22話 仕返し
城の通行手形クエストの最後の試練は、一見温いように思えたが当然そんなことはなくエゲツナイ確殺の企みが潜んでいた。豪華客船の召喚という荒業で結界ごと企みを粉砕したが、やり過ぎたのかダンジョンがしっぺ返しとして大量の魔物を送り込んできた。
「みなさん、お疲れ様です。怪我はありませんか?」
ハイダウェイ号を召喚し、イルマさんとイネス、フェリシアと共に避難すると少ししてアレシアさん達がハイダウェイ号に文字通り飛び込んできた。
結構高低差があるのにジャンプで軽く飛び込んでこられるのだから、やはりこちらの世界の冒険者の身体能力は凄まじい。
たぶん僕でも可能なのだろうが……どこぞに頭でもぶつけて恥を掻きそうだから挑戦するのは止めておこう。
「ええ、問題ないわ。ドロテアもマリーナも大丈夫よね?」
「ええ、幸い怪我一つ無いわ」
「私も」
アレシアさんが代表して答えてくれる。ドロテアさんとマリーナさん以外に尋ねなかったのは、状況を把握して怪我がないことを知っていたからだろう。
「それなら良かったです。それで、あれはどうします?」
アレシアさん達が飛び込んできたと言うことは、追いかけてきた魔物の大群も到着したということ。
現在ハイダウェイ号は魔物に取り囲まれている。でも、魔の森の時と比べると随分マシだ。
あの時は結界全部が巨大な虫で埋め尽くされていたけど、今回は飛べる魔物が船に侵入しようとして結界に弾かれたり、飛べない魔物がアレシアさん達のようにジャンプで侵入しようとして結界に弾かれたりしているだけ。
囲まれているのは変わらないが、視覚的にまったく気分が違う。
「もちろんぶちのめすわよ。ワタルもリムちゃんもレベル上げにちょうどいいから、適当に攻撃をバラ撒いておきなさい」
「……えーっと、はい。分かりました」
アレシアさんがとても嬉しそうに笑っている。
普通ならピンチな状況だが、船召喚の結界があるとボーナスステージみたいなものだから気持ちは分からないでもない。
でも、笑顔に野生が垣間見えているからもう少し落ち着いてほしい。
「じゃあみんな、殲滅するから準備して。このふざけたダンジョンに溜まったイライラを全部ぶつけるわよ」
あぁなるほど。ストレス解消の機会が来て嬉しいのか。
ダンジョンなのだから危険は承知の上。でも、このダンジョンのやり方は好きになれないって言ってたもんな。
他のメンバーも大なり小なりストレスが溜まっていたようで、嬉しそうに外の魔物を殲滅する準備を始めた。
「ご主人様。結界の中だし私達も好きに動いていいわよね?」
イネスも攻撃に参加したいようだ。
「うん。好きにやっちゃって。フェリシアとリムも結界からでなければ好きに攻撃していいからね」
「分かりました」
『……りむ、たたかう……』
フェリシアは少し嬉しそうに笑い、リムはやる気満々な様子で僕の肩から飛び降り、ふうちゃんとべにちゃんと合流した。
スライムトリオで戦うつもりのようだ。
「ワタル。一気に大技を決めるから、先に攻撃しておいて」
ありがたいことに僕に経験値を分けてくれるつもりのようだ。
力の制御が更に難しくなりそうだが、寿命も延びるらしいから断る理由はない。大量に石が入ったゴムボートを召喚し片っ端から外に向かって投げまくる。
外は魔物で埋め尽くされているから、狙いをつけなくても魔物に当たるから楽だ。
「そろそろいいわね。じゃあ始めるわよ」
石を投げることに飽きてきたころに、アレシアさんの号令で一斉攻撃が始まった。
豪華客船の周囲に集まった魔物を倒す時に同じような光景を何度も見たことがあるが、今日のみんなの攻撃は普段と比べても随分と派手だ。
魔物の群れに向かって叩き込まれるスキルや魔術が、文字通り魔物達を粉砕していく。
この調子ならあっという間に殲滅できそうだ……と思ったが、ダンジョンの方も引く気がないらしく次から次に魔物を送り込んで空いた穴を埋めていく。
今回のボーナスステージはスペシャルなようだ。
船召喚を魔物の群れに落としたり、下手ながらも弓で攻撃したりもできるんだし、僕も石を投げるだけじゃなくて攻撃に参加しようかな?
……弓は焼け石に水だし、船召喚での大量殲滅はアレシアさん達のストレス解消の邪魔になる。
大人しく石だけ投げておこう。
ただ石を投げるだけでは暇なので、集まってきている魔物の観察をする。
やはり今までの試練では見なかった魔物が大量に居る。
他にも試練が沢山あるからそこの魔物も出てきているのだろうが、外見が凶悪で魔王の部下! といった感じの魔物も大量に現れているから、別の場所からも送り込まれているのは間違いないだろう。
そういえばこのダンジョン、何階くらいあるんだろう?
