19話 アーデルハイト
申し訳ありません。予約投稿したつもりだったのですが、予約していませんでした。
海神様の威を借りた結果、偉い人魚が来るはずが女王陛下というとても偉い人魚が来てしまった。しかも、相手は女王陛下なのに、僕が海神様の使者として女王陛下の上に位置付けられているようだ。お腹が痛い。
「えーっとですね。とりあえず……この位置関係で話すのは落ち着きませんし、どうしたらいいでしょうか?」
まずは僕が女王陛下を見下ろす位置を修正しよう。
「たしかにこの状態では落ち着いて話せませんね。使者様。私共を船に乗せていただくことは可能ですか?」
ルト号に女王陛下を? 船内で殺傷行為は厳禁だから身の安全は確保できる。でも……。
「船に乗っていただくのは全然構わないのですが、人魚の方達が快適に過ごせる設備がありません。大丈夫ですか?」
ゴムボートをこっそり船内で召喚して、海水を流し込むくらいしかできそうにない。ペントが使っているお風呂船の方がいいかな?
あっ、女王陛下を船内に入れるのなら、内装も変えておかないといけないな。カミーユさんを始めて船内に案内した時の内装に変えておくか。
「それなら大丈夫です。私達がまだ海神様との繋がりが深かった頃に、授けていただいた秘宝があるんです。今回は陸のお方との会談ということで、持参しております」
海神様に授けられたって、それも神器じゃないのかな? 海神の神器だけじゃなくて、他にも神器を授けるとか、ずいぶん人魚を大切にしていたんだな。それで今も海神様は人魚のことを気にしているのか。
「よく分かりませんが、女王陛下に問題がないのであれば構いません。ただ、見ての通り小さな船ですので、ご招待できるのは5人ほどになります」
5人だと少なすぎるかな? でも、さすがにそれ以上はルト号に入らない。
「分かりました。少々お待ちください」
人魚達がザワつくなか、女王陛下が素早く付き添いの人員を選び始めた。周りから反対されるのを防ぐつもりなのか、護衛が口にする言葉を無理矢理止めている。
「申し訳ありません。この者達も海神様の使者様を本当に危険だと思っている訳ではないのです。ただ、私の身を案じるがゆえに出た言葉ですので、お許しいただけたらと思います」
こちらを向いた女王陛下が再び僕に頭を下げる。ああ、なるほど。言葉を無理矢理止めていたのは反対を防ぐんじゃなくて、僕を信用していないような言葉を吐かせないためだったのか。
人魚達の中では僕は海神様の使者。その僕を疑うことは海神様を疑うようなものってことになるのかな?
周囲の護衛も女王陛下の身を心配するあまりに、そのことに気がついていなかったらしいく、慌てて僕に向かって頭を下げ始めた。
……こう言ったらなんだけど、立場とかどっちが偉いとかどうとか、果てしなく面倒だよね。僕としては人魚の女王陛下、とっても美人って心の中で騒ぐだけで十分満足できるのに、人生って上手くいかないな。
「先ほども言いましたように、女王陛下に頭を下げていただくような人間じゃないんです。護衛の方達が女王陛下を心配するのは当然なんですから気にしないでください」
「感謝いたします」
どちらかというと、女王陛下の丁寧な態度の方が僕にダメージがくるんだよね。お腹が痛い。
女王陛下の謝罪の後に、女王陛下を含めた5人の乗船メンバーが決まった。そこからどうなるのかを見ていると、護衛の1人が背中に担いでいた大きな箱から、豪奢な宝石箱を取り出した。
女王陛下が何か呪文のような言葉を唱えながら手を触れると、パカリと宝石箱が開き、中には沢山のアクセサリーが見える。
「ふふ。このアクセサリーは海神様から人魚に授けていただいた物で、このアクセサリーを身に着けている間は人の足を手に入れることができるのです」
興味深げに見ていた僕達に向かって、女王陛下が説明してくれた。なんか身に着けている人魚が失恋したら、泡となって消えてしまう呪いが……魔女じゃなくて海神様の授けたものだからそれはないか。
女王陛下が僕達に向かって説明した後、宝石箱の中から5つのシンプルな銀色の指輪を取りだした。ネックレスとかもあるけど、身軽なのを選択したのかな? 護衛に選ばれた4人に指輪を渡した女王陛下が、自らも指輪をハメた。
「おぉ」
指輪をハメた女王陛下をいきなり海水が竜巻の様に取り囲んだ。護衛の人魚達が驚いていないところを見ると、指輪の影響なんだろうな。
いわゆる変身シーンの演出。普通なら光が目くらましになるんだけど、海神様の神器だから海水が目くらましになるようだ。海水がない場所での変身シーンが気になる。
女王陛下の海水の竜巻に続いて、4本の海水の竜巻が発生する。護衛の4人も指輪をハメたんだな。
女王陛下の海水の竜巻が消えると、そこには体にピッタリと密着するようなドレスを着た女王陛下が居た。海の中でドレスって人間の足になったはずなんだけど大丈夫なのかな? 溺れない?
