1話 招待日決定
女王陛下とのお話し合いも上手くいき、ダークエルフの島にも信頼できる人魚を派遣してくれることになった。海神の神器について、人魚とお話しするだけだと思っていたけど、思った以上に良い方向に話が進んだな。あとはアクアマリン王国での用事を済ませて、人魚の国の海流を海神の神器でなんとかするだけだ。
ようやくルト号でアクアマリン王国の王都に戻ってきた。まずは宿を取っておかないとな。今回はペントも居るから、人魚が利用する海水を引き込んだ部屋も取る予定だ。
基本は普通の部屋で過ごして、ペントは水の入ったお風呂船を利用する。時間がある時に海水を引き込んだ部屋で遊ばせる予定だ。
ペントが大きくなれば、パワーレベリングをした後に外海で自由に遊ばせておくんだけど、まだ小さいからそれも無理だ。色々大変だな。そういえば、ペントの従魔登録もしないといけないんだった。
リムの時は商業ギルドでカミーユさんに登録してもらったんだよね。シーサーペントでも、商業ギルドで大丈夫かな?
イネスの友人のフローラさんになんとかしてもらいたいところだけど、僕は冒険者としての活動を完全にやめちゃっているから、難しいだろうな。
アクアマリン王国の商業ギルドに伝手が無いから少し心配だけど、行ってみるしかないか。さすがに従魔登録をしていない魔物を宿に泊めるのは厳しいだろう。
「女王陛下からの使者が人魚の宿屋に来る約束ですから、宿は人魚の宿屋でいいですよね?」
まあ、10日後を目安にだから、今から部屋を取っておかなくても大丈夫なんだけど、部屋が取れない可能性もあるから、早めに抑えておいた方が安心だ。
「ええ、私達も人魚の宿屋で大丈夫よ。イネスの家族とフローラの予定が決まるまでは、王都で過ごすのよね?」
「はい。そのつもりです」
イネスの家族をクリス号に招待して、それから公爵城の財宝を献上。その後に人魚の国で用事を済ませてから、ダークエルフの島って感じだな。休暇の予定だったけど、結構忙しい。
「王都だと面白い依頼もなかったし、イルマも部屋にこもるから、私達も久しぶりに陸地でのんびりするわ」
イルマさんが部屋にこもる? 疑問に思ってイルマさんを見ると、持っている鞄を触りながら、怪しく微笑んできた。
色っぽいが大丈夫だ。僕もそう何度も騙されない。あの鞄には公爵城のチェストから出てきた書類が入っているんだな。その書類の研究で部屋にこもるって意味だ。
「イルマさん。面白い魔法陣が発見できたら、イネスとフェリシアにもお願いしますね」
「あら? ワタルさんはいいの? 私がしっかりと教えてあげるわよ?」
「……あはは。僕は生活魔法で十分ですから」
僕も成長したな。イルマさんがからかっていることが分かっていても、あんなふうに言われたら飛びついてしまっていた。
今回も、なぜか女教師の恰好をしたイルマさんが脳裏に浮かんで危なかったが、飛びつかなかったので成長と考えてもいいだろう。ちょっとつまらなそうなイルマさんの表情が、僕の勝利の証だ。
「ワタルさん。お菓子、あんまり買ってない」
勝利の余韻に浸っていると、カーラさんが悲しげな表情で僕の袖を引っ張った。そういえば、公爵城で冒険した後は宴会。
その後でお宝の確認をして、女王陛下と会ってそのままアクアマリン王国に戻ってきたから、カーラさんがお菓子や食べ物を補充する時間が、あまりなかったのか。
それでもカーラさんのことだから、ある程度は食べ物やお菓子を仕入れていると思う。でも、足りない可能性があって不安なんだろう。イルマさんと違って、とても分かりやすい人だ。
「足りなかったら僕に言ってください。でも、あんまり食べ過ぎたら駄目ですよ?」
「うん。大丈夫」
背後でクラレッタさんが苦笑いしている。たぶんあんまり大丈夫じゃないな。でも、そんなに満面の笑みで頷かれたら、何も言えないよね。
まあ、今回はイネスの家族を招待するまでの滞在だし、そんなに時間が掛かるとは思えないから、たぶんなんとかなるだろう。さて、だいたいの予定も決まったし出発するか。
