21話 盲点
アクアマリン王国から外海に出て、潜水艇の訓練をおこなった。自然が多く残り、人類の勢力範囲が小さい異世界の海は透き通り、ガラにもなく僕を詩的な気分に導いてくれた。まあ、導かれただけで結果は出なかったけどね……。
一通り潜水艇の機能を確認したあと、休憩を兼ねて海の中でお茶にすることにした。海中でお茶なんて、もの凄く優雅な行為なはずなんだけど、おやつに夢中なリム達やカーラさんに視線が向いてしまうのが不思議だ。
「ワタルさん、ちょっと来て」
まったり癒されていると、マリーナさんが話しかけてきた。
「どうしたんですか?」
「魔物が居る」
「魔物? どこにですか?」
潜水艇内に魔物が入るのは無理だよね。
「あっち」
前面が窓になっている先頭のサブ操縦室か。なるほど、だいたい分かった。
「行ってみましょうか」
「ご主人様。私が確認してきます」
「潜水艇の中で危険はないし、何があるのかもだいたい予想できるから大丈夫だよ」
代わってくれようとしたフェリシアに断りを入れて、サブ操縦室へのドアを開ける。
「……うん、予想通りではあったんだけど、予想以上に気持ち悪かったね」
「そうですね。これは嫌ですね」
大きな窓に荒ぶったマーマン数匹が、密集してべったりと張り付いている。しかも、歯をむき出しにしながら潜水艇を叩きまくっているから更に暑苦しい。不壊の効果で傷はつかないけど、見た目も叩かれているのも気分が悪い。
思わず漏れた声に、フェリシアも同意してくれた。だよね、なんだかホワイトドルフィン号が穢された気分だよ。
「それでワタルさん。この魔物はどうやって倒すの?」
僕の背後からヒョコっと顔をのぞかせたアレシアさんが聞いてきた。
「…………」
「もしかして、何も考えてなかったの?」
何も考えていませんでした。だってしょうがないよね。潜水艇ってだけでワクワクだったし、内装とか操縦方法とかに気が向いちゃっていたんだもん。
「どうしましょう?」
「なんでそんなにつぶらな瞳で聞いてくるの? 私に聞かれても困るわ」
よく分からないが、つぶらな瞳になっていたらしい。純粋にどうしたらいいのかが分からなかったから、それが瞳にでたようだ。
「とりあえず、倒さなくても問題ないですし、どうするかはお茶でも飲みながら考えましょうか」
見た感じが気分が悪いだけで、それ以外に害はない。
「そんなにのんびりしていていいの? マーマンなら問題ないけど、大型の魔物だと危険じゃないかしら。パリスが海水ごと攻撃した時に、ルト号は空に打ち上げられたわよね?」
そういえばそんな事があったな。最近、大きな船ばっかりに乗っていたから気にしなかったけど、海中で海水ごと攻撃されたら、潜水艇にダメージはなくてもクルクル回って中身がシェイクされてしまう。
これって結構ピンチじゃん。船酔いしてしまう。ん? 潜水艇で酔っても船酔いになるのか? 潜水艇酔い? いや、そんなくだらないことを考えている場合じゃないな。
「とりあえず、緊急浮上します。ルト号に戻って対策を考えましょう」
お茶なんか飲んでいる場合じゃないよ。
***
「どうしたらいいか意見はありますか?」
一緒に上まで付いてきたマーマン達をサクッと始末したあと、潜水艇でどうやって魔物を倒すか会議を開催した。
「どうするって、船の上みたいに自由に動けるならなんとでもなるけど、ホワイトドルフィン号から外に出られないならどうしようもないんじゃない? 武装はついてないんでしょ?」
そうだよね。いままで武装が付いていなくても不便はなかったけど、潜水艇だと話は変わってくる。
「武装はないですね。槍とかをホワイトドルフィン号に無理矢理取り付けますか」
ドリルとか装備できたらロマンだけど、さすがにドリルは売ってない。
「武装がないよりもマシになるでしょうけど、傷もつけられない船に取り付けられるの?」
ドロテアさんの鋭い指摘が痛い。でも、たしかに簡単にビス止めして装着って訳にもいかないよな。やるなら潜水艇の形に合わせて、鉄かなんかで覆って、そこに装着って形になる。大工事だな。時間もかかるし、何よりも潜水艇を大工さんに見せられないから無理だ。
「魔法はどうですか?」
ファンタジーなんだから、解決手段を魔法に期待してもいいはずだ。
「んー。魔法陣を書いたあとはある程度移動させられるけど、室内からだと難しいわね。それに、魔法の種類によっては海中だと威力が減衰するし、ものによっては発動しないわ」
魔法がなんとかなったとしても、イネスの火の魔法なんかだと発動しないっぽいな。
「フェリシアの雷ならどう?」
「発動はすると思いますが、狙いが定まらないかと」
「そうだよね」
電気を海水の中でコントロールとか、かなり難しいよね。諸々を加味して考えると、リム、クラレッタさんくらいしか海中で通用する魔法は難しそうだ。あと、イルマさんの幻惑系ならなんとかなるか?
