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第17章  女神の降臨


第17章  女神の降臨



「何だ、一体どうしたんだ」

 学校の地下シェルターで、生徒達は混乱していた。

明かりが突然消えて辺りが闇の世界になったからである、生徒たちは怯え、恐怖の悲鳴をあげていた。地下だから明かりがなければ何も見えない。

「誰か懐中電灯を持っている者はいませんか?」

 ルイスが大きな声で皆に聞く。すると先生の1人が懐中電灯を点ける。

「俺が持っているよ」

「よかったしばらく点けておいたままにしてください」

「わかった」

 とりあえず明かりがあってみんな安堵したようだ。

暗闇というのは人の恐怖を駆り立てる。しかもこんな状況だ。パニックになる寸前だった。

しかしこの停電が一体何を意味するのか彼らにはわからなかった。

「敵が発電施設でも攻撃したんでしょうか」

「そんなこところを攻撃して意味があるのか?」

「さあ」

「流れ弾でも当たったんじゃないのか?」

「そうかもな……」

 そんなことを話しながらも生徒たちは話していた。



「これはどういうことなんだ、誰が発電施設を攻撃しろといった!」

 艦のブリッジではギルバートが怒っていた。普段ならこんなことで怒る彼ではないのだが、目的のものが発見されという報告がまだ来ていないためイライラしていたのだ。

「……いえ、発電施設を攻撃したという報告は受けていません」

 ミヒロが答える。

「ならこの停電は一体何だ」

 街の明かりがどんどん消えて行くのが分かる。

破壊された街の中には火災が発生している所もあり、完全に暗闇というわけではないが、それでも明かりが無くなれば相当暗い。

しかも停電はエリーター地区の都市部だけでなく、ノンエリーター達が暮らしている鉱山地区にまで及んでいる。

つまり、この星全てが停電したということである。

「バルサロームを呼び出せ」

「それが暫く前から連絡が付かないんです。シグナルは確認できているので戦死した訳ではないと思うのですが……」

「全く、どいつもこいつも」

 ギルバートはカッカしている。それとは対照的に副官のセシルは冷静だった。

彼女は妙な胸騒ぎを感じていた。この星全域のこの停電の意味する所が何のか、それは彼女にもわからなかったが、何か異常な事態が発生していると彼女は直感的に悟ったからだ。

セシルはギルバートに対しある提案をする。

「艦長、すぐにスターナイトを収容し、エンジンの出力を上げ、ワープ可能域まで出力を上げておくべきです」

「なに?」

 ギルバートはセシルを睨みつけた。

「まだ我々の任務は終わっていないぞ、それなのに撤退の準備をしろというのか?」

「そうです。発電施設を破壊してもいないのに、星全域が停電になるなどこれは異常事態です。何かがこの星で起きていると考えるのが妥当です。念のためにいつでも撤退できる準備はしておくべきだと思います」

「それでは我らは命令違反を犯したことになる。後で軍法会議にかけられるかもしれんぞ」

「撤退理由なら後でいくらでも準備できます。なんなら私の独断で命令違反をしたと報告してもらっても結構です」

 セシルは必死にギルバートに訴えた。その姿勢がギルバートを冷静にさせた、彼はため息をつくと命令を下す。

「スターナイトを収容させろ。機関部にも連絡、出力を限界まで上げておけとな」

 その言葉を聞きセシルはほっとする。

「これでいいかなセシル君」

「はい、ありがとうございます艦長」

「いや、礼を言わねばならないのはこちらの方だよ。私も少しイライラしていたようだ。ミヒロ君、バルサロームに何とか連絡をとって現状を報告するよう伝えたまえ」

「わかりました、やってみます」

 そしてミサワは通信でバルサロームと連絡を試みる。ギルバートは停電して明かりが全て消えた惑星ペペを見る。

「冷静に考えれば確かにこれは異常事態だ……セシルの言った通り、何かがこの星で起きているのかもしれん」

 撤退命令が下り、スターナイトは次々と艦に戻ってきていた。



「う……」

 どれくらい時間が経っただろうか。エルザは目覚めた。

しばらく頭が混乱して気絶する前のことを思い出せなかったが、しだいに頭がはっきりしてくる。そして全てを思いだした。

確かデニムとかいう敵のスターナイト部隊の隊長機と戦って、何とか仕留めることはできたが、そのまま気絶してしまったのだ。

意識がはっきりしてくると体中が痛みだす。それでも致命傷に至る傷はない。

(どうやらまた生き残ったようだな……悪運が強いね、私も)

 そしてハッチの開閉スイッチを押し、コックピットから出ようとしたが、スターナイトは完全に壊れていてスイッチを押してもコックピットのハッチは開かない。

しかたなくエルザはベルトを外すと、自力でハッチをこじ開け、スターナイトの外に出た。

外に出た後、エルザはヘルメットを取り大きく息をする。そして自身の乗っていたスターナイトを見上げた。

スターナイトは完全に大破していた。よくもまあこれで生き残れたものだとエルザは思った。

ふと彼女は辺りの様子が今までと違うことに気が付く。戦っている時に感じる戦場独特の殺気というものが消え失せている。空を見ると敵のスターナイトが艦に次々と帰還して行くのが見えた。

(戦いが終わったのか……?)