一階でもう満腹になりそうな勢いだが、日数的には十日も経たずに最終試練に挑戦している。
実力者ぞろいということもあるが、六つの試練クリアで次というシンプルさだし、先行きが深い可能性も十分にある。
……考えていたら気が滅入ってきた。今は目の前の魔物に集中しよう。
なんか凄そうな攻撃をこちらに放っている魔物も結構いるし、ダンジョンが切り札になるような魔物を送り込んできているのかもしれないな。
まあ、その強そうな魔物の攻撃も全部結界に防がれた上に、目立ってしまってみんなから集中攻撃を受けて消滅しているけど……。
なんの成果もなく消えていく魔物を見ると、改めて船召喚がチートだと自覚する。相手は魔物なのに自分がとても酷いことをしている気分になるからある意味凄い。
まあそれでも石は投げるんだけど。だって経験値がとっても美味しいだもん。
「ふぅ。そろそろ休憩しましょうか。ワタル、お風呂を借りていい?」
「ええ、自由に使ってください」
大量に集めた石が底を付きかけた頃、アレシアさんが休憩を宣言した。石投げも観察も飽きたし、ちょうどいいタイミングだろう。
僕もひとっぷろ浴びて気分を切り替えたい。
「ああそうだワタル。今日は久しぶりにハイダウェイ号のデッキでバーベキューをしましょう」
「? ……ええ、構いませんけど……」
「じゃあ決まりね。疲れたしお酒も飲んじゃおうかしら」
アレシアさん達が上機嫌でジェットバスに向かう。お風呂の準備をするのだろう。
「ご主人様、不思議そうな顔をしてどうしたの?」
「いや、休憩とお風呂は構わないんだけど、途中でアレシアさんが意味深な笑顔を浮かべたんだよね。それに、安全とは言え魔物に囲まれているのに、バーベキューやお酒を飲むのもアレシア達らしくない気がする。イネスはどう思う?」
真面目なドロテアさんやクラレッタさんも止める様子もないし、なにかおかしい。
偶に暴走するとはいえ、基本的にまじめな人達だからどうにも違和感がぬぐえない。
「……なるほど、そういうことね。アレシアは煽っているのよ」
少し考えこんだイネスが、分かったとばかりに答えを教えてくれたが意味が分からない。
「煽る? なにを? あぁ、外の魔物達か。ストレスが溜まっているのは分かるけど、攻撃しまくっているんだからわざわざ煽る必要なんてないんじゃないの?」
こちらからの一方的な攻撃で虐殺状態だから、死体蹴りのように感じてそれはあまり気分が良くない。
まあ、ストレス発散で石を投げている僕も同じ穴の狢ではあるんだが、やり過ぎは良くないだろう。
「違うわよ。煽っているのはダンジョンに対してよ。解明はしていないけど、ダンジョンに意志がある可能性があるのはご主人様も知っているわよね?」
「うん、イルマさんから聞いた」
まあ、あきらかに意思が無いようなダンジョンも多いらしいから絶対とは言えないらしいけど、意志を持っていると疑われるダンジョンも間違いなくあるようだ。
「休眠明けのダンジョンには余裕がないはずよ。それでもご主人様の攻撃に全力で反撃してきたわ。そんな中で相手がお風呂に入ってバーベキューをしながらお酒を飲んでいたら?」
滅茶苦茶ムカつくね。
「……もしかして有利な状態でダンジョンを消耗させるために、ダンジョンを挑発してもっと魔物を引き出そうとしているってこと?」
「たぶんそれで間違ってないわ」
アレシアさんもエゲツナイことを考えたな。煽りと誘惑の違いはあるが、借金をしていて首が回らない人に美味しい話を持ち掛けて、お金を使わせるようなものだよね。
もしくはダイエット中の人間の前で肉や炭水化物、スイーツを貪り食うような行為だろうか?
なんか違うような気もするが、追い打ちをかけて破滅へと導く点では間違っていないだろう。
休眠明けでダンジョン側にリソースが少ないことを踏まえた、割と性格が悪い手だ。
……普通なら引くけど、このダンジョンが相手ならまったく問題ないな。というかむしろ進んで協力しよう。
えーっと、ダンジョンを挑発するのなら、分かりやすく派手な方が良いよね。
フェリーや豪華客船で買いだめした物資を惜しげもなく提供してしまおう。
リクエストがあったバーベキューは当然として、他にも肉や寿司、あぁ、デザートなんかも見た目から派手だから挑発になりそうだ。
各船のデザートを並べてバイキング形式にするのが楽しそうだな。
お酒も飲むって言っていたから、こちらも各船から買い集めた缶ビールからブランド物の銘酒まで大放出だ。
こっちはバー形式が良さそうだな。
今回は飲みすぎ注意なんて興が覚めるようなことは言わない。飲み放題だ。
あとは音楽をかけて、ついでに簡単にでも飾りつけもしたいな。
なんだかパーティを企画しているみたいで楽しくなってきた。
見ていろダンジョン。これまで掛けられたストレスを倍、いや、三倍にして返してやる。
お前ができるのは、僕達が思う存分楽しむさまを見ていることだけだ。
読んでくださってありがとうございます。




