20話 ホワイトドルフィン号の内部
イネスに今後の予定を伝えた後、外海に出て潜水艇の訓練をおこなうことにした。メインの潜水艇を召喚し、ホワイトドルフィン号と名付けて船内に乗り込んだ。どんな内装か楽しみだ。
リビングの扉の前でリムがホバリングをしながら僕を待っていた。リムもすっかり天使形体をものにしているね。
「リム。今開けるからちょっと待ってね」
『……まつ』
リムに少し横にズレてもらってドアを開ける。……んー、これはなんていえばいいのかな? 高級感がある縦長のリビング?
革張りの高級感が溢れる椅子。上品なテーブルとカウンター、乗ったことがないけど、飛行機のファーストクラスってこんな感じなのかな?
確実に日本で生活していた時の部屋よりも豪華ではあるんだけど、豪華客船の最高級の部屋を自室としている僕としては、なかなかやるなって感じだ。
いや、これは潜水艇だ。スペースが限られている潜水艇と、広々スペースの豪華客船を同じに考えるのは間違っている。あやうく成金志向に染まって、物事の本質を見失うところだった。……僕は今、成金を脱して一段上のお金持ちになった気がする。
「ワタルさん。入らないの? ここで止まられると、全員が下りてこられないのだけど?」
ちょっと哲学っぽいことを考えていると、アレシアさんに声を掛けられた。振り返るとアレシアさんの言う通り、梯子部分で渋滞になっているようだ。
「すみません。今中に入ります」
「へー。外から見た時も思ったけど、窓が小さいのね」
僕の後に続いてリビングに入ってきたアレシアさん達が、楽しそうに潜水艇内を確認している。
「キッチン見つけた」
えーっと、カーラさん。その期待した目は何かを作ってほしいってことですか?
「うふふ。こっちはバスルームね」
イルマさんがバスルームって言うと、なんだか色っぽく感じるから不思議です。
「キッチンもバスルームも広くはないですけど、素敵な作りですね」
クラレッタさんの言う通り、木目を活かした内装と大理石で作られた水場が……なんだか頭の悪い感想だけど、貴族の家っぽくてカッコいい。
「ワタルさん、ここ凄いわよ。ルト号の操縦席と随分違うわ」
興奮したドロテアさんに呼ばれて操縦席にいってみる。
「おお、たしかにずいぶん違いますね」
ルト号はシンプルと言っていい操縦席だったけど、ホワイトドルフィン号の操縦席は飛行機のように様々なボタンで溢れていて、なんだか未来的な雰囲気がする。
「ワタルさん。このボタン、全部使うの?」
ドロテアさんが疑問の表情で聞いてくる。たしかにこれだけボタンがあると、使う必要があるかは疑問だよね。でも、操縦はできてもボタンの意味はサッパリ分からない。スキルって不思議だ。
「正直、まだ操縦していないので分かりません」
「それもそうね。ワタルさん。操縦している時に、隣で見学させてもらっても構わないかしら?」
……たぶん、色っぽい展開じゃなくて、どれくらいボタンを使うのかに興味があるんだろうな。
「ええ。もちろん構いませんよ」
それでも喜んでしまう自分が居る。イネスもフェリシアも一緒に居てくれているのに、男の欲望には際限がないよね。
「そういえばワタルさん。もう一つ操縦席があったわよね? そっちはどうなっているのかしら?」
そういえば、ルト号みたいに操縦する場所が2つあるんだったな。
「あっちはサブみたいなんですけど、前面が透明な窓になっていて、海をじっくりみながら操縦できるそうです。行ってみますか?」
「面白そうですね」
ドロテアさんと一緒に、ホワイトドルフィン号の先頭にある操縦室に向かう。
「えーっと、出遅れたみたいですね」
「そうですね」
海の中が大きな窓でしっかり観察できるのが面白いのか、僕とドロテアさん以外のメンバーが全員集まっていて、前が見えない状態になっている。
普段は遠慮しがちなフェリシアが、興味津々な様子で背伸びをしている姿が、なんだか微笑ましい。まあ、こっちは後で確認すればいいか。ここ以外は大体見てまわったし、そろそろ初潜水としゃれこもう。
「みなさん。これから海に潜りますので、ここに座れない人はリビングの席に座ってください」
急激な動きをする予定はないから、立っていても大丈夫な気がするけど、慣れるまでは用心しておこう。あっ、席を取り合ってじゃんけんが始まった。海の中が見えるこの席は、一番人気なようだ。
そういえばリム達の姿が見えないな。背伸びをして操縦席の中を覗き込むと、アレシアさん達の隙間からチラッと3色のお団子が見えた。さすがリム達、窓にピトッとひっついて特等席をキープしている。小さな体の特性を最大限に利用しているな。
「ご主人様」
「あれ? フェリシアはじゃんけんに参加しないの?」
「はい。あんまり私だけ先に楽しむと、イネスがスネてしまいますから」
背伸びをして中を覗き込んでいたことをツッコムのは無粋なんだろうな。でも、イネスは初潜水に参加できなかった時点でスネている気がする。
「勝利!」「勝った」
おっ、どうやらアレシアさんとマリーナさんが、特等席の勝者に決まったようだ。マリーナさんはともかく、アレシアさんはじゃんけんが弱いイメージがあるから、ちょっと意外だ。
勝者のアレシアさんとマリーナさんが特等席に座り、残りのメンバーがリビングに座ったので、僕とドロテアさんも操縦席に移動する。さて、いよいよ出航だな。
