス、わたし、ソウ様が幸せになりますようにって祈るわ」
「ん?」
「王子様だけが幸せになれないのは、お話として間違ってるもの」
「でも、その王子って悪役だったんだろ? しかたないんじゃない?」
む、とフィーの眉間に皺が寄る。
「あなた吟遊詩人のくせにそんなこと言うの? 悪役だって改心したなら幸せになれなきゃ、不公平じゃない!」
「それ、どこの話だよ」
「だって、改心したのよ。なのに悪役だったんだから幸せになれないなんてことになったら、誰も改心しようなんて思わなくなるじゃない。
あんなことがあったけど、ソウ様はやっぱり素敵な王子様だもの。ソウ様も幸せになってほしいの」
ぷっ、と、ヴィンスは呆れた顔のまま吹き出した。
剥れるフィーにキスをして、くっくっと肩を震わせる。
「ちょっと、ヴィンス、何を……」
「ソウのことなら大丈夫だって。俺のことなんだと思ってるんだよ」
「え? なんだ、って……」
「俺って、趣味でやっていけちゃうほど詩人として優秀なんだよね」
「だから?」
「聖女が天に帰って傷心の王子様が心を癒してくれる乙女を待っている、なんて話を広めるくらい、ちょろいってこと」
「――そんな適当で、ソウ様に変な人ばっかり寄って来たらどうするのよ!」
「寄ってくる女の子が百人いたら、そのうちひとりくらいソウが気に入る良い女の子もいるんじゃない?」
「もう! 馬鹿! ヴィンスの馬鹿!」
「暴れるなって。危ないだろ。それに、せっかくきれいな格好してるんだしさ。
あ、ほら、兄貴たち見えてきた」
ヴィンスの示す方向を見下ろすと、白い馬と人影があった。馬上の人影は手を振っている。たぶん、スイだろう。
フィーはもう一度“玄鳥の郷”の方向を一瞥した後、それから地上のスイたちに向かって手を振り返した。
「ねえ、ヴィンス。わたしに歌と楽器を教えてくれる?」
「急に、なんで?」
「わたしも歌ってみたいなって」
「ふうん?」
ヴィンスがじっとりとフィーを見つめる。
何か言いたそうなのに何も言わないヴィンスに、フィーもじっとりとした視線を返す。
「わたしが歌って御使いを呼んだって言ったじゃない。だから、少なくとも音痴ってわけじゃないのよね。
それどころか、ヴィンス以上の詩人の才能あったりするかもよ」
「馬鹿言うなよ。お前みたいなニワカが一朝一夕で吟遊詩人になったりしたら、俺の立場がないだろ」
「いいじゃない。そんなのやってみなきゃわからないわ」
笑い出すフィーに、ヴィンスは大きく溜息を吐いて見せた。
「言っとくけど、俺、音楽にはうるさいから」
「うん、知ってるわ。ヴィンスって歌う時だけはすっごく真面目だもの」
「だけってなんだよ。
それから、お前に才能無いって思ったら教えるのはやめる」
「いいわ。才能ないんじゃしかたないから、趣味で歌うだけにする」
「――お前、絶対やめる気ないだろ」
くすくす笑うフィーを呆れた顔で見て、ヴィンスはもう一度大きく溜息を吐くと、降下を始めた。
フィーに詩人の才能があるかどうかなんて、ヴィンスにもわからない。
けれど、あの、聖なる歌を歌うフィーはなかなか様になっていたし、それもいいのではないだろうか。





