9話 パーフェクト……?
アンネマリー王女とレーアさん、ダークエルフの村の村長さんと副村長さんを交えて、ダークエルフの島の隔離範囲や、クリス号にダークエルフの皆を招待する計画を話し合った。僕にとっては微妙に納得できない話し合いだったけど、最終的には綺麗にまとまったから、大人な僕は気にしないことにした。とりあえず、海神の神器で島を囲ってしまおう。
「あー、マリーちゃんだ。あそぼっ!」
「ほんとだー。あそぼー」
「あそぼ。あそぼ」
「えっ? えっ? えっ?」
「こ、こら、お前達! それはいかん。待ちなさい!」
「……レーアさん。あれは大丈夫なんですか?」
話し合いが終わって村長の家を出たら、ダークエルフの村の子供達にアンネマリー王女が連れ去られた。
アンネマリー王女、いきなりのことでめちゃくちゃ戸惑っていたけど、のんびりしていていいの? 村長なんか大慌てで追いかけていったよ?
「そうですね。姫様は第二王女という責任あるお立場です。ああも簡単に状況に流されるのは大丈夫ではありませんね」
そっち? 心配するのはそっちなの?
「そうではなくて、アンネマリー王女の心配はしなくていいんですか?」
「あぁ、そういうことですか。短い時間ですがダークエルフの皆様のお人柄も拝見しましたし、村の中には護衛も居ます。なにより姫様はとてもお強くなられましたから、村の中なら問題はありません」
あぁ、そうだった。アンネマリー王女、ロリっ子だけどレベル100を超えちゃっているんだったね。護衛も居るなら子供にあそぼうと連れ去られたくらいでは焦らないか。
「でも、立場を考えたら心配するべきでは? 村長なんか焦って子供達を追いかけ回していますよ?」
フェリシアのお父さん。カッコいい人なのに、あんなに焦っちゃって……。
まあ、村長という立場だから身分ってものを理解しているんだろうな。他の村人とか微笑ましく見守っているだけだし、子供達なんて身分って言葉を理解しているかも怪しい。
あっ、子供達が捕まった。うわ、こっちまで音が聞こえるくらいの拳骨をくらって、子供達が地面に転がってのたうち回っている。日本だと体罰とかで訴えられそうだな。
おっ、今度は怒られている子供達をアンネマリー王女がかばってとりなし始めた。できた王女様だ。ん? 村長が驚いた顔でこちらを見ている。あっ、アンネマリー王女とこっちに来た。
「あの、ワタルさん。アンネマリー王女様が、村の子供達と友達だとおっしゃっているのですが?」
村長は混乱している。
「はい。姫様はあの子供達と仲良くさせていただいております」
僕の代わりにレーアさんが答えたが、村長の混乱が一層深まった。
「あの、村長さん。アンネマリー王女と子供達が浜辺で遊んでいたり、歓迎会で一緒にご飯を食べていたりしている姿を見ませんでしたか?」
結構頻繁に遊んでいたはずなんだけど、知らなかったの?
「いえ、偶にご一緒させていただいているのは知ってはいましたが、友人になるほど親しくさせてもらっているとは考えていませんでした。失礼にならないように、あまり近づかないように言い聞かせましたし……」
一緒に行動していたのは知っていたのか。それで、身分のこととかを子供達に色々教えて近づかないように言い聞かせたけど、まったく身についていなかった上に、教育前に友達にまでなっていて混乱がマックスなんですね。
あの子達、二日酔いで苦しむ村の大人達を、騒いで更に苦しめるくらいやんちゃだからな。村長の苦労がとても偲ばれる。
でも、あの子達がやんちゃなことを村長は知っていたはずだから、アンネマリー王女に失礼がないようにしたかったなら、子供達を家に閉じ込めるくらいはするべきだったね。
まあ……準備期間も与えずに、いきなり王女を連れてきた僕が一番悪いんだけどね。
人魚の受け入れの話し合いや歓迎会、僕からの豪華客船への招待、子供達に関わる余裕なんてほとんどなかったよね。本当に申し訳ないです。
「えーっと、アンネマリー王女はお優しい方ですし、気にしなくても……レーアさん、大丈夫なんでしょうか?」
村長にフォローを入れようとしたけど、途中で僕が勝手に王女の気持ちを代弁する訳にはいかないと気づき、無理矢理レーアさんへの質問に変更した。
「私共は無理を言ってダークエルフの皆様にお世話になる身ですから、酷い侮辱やいわれのない暴力行為ならともかく、善意からの行動を問題にすることなどありえません」
「そうです。それに、私も友達が出来て嬉しかったんです。何も問題ありません」
「だそうですから、村長さんもあまり気にしなくてもいいと思います」
レーアさんとアンネマリー王女が良いこと言ってくれた。これですべてが穏便に収束するはずだ。
「そんちょう。ひどい!」
「そんちょうからむじつのつみでぼうりょくをうけた!」
「いたい! いたい!」
収束すると思ったら、状況を理解した子供達が調子に乗った。ある意味では状況判断が的確と言えるが、まだまだ甘いな。
騒ぎを聞きつけてやってきた君達の母親が、背後で怖い顔で立っているぞ。
……子供達が親からもう一発拳骨をくらい、引きずられて消えていったことで、今度こそ穏便に事態が収束した。
***
「ご主人様。出発します」
「うん」
