32話 閑話 手腕と日常と日常と心情
<王太子の手腕>
大陸中にキャッスル号の名前が響き渡る切っ掛けは、ブレシア王国で行われた帝国を完全に滅ぼした事を祝う戦勝パーティだった。
共に戦った獣王国とテッサロニキ王国はもちろん、他にも親交がある国家の賓客を招き盛大にパーティーが行われた。食べた事のない様々な料理やデザート。飲んだ事のない美しい瓶に入った多数のお酒が振舞われた。
各国の王侯貴族ですら体験した事のない美酒美食に、招かれた貴族達から驚きの声が上がる。
しかも、ブレシア王国の貴婦人達は、肌が潤い髪の毛は艶やかで、優雅な香りを漂わせていた。ネイルアート、化粧品、香水、宝飾品、今までにない物を身に纏った彼女達は、他国の貴婦人たちの嫉妬と羨望を勝ち取った。ちなみに磨き上げられた男性陣も、他国の貴婦人からモテモテだったらしい。
開放セレモニーに招かれていた貴族と商人から、ある程度の噂は流れていた。しかしキャッスル号の購入制限で大量に買い求める事が出来ず、繋がりを求める為に王侯貴族に献上された、わずかな商品だけでは爆発的に噂が広がる事は無かった。
商人達も沢山の商品を持ち帰るために、何度も宿泊を繰り返そうとした。しかしブレシア王国の王太子が同じ方法で品物を集めたため、キャッスル号の宿泊人数を制限している現状では、なかなか商人まで部屋が回って来なかった。
このために、カリャリの街の商業ギルドマスターは、商人の突き上げをくらって大変な目にあったらしい。
王太子はブレシア王国だけには購入制限の撤廃を求めたが、魔導士の作ったルールへの干渉はキャッスル号の撤収を意味するとカミーユに言われ、代わりに戦勝パーティーまでは優先的に宿泊出来るように交渉したらしい。
この事により、王太子は品物、料理等の希少価値を高めたまま、自国の貴族達を招き商品を国に献上させる事を条件に施術を受けさせた。
王太子はセンセーショナルな戦勝パーティーで自国の評判を上げ、王太子自身の立場を強固な物にする。献上させた品物も、各国の招待客に渡す礼物に使われ、品物の効果が大陸中に広まって行く。これ以降、カリャリの街には多数の商人が来訪するようになった。
<カミーユの日常>
「ふー、王太子様の要請とは言え、貴族様方が大挙して来られると大変ね。ワタルさんも分かっていて旅立ったのかしら?」
「別に、王太子様だろうが、嫌なら断れる力を持っておるから違うんじゃないかの? カミーユ嬢ちゃんも王太子様の要請ぐらい、嫌なら断る権限は持っておるじゃろ?」
「マウロさんは簡単に言うけど、この国にお世話になってるんだし、孤児院の事もあるわ。恩だけ受け取るのも気分が悪いでしょ?」
「まあ、そうじゃの。孤児院についても警備員を送ってくれる上に、海軍本部からも様子を見守り、有事の際には守る約束までしてくれた。大盤振る舞いじゃの」
それだけこの船に価値を見出してるって事なのよね。ブレシア王国としても出来るだけ利用したいはずだけど、こちらとしては唯々諾々と従う訳にもいかない。難しいけどやりがいの有る仕事だわ。
「ええ、受けた恩はちゃんと返しておかないと身動きできなくなっちゃうわ。そういえばマウロさんは商品の購入制限を如何するつもりなの?」
「ん? そうじゃの、今のままでは少なすぎる気もするが、無制限の販売は酒も化粧品も宝石も、製造者に大打撃を与えかねん。影響が大きすぎるゆえ、徐々に流通量を増やしていくのが無難かの」
「そうよね。宝石はともかく、お酒と化粧品はレベルが違い過ぎるわ。高価な物だから影響を受けるのは高級品を扱うお店でしょうけど、軒並み潰れたりしたら影響は甚大よね」
「まったくじゃ。露骨にやれば、大陸の経済面を支配出来そうな船じゃからの。困ったもんじゃ」
「困ったって、そんなに楽しそうに言われても説得力が無いわよ。ワタルさんは混乱を望んでいないんだから自重してよね」
「分かっておるが、想像ぐらいええじゃろ。この船がワシの物なら派手にやるんじゃが残念じゃ」
「今でも十分に派手よ。そう言えばドナテッラは何をしているの?」