「こちらから上がっても大丈夫ですか?」
海でのドレスの抵抗など何も感じていないように、女王陛下がスイスイと近づいてきて尋ねてきた。
「あっ、はい。その梯子を使ってください」
慌てて女王陛下に乗船許可を出しながら、船への乗り込み方を説明する。普通なら護衛が先に乗り込むんだろうけど、信頼を示しているのかな?
梯子を伝って乗り込んできた女王陛下……とても子持ちに見えない美しさだ。海水に浸かっていたはずのドレスが全然水気を含んでいないのは神器だからで納得できる……よね?
それよりも気になるのは、あの体にピッタリと密着して裾が広がったドレスだな。あれってマーメイドドレスって言うんじゃなかったっけ? この世界にもマーメイドドレスがあるのかどうかと、海神様の駄洒落なのかって疑問が湧き上がる。
おっと、護衛の4人も船に近づいてきた。彼等にも乗船許可を出さないと。疑問については海神様に会えたら聞いてみよう。4人に乗船許可を出して女王陛下と向き合う。
「ふふっ、ちゃんと人間の足になっていますよ」
僕等が気になってチラチラとみていたのが分かったのか、スルリと女王陛下がドレスの裾を上げて足を見せてくれた。
透き通るような白い足に、ハイヒールまでちゃんと履いている。ありがたいことだけど、海神様の関係者じゃなかったら打ち首ものな出来事な気がする。4人が上がってくるのを待って、ようやくルト号の中に女王陛下達を案内する。
ようやく今から話し合いか。なんだか話し合いを始める前から色々あって疲れたよ。いったん休憩にしたいけど、さすがにそれは駄目だよね。
「えーっと、紅茶で大丈夫ですか?」
この世界の一般的になったソファーに僕とアレシアさん、テーブルを挿んで女王陛下が座って、その背後に4人の護衛が控える形になった。とりあえずこういう場合は飲み物をだすよね? 人魚に紅茶を出していいのか、そもそも女王陛下に普通の紅茶はありなのか、それすら分からない。
「はい。私達人魚は下半身が違うだけで人と変わらないと思ってもらって構いません」
……足が違うだけだと海の中で息ができないんだけど、このツッコミは無粋なんだろうな。
フェリシアに紅茶を入れてもらい、改めて話し合いを始める。えーっと……自己紹介からだよね? ……女王陛下に自己紹介とかどうやればいいんだろう? こんなの学校で習ってないよ。
「……私はワタルと申します。船で商人のまねごとをしています。よろしくお願いいたします」
一人称を私にするのがせいいっぱいでした。
「アーデルハイトと申します。ワタル様、よろしくお願いいたします」
「女王陛下。僕のことはワタルで構いません。本当にたいした人間じゃないんです」
なんだかサラリーマンがお互いに譲り合う感じになってしまった。でも、僕が頑張った結果、ワタルさん、女王陛下と呼び合うことになった。名前で呼んでくださいとか言われたけど、女王陛下を名前呼びとか胃に穴が開くよ。
「えーっと……まずは海神様の言付けをお伝えしたいのですが、構いませんか?」
「はい。お願いします」
いきなり女王陛下が立ち上がり、護衛の4人も見て分かるくらいに緊張しだした。伝えるのは僕なんだしそんなに緊張しなくてもいいのに……いや、神様からの伝言なんだから、立つのは正しいのかも。
時代劇でも上様からのお言葉の時に、使者よりも偉い人が使者に対してかしこまった対応をしていた。
海神様が人魚を大切に思っていると同時に、人魚も海神様を敬っているんだ。気楽に言付けを受け取ることなんかできないだろう。そうなると、僕ものんびり座って言付けを伝えるのは違うな。
「海神様のお言葉をお伝えします。失ったものをいつまでも悔やむな。俺は怒ってもいないし悲しんでもいない。いつまでも大いなる愛をもって見守っておる。そうおっしゃっていました」
僕も立ち上がり、精いっぱいに真面目な表情で言付けを伝える。今更だけど短い言付けだよね。久しぶりなんだから、もっと色々な言葉を伝えてあげたらいいのに。まあ、海神様はサッパリとした性格みたいだし、長々と言葉を連ねるのを嫌ったんだろう。
「あ、ありがとうございます」
それに、海神様の短い言葉でも効果は抜群のようで、女王陛下が崩れ落ちるよう膝をつき両手で顔を覆っているし、護衛の4人も涙ぐんでいる。
「お見苦しいものをお見せいたしました」
いや、美人の嬉し泣きは見苦しくなんかないよ。今も何か肩の荷が下りたようなホッとした顔が、凄く魅力的です。
「気にしないでください。僕に確実に理解できているとは言えませんが、人魚の方達にとって大切な言葉だったのは分かります」
「ありがとうございます。それで、ワタルさん……無理にとは申しませんが、どのようにして海神様のお言葉を賜ったのか、お聞きしても?」
あぁ、たしかにそこは気になるよね。海神の神器の関係で信用はされているみたいだけど、それでも僕の言葉だけでは不安があるだろう。少しでも情報が欲しいはずだ。でも、何をどこまで話していいのかの判断が難しい。何も話せませんってのも可哀想だよね。
読んでくださってありがとうございました。