スキルに従いながら出港準備を整え、操縦桿を握る。このまま船みたいに海面を進むこともできるみたいだけど、今、求められているのはそれじゃないよな。
「うわっ。本当に船が沈んでいます。ワタルさん、大丈夫なんですよね?」
「はい。ホワイトドルフィン号は潜水艇。海に潜る船なんです。安心してください」
ジラソーレのまとめ役で、アレシアさんのストッパー。いつも頼りになるドロテアさんの焦っている姿が、妙に可愛らしい。これってレアな光景だよね。リビングからも騒がしい声が聞こえるし、みんなも焦っているようだ。フェリシアに撮影を頼んでおけばよかったな。
***
「これが海の中なんですね。とても幻想的です……」
潜水艇が海中を進むと、ようやく安心したのかドロテアさんがポツリと呟いた。
「たしかに幻想的ですね」
透き通るような青い海と、揺らめく太陽の光。僕に詩の才能があったら、歴史に残る傑作が生み出せそうな光景だ。いや、今なら才能が無くても名作が生み出せるかもしれない。
青い海
潜水艇と
波の音
……これって詩じゃなくて俳句だよね。まあ、詩と俳句の違いもよく分からないんだけど、駄作だということは分かる。才能がない素人が、いくら素晴らしい光景を見ても傑作は生まれないようだ。
せっかくの海中散歩。自分の才能に絶望するよりも、目の前の光景をありのままに受け止めて感動しよう。
「ドロテアさん。リビングに行ってゆっくりお茶を飲みませんか?」
このまま深いところまで行ってもいいけど、その前にちょっと一息つきたい。
「あら、いいですね。紅茶が飲みたい気分です」
うーん、紅茶も捨てがたいけど、僕はコーヒーの気分だな。綺麗な光景に紅茶は上品すぎる気がする。リビングに移動すると、子供が電車で外を見るように外を見ている女性陣が居た。
「ご主人様! 海の中って綺麗ですね!」
僕に気がついたフェリシアが、興奮した様子で寄ってきた。フェリシアの声で僕に気がついた他の面々も次々と感想を教えてくれる。
「あはは、気に入ってくれたようで僕も嬉しいです。喉が渇いたでしょうから、一息入れましょう。フェリシア。アレシアさんとマリーナさん、リム達を呼んできてくれる?」
「分かりました」
「ワタルさん。おやつも?」
カーラさんの中では、お茶=おやつ、なんだろうな。
「ええ、もちろんおやつも出しますよ。海中のお茶会ですね」
「ちょこれーとケーキ」
チョコレートケーキか、なんだか本格的なお茶会になりそうだ。
『うみ……すごい』
興奮したリムがパタパタと飛んできた。リムも海中散歩が気に入ったようだな。リムをたっぷりとモニュモニュしてから、お茶会の準備をする。
***
「イネスちゃん。ワタルさんが招待してくれた船って、どんな格好をしていけばいいのかしら?」
「船に居るのは、この前家に来たメンバーだけだから普段着で構わないわ。それよりも、なんでこんなに魚を捌かなきゃいけないのよ。明らかに私達だけで消費できないわよね」
もう。なんなのよ。なんで魚が山盛りになっているのよ。いい加減うんざりだわ。
「アクアマリン王国の女として、魚も捌けないのは恥ずかしいからよ。お母さん。イネスちゃんのためにご近所さんを回って、魚の下ごしらえを請け負ってきたのよ。適当にやったら、イネスちゃんの不器用さがご近所さんに広まっちゃうから頑張ってね。それで普段着ってどうなのかしら? お母さんもおめかししたいわ」
「何それ、最悪じゃない。なんで恥を広めてまで他人の魚を捌かないといけないのよ。納得できないわ!」
「文句ばっかり言ってないで、手を動かしなさい。捌くのが終わったら、その後は家のお掃除。いいわね。あと、母さんのおめかしは無視なの?」
……お説教よりもマシだけど、なんでこの歳になって炊事洗濯を習わないといけないのかしら。それが退屈だから冒険者になったのに……。
「おめかしするだけ予算の無駄よ」
「お金を掛けるだけ無駄ってこと? それはお母さんに対する挑戦なの? 倉庫のお片付けもする?」
これ以上雑用を押し付けようとしないでほしいわ。なんとか減らさないと精神がもたないわ。
「別にそういう事じゃないわよ。ただの善意の忠告よ。ご主人様の船にいくなら、まだ聞いておいた方がいい事もあるけど、アドバイスを聞きたい?」
情報を対価にすれば、この退屈な地獄から逃れられるかもしれないわね。
「……聞きたいわ」
「雑用を減らしてくれる? 家の掃除を免除して、休憩を入れてくれたら話すわ。言っておくけど、聞かなかったら確実に後悔することになるわよ」
直接的な説明はできないけど、ご主人様のお土産を体験しているんだから理解できるはずよ。
「……ワタルさんの船ってそんなに怖いの?」
「ある意味怖いところね」
「内容次第では、家の掃除の免除と休憩は許可するわ」
よし。休憩にかこつけて、豪華客船での美酒美食、エステ、衣服、未知の道具、娯楽の素晴らしさと、お金がいくらあっても足りない可能性を、たっぷりと植え付けてあげるわ。
おめかしにお金を使うよりも、豪華客船に全力でお金をつぎ込んだ方が幸せになれるのは間違いないんだから、私も親孝行ね。
あとは、私のことを気にする余裕がないくらいに、好奇心を刺激できれば、私の平穏が帰ってくるわ。
前回に続いて、言い訳になりますが、潜水艇の操縦とか調べてみても全然理解できませんでした。
沈〇の艦隊を参考にしようかとも思いましたが、もう専門用語が多すぎてチンプンカンプンでした。
読んでくださってありがとうございました。




