8話 異世界ギャップ
全身の激しい筋肉痛に襲われ、天使に救われてから数日。僕が二日酔いに追い込んだ人魚達も復活したので、ようやく人魚達の拠点計画が次のステップに進むことになった。……ちょっと飲ませすぎちゃったのかもしれない。
「では、島の海域を決めたいと思います。ご意見のある方はどうぞ」
村長さんの自宅に集合して、海神の神器の使用範囲を決める会議を行う。メンバーは、僕、フェリシア、アレシアさん、アンネマリー王女とレーアさん、村長と副村長だ。
他の人達は、村でのんびりしたり、人魚の拠点の下準備をしたりしている。リム達とペントは、村の子供達に大人気だ。
「あのー、ワタルさん。娘から話は聞いているのですが、私達はあまり海を利用しませんので、ワタルさんと人魚の方々にお任せします。一つお願いがあるとすれば、月に一度、短時間でいいので、島を出入りできるような秘密の海流があれば、ありがたいです」
会議が始まると村長さんが即行で丸投げしてきた。ダークエルフって、ひっそり暮らすことがDNAに染み込んでいるのか、海にあまり興味を示さないんだよな。大航海時代とかが到来したら、確実に乗り遅れる種族だ。
「フェリシア、それでいいの? 海神の神器が気軽に使える今は問題ないとしても、将来の島の出入りや漁業にも関係してくるんだよ? 月に一度程度だと少なくない?」
フェリシアのことだから説明していないなんてことはないだろうけど、村長さんの淡白な反応は不安になる。
今までは出ようと思えば海に出られたけど、海流を操作したらそう簡単にはいかないんだよ?
あっ、出るだけなら簡単な海流にしておけば……駄目だな。簡単に出られる場合、うっかり外に出たら、簡単に戻ってこられなくて死んでしまう。
「ダークエルフは人口の増加も緩やかですし、この島は広いですから飢饉や疫病等の問題が無ければ、はるか未来まで穏やかに暮らせます。ダークエルフにとって、それだけで十分なんです。月に一度の出入りは念のためで、緊急時以外は使うことも無いと思います」
フェリシアも月に一度で問題ないと考えているみたいだ。
「でも、疫病や飢饉以外にも魔物の襲撃なんかも考えられるよね? 海からは海神の神器で作った海流で防げるけど、空から大量の魔物なんかに襲い掛かられたら危険だよ」
強いのが襲ってきたら、月に一度だと逃げられないかもしれないよね。あれ? 村長と副村長、アンネマリー王女とレーアさんも、キョトンとした顔をしている。何か間違ったことでも言った?
「あの、ご主人様。空は龍の領域です。個々で飛ぶ場合や小規模の群れなら問題はありませんが、大規模な群れで空を飛ぶと龍の怒りを買い滅ぼされるそうです。ですので、今では大群で空を飛ぶ魔物自体が居なくなったと言われています」
龍って、あの高い素材の龍のことだよね。もはや伝説扱いの……あぁ、だからフェリシアの説明も、古い伝聞みたいな言い方なのか。
……本当かどうかは知らないけど、この世界の人の龍へのリスペクトは感じる。
そして、みんな知っていて当然の知識だからキョトンとしていたんだな。海に住んでいるアンネマリー王女やレーアさんも知っているみたいだから、相当有名な話みたいだ。
これが異世界ギャップってやつか……。
「でも、強い魔物が単体で飛来したりすることもあるし、竜とか来てすぐに島から避難できないと大変じゃない?」
僕みたいに船召喚の守りがあるなら別だけど、逃げ道は必要なはずだ。
「鉱山などの隠れる場所はありますので、犠牲は出るでしょうが竜が来ても逃げることはできます。それよりも人間の方が危険です」
「なるほど……」
なるほどとしか言えない。月に一度で短時間って限定したのも、秘密の海流がバレた時に人間が大挙して侵入できない対策ってことか。竜よりも人間が怖いとか、人の業の深さが垣間見えて切ない。
貿易のことなんかも頭をかすめたけど、今の状態だと貿易なんか実行するどころか考えもしないだろうな。
僕が居る間はフォローできるし、人魚とダークエルフが上手く共存できれば、そこらへんは問題ないって思おう。幸い、二つの種族は仲良くできそうだもんね。
「では、ダークエルフの皆さんの要望は、月に一度、短時間の出入りが可能な秘密の海流に決定でいいんですね?」
「はい、問題ありません」
村長さんの返事に、副村長さんとフェリシアも頷いたので、これで決定だな。秘密の海流をどうするのか考える必要はあるけど、先にアンネマリー王女達の要望も聞いておこう。
「アンネマリー王女。人魚の皆さんの要望はどうですか?」
王女を付けたのが嫌だったのか、名前を呼ばれた時に不満そうな顔をするアンネマリー王女。一応、公式の場所ともいえるんだから我慢してほしい。
少し大きいだけの民家で、一般家庭の応接間のような雰囲気だけど、一応、公式の場所だ。たぶん……。
「えーっと、ある程度広く島を囲ってもらえた方が動きやすいです。そして、拠点から一番近い海流の海底に門が作れる程度の隙間と、他の場所に3ヶ所程、人魚1人が通れる程度の隙間が欲しいです。あと、できれば拠点も海流で囲ってもらえたら安心できます」
ちょっと不満そうで心配だったけど、場の空気はちゃんと読めるようで素直に答えてくれた。幼くても王女様なのは伊達じゃないようだ。
要望の内容は……正門が1ヶ所に勝手口が3ヶ所って感じか? 拠点の方は視認できるから、その場で教えてもらえば良いだろう。
「ある程度の広さってどのくらいですか?」
人魚のある程度がどのくらいかなんて想像がつかないけど、日本人の庶民である僕の感覚で設定したら間違いなく失敗するのは分かる。
「あまり広すぎても手が回りませんから、島から5キロほど離れて囲ってもらえるとちょうどいいと思います」
ですよね! と言った様子でレーアさんに確認を取るアンネマリー王女と、問題ありません、よくできましたと言った様子で頷くレーアさん。
5キロだそうです。何百メートルくらいなんだろうとか思っていたら、単位が違っていました。
でも、人魚なら泳ぐのも早いし、人間が歩いて1時間程度の距離なら、そこまで広くない……のかな?
