7話 砂漠の危険地帯
悪路にも強い水陸両用車を二台購入し、砂漠の旅を再開した。パル号と名付けたその水陸両用車は僕達にエアコンの素晴らしさと、乗り物の利便性をこれでもかと教えてくれた。砂漠を徒歩とか地獄でしかない。
砂漠の旅を開始して三日。
目に映る景色は砂ばかりで何かが変わったようには思えないが、距離的には旅の目的地である滅びた王都が存在するらしき危険地帯に到着した。
正直、砂漠での冒険を選んだことを何度も後悔した。
まあ後悔するのは全部魔物の襲撃を撃退した後の魔石を回収する時なんだけど……。
パル号に追いつけるのはデザートリザードくらいらしく、身の危険はまったく感じなかったが、数だけは多いようで走っているとすぐに集まってくる。
なんど灼熱の砂漠の中での魔石の回収をしたか。資金難でなかったら絶対に魔石の回収は諦めていた。
まあ資金難だから、嫌々でも全部回収したけど。
最終的に全員死んだ目をしながらも素早く魔石を回収できるほどスキルアップしたが、そこまでして得た利益が労働と釣り合うのかは疑問だ。
でも、それ以外は割と快適な旅だった。
運転大好き組は砂漠での走行を楽しんだし、夜は人目を気にする必要がないからハイダウェイ号でしっかり休むこともできた。
トータルで考えるとそれほど大変な旅をしていないのだが、もう二度と砂漠の旅をしたくないと思うのは、魔石の回収がそれくらい辛かったからだろう。
そして、ここから旅の危険度が変わる。
傭兵ギルドで集めた情報によると、この辺りから大型の魔物が出るようになるらしい。
本来なら危険度が上がって警戒するべきなのだが、大型の魔物ってことで魔石の回収時間が減ることを全員が期待していたりする。
「ワタル、そろそろ出発するわよ」
「分かりました」
危険地帯手前で休憩を取り、アレシアさんの合図でついに危険地帯に足を踏み入れる。方向の確認と大型の魔物が出た時の対処は打ち合わせ済みだから大丈夫だと思うが、少し緊張してきた。
「魔物が襲ってこないわね? 本当に危険なのかしら?」
イネスが言うとおり、危険地帯に入ってしばらく経つのに魔物の姿を見ていない。
少し走れば街灯に集まる虫のように寄ってきていたデザートリザードの姿も見えないから、すこぶる平和だ。
危険地帯ということで次々と魔物が襲い掛かってくるのを想定していたから、若干拍子抜けだ。
「ご主人様、上です!」
助手席に座っていたフェリシアが上空を指さして叫ぶ。フェリシアの指の先を追うと、黒い点が……ドンドン大きくなって近づいてきている。
拍子抜けとかのんきなことを考えていたからだろうか、バッチリフラグを立ててしまっていたらしい。
「空を飛ぶ大型の魔物は、たしかルーラーだったよね?」
傭兵ギルドの情報では砂漠の危険地帯での空の王様らしい。今は黒い影しか見えないが、極彩色で美しく巨大で、そして凶暴な鳥の魔物なのだそうだ。
こちらの等級では三級、砂漠の危険地帯の魔物で一、二を争う危険度の魔物がさっそくお出ましのようだ。
「うん。走りながらだと危険だから、あの砂丘の麓に止めて。アレシア達には私が合図する。みんな戦闘準備」
マリーナさんが素早く指示を飛ばしてくれるので、それに従ってパル号を走らせる。
指示された砂丘の麓にパル号を止めると、近くにアレシアさん達のパル二号も滑り込んでくる。
その頃には黒い影だったルーラーの巨大な姿がしっかり確認できるくらいに近づいており……思っていたのと違うと僕は思っていた。
ルーラー。支配者と呼ばれる空の王。美しく巨大な鳥の魔物。そう聞かされていたから、鳳凰とかフェニックスとか、そんな想像をするのが当然なはずだ。
でも……。
「インコじゃん」
赤や緑や黄色の羽毛だから、極彩色なのは間違いない。たしかに綺麗だ。
でもぽってりとした丸みをおびたフォルムとつぶらな瞳が僕の幻想を破壊してしまう。なんていえばいいのか……スタイリッシュさが足りない。
いや、インコも可愛い。可愛いんだけどね? ……僕は誰に向かって言い訳をしているんだろう。
「放て!」
ルーラーが射程圏内に入ったところでアレシアさんが攻撃の指示を出す。彼女達には僕の違和感が分からないらしいく、酷く真剣な面持ちだ。久しぶりの異世界ギャップだな。
「うそ……」
バッと羽を広げてルーラーが急激に減速し、そのまま素早く方向転換をしてこちらの攻撃をすべて華麗に躱す。
これまで様々な魔物を仕留めていたアレシアさん達の攻撃が、軽々と躱されたことに驚く。どういう理屈であんなに急激に方向を変えられるんだ? 魔法か?
