15話 大盤振る舞い
孤児院の視察に行ったら、当初は暗かった子供達も悪戯をするくらいに元気になっていて安心した……と思っていたら教会から難題を振られていて、その悩みをどう解決するかと困っていると、イネスが力業の解決策を考えだしてくれた。
といった訳で、なんだか大事になってしまった。
なんで今、僕の目の前に枢機卿とか言うとても偉そうな身分の人が座っているのでしょうか?
イネスのアイデアを聞いた後にエルモに相談しに行って、そうしたら教会の司祭様に相談しましょうってことになって、そこで少し調子に乗っちゃったのが駄目だったのかな?
司祭様に大陸には沢山の孤児が居て、その中には深く傷ついてしまった孤児も沢山居るって聞いて、それなら魔導師様に相談してみましょうか? って言ったのは確かだ。
だって、沢山援助すればそれだけ慈善事業費が消費できるし、助かる子供が増えるんだから良いことずくめだと思ったんだもん。
アクアマリン王国の土地開発での消費予定もあるけど、それでも全部消費できそうにないから、チャンスを逃すわけにはいかないもんね。
それに、司祭様もとっても穏やかな人柄を感じさせるお爺さんで、できれば力になってあげたいなーって思わされちゃったんだもん。
それで、一度キャッスル号に戻って魔導師様に相談した体を取って、色々と協力できることをみんなで相談した。
その結果、子供達の為になって良いことなんだし、どうせやるなら思いっきりやっちゃえばってことになってしまった。
念のために商売の神様にも相談したところ、寄付は駄目だけど孤児達のメンタルケアの施設を教会に援助して作るのは、商売の神様との契約を介してならOKだって許可も貰えた。
魔導師様に相談した結果、話を聞いて心を痛めた魔導師様も乗り気になって資産を放出してくれるといったカバーストーリーまで作成し、完璧な計画だと確信した僕は再び司祭様の元を訪ねて大盤振る舞いを約束した。
そうしたら、大盤振る舞いに喜んだ司祭様が、是非とも教会の偉い人に会ってくれって言いだして、そこから予定とは違う方向に話が進みだしてしまった。
忙しくて偉い人に会う時間が取れないって言ったんだけど……ふざけたことに教会の偉い人がキャッスル号に滞在中なんて偶然もあり、枢機卿との面談が実現してしまうことになる。
教会の偉い人が豪華客船でバカンスとか、ふざけんなと言いたい。
「それで、ワタル殿、本当にこの条件で教会に援助をくださると?」
現実逃避している僕に、枢機卿が鋭い視線で質問をしてくる。
……この枢機卿、50代くらいのおじさんなんだけど、キャッスル号の美容フルコースを満喫したのか、天辺からつま先まで妙に艶々している。
偉い人には見た目も大切なんだろうけど、聖職者のおじさんがそこまで自分を磨いてしまうのはどうなんだろう? 爪なんかピカピカだよ?