***
「……なぜFランクの商人であるあなたが、シーサーペントの子供を従魔にできるのですか?」
「なりゆきです」
本当になりゆきとしか言いようがない。あと、リムが望んだからだね。それにしても、やっぱり商業ギルドでの従魔登録は珍しいみたいだ。まあ、普通は冒険者がテイムして、冒険者ギルドで登録するよね。
人魚の宿屋で部屋を取った後、思い切って登録に来たけど、思った通り、スムーズに登録とはいかない雰囲気だ。
「どこで、どのようななりゆきで従魔にしたのか、お聞かせ願えますか?」
「それは、商売上の秘密ですね」
リムが弟分を欲しがって、ボコボコにしたから従魔になったとか、説明しても冗談にしか思われない気がする。
「……シーサーペントの子供は大変珍しいです。従魔としてお育てになるよりも、商品として扱うのが、商人としては正しいと思います。なんでしたら、商業ギルドが買い取り、もしくは購入者への仲介をおこないましょうか? かなり上位の方との伝手も得られますよ?」
商人としては、この人が言うことが正解なんだろうな。でも、僕はなんちゃって商人だから、常識通りには動かないよ。上位の伝手よりもリムに嫌われる方が怖い。
「僕は魔導船を持っていますから、この子は育てて船の護衛をしてもらうつもりです」
建前上はそのつもりだ。実際には、リムの遊び相手かな?
「魔導船をお持ちの方でしたか。もしかして、独自のルートをお持ちですか?」
独自のルート? そういえば、商業ギルドに重きを置いていない商人は、ランクを上げずに独自ルートで商売するって聞いたな。
「まあ、そんな感じですね」
「はぁ。それではシーサーペントの食費も経費の内なんですね。……そういった優秀な方にこそ、商業ギルドに力を貸してほしいのですが、ランクを上げるおつもりはありませんか?」
年会費は余裕で払えるから、別にランクを上げても構わないんだけど、ここまできたらFランクで通したいって気持ちもあるんだよね。
Fランクの商人ワタルだが、その正体は……的なイベントが起きるのを心待ちにしている自分も居る。
今までも魔導師様関連で似たようなことはあったけど、規模が大きすぎて楽しめなかった。できれば酒場の喧嘩くらいの規模で、そういった体験がしてみたい。
「いずれ機会があれば、お願いすることがあるかもしれません」
僕の玉虫色の返事に残念そうに溜息を吐く受付嬢。さすが商業ギルドの受付嬢。僕にその気がないのをあっさりと見抜いたようだ。
それ以降は何も言わずに、スムーズに手続きが終わり、何事もなく商業ギルドから出られた。ペントを手に入れようと無理を言われたり、他の商人に絡まれたりすることも考えていたが、どうやら考えすぎだったようだ。
イネスとフェリシアだけじゃなく、ジラソーレのフルメンバーに一緒に来てもらった意味がなかったな。
「じゃあ後は宿に戻るだけだし、イネスは実家に顔を出して、予定を調整してきて」
「ご主人様は一緒に行かないの?」
いまだに一人で実家に帰るのは嫌なようだ。今回はベラさん達が待ち望んでいる言葉を届けに行くんだから、大歓迎される可能性が高いのに、この嫌そうな顔。ベラさんのお説教が骨身にしみたんだろうな。
「ほら、僕はペントが一緒だから駄目なんだ。早く水の中に戻してあげないと、可哀想だよね」
「じゃあ、フェリシアも一緒に連れて行っていい? 護衛はアレシア達が居るから大丈夫でしょ?」
……どこまで実家に恐怖を覚えているんだろう。なんだかリムが近づいた時のペントを見ているようだ。
「イネス。奴隷の都合で、奴隷がご主人様の護衛を減らしてどうするの? 1人で行ってきなさい」
フェリシアにピシャリと言われて、イネスはブーブー言いながら実家に帰っていった。今回大歓迎されれば、苦手意識も少しは薄れるだろう。
「ふふ。ワタルさんのところはいつも賑やかね」
「あはは、まあ、楽しくさせてもらっています」
アレシアさんが微笑ましそうに言うが、そのアレシアさんもイネスと一緒になって、悪乗りしていることが多々あるよね。自分は違うといった様子に、酷い違和感を覚えるんですけど?