 いや、違う。まだ戦場独特のピリピリした緊張感は残っている。しかし敵の殺気といったものは何故だか消えている。

その代わり、妙な感覚が辺りを支配している。何かはわからないが、何者かの意識が辺り全体を包んでいる様な、誰かに見られている様な、そんな感覚だ。

敵もそんな妙な感覚にとらわれ違和感を覚えたのではないだろうか。

そこでスターナイトを一時的に撤退させ、様子を見ることにしたのかもしれない。何にしろ、こちらとしては態勢を整えるチャンスだ。エルザは痛む体を支えながら基地へと向かった。

 すると何か先ほどの辺りを包む意識とは別の、妙な違和感をエルザは覚えた。

しばらくしてその違和感の正体がわかる。

破壊された街などで起こっている火災が、所々で発生しているため判りづらかったのだが、明かりが基地、都市を含めて全て消え失せているのだ。

(敵が何かしたのか……)

 いや、そんなはずはない。発電施設や送電施設を破壊した所で全く意味はない。

大体基地などでは、もしもの時のために、例え送電が止められても、独自で発電できるシステムに切り替わるようになっている。

しかし、そう考えると妙だ。どうして基地まで電気が消えているのだろう。

それに戦場を包むこの独特の空気、エルザは痛む体を支えて、とにかく基地へと向かった。



 カイト達のいる病院の地下室では突然停電になり、辺りが真っ暗になったため、研究所のスタッフも特殊部隊も、バルサロームやキャシーに至るまで、みんなが何事か起きたのか理解できず混乱していた。

 ただ、みんな銃を撃つことだけは止めていた。ここは地下室だ。学校のシェルターと同じく、電気が付かなければ辺りは完全な暗闇状態になる。

この状態で銃を撃てば、味方に当たる可能性があることをみんなわかっているからである。

「一体何が起きたんだ。外の様子は?」

「わかりません、ここからだと通信が届かないようです。外の誰かが発電施設にでも攻撃を加えたのではないでしょうか」

「ええい、デニムの奴め、何をやっている」

 バルサロームはデニムがすでにエルザとの戦闘によって命を落としていることを知らなかった。

 カイトもいきなり停電になったことは驚いたが、それよりも気になる事が彼にはあった。

さっきまで自分の前に立っていた少女のことだ。

名を言えと言っていた。そこで、ユリコが撃たれた姿が目に入り、気が動転して何かを口ずさんだがよく覚えていない。

しかしその後、目の前にいた少女は微笑みながら消えたような気がする。やはりあれは幻覚だったのだろうか……

「!……そういえば会長は?」

 カイトは停電になる前に会長が敵に撃たれたことを思い出した。

「会長!会長!」

 暗闇の中ユリコを呼ぶ。返事は直ぐに帰って来た。

「うるさいわね、聞こえているわよ」

 元気な返事が返って来たのでカイトはほっとした。

「さっき撃たれたと思いましたが、大丈夫ですか?」

「平気よ、肩にちょっとにかすっただけだから」

「そうですか、よかった」

 ユリコは服の袖を破いて傷口に巻く。

「それよりこの停電は何?」

「私にもわかりません。というかどうも全員理由が分からないみたいです」

 暗闇ではあったが、聞こえて来る声からその場にいた全員が事態に混乱しているのがわかる。

 すると横から服を引っ張ってミルが話しかけてきた。ミルは目が見えないから停電になった事がわからないのだ。

「お兄様、どうかしたんですか」

「ああ、いきなり停電になったんだ」

「停電……ですか、それとさっきまでお兄様の前にいた人は誰なんです?」

「!……」

 思いもかけない言葉に、カイトはミルを見た。

「今、何と言った」

「ですからお兄様の前にいた人は誰なんですかと……」

「ミルはさっきまで自分の前にいた人が見えたのか……いや、わかったのか?」

「え、ええ……何となく気配で」

 重ねて言うがミルは目が見えない。だから他の感覚が他の人よりも優れている。

病室に近づく足音だけで、それが誰なのか判別できるし、驚かそうと思って音を立てずに静かに病室に入ってもすぐにバレてしまう。

そんな感覚が他の人よりも遥かに優れているミルが、さっきまで自分の前に人がいたと言った。

ということは自分の目の前にいた少女は幻覚ではなく、本当にそこにいたのか……いや、それもおかしい、その少女は自分に微笑みかけた後、消えたではないか、幻覚ではなく、その少女が本当に実在したとすれば何が何だかわからない。