僕としては枢機卿の隣に座っている司祭様の方が好感が持てる。磨いている訳じゃないけど清潔感があって、のんびりと穏やかにニコニコしていて安心する。
まあ、枢機卿なんて名前からしてとても凄そうな役職に就くには、のんびり穏やかって訳にもいかないんだろうな。
「いえ、私が援助するのではなく、魔導師様の援助ですね。僕は仲介するだけです」
面倒になりそうだからそこだけは譲れない。善も悪も架空の魔導師様におっかぶせて、僕は自分の楽しみのためだけに生きていきたい。
「そうでしたか。しかし孤児達の為とはいえ、各国に建てる施設の建築費と維持費に50白金貨。その人件費と孤児達の生活費に100白金貨とは……魔導師殿は豪気なお方なのですね」
「えーっと、魔導師様はお優しい方ですから」
豪気なんかじゃなくて、手抜きのたまものです。
本当なら建築費と維持費も倍だして慈善事業費を消費したかったんだけど、合わせて150白金貨でも十分すぎると言われてしまったのが残念だった。
小さい村を作る建築資材が白金貨数枚で可能な世界だから、50白金貨ですらいくつ施設を作るつもりなんだよって話だよね。
まあ、教会は大陸各地にあるし、偉い人達の思惑があるにしてもバランスよく大陸各地にメンタルケアができる施設を建ててくれるだろう。
商売の神様を介した教会自体との契約だから援助金の不正使用も無くて安心だし、この世界は物価も人件費も安いから、たぶん百年単位で資金は尽きないはずだ。
世界に白金貨の流通が戻って、僕も白金貨の消費ノルマが減る。建築依頼で大工がもうかり、ケア施設の仕事で雇用が増えて助かる孤児達も増える。
イネスの思いつきから随分と大げさな話に発展しちゃったけど、素晴らしい計画になったと思う。特に資金を預けたら僕の手が掛からないところが素晴らしい。
あとは、商売の神様を介した契約をするだけだ。
「ふむ……その魔導師殿にお会いすることは可能ですかな? 教会としても孤児達を慈しむ心を持つ方とは懇意にしていきたいのです」
契約するだけだったはずなのに、枢機卿はまだ話を続けたいようだ。
なんで偉い人との会話は普通に話しているだけなのに、それだけでプレッシャーを掛けられているような気になるんだろう? 普段の創造神様よりもプレッシャーを感じる。
「魔導師様はお優しい方ではあるのですが、それと同時に人との関わり合いが苦手な方ですので、会うのはちょっと難しいです。今回のお話も私が仲介するならばということですので、人と会うようなことになる場合、援助の話自体が無くなる可能性があります」
枢機卿なんか出てきちゃったから、僕としてはすべてを無かったことにして帰りたい心境だ。
「なるほど、残念ではありますが無理は言えませんね。では、ワタル殿。魔導師殿と親しいあなたに教会に対するお力添えを願いたいのですが、それは可能でしょうか?」
不可能ですって言えたらどれだけ幸せだろう? 創造神様にお願いして、航君にちょっかいだしちゃ駄目だよって神託をお願いできないかな?
……それはそれで面倒な事になりそうな気がする。特に創造神様に借りを作るのはとっても危険だろう。
「たいしたことはできませんし、船での生活がほとんどですからお役に立てるかは疑問ですが、お力になれる機会がありました時には、微力ながらお手伝いできればと思います。まあ、私などではほとんどお役にたてないとは思いますが、ご容赦頂けましたら幸いです」
届けこの思い!
「おぉ、ありがとうございます。ワタル殿がお手伝いくださるのならば、創造神様もたいそうお喜びになるでしょう」
さすが出世競争を勝ち抜いてきたエリートだな。確実に僕のあんまり関わりたくないって気持ちを理解したうえで、都合のいい部分だけ咀嚼してしまった。面の皮がとても厚いようだ。
でもまあ、ちゃんと言うべきことは言ったし、生活拠点が船で教会に近づく機会もほとんどないだろうから大丈夫だよね。
「では、さっそくですが、これだけ立派な船に教会が無いのはどうなのでしょう?」
偉い人の貪欲な姿勢って、僕は嫌いだなー。
***
この船に教会を設置したいという枢機卿の要望は、船のことは全部カミーユさんに任せているからと言って丸投げして、カリャリの街から即座に撤退することにした。
別れ際にカミーユさんに恨めしい表情で見られてしまったが、孤児のメンタルケア施設の交渉だけで僕は精一杯だったから許してほしい。
