15話 ちょっとした見栄
開拓予定地の視察結果は、良いところがなく、ものすごく悪いところもなく、トータルであんまり良くない微妙な土地ということだった。だが、その土地を見たことで僕の脳細胞が天才的なひらめきを見せ、良くないのなら慈善事業費を全部使って良い土地にしてしまおうという、逆転の秘策を生み出してしまった。自分の才能が少しだけ怖い。
「……ということなんです。冒険者ギルドと商業ギルド、後は王宮に話を通せば大丈夫ですかね?」
アクアマリン王国の王都に戻ってきた僕は、さっそくフローラさんに連絡を取り、思いついた秘策を説明した。
「……ワタルさん、本気なんですか?」
説明が終わると、フローラさんがマジマジと僕の顔を見ながら質問してきた。そんなに熱い視線を向けられると照れる。
「えぇ、もちろん本気です」
本気でこの機会に慈善事業費を全部使いきるつもりです。その為なら多少の苦労はいといません。
いや、いといはするけど、我慢する覚悟です。
フローラさんの熱い視線が僕から外れ、イネスに向かう。
「信じられないかもしれないけど、ご主人様は正気よ」
なるほど、あの熱い視線は僕の正気を疑っていたのか。かなり失礼な話だな。
まあ、フローラさんは慈善事業費のことを知らないから、正気を疑われてもしょうがないか。僕だって理由もなしに同じことをしている奴が居たら、そいつの正気を疑うもん。
「正気って、白金貨二千五百枚を投入して、特に重要でも要所でもない土地を開発することが正気なの? いくつお城を作れると思ってるの?」
二千五百億円って城がいくつも作れる金額なのか。
それもそうか、人件費も安いし人魚の村を作る材料費も安かったもんな。
でも、今回は土地ごと生まれ変わらせる大工事だから、たぶん大丈夫。余ることはないはずだ。
「城の値段なんか知らないわよ。でも、ご主人様はやると言ったらやるわよ。それでどうなの? 冒険者ギルドと商業ギルド、あと王宮にお話を通せば大丈夫なの?」
いや、イネス、僕はやるといっても、状況が変わって面倒になったら投げ出すタイプの人間だよ。
「知らないわよ。話が大きすぎて私の手に余るわ。……はぁ、ギルドマスターに相談してみる。ワタルさん、返事はその後でいいですか?」
「はい。あと、もし偉い人に話を信じてもらえなければ、全額前金でも構わないとお伝えください。あぁ、いつでも白金貨を目の前に並べますとも伝えていただいて構いません」
ちょっとドヤってしてしまった。でも、途方もない大金を何でもないことのように扱うのも、一つのロマンだからしょうがないんだ。
まあ、まだ最初に受け取った白金貨以外は受け取っていないけど、商売の神様に言えばすぐに用意してくれるだろう。
念のために、後から受け取りに行っておこうかな?
「……分かりました」
フローラさんが生気を失った顔でフラフラしながら帰っていった。っというか、あの状態は危険な気がする。無事に冒険者ギルドまで辿り着けるの?
「……イネス、フェリシア、冒険者ギルドまでフローラさんの護衛をお願い」
「そうね、ちょっと危なっかしい感じね」
「分かりました」
頷いてフローラさんを追いかける二人。できればフローラさんの精神面もフォローしてくれたらありがたい。
あっ、ヤバい。最初の白金貨は商業ギルドに預けてあるんだった。
……まあ、引き出すのが間に合わなくても、千七百枚の白金貨を並べて、残りは商業ギルドの人に保証してもらえばウソだとは思われないよね?
***
「ねえ、イネス。私、ワタルさんの下で働く予定なんだけど、ワタルさんは大丈夫なの? 全財産を失ったりしない?」
あとから追いかけて来てくれたイネスに、失礼な質問をしてしまった。
でもしょうがないじゃない。
素晴らしい生活を夢見て転職を決意したら、その転職先のオーナーが白金貨二千五百枚を使って、微妙な場所を開拓するって言うんだもん。不安になるのも当然でしょ?
公爵城の財宝って、そんなに沢山あったの? もしかして、あの招待してくれた素敵な船を借金の担保にしたのかも。嫌な想像ばかりが膨らんでしまう。
「フローラの心配は分かるけど、あのお金はご主人様にとって使い切りたいお金なの。ご主人様は他にも大金を持っているから、全財産を失う事なんてありえないわよ。安心しなさい」
使い切りたいお金ってなに?
私は残しておきたいお給料も使いきっちゃうのに、お金持ちの世界にはそんなお金が存在するの?