カイトは考えれば考えるほど、わけが分からなくなってきた。とりあえずカイトはその件について考えるのを止めた。

今は生き残る事を考えるべきだからである。


しばらくして少しずつ周りが見え始めてきた。暗闇に目が慣れてきたのだ。

それで、僅かに見える範囲と、聞こえて来る声でわかることは、敵の特殊部隊も妖精の羽根の人達も、混乱していて、はっきりとまだ事情が呑み込めていないこと。

でもこれはチャンスだ。今なら逃げることができるかもしれない。

そう考えるとカイトはミルを連れて、なんとか飛びだすチャンスを伺った。まだ暗闇に完全に目が慣れたわけではないが、それでも何とかなるかもしれない。

そしていざ飛び出そうとした瞬間、ユリコから声がかかる。

「だめよカイト!」

ユリコは飛びだそうとしたカイトを止めた。どうやら彼女も目が多少慣れてきて、カイトが飛びだそうとしているのが分かったらしい。

「なぜです、会長」

「敵は特殊部隊よ、暗視ゴーグルをつけているかもしれない」

「それは確かにそうですが……」

 その件についてはカイトも考えてはいた。

敵は特殊部隊で、しかも攻撃を加えてきたのは夕方から夜にかけてだ。暗視ゴーグルを装備していても不思議じゃない。

でも今は突然の停電に敵も混乱している。だからうまく行けば逃げおおせるかも知れないと思ったのだ。

「会長、このままここにいても殺されるのを待つだけです。なら一か八か脱出を試みるべきです」

「でも危険よ」

「それは百も承知です。しかしもうそれしか方法が……」

「……」

 ユリコはしばらく考えていたが、彼女も決心したようだ。

「……わかったわカイト、でも正面からはダメ、左手から回り込みましょう」

「わかりました」

 そしてカイトとユリコはチャンスを伺い、機を見て走り出した。暗闇でしかも撃たれた妖精の羽根のメンバーが床に倒れているため走りづらかったがそれでも入り口付近まで来ることが出来た。

しかしカイトはここまで来て少しためらった。

それは妖精の羽根の人達を見捨てるような形で脱出しようとしていることに対して罪悪感を覚えたからだ。

まがりなりにもカイト達は先ほど上でキャシー等に命を救われた。その彼女達を置いて自分達だけで逃げていいのだろうか。

確かに自分がこのままここにいても何もできない。しかし、だからといってその人達を見捨てて逃げるようなことは……

しかし、自分の傍らにはミルがいる。彼女を殺させるわけにはいかない。ならば例えキャシー達を見捨てるようなことになろうとも逃げるべきではないか。

カイトは迷った。そしてそれが一瞬のスキにつながった。

特殊部隊の1人が暗視ゴーグルをつけてカイト達に気づき、目の前まで来ていた事にカイトは気がつかなかったのである。

「カイト!」

「!」

 ユリコが叫ぶ。しかしカイトが気づいた時にはもう遅かった。その特殊部隊の構えた銃の銃口はカイトに向けられていた。

(しまった!)