契約はちゃんと終わらせたし、魔導師様からのお断りの手紙も用意したんだから、カミーユさんならなんとでもなるはずだ。頑張ってほしい。
「ワタル。前回里帰りしてからそれほど経っていないし、ルッカに寄らなくても構わないわよ?」
心の中でカミーユさんにエールを送っていると、アレシアさんが話しかけてきた。
ルッカに寄ることを伝えた時も、頻繁に里帰りするのは高ランクの冒険者としてちょっと……とか言っていたので、アレシアさんにとっての理想の冒険者像と相いれない何かがあるのかもしれない。
「いえ、元々帰りにルッカに寄るつもりでしたし、アレシア達は実家に顔を出してゆっくりしてきてください。あっ、でも侯爵様にはバレないようにお願いしますね」
枢機卿の影響で早めにカリャリを出発したから、里帰りの時間は十分にある。はやく南方都市に戻っても資材が用意されていなかったら意味がないし、是非とも家族を安心させてあげてほしい。
特に弟さんのサヴェリオ君を放置していたら、冒険者ギルドに捜索依頼とか出しそうだからしっかりとコミュニケーションを取ってきてほしい。
「うーん、侯爵様に気づかれないのは無理じゃないかしら? たぶん私達がルッカに戻ったら門から侯爵様に報告が行くと思うわ」
ジラソーレって戦争のこともあるから、ルッカだとアイドル的な人気があるんだよな。
たしかに侯爵様に気がつかれないようにってのは無理があるか。
「そうなると、僕にも招待状が来たりすることもあったりしますかね?」
ルッカ侯爵とは微妙に関りがあるから、食事なんかに招待される可能性も否定できないな。
「私達がワタルと行動を共にしているのは知っているから、よっぽどの緊急事態でもない限りワタルを招待しようとするでしょうね。キャッスル号の影響は並みじゃないもの」
だよね。枢機卿との会談で疲れたのに連続で偉い人には会いたくないな。
「では、アレシア達を下ろしたら僕達は外海でのんびりすることにします」
今回はルッカで観光でもしようかと思っていたけど、偉い人に会って気を遣うくらいなら外海でのんびりしていよう。
最近リムとのコミュニケーションが不足気味な気がしないでもないし、たっぷりリムと遊ぶのもいいだろう。
しかしあれだな。ルッカには何度か足を運んだけど、ことごとく都市の中には入らない流れになってしまうな。こういうのを縁が無いって言うのだろうか?
「それなら無理してルッカに寄らなくてもいいんだけど? っていうか、ワタルだけ逃げるのは狡いと思うわ。私達も晩餐になんて行きたくないわよ」
「アレシア達は地元の英雄なんですから頑張ってください。家族をないがしろにしていると、イネスみたいなことになっちゃうかもしれませんよ?」
家族から冷たい目を向けられるイネスはとても可愛そうだった。
「失礼ね。うちはイネスの家みたいには絶対にならないわよ」
「失礼なのはアレシアとご主人様よ。勝手に私の家族を悪い例にあげないでくれる? あと、弟ならうちの弟の方が勝っているわ」
大人しく話を聞いていたイネスが、自分の家族の話題にちょっと憤慨しながら入ってきた。
たしかにダリオ君は良い子だよね。僕としてもサヴェリオ君よりも断然好感度が高い。
「失礼ね。サヴェリオだって……ワタル。サヴェリオが一緒に来たいって言ったらどうしたらいいかしら?」
「これからはダークエルフの島での行動が主になるので、遠慮して頂けた方が助かります」
「……そうね。あそこを知っている人は少ない方が良いわよね」
ちょっと残念そうなのは申し訳ないけど、サヴェリオ君は僕を敵視している様子だから島に連れていくわけにはいかない。
まあ、単純にサヴェリオ君が苦手ってのもあるし、断りやすい理由があるのは助かったな。
さて、アレシアさん達をルッカにおろしたら、あとは南方都市で資材を受け取ってダークエルフの島に行くだけか。
海中の人魚の村を作るのも楽しそうだし、のんびりしながらダークエルフの島で何か面白いことができないか考えてみよう。あっ、ダークエルフ達をクリス号に招待するんだった。
創造神様達も招待しないといけないし、ダークエルフの島に行ったら色々と忙しいのかもしれない。
次にはダークエルフの島に戻りたいと思っています。
読んでくださってありがとうございます。




