23話 妖精
ベラさん一家とフローラさんをキャッスル号に送り届ける途中、ダークエルフの集落の近くを通るので寄り道をすることにした。今までの経験から厄介な魔物が現れることを覚悟して探索を開始したが……厄介なのは魔物ではないようだ。
「ワタル。甘くてカラフルなのがいいわ。アレシア達は周辺の見張りをお願い。魔物を近づけさせないでね」
普段は余裕があって妖艶な仕草を崩さないイルマさんが、キビキビと指示を飛ばしている。
たぶん、研究者としての顔が前面に出ているんだろう。
この状況で帰ろうといっても無理だろうし、普段と違うイルマさんも魅力的だから、しばらくは指示通りに動くことにしよう。
甘くてカラフルなお菓子といったら……これかな?
船召喚でカップケーキが入ったゴムボートを召喚する。
果物やジャム、様々なクリームやチョコレートでデコレーションされたカップケーキは、イルマさんのリクエストにピッタリだろう。
僕の隣からスッと誰かの手が伸び、カップケーキをササっとつかみ取る。
「えっ?」
驚いて振り返ると、カーラさんがカップケーキを手に持って僕を見ていた。
「だめ?」
振り返った僕に怒られるかと思ったのか、悲しそうな目で僕を見るカーラさん。潤んだ瞳がカップケーキを食べたいのだと強烈に訴えかけてくる。
豪華客船でならいつでも無料で食べられるんだけど、いつもと違う場所でお菓子を見てどうしても食べたくなってしまったのだろう。
「えーっと……見張りもちゃんとしないと駄目ですよ?」
あんなにウルウルした瞳で見つめられたら、駄目なんて言えるはずがない。
「うん」
カーラさんは笑顔でカップケーキにかぶりつき、更に二つカップケーキを手に取り、自分の持ち場に戻っていった。
カーラさんって食べ物に関しては、自分の欲求にとても素直だよね。
……さて、次は音楽だけど……妖精に最新の音楽はちょっと違う気がする。
踊るらしいから、運動会とかで定番のあの曲で様子を見た方が良さそうだけど、タブレットに入っていたかな?
「へんなかべがあるぞ!」
「あまそうなにおい! たべたい!」
「きれいー。みたことないけどおいしそー」
……幻覚だろうか? 船召喚の結界にペタリと張り付いている羽の生えた小人が見える。あれ? まだ音楽をかけてないよ?
「さすが豪華客船のお菓子ね、凄い効き目だわ」
イルマさんが結界に張り付いた小人を見て喜んでいるので、あの三人が妖精なのだろう。
……ちょっと簡単に姿を現し過ぎじゃないかな?
若干呆れつつも結界に張り付いている妖精を観察する。
ふむ、外国アニメに出てくるスラッとしたタイプの妖精ではなく、日本のアニメのキャラクターにありそうな、ちょっとコロっとした二頭身タイプの妖精なんだな。
ちょっと重そうだし、あの背中の小さな羽で飛べるのが不思議だ。魔法かな?
でも、男の僕から見ても可愛らしいし、女性だと虜になりそうな感じだ。
あれ? 女性陣を見渡してみたが、ちょっと予想と違った。
たしかに微笑ましそうな顔で見てはいるが、キャーカワイイーといった奇声をあげるような感じではない。
あと、イルマさんが、マッドな科学者が解剖対象を発見したような目をしていて怖い。
「あっ、ちくしょー。わなだ!」
僕が首を傾げていると、三人の中の一人、たぶん男の子の妖精が視線に気がついて、こちらをニラむように騒ぎ始めた。ちょっと可愛い。
あと、罠なのかもしれないけど、まだその罠は完成していなかったからね。
できれば罠が完成して、ドキドキしながら待ち構えている時に罠にかかってほしかったよ。
男の子の妖精の声で現状を理解した二人の妖精もこちらを見る。一人は男の子で、もう一人は女の子っぽいな。
女の子の方は怯えているようなので、少し心が痛む。
「や、やい、わるものめー。かんねんしろー」
「し、しろー」
最初にこちらに気がついた男の子の妖精が、僕に向かって悪者とかいいだした。もう一人の男の子の妖精は気が弱いようで、少し隠れ気味に威嚇している。
ん? なんでみんな僕を見ているの? えっ? 僕が話す流れ? イルマさんは?