「あの、ホワイトドルフィン号の場合は、出入り口の扉を開けると水が入ってくるんですか? 乗船拒否は水も弾けるんですよね?」
「……クラレッタさん。確かめてみないと分かりませんが、とてもいい意見だと思います。さっそく実験してみましょう」
水が入ってこないにしても、空気とか出ていったりしないかとか疑問もある。水が入らないなら空気は出ていかないと思うけど、もし出ていったとしたら潜水艇内は真空になるってこと? いや、船を最適な状態に保つんだし、なんとかなるか? とりあえず実験だな。
「じゃあ海水を入れてみます」
バケツで海水を汲んで、ハッチに流しいれる。……ふむ、潜水艇内に海水は入らずに外に流れでている。潜水艇でも水を弾いてくれるようだ。
「ちょっとハッチを開けたまま海に潜ってみますね」
ホワイトドルフィン号を操縦して、ハッチが海の下に沈むまで潜航する。……うん、海水はまったく入ってこないし、海中に泡も出ていないから空気の流出もない。そうなると、なんとか攻撃はできるってことになる。ものすごく狭いから戦い方を考えないと……。
「これは難しいわね。戦えないこともないけど狭くて2人でギリギリよ」
アレシアさんが眉根を寄せて考え込む。魔法はクラレッタさんかリムじゃないと攻撃できない。剣や槍ではリーチが足りないし、弓も海水に阻まれる。色々と試してみたが、海中は普通の人間には不利にしか働かないようだ。
「そうなると、イルマさんの幻惑魔法で魔物をハッチまで誘き寄せて、クラレッタさんとリムに魔法で攻撃してもらうのがベストですかね?」
「そうなるわね。グラトニーシャークくらいなら倒せるし、大物相手だと少し決定力に欠けるけど、倒せなくても撃退はできるでしょう」
リムもクラレッタさんもかなりの高レベルだし、大抵の魔物は倒せるよね。問題は、大物が複数出た場合か。
「シーサーペントが複数出たらどうなります?」
「ちょっと厳しいわね」
やっぱりそうか。ローアングルから見るアレシアさん達最高とか、バカなことを考えている場合じゃないな。
もっと楽に戦える方法を考えないと……どちらかと言うと、サブの小さな潜水艇の方が、小回りも利くしハッチも大きくて戦いやすそうだよね。
***
「ふー、これならなんとかなりそうですね」
「ええ、最低でも逃げるだけならなんとかなるわ。でも、手間が掛かるから、できるだけ魔物に見つからないように進むのが肝心になるわね」
アレシアさんの言う通りだな。様々な試行錯誤、紆余曲折有りながら、カーラさんの素朴な疑問のおかげで、なんとかなる方法を発見したが、決して効率的とは言えない。
ホワイトドルフィン号に召喚したゴムボートを括りつけて、戦う空間を確保するアイデアとどっちがいいか悩むレベルで、命綱をつけていたとしても、結界から投げ出されたら洒落にならないって理由がなければ負けていたアイデアだ。
まあ、敵に見つからないように進むってのも潜水艦っぽいミッションだし、民間の潜水艇に当てはまるかどうか分からないが、船偽装を駆使して頑張ってみよう。
「少し練習しておいた方がいいわね」
「そうですね。どう行動するのかを確認しておくのは大切ですよね」
学校の避難訓練も年に1~2回程度で、やる意味があるのか疑問だったけど、やった方がいいから有るんだろうし、しっかり手順を確認しておこう。船に潜水艇で乗り込むとか、まさしくファンタジーな所業だもんね。
***
「えっ、イネスちゃん、本当なの?」
「ええ、本当よ。ピカピカになるまで全身を磨き上げてくれるわ」
「それって恥ずかしくないの?」
いい歳なんだから、顔を赤らめてモジモジしないでよ。私の方が恥ずかしくなってくるわ。
「最初はちょっと恥ずかしいけど、そんなことは気にならなくなるくらいに効果的なのよ」
「そんなに? お土産でもらった化粧水とかよりも凄いの?」
「そうね。お肌のお手入れに使う専門の設備や道具が沢山あるから、もっと効果的ね」
うふふ、すっかり話に夢中になったわね。このまま時間を引き延ばせば、時間ギリギリになって魚の下処理すら手伝わせることが可能だわ。
次はネイルサロンの話をして、化粧品の専門店の話ね。その後は美味しい食べ物を紹介すれば十分に時間を稼げるはずよ。
「ねえ、イネスちゃん。そんなに凄い設備や道具があるなら高いんじゃないの? お金、足りるかしら?」
「心配しなくていいわ。サービスや食事は基本的に無料よ」
本来は乗船料に料金が含まれているそうなんだけど、ご主人様の招待だから本当に無料になるのよね。
「でも、お金が沢山必要になるってさっき言っていたわよね?」
「基本的に無料だけど、特別な料理や個人的に買う物なんかはお金が必要になるのよ。母さんは化粧品とか買う気がないの? お土産でもらった物もいずれなくなるんだし、買いだめしておいた方がいいと思うのだけど?」
……ちょっと煽りすぎたかしら? 目が据わっちゃったわ。豪華客船で散財して家族離散ってことになったら悲惨よね。ご主人様にお願いして、キャッスル号みたいに購入制限をしてもらったほうがいいかしら?
読んでくださってありがとうございます。