「あの嬢ちゃんなら、マリンシアターでの公演準備じゃな。クルーズディレクターの知識が相当楽しいらしい。役者が沢山欲しいと言っておったぞ」
「うーん、奴隷を買う許可は貰ってるんだけど、全部のレストランとショップ、カジノにも人員が欲しいわね。人の方がクオリティが上がる仕事は置き換えたいわよね」
「それだといくら人手があっても足りんじゃろ。最低限にしておいた方がいいぞ。ワタルが言っておったが元々この船は1000人以上のスタッフで回すらしいからな」
「そうなのよね、でも、料理人、バーテンダー、ディーラー、ショップ店員は人の手に任せたいわ。あとはドナテッラの要求している役者ね」
「副船長の権限があればスタッフに任命できるんじゃろ? 焦らんでゆっくり増やして行けばいい。泊まっておる貴族達は、今でも十分過ぎる程満足しておる。伸びしろを残しておいた方が、後々有利じゃぞ」
「それもそうね。ドナテッラに話してまずはサポラビちゃん達でのショーで頑張って貰いましょう。お客様の反応が悪くなってきたら人員を配置するわ」
「それがええじゃろ。そろそろ夜会の挨拶の時間じゃ。大丈夫か?」
「あら、そうね。着替えて来るから後はよろしくね」
「うむ。任せておけ」
まだまだ知名度も無い状況なのにこの忙しさ、乗客の制限を無くして5000人以上のお客様が来るようになったら大丈夫なのかしら?
不安になって来るけど、今は一つ一つやらなきゃいけない事を進めて行くしか無いわね。働いた後のお風呂とシャンパンは最高だもの。頑張りましょう。
<目まぐるしく変わるおっさんの日常>
ボロボロになったカリャリの街を眺める。今は海軍本部に人手を取られちまって手を出せねえが、絶対にこの街を復興させてやる。
「マスター、暇ですねー」
隣に座っている、アニセーがだらけた声で話しかけて来る。商業ギルドの受付嬢はある意味看板だ。その看板がこんなにだらけていても良いのか疑問に思うが、誰も来ないんだ仕方がない。
「書類整理でもやってろ」
「もう全部やっちゃいましたよ。やる事が無さ過ぎて辛いです」
ポツリポツリと仕事は来るが、殆ど人がいない街だ。仕事が少なすぎて2人でも余裕で仕事が回る。悲しい現実だな。どう暇をつぶすか考えていると、今日初めての訪問者が来た。
どことなく覇気のない青年は侯爵様の紹介状を持ち、この国の恩人である魔導士様の関係者だった。孤児院を作りたい、資材は運んで来るから人員を海軍本部から借りたい等、やりがいの有る仕事が振られる。
やる気を出して根回しをしたが、数ヶ月経っても音沙汰がない。侯爵様の紹介だから問題が無いだろうが、はやく戻って来ねえと暇でしょうがねえ。
馬鹿でかい船2隻でワタルが戻って来た。派手すぎて頭が痛い。しかも荷物を引き渡して、大工に簡単な打ち合わせをして再び旅立って行った。やる気があるのか無いのか分からんな。
依頼を受けて孤児院の建設現場を見回る。ちゃくちゃくと出来上がって行くが、ワタルは何がしたいんだ? 正直要塞を作っているようにしか見えんな。なんで壁があんなに高いんだ? 分厚い鉄の扉が必要なのか?
大工に話を聞くと、ここはどうします? っと聞くと、じゃあ一番安全のでお願いします。っとしか返ってこなかったそうだ。頭が痛いな。何のために孤児院を作るのかさっぱり理解出来ん。
「マスター、孤児院を見て来たんですが、間違ってませんか?」
「間違ってねえよ。大工に話を聞くと、安全第一の設計だそうだ。とにかく安全にとしか言われねえから、あの設計になったそうだぞ」
「はあ、そうなんですか……」
アニセーも何と答えて良いか分からねえみたいだな。気持ちは分かるぞ。
孤児院が完成した。外観を見ても内部を見ても要塞だが、孤児達を守ると考えればまあ良いのか? 後日ワタルを完成した孤児院に案内したら、頭を抱えていた。馬鹿だな。
注文した内装を搬入して設置。少しは見られるようになった。まあ、大丈夫だろう。
ワタルが来たので、軽い気持ちで地価が上がる情報の話を振ってみた。するとワタルが隅っこの方に引きずられて行き、何か話している。あー、嬢ちゃんが頭を抱えているな。何か馬鹿な事をやらかしたか?