10分もかからずに海流まで到着できそうだし、そんなに広くないってことにしておこう。
ちょっと不安なのは環境の変化だけど、広さに関係なく新しい海流が生まれる時点で環境は変化するんだから、今更だよね。
「分かりました。では、あとで下見をしながら海神の神器を使いましょう」
ちょっと広いから、ルト号でグルっと回りながらの方が良いよね。
「お願いします」
アンネマリー王女も頷いたし、これで島を隔離する話し合いは終わった。
海域の設定なんて地球ならややこしい問題になるんだけど、この世界だと簡単に済むのが面白いな。
「あっ、あと、フェリシアから聞いているとは思いますが、ダークエルフの皆さんを僕の船に招待したいと思っています。期間は2泊3日くらいを考えているんですけど、いつ頃なら大丈夫ですか?」
ちょうどいいから、ダークエルフの皆をクリス号に招待する計画も、ここで詰めてしまおう。
「……フェリシアから話は聞いていますが、少し想像がし辛く戸惑っています。なぜ船の中に泳ぐために巨大な池が必要なんでしょう?」
プールの時点で思考が追い付かなかったらしく、村長さんが困惑顔をしている。年頃の娘の父親で村長なのに、困惑顔がカッコいいのは卑怯だと思う。ダークエルフが羨ましい。
「ご主人様。私も説明はしたのですが、沢山の部屋と沢山の娯楽施設が船にあるというのが、父には想像できないらしく……申し訳ありません」
「フェリシアが謝る必要はないよ」
だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないでほしい。
しかし、想像がし辛いか……なるほど、地球人なら映像や書籍で未知な物を想像することに慣れているけど、こっちの世界の人だと想像のとっかかりを掴むのすら難しいのかもしれない。これも異世界ギャップだな。
うーん、デジカメやビデオカメラで映像を見せたら説明は簡単なんだけど、初めて豪華客船に乗った時の驚きが薄れるのはもったいない気がする。
とはいえ、豪華客船で生活しているフェリシアが説明できないのに、僕が上手に説明できるかと言われたら、まったく自信がない。
細かい説明をしても難しそうだし、できるだけシンプルに説明して、理解してもらえなかったら映像を見せよう。
「えーっと、簡単に言うと、凄く広い船でダークエルフの皆さん全員が乗れて、そこでお祭りができる感じです」
「ワタル……」
ほとんど話し合いに参加しなかったアレシアさんが、その説明はどうなの? といった目で僕を見ている。
結構分かりやすいと思ったんだけど、駄目だった? 村長さんと副村長さんを見ると、困惑した表情のままだ。駄目だったらしい。
「……アレシアさん、説明をお願いします」
そんな目で見るのならば、アレシアさんなら上手に説明ができるってことだよね?
「はぁ、しょうがないわね。村長……巨大な船に異国の村が乗っていると考えたらいいわ。ワタルはそこの村長で、みんなを村で歓迎すると言っているの」
アレシアさんの説明、僕とたいして変わらないよね。よし、僕もその説明はどうなの? といった目でアレシアさんを見てやる。
「なるほど、異国の村がまるごと入った船ですか。それなら水も必要ですな」
なんですと? なぜそれで納得しているの? 僕の説明とたいした違いはなかったよね?
「ええ、面白い村だからみんなで遊びに来たらいいわ」
僕の不満にも気づかず、アレシアさんと村長さんの間で順調に話し合いが進んでいる。これも異世界ギャップなのか?
僕をそっちのけで話し合いは進み、ダークエルフ全員が島を離れるには準備が必要なので、僕が建築素材を仕入れて戻ってから招待することになった。
話し合いが簡単に終わったのは嬉しいけど、なんだか納得がいかない……。
読んでくださってありがとうございます。