「……世の中って理不尽なのね」
世の不公平に落ち込む私を、イネスとフェリシアさんは優しく冒険者ギルドまで送ってくれた。
まあ、イネスは中にダリオ君が居ることを知って、冒険者ギルドの中には入らずに急いで帰っちゃったけど……。
さて、ちょっと調子が狂っちゃったけど、頑張ってお仕事をしましょう。
よく考えてみたら、理不尽な存在のワタルさんの元で働くんだから、今後の生活は安泰だってことだものね。やる気が出てきたわ。
戻ってきてすぐに直属の上司にワタルさんの話を報告すると、何度も正気を疑われた後にギルドマスターの部屋に連れて行かれた。
私もワタルさんの正気を疑ったので、疑われることは別に苦痛に感じなかった。
むしろ共感したと言っていい。
「……ふむ……話の内容は理解した。それで、仮にこれが本気だとして、どこまで実現可能な話なのかね?」
話を聞いたギルドマスターが、呆れを隠さずに質問をしてきた。その気持ち、私もよく分かります。
「ワタルさんは白金貨二千五百枚全て、前金で構わないとおっしゃっていました。ですので、白金貨二千五百枚までは実現可能な話だと思われます」
私の言葉にギルドマスターの表情が変わった。
「本当にそれだけの金額を用意しているのか?」
「公爵城の財宝の発見者でもありますし、信じられないのならいつでも白金貨を目の前に並べますよとおっしゃっていたので、用意しているのではないでしょうか?」
白金貨二千五百枚が並ぶ光景ってどんな光景なのかしら?
ありえないのは分かっているけど、目が潰れそうな気がするわ。
「そうか、では、見せてもらうことにしよう。フローラ。ワタル殿に連絡を取ってくれ、私の方は明日の午後なら時間を空けられる」
えっ? 本当に見せてもらうつもりなの?
「わ、分かりました」
私も一緒に見られるかしら? ちょっと興味があるわ。さて、戻ってきたばかりだけど、もう一度ワタルさんのところに行きましょう。
***
「そ、そうですか」
……展開が早すぎるよ。
商業ギルドから白金貨を引き出す手続きもまだしていないし、商売の神様からも慈善事業費を受け取ってもないのに、明日見たいって?
もっと時間を空けて予定をすり合わせるのが礼儀でしょうが。
ヤバい、創造神様に神界に呼んでもらえなかったら、嘘つき確定です。
いつでも白金貨を見せますよ、ドヤ、なんかしなければよかった。
っていうか、本当に確認するってどうなの?
普通、社交辞令だと思うでしょうが……いや、大工事が安心して始められるなら、確認するのは当然なのかな?
「ワタルさん、大丈夫ですか? ……もしかして、白金貨を本当に確認されたら都合が悪かったりします?」
フローラさんから疑惑の視線が飛んでくる。
「いえ、ただよく考えると、白金貨二千五百枚の内、八百枚ほどを商業ギルドに預けたままなんですよね。いつでも見せてあげますよ、なんて言いましたが、八百枚の白金貨を商業ギルドが用意するのに時間が掛かると思います。どうしましょう?」
カミーユさんも、事前に言っておかないと大量の白金貨は用意できないって言っていたから、八百枚をすぐに用意するのは不可能だろう。
「あぁ、そういうことですか。それでしたら、ワタルさんに商業ギルドまで足を運んでいただくことになりますが、財産証明書を申請すれば、期限付きですがそれだけのお金がある証明にはなると思います」
そんなシステムがあるんですか?
「……分かりました。では、明日の午前中にでも財産証明書を申請に行きたいと思います。あと、ギルドマスターとの面会ですが、昼食後にお伺いしたいと思うのですが、構いませんか?」
なんだか後に引けなくって承諾してしまった。
創造神様にお祈りをして神界に呼んでもらえなかったら、顔見知りの神様全員にお祈りして、どうにか神界に呼んでもらおう。
いや、商売の神様に直接お祈りしたほうが早いかもしれないな。
「白金貨を所持しての移動は安全性に問題がありますし、こちらからお尋ねしましょうか? それにワタルさんは、注目を浴びたくないのですよね?」
安全面はイネスとフェリシア、ジラソーレが居るから大丈夫だが、そういえば僕は人目を忍んでいるんだった。
……でも、公爵城の財宝の噂が鎮静化するまでって思っていたけど、大工事をぶち上げちゃったから、逆に噂が盛り上がっちゃうだろうな。
まあ、多少の苦労は覚悟の上だ。注目に関しては、アクアマリン王国でやることを終えたらしばらく来なければいい。それで沈静化するはずだ。
「証明書の為に商業ギルドに行きますし、その後に冒険者ギルドに向かうように時間調整しますから、大丈夫です」
「分かりました。お待ちしております」
打ち合わせが終わり、今度はフローラさんも平気そうだったが、念のためにイネスを護衛として付けて帰した。
幼馴染なんだし、護衛が無駄だとしても楽しくお話すれば時間の無駄にはならないだろう。
イネスが戻ってきたら、外海に出てシャトー号の教会で必死にお祈りだな。
***
教会で試しに商売の神様に事情を説明しながらお祈りをしたら、神像の前に白金貨千七百枚が入った袋がいつの間にか置かれていた。
……商売の神様らしく凄く合理的だと思ったけど、なんだか少し寂しく感じた。
大変だけど、創造神様に振り回されたり、光の神様のご尊顔を拝謁できたりする方が、僕としては嬉しいかもしれない。
でもまあ、これで嘘つき呼ばわりからは逃れられる。
本当は札束で頬を殴りつけるように、冒険者ギルドや商業ギルドを動かす予定だったのに、今のところ冒険者ギルドに主導権を持っていかれている気がする。
だから、明日の会談でこの大量の白金貨を並べて、主導権を取り戻してやるぞ!
読んでくださってありがとうございます。