話を聞くと、俺の顔も引きつって行く。魔導士様の大型船が停泊して宿屋にする? 中には今まで見た事も無い物が溢れかえっている? 大陸中から人が集まって来るだろう? 開放までそんなに時間が無い? おいおい、意味が分かんねえよ。そんな大事な事は早く言えよ。
良く分からねえが、前に呆れるほどの契約を繰り返していたのは、その魔導士様の船の品物らしい。意味が分からん物が多かったが、あれだけの品物が一斉に大陸に広がる?
しかも資材を運んで来た船よりも更に馬鹿でかい船で、船内には街があり、様々な店があるそうだ。船内で売っている宝飾品を見せて貰ったが、石としては互角でもカットの緻密さ、装飾の見事さではこの大陸で出回っている品物では太刀打ちできない。何処でこんなもんを仕入れて来たんだ?
他にも次々と見た事が無い品物を見せられる……これってヤバい事になるんじゃないのか?
………………ヤバい事になった。ルッカの侯爵様が来る? 魔導士様との関係性なら有り得るのか? 王太子様が来る? 取り巻きの貴族達を連れて? なんで?
海軍本部のお偉いさんと豪商に招待状を出したが、王太子様が来る式典に俺が豪商とは言え商人を呼んで良いのか?
キャッスル号を確認した。なんだコレは? 現実的に有り得ないぞ? カミーユを問い詰めるがしらを切られる。言えない理由は察しがつくが胃が痛い。
王太子様の参加が知れ渡り、他の貴族や豪商も参加を希望してくる。人数制限があるので、パワーバランス、付き合いの深さ、立場、様々な事を考えながら、参加者を決める。少し痩せた。
話を聞いて人員の増加を決定した自分の手腕を褒めてやりたい。これが無かったら命が危なかった。暇だと愚痴っていたアニセーも死んだ魚のような目で頑張っている。悲しい目をしてるな。
やっとこさ、開放セレモニーとやらが終わる。王太子様が部屋の確保を命令してくる。豪商達が泊まらせろとねじ込んで来る。第2王子の取り巻きまで、ねじ込んで来る。魔導士様に土下座させられているのに何で来るんだよ。自慢の筋肉が萎んだ気がする。
苦労を重ね、王太子様の戦勝パーティーも何とか熟し、平和な日々が戻って来ると思っていた……が、戦勝パーティーで広まった噂により、ブレシア王国の多数の貴族の来訪。大陸中の商人の来訪。王太子様が決定したカリャリの街に集中しての大復興事業。
カリャリの街の復興を心に誓った俺だが、心が折れてしまいそうだ。復興は喜ばしいが、想像していたのと違う。
皆で励まし合い、力を合わせて少しずつ進む復興。悲しみも苦しみも飲み込みながら喜びを分かち合い明日に向かって頑張る俺達……そんなものは幻想でしか無かった。
カリャリの街の復興だけでなく、港の整備、王都までの道の整備も重なり、溢れるほどの人と資材、終わらない書類仕事、何時眠ったかも定かでない狂えるほどのデスマーチ、それが俺の復興だった。
<とある孤児の心情>
戦争で両親を失い、僕は孤児になった。連れて来られたのはルッカと言う大きな街の孤児院だ。孤児院には僕と同じような境遇の沢山の子供達がいた。
何とかご飯は食べさせてもらえるが、満腹になれない。神官様達も大変そうで、ワガママも言えない。そんな生活をしていると、新しく出来た孤児院に移動させると言われた。
10人とも大人しい子供が選ばれたらしい。新しく出来た孤児院なので手のかかる子供は駄目だそうだ。何だか不安だな。
商人さんに連れられ船に乗り、カリャリの街の港に到着した。おじさんが喋って……ご飯をお腹いっぱい食べさせてくれるって事は分かった。
優しそうなお姉さんの後に付いて街に入る。街の中はボロボロで一緒に来た子が泣いてしまった。僕も泣きそうだが我慢だ。
孤児院に到着する。なんか怖い。兵隊さんが出て来る建物みたいだ。不安な新しい孤児院生活が始まった。
………………意外に快適? とても快適な生活をおくっている。毎日お腹一杯に食べられるし、先生が文字や計算を教えてくれる。
偶に院長って人が美味しいお菓子を持って来てくれる。それに院長と一緒に付いて来るスライムが凄い。追いかけっこをしても誰も触れる事が出来ず、先生に応援を頼んでも、護衛の人に応援を頼んでも、触れる事が出来ない。
スライムって弱いんだよね? 強そうな護衛の人達も敵わないスライムって、スライムなの?
良く分からないけど、ご飯を食べて、勉強して、頑張ろうと思う。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。




