28話 乗船のてんやわんや
アンネマリー王女の涙目と人魚の国の伝統に押し負け、ダークエルフの島までアンネマリー王女が同行することになった。三日でアンネマリー王女達の準備を整え、大きな船を見てみたい女王陛下とアダリーシア王女、大勢の護衛を連れて海上に出発する。
「ご主人様、なんだか凄いことになったわね」
「……うん」
イネスが周囲をキョロキョロと見まわしながら話しかけてくる。たしかに凄いことになっている。
厳密に数を数えた訳じゃないけど、僕達の周囲を百人以上の人魚が泳いでいる。前後左右、どこを見ても人魚人魚人魚の人魚パラダイスだ。
ただし、護衛の兵士だからか、男性の比率がとっても高い。アンネマリー王女のお世話を兼ねてダークエルフの島に同行する女性人魚さん達を除けばほぼ男。
護衛だからしょうがないとは理解していても、マッソーな人魚達に囲まれての海中の最後の旅は悲しい物がある。
イネスは僕のそんな悲しみを理解していないようだけど、それはしょうがないよね。ある意味イネス達にとってはパラダイスな空間だもん。
ただ、うちの女性陣達は普通なんだよな。美女が周囲に沢山居るだけで妄想を膨らましてしまう僕が異常なんだろうか?
……僕はいまだに思春期から抜け出せてないのかもしれない。
大人数に反応したのか海の魔物が襲ってくることもあるが、数の暴力でねじ伏せながら順調に海中を進む。
話を聞いたところ、人魚が集まれば大概の魔物はなんとかなるそうだ。最悪でも逃げることは可能らしい。
それなら公爵城もなんとかなったのではと聞いたら、悲しそうな顔で教えてくれた。狭い城の中では餌にしかならないし、少数を釣りだそうとすると偶にシーサーペントが大群で襲ってきて洒落にならないことになったそうだ。
まあ、引くくらいの数のシーサーペントが公爵城には居たから、人魚の国でも手が出せなかったんだろう。
あれだけ海神様を信仰している人魚達だから、ものすごく悔しかっただろうな。
人魚の集団に守られながら無事に海上に到着した。数の力を再認識した行程だったな。船召喚のチートで数を無双する戦いが多かったから、世間とのズレが修正された気がする。
あと、太陽の日差しが強い。人魚の国の光は太陽と比べるとずいぶん優しい光だったようだ。インドア派の僕としては人魚の国の光の方が好ましい気がする。
「ワタル様、大きな船を召喚するんですよね?」
太陽の光に悪態をついていると、アンネマリー王女が好奇心いっぱいの表情で話しかけてきた。
短い付き合いだけど、アンネマリー王女は真面目に王女として相応しくあろうとする姿を見ているから、こういう子供らしい表情を見るとちょっとホッコリする。
「えぇ、ビックリするくらい大きな船ですから、楽しみにしていてください」
たとえ思春期から抜け出せていなくとも、大人として少しくらいこの頑張り屋さんな幼女を楽しませてあげよう。
「はい! とっても楽しみです」
まぶしい笑顔の幼女の期待に応えるため……なんか犯罪っぽい考えだな。子供の期待に応えるためって考える方が、なんとなく安心な気がする。
あっ、その前に乗船チケットを渡しておかないとな。クリス号を召喚すると、魔物が寄ってくるから直ぐに乗り込めるようにしておいた方が安全だよね。シーパスカードの方が便利だけど、説明が面倒だから乗船してからでいいだろう。
乗船チケットを作り出して全員に配り準備は万端。いよいよ人魚の皆さんにクリス号のお披露目の時間がやってきた。
地味に隠したり魔導師様やらなんやらの面倒な設定を作っていたから、仲間以外に堂々と船召喚を見せるのは新鮮な気分だ。
「では、大きな船を召喚します! 危険はありませんから、落ち着いて行動してください」
大きな声で注意を呼び掛けた後、クリス号を召喚する。
大きな魔法陣が海上に現れ、人魚達からのどよめきが聞こえる。
そして現れるクリス号の船体に言葉を失う人魚達。
テレビで豪華客船の大きさを知っていた僕でも、目の前で本物の豪華客船を見た時は驚いたもん。大きな船を想像していても、それはこの世界での物差しだから、クリス号を見て言葉を失うのはしょうがないと思う。
「……まさか、これほど巨大な船とは……さすが創造神様の使徒様、素晴らしいユニークスキルをお持ちなのですね」
女王陛下が絞り出すように話しかけてきた。かなり驚愕してくれた様子だ。
「ワタル様、これがワタル様の船なんですね。こんなに大きな船があるなんて想像もしていませんでした!」
「ワタル様、凄いです。大きいです!」
子供の方が立ち直りが早いのか、アダリーシア王女とアンネマリー王女が興奮した様子で話しかけてくる。
もっと大きな船もあるんですよと自慢したい気持ちになるが、収拾がつかなくなりそうなので、先に船に乗ってしまおう。
「魔物が集まってくるかもしれないので、話は後にして船に乗り込みましょう。チケットを持っていればあの梯子から乗り込めますので、女王陛下、指示をお願いします。あっ、イネスとフェリシアが先に乗って、乗り込んできた人魚さん達に飲み物とかを出してあげて」
「分かったわ」
「承知しました」
イネスとフェリシアがクリス号に向かって泳いで行き、梯子の前で何やら話し合ってUターンしてきた。
「イネス、フェリシア、どうかしたの?」
フェリシアとか顔が赤いよ?