初撃を躱されたアレシアさん達が続けて攻撃を放つが、ルーラーは弧を描くように飛びながら攻撃を躱す。
アニメで機関銃の攻撃を躱す戦闘機のような動きだ。アニメならともかく、現実であんな動きをされたらたまらない。
「うわっ」
また急激な方向転換をしたルーラーが、僕達に向かって突っ込んでくる。チッっと舌打ちしたイネスが炎を放ち、フェリシアも雷の魔術で追撃をする。
急接近していたからか躱せずに炎と雷が直撃するが、構わず飛び込んでくるルーラー。
「間に合わせの弱い魔術ではダメね。来るわよ」
「ぴぎゃー!」
イネスの言葉と同時に船召喚の結界にぶつかって叫びを上げるルーラー。かなりの衝撃を受けたはずなのに、弾かれた体勢を素早く整えなおし両方の羽で掴むように結界に取りつく。
カカカっと巨大な嘴で僕達をついばもうとするルーラー。すべて結界に弾かれているが、パル号に迫る大きさの顔が連続で急接近するだけで怖い。
というか見た目はインコなのにでかすぎて、それだけで怖い。
バゴンっと鈍い音と共にルーラーの顔が弾かれ、嘴がバキバキと割れて弾け飛ぶ。
カーラさんがルーラーの攻撃にタイミングを合わせてシールドバッシュを放ったようだ。
嘴を粉砕されて体勢を崩したところに、イネス、フェリシア、マリーナさん、クラレッタさん、リム、ふうちゃんの攻撃が集中する。
それ以外の攻撃も横から飛んできているから、たぶんアレシアさん達も攻撃しているのだろう。
ちなみに僕は巨大なインコに度肝を抜かれて見ているだけだ。
おそらくこの世界でもトップクラスであろう僕達の集中攻撃を受けたルーラーは、それでも逃げようとしたのか力なく巨大な羽を二度三度と羽ばたかせ、再びの集中砲火でようやく力尽きてドスンと地面に横たわった。
ヤバいなルーラー。危険地帯と言われるこの場所でトップクラスに危険だと言われるだけあって、船召喚の結界がなかったら苦戦していたかもしれないタフさだ。
海では更にチートだから参考にはならないかもしれないが、シーサーペントよりも苦戦したように見えた。
でもまあとりあえず勝てたんだから問題ないよね。巨大なインコの違和感に驚いたが、一度倒せばもう慌てることもない。
船召喚の結界はやはりチートだ。創造神様が自慢するだけのことはある。
「何かくる!」
突然マリーナさんが叫び声をあげる。同時にゴゴゴッという重低音と振動が、地震か?
「へ? うわっ」「キャー」「車体に捕まって!」
なんだか分からないうちに視界が黒く染まり、パル号が激しく揺さぶられて体があちらこちらにぶつかる。
「うー、いつつ、何が起こったの?」
誰かの注意に従い、必死でハンドルにしがみついて耐えた揺れがようやく収まった。
というか揺れという生易しい状態じゃなかった気がする。何回転かしてなかった?
「たぶんグレートワームに食べられた。一瞬しか見えなかったけど、地面から何かが飛び出してきたのが見えたから間違いないと思う」
僕の疑問にマリーナさんが答えてくれたようだけど、グレートワームって砂漠の危険な魔物ツートップの片割れじゃん。たしかでっかいミミズだったはず。えっ、僕達、そんなのに食われたの?
そういえばほぼ無敵の防御力を誇る船召喚の結界だけど、パリスに海水ごと上空に打ち上げられたように、直接攻撃でなければ影響を受けてしまう。
マリーナさんの言葉から想像するに、下から砂ごと飲み込まれたんだろうな。
というか砂漠の危険な魔物ツートップのルーラーに襲われて、ようやく倒したと思ったらもう片方のツートップに食われるとか運が悪すぎじゃない?
そういえばアレシアさん達は一緒なのか?
パル二号の場所を探ると、かなり頭上の方向に存在を感じる。もしかしなくてもアレシアさん達は無事で、僕達はグレートワームと一緒に砂の中ってことだな。
けっこう洒落にならない状況のようだ。
「あっ、みんな無事? 点呼!」
放心している場合じゃない。あれだけの揺れだ、誰かが弾き飛ばされていても不思議じゃないぞ。
「私は大丈夫です。いま明かりをつけますね」
僕の声にフェリシアが返事をして、明かりをつけてくれる。
隣のフェリシアは無事、リムは僕の服の中でプルプルしているから無事。後部座席をみると、マリーナさんとふうちゃんの姿も……カーラさんの姿が見えない。
「カーラさんはどこですか?」
「カーラは両手で盾を構えていたから、投げ出された可能性が高い」
僕の質問に沈痛な面持ちでマリーナさんが答える。
「探さないと!」
一気に飲み込まれたから、グレートワームのお腹の中に居ることは間違いない。かみ砕かれていないのなら、カーラさんの耐久力なら無事なはずだ。
通路は一本道。道というよりもグレートワームの体の中なんだけど、口側かお尻側かの二択。
ふざけたことに普通にパル号で走行できそうなので、さっさとどちらに行くか決めて探さないと。
いや、この広さならレンジャー号も使用できる。二手に分かれよう。
「二手に、うわっ、また……」
急激な揺れ。ヤバい、たぶんグレートワームが動き出した。揺れに弾き飛ばされるようにパル号が転がり、再び体をいたるところに打ち付けることになった。
カーラさんが心配なのに、勘弁してほしい。
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