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『意味が不明な場合の考察論』⑵
『意味が不明な場合の考察論』⑵
㈠
自身の諸体験から、物事を考察しても、判然としない場合、意味が不明になる。
それはそれで、一つの現象なのだから、受け入れなければならない。
しかし、やはり、不思議を解き明かさないと、しっくりこないのは目に見えている。
㈡
そのため、所謂、自身の体験ではなく、書物に頼って、其処から答えを導き出そうとする。
勿論、それで、意味が明瞭になる場合もあるが、それは観念上のことなのだ。
自身の経験値によって、意味が判然とするのは、より濃度を増すに決まっていよう。
㈢
つまり、意味が不明なのは、誰にだって起こりうる現象なので、死期にすべてが判然としていればなと思う。
それにしても、神羅万象、物事はうまく運ぶだけではないのだ。
だから、こうやって、物事を考察する訳で、それによって、少しでも現象に辿り着きたいのだ。