「ご主人様、私も気がつかなかったんだけど、梯子を上るには変化を解きゃなきゃいけないわよね?」
「そうだね。人魚の姿だと梯子を……」
なるほど、すべてを理解した。みんなの前で下半身を晒すのはさすがに恥ずかしいよね。
あっ、アレシアさんの顔が赤くなった。たぶんあの時のことを……睨まれてしまったから、余計な事は考えないでおこう。あの事件は、アレシアさんの中では封印されているんだ。
えーっと……どうすれば? この状況を予想してしかるべきなのかもしれないが、全然予想してなかったよ。
更衣室が必要。ルト号だと梯子を上る必要があるから面倒だよね。あっ、小屋船なら入り口に補助を付ければ直接中に入れるか。
多少面倒だけど、しょうがないよね。美女人魚さん達だけならともかく、男性人魚の下半身マッパは精神が死んでしまう。それなら、チケットも作り直さないといけないな。
女王陛下達に手順を話して小屋船を二艘召喚。イネスとフェリシアが先に着替えて乗船したあと、人魚達の乗船が始まった。
「うーん、数人まとめて着替えているけど、やっぱり時間が掛かるな。アレシアさん、魔物はまだ来ていませんが、大丈夫でしょうか?」
イネス、フェリシア、十数人の人魚さん達が乗り込んだあと、女王陛下や王女達も乗り込んだからひとまず安心ではある。でも、まだまだ時間が掛かりそうだ。
人数が減った時に魔物が集まると、数の暴力が難しいので面倒な事になりかねないよね。
「ねえ、ワタルさん。ちょっといいかしら?」
アレシアさんに質問をすると、なぜか手招きされてしまった。不思議に思いながらもアレシアさんに近づくと、耳に口を寄せてきた。どうやら内緒話がしたいようだ。ちょっとドキドキする。
(ねえ、ワタルさん。魔法陣に乗ってもらうとか、もしくは出発の時にクリス号を召喚して、そのまま浮き上がってくれば良かったんじゃないかしら?)
……なるほど、小声で話すべき内容だな。そうすれば無駄な戦いは無かったし、人魚形態のままでも船に乗り込みやすかった。
そうすれば、小屋船を船上で出し入れして、簡単に着替えられたね。
(……アレシアさん。今更そんなことを言われても困ります)
そういうことは出発前に教えてほしい。もしくは、だれかがクリス号に乗り込む前なら、やり直せたのに……。
盲点だったな。泳いできたんだから泳いで帰るものだとばかり思っていた。
着替えもそうだ。王城では何度も更衣室で着替えたりしていたのに、なんで船に乗り込む時に着替えが必要なことを想像できなかったんだろう?
(しょうがないじゃない。今思いついちゃったんだもの)
アレシアさんも気がつかなかったのを情けなく思っているんだろう。バツが悪そうな顔をしている。
(……今からだとどうしようもないので、何も思いつかなかったことにしましょう)
気がつかない方が幸せな事って、たしかにあるんだと僕は思う。
(……そうね。どうしようもないんだから、しょうがないわよね)
僕とアレシアさんはお互いに頷き、すべてを無かったことにすることにした。
***
「ワタル様、凄いです。まるで別世界にきたようです。不思議な物が沢山あります! あと、このジュース、シュワシュワで甘くて美味しいです!」
小型の魔物が襲ってきたものの、幸い怪我も無く全員の乗船が終わった。すべてを見届けて最後にクリス号に乗り込むと、興奮したアンネマリー王女が出迎えてくれる。
何気に真実をとらえているようだけど、うん、異世界の船だからねって言うのも違うので、言葉に困る。
「……あはは、気に入ってくれたのであれば嬉しいです」
半笑いでごまかしていると、女王陛下とアダリーシア王女が近づいてきた。
「アンネマリー、あんまりはしゃぐとワタル様の迷惑になります。落ち着きなさい。ワタル様、申し訳ありません。珍しい船に妹も興奮してしまったようでして」
「いえ、気にしないでください。この船は僕達の家のような物ですから、褒められると嬉しいんですよ」
申し訳なさそうにアダリーシア王女が謝ってくれるが、乗船に関しての負い目があるので、謝られると罪悪感が刺激されてしまう。
……こうなったら盛大におもてなしをして、この罪悪感を少しでも軽くすることにしよう。
まずは部屋に案内して休んでもらうべきだな。僕達の部屋は女王陛下に使ってもらおう。兵士の皆さんにも良い部屋を用意して……昼食は、何が喜んでもらえるかな?
僕、頑張っちゃうよ!
読んでくださってありがとうございます。