イルマさんを見ると、マリーナさんに口を塞がれながら抑え込まれていた。
なるほど、マッドに変身したイルマさんだと、妖精が怖がるとの判断か。さすがジラソーレ、状況判断が的確だな。
ついでに交渉もアレシアさん達にお願いしたいのだが……妖精が僕を見て威嚇しているから、僕がなんとかしろということなんだろう。
「え、えーっと、僕は悪者ではないよ?」
最後が疑問形になってしまった。ビビりな僕だから犯罪なんて……とも思ったけど、この世界では犯罪とまでは言えなくても、いろんなところに迷惑をかけまくっているから、胸を張って自分は正しいとは言い辛い。
一応、慈善事業もしているけど、あれは厳密に言えば僕のお金じゃないもんね。
「うそつけー。だーくえるふをどれいにするやつは、わるものなんだ。だまそうたってそうはいかないからな!」
「いかないからな!」
あぁそうだった。ダークエルフの村に近づくダークエルフを奴隷にした人間。怪しむのも当然だし、前もそんな感じで疑われたよね。
でも、これでこの山の妖精とダークエルフが協力関係にあるのが確定した。後はこの子達の誤解を解けばなんとかなりそうだ。
「このおいしそうなのとだーくえるふをおいてきえろー」
「きえろー」
……フェリシアはともかく、カップケーキも手に入れるつもりのようだ。まあ、お菓子に釣られて出てくるくらいだから、かなり興味があるんだろう。
「……フェリシア。お願い」
こうなったら俺がなんと言おうが無駄なので、フェリシアに丸投げする。
「分かりました。妖精さん達。私は望んで奴隷になりましたので、ご主人様は悪者ではありませんよ」
「だいじょうぶだ。ちゃんとたすけてやるからあんしんしろー」
「しろー」
***
「申し訳ありませんご主人様。私では無理でした」
「あー。あやまらせたぞ。このきちくが!」
「きちくがー」
フェリシアが説得を失敗し、僕に謝ったことで妖精達に鬼畜と言われてしまった。理不尽って言葉の意味がとても理解できる。
リムを抱きしめてモチモチしよう。そうすれば僕は大丈夫だ。
「いや、フェリシア。仕方がないことだから気にしないで」
フェリシアが失敗するのもしょうがない。
フェリシアが何を言おうと、無理矢理言わされているんだとしか妖精達は思われないから、どうやっても言葉が届かない。
「アレシア。諦めて帰りませんか?」
「ワタルの言いたいことも分かるけど、あの子達はフェリシアを置いていかないと納得しないと思うわよ?」
……フェリシアを置いていくのは無理だ。僕が寂しくて死んでしまう。
「どうすれば……」
さすがに妖精達をアレシアさん達に始末してもらうのは無理だし、どうにかして僕を信じてもらわないと……。
「あの、ご主人様。恐れ多いことですが、森の女神様から拝領した手紙を妖精達に見せるのはどうでしょう。妖精達も自然と共に生きる種族ですから信頼が得られると思います」
なるほど、手紙の内容もダークエルフのことだし、森の女神様の印を見れば疑いは晴れそうだな。
ただ、手紙を見た時のダークエルフ達の様子を思いだすと、劇薬になりかねない不安がある。
……でも、僕達の言葉は妖精達に届かないし、この際しょうがないか。最悪気絶で済むだろう。
ん? ていうか、森の女神様の手紙があれば、ダークエルフを説得する手間がなくなるのでは?
今までは接触するたびに疑われたけど、森の女神様の手紙を持つ人間を疑うことはないだろう。少なくとも、ちゃんと話は聞いてくれるはずだ。
激レアアイテムを手に入れたと思っていたけど、思いもよらぬところで幸運を授けてくれそうだな。さすが、森の女神様だ。尊い。
女神様方の手紙を収めたゴムボートを召喚する。
「な、なんだおまえ、なにするきだ! へんなことしたらやっつけるぞ!」
「ぞー」
いきなりゴムボートを召喚したから警戒させてしまったようだ。でも、この場から離れるのも難しいし、しょうがないよね。
ゴムボートから森の女神様の手紙を取り出し、フェリシアに渡す。
フェリシアが慎重に手紙を封筒から取り出し、丁寧に広げる。ある意味神器だから取り扱いが凄まじく丁寧だ。
「これを見てください」
フェリシアが手紙を広げ、妖精達に見えるようにかざす。
「な、なんだ。へんなことするな。わなだな!」
「だな!」
ビックリするくらい妖精達の警戒心が高い。これだけ警戒心が高いのに、なんでアッサリ姿を現したんだろう?
もしかして、豪華客船のお菓子には、僕が知らない誘引効果でも秘めているんだろうか?
「罠ではありませんよ。この印を見ても分かりませんか?」
フェリシアが森の女神様の神聖な雰囲気が漂う印を指すと、それを見た妖精達が徐々に目を見開き、あわあわと挙動不審になった。
えっ、意味わかんない。なにこれホント? ホントなの? 嘘だよね? もしかしてホント? 女神様の印? といった感情の移り変わりが見えて面白い。
飛んでいた妖精がスーッと地面に降り、へへーっと森の女神様の手紙に対して土下座を始めた。
森の女神様の印は、先の副将軍の印籠並みの効果があるのかもしれない。
あと、この土下座の文化はこの世界独自の文化なのか、僕の前にこの世界に来た日本人が伝えたのか気になる。
というか、妖精はどこで土下座を覚えてきたんだ?
小さな妖精達に土下座されると、とてつもなく酷いことをしているように感じる。
「分かってもらえましたか?」
「わかったー」
「たー」
フェリシアは優しく言っているが、妖精達はバケモノにでもあったような引き攣った顔で頷いている。
女の子の妖精なんか、声も出ないのか涙目で必死に頷いているから心が痛い。
「では、ダークエルフの村に案内してくれますか?」
コクコクと頷く妖精達。
これで問題なくダークエルフの村まで辿り着けそうだ。
いいや、まだだな。このまま村に到着したら、テンパリまくった妖精達の姿を見て一波乱が起こるのは確実だ。
僕も色々と経験したから、それくらいは理解できる。
出発前にこの妖精達にカップケーキを食べさせて笑顔にしておこう。あと、イルマさんも落ち着けておかないと危険だな。
読んでくださってありがとうございます。