シーカー号の先端に海神の神器を据え、イネス、アレシアさん達、アンネマリー王女、レーアさん、沢山の人魚達の見守る中、フェリシアの合図に合わせて海神の神器の操作を始める。
フェリシアが操船するシーカー号に沿うように発生する、海底から海面までパイプ状に積み重なる激しい海流。
人魚の国でも魔力チートの異世界人しか突破できなかった竜巻のような激しい海流を、更に激しく大きく改良した特製の結界。
海神の神器を操作していても聞こえる、見学の人魚達の『おぉ』という感嘆の声が心地いい。
でも、本当はもっとゆっくり時間を掛けてやるつもりだったのに、会議後の微妙な出来事を忘れるように働いたらあっという間に状況が整ってしまったな。
ちょっと下見と気分転換のつもりでルト号でダークエルフの島を一周して、海底の調査も必要だと気がつき人魚に変化して海底の下見もした。
村長達の要望である秘密の脱出路も、月が出ない新月の晩にそこに突入したら、一気に外まで押し流す設定にすればいいと直ぐに決まり、トントン拍子で試しに結界を張ることになった。
アンネマリー王女から人魚達にも見学させたいとお願いされて、シーカー号に乗り換えて人魚を乗船させて注目されているから、なんだか舞台の主役になったかのような気分だ。
皆の視線を浴びて、恥ずかしいようなむず痒いような気分の中、ぐるりとダークエルフの島を一周すると、綺麗に結界が繋がる。
シーカー号のいたるところから巻き起こる拍手。目立つのは好きじゃないと思っていたけど、こういう知っている人達からの称賛は悪くない気分だ。
「まだ第一段階ですから」
まあまあ落ち着いてと観客の声を抑えながら、キリッとした表情で第二段階に移行する。なんだか気持ちよくって、ちょっと調子に乗っているかもしれない。
実は第一段階だけでも海中からの侵入はほぼ不可能なんだけど、海上からなら侵入は不可能じゃない。
人魚の国の結界よりもパイプの幅が広くなってはいるが、身体能力が高い高レベルの敵が船でギリギリまで近づいてジャンプすれば、飛び越えられる幅でしかない。
ルト号を海水ごと上空に吹き飛ばしたはた迷惑なSランクの冒険者なんかだと、あくびをしながら飛び越えそうだ。
だから第二段階。海神の神器の本領発揮はここからだ。
観客の拍手を抑え、再び海神の神器の操作を始める。
海面が激しくうねり、島から遠ざかるような流れの海流が生まれる。アクセントに連続する高波もプレゼントしよう。
これで結界から3キロほどは魔導船を乗り入れても高波に翻弄され、島から遠ざかるように押し戻されてしまうことになる。
だが僕はまだまだ手を抜かない。次は渦をプレゼントだ。
海流と高波に翻弄され、うっかり渦に飲み込まれたら魔導船ごと粉々になる強烈な渦。それをいたるところに散りばめる。無理矢理奥まで入り込んだら、最終的にどうやっても渦に飲み込まれるように……。
あとは秘密の脱出路。新月の夜中……3時でいいな。その時間に特定の場所に踏み込めば、一気に荒れた海の外まで安全に押し流される海流の道を設定して……よし、パーフェクトだ。
なんだかとても気分がいい。この世界に落ちてきて、ちょこちょこと地味な失敗を繰り返していたけど、初めて完璧に仕事を熟せた気がする。
胸に湧き上がる満足感に自然と上がりそうになる口角を抑え、みんなの方に振り向く。このタイミングでドヤ顔を決めたら台無しだから、なんでもないふうを装うのがポイントだ。
「……?」
拍手喝采を求めて振り向いたのに、期待した反応が返ってこない。ドヤ顔出ちゃった?
「……ワタル」
「はい。どうかしましたか?」
最初に僕を褒めるのはドロテアさんだったか。ジラソーレの中では控えめな人だから、最初がドロテアさんなのは予想外だったな。
「やりすぎ」
「えっ?」
「だから、やりすぎ」
やりすぎ? ドロテアさん視線に釣られて、自分で操作した海を見なおす。
大型台風で荒れる海が可愛らしく見える高波。洗濯機どころかミキサーのように激しく回転する渦。……どこの魔境ですか?
「えーっと……もうちょっと控えめな方が良いですかね?」
いや、守るんだからやりすぎくらいの方がちょうどいいんじゃないかな? これなら飛べない限り絶対にダークエルフの島には入れないはずだ。
「当然です。こんな一目瞭然で不自然な海域、何かあると言っているようなものです。この場所が発見されたら、好奇心と欲にまみれた人が押し寄せてきますよ」
「で、でも、誰も乗り越えられないから問題は無いんじゃ?」
人が来ようが来まいが通れなければ結果は同じだ。
「ワタルさん。人が死にますよ。ダークエルフを狙う訳でもない、ただ好奇心が強いだけの人まで問答無用で死んじゃいますよ。それでもいいんですか?」
「……そういわれると、それは嫌です」
さすがに悪意が無い人まで死んじゃうのは罪悪感が沸く。
「では、先に進めないことを目的にした方が良いでしょう。ワタルさんなら、だれも死なずに絶対に入り込めない場所を作ることも簡単ですよね?」
「……はい。ありがとうございます。ドロテアさん」
うん。普通の僕なら人が死ぬのにビビって、ドロテアさんが言うような海域を作ったはずだ。もしかしなくても、調子に乗って暴走していたのかな?
読んでくださってありがとうございます。