……この話題を続けると、アレシアさんのご機嫌を損ねる気がする。お前も同類やないかいって突っ込める度胸があれば、僕も一皮むけるのかな? まあ、無理だな。さて、宿に戻ろう。
***
「ただいま」
夕食を済ませ、リムが夢の世界に旅立ったころ、なぜか疲労困憊の様子でイネスが帰ってきた。今回のお使いで、そんなに疲れる要因はなかったはずだけど、何があったんだ?
「えーっと、おかえりイネス。何かあったの?」
「特に大きな問題はなかったわ。ただ、母さんやフローラが張り切っただけよ。別にそんなに余裕がない訳じゃないんだから、ゆっくり予定を決めたらいいのに……」
イネスがブツブツと文句を言っている。前もってだいたいの予定は伝えておいたし、招待する期間も、休みが取れるなら十分に楽しめるようにした。とくに急ぐ必要はないはずだ。
「どういうこと?」
「よっぽど楽しみにしていたんでしょうね。話を伝えた瞬間から母さんが動き出したわ。すでに休みが取れるように根回しはしていて、その中から一番早く長く休めるように調整しだしたのよ。そのせいで、父さん、ダリオ、フローラの間を走り回らされたわ」
「なるほど、それってイネスが思わせぶりなことを言って、ベラさん達を煽り倒したからだよね?」
イネスが気まずそうに目を逸らす。美酒美食がなんたらとか、夢のようなお菓子とか、肌が艶々とか、目もくらむ宝飾品とか、さんざんベラさん達を刺激していた。
元々、僕のお土産の影響で期待値がガンガンに上がっていたのに、更に燃料を投下したんだから燃え上がるのは当然だ。
しかも、その燃料を投下した理由が、ベラさんからのお説教と父親と弟からの冷たい視線を回避するためなのと、自分の奴隷になった正当性を確保するためなんだから自業自得だ。
僕としては期待値を上げ過ぎた影響で、クリス号でガッカリされたらどうしようって不安があるくらいなんだよね。
「それで、予定は決まったの?」
「ええ、明後日から4日間。全員の休みを揃えたわ。大丈夫よね?」
イネス。そんなに不安そうな顔をしなくても、今更なかったことになんかしないよ。
しかし、ある程度の根回しをしていたとはいえ、よく4日も休みを揃えられたな。しかも明後日からとか、かなり急な休みだ。無茶をしていなければいいんだけど……。
「分かった。かなり期待してくれているみたいだし、招待するのはできるだけ早い方がいいよね。ルト号の前に、朝8時集合でいい?」
かなりの熱意をもって休みを揃えたのに、中途半端に遅い時間になったら恨まれてしまいそうだ。
「助かるわ。じゃあ、伝えに行ってくるわね」
「えっ、今から? 明日でいいんじゃない?」
イネスは、そういう訳にもいかないのよと、少し寂しそうな顔をして部屋を出ていった。なんだか少し憐れだ。
あっ、明後日からならカーラさんの食べ物は十分に足りそうだな。お菓子頂戴っておねだりにくるカーラさん。楽しみしていたから、ちょっとだけ残念だ。
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