 カイトがそう思ったその時だった。

急に部屋の一点が明るくなった。

「う!」

暗視ゴーグルをつけていたその特殊部隊はうめき声をあげた。

暗視ゴーグルは少量の光を増幅させて視界を良くする装置だ。突然大きな光を受けてその特殊部隊は目が眩んだのだ。目に押さえて苦しがっている。

しかし、カイト達もその隙に逃げようとする気が失せていた。その部屋を突然明るく照らしたある物体に目を奪われていたからだ。

「これは……」

 この研究所の奥にある1つの箱、開かずの棺、それが光り輝いていた。

 その時その場にいた誰もが、その光り輝く棺に目を奪われていた。それほど美しい光りだった。

そんな中、最初に我に返ったのはバルサロームだった。彼は開かずの棺に向け銃を構える。

それは彼の本能だった。彼の本能が、その開かずの棺を危険と判断したのだ。

「ちょっ……」

 キャシーは、バルサロームが銃を開かずの棺に向けて撃とうとしているのに気が付き止めに入ろうとしたが、それよりも早く、バルサロームは銃を撃つ。

しかし……


  キュイイイインン


 バルサロームの放ったビームは開かずの棺の前に現れたシールドに阻まれた。

「ビームシールド!?」

 そう、それはまさにさっき彼らがキャシー達のビーム銃から身を守るために展開したビームシールドと同じものだった。

いや、厳密には違う。そのビームシールドはもっと輝かしく、しかもまるで実体化している様な洗練された形をしていた。

「くそっ」

 バルサロームはまたーム銃を撃とうとした。

「待って!あなたたちはあれを回収しに来たんでしょう。破壊していいの?」

「なに!?」

 そのキャシーの言葉にバルサロームはビーム銃を撃つのを躊躇した。

正直この部屋に入った時からあれが怪しいとは思っていた。我らの任務であるテロリストから回収すべきものとはあれのことではないかと予想はしていた。

しかし彼の勘が告げている。あれを今この場で確実に破壊しておかなければ、とんでもないことになると……

すると急に停電が終わり部屋に明かりが付く。と、ほぼ同時に部屋の隅に置いてあるエネルギー充電装置が作動音と共に動きだし、何とシステム不良を起こしていたはずのメインコンピューターが起動した。

そして、部屋に設置してあるそれぞれの端末のモニターが次々と点いたと思いきや、「WARNING」の文字が点灯し部屋全体に警告音が鳴り響いた。


ビーービーービーー


「何だこれは!」

 その場にいた者たちは、先ほど停電になった時と同じく、みんな何が起こったのかわからず、ただ混乱するばかりだ。

するとコンピューターによる音声のガイダンスが流れる。

「ただいまユーファへのエネルギー注入が開始されました。ユーファ起動まであと3分」

 そして全てのモニターに3分前からのカウントダウンの表示がなされる。

「バカな!」

 これに一番驚いたのはキャシーだ。当然である。彼女達は何もしていない。それなのに突然コンピューターがユーファの機動シーケンスに入ったことを告げ、カウントダウンを始めたからだ。

いや、そもそもメインコンピューターはシステム不良を起こしていたはずだ。動くはずがない。それなのに今、システムは正常に作動し、しかもユーファが機動しようとしている。

「主任、ちょっと手を貸してください」

 立ちつくすキャシーにミサワから声がかかる。

「ミサワ君、大丈夫なの」

「……なんとか、ビーム銃で撃たれると出血そのものは少ないですからね、かえって助かりました」

 ミサワは左手を失ったが、キャシーの手を借りて何とか立ち上がった。確かに出血自体は少ないようだがそれでも痛々しい。

彼はこの技術部のスタッフでは変わり種で、元々は前線で戦っていた兵士という経歴がある。

片手を失ったくらいで気持ちが揺らぐことはない。

 そしてミサワは身近にあったコンピューターの端末の前まで行くと、器用に右手だけで端末を操作した。

「これは……」

 ミサワはモニターに映し出された画面を見て絶句した。

画面にはメインコンピューターのシステムプログラムが映し出されている。その内容がものすごいスピードで書き換えられている光景が映し出されていた。

「すごい……こんなの人間業じゃありません」

 同じようにモニターを覗きこんでいたランが驚きの声をあげる。

「どういうことなの」

「何者かがシステムを書き換えているんです」

「何者かって、だれ?」

「ちょっと待ってください……」

 そしてミサワはまた端末を操作する。

「これは……そんな!」

「何が分かったの」

「書き換えているのはユーファです!」

「!」

 その言葉に驚き、その場にいた妖精の羽根のメンバー達は全員開かずの棺を見る。

カイトとユリコも何が起こっているのか全くわからなかったが、それでも奥にある棺のようなものが原因で、何かが起きていることは理解できた。

「まさか、先ほどの停電も……」

 キャシーはそう言うと、彼女は携帯式で自分専用の端末を開き、操作して隣の部屋に設置してあるアダマンタイトの映像を確認した。

アダマンタイトも光り輝いている。これはアダマンタイトからもエネルギーが抽出されている証拠だ。

これでもうユーファにエネルギーが注入されていることは間違いない。そして先ほどの停電……

「もしや……」

 キャシーは先ほどの停電が、この星の全てのエネルギーをユーファに集めるために起きたことだと予想した。

そしてそれが他でもない、ユーファ自身が引き起こしたであろうことも。

(彼女、まさか自分の意思で目覚めようとしている?……でもなぜ、なぜ突然目覚めようとしているの?)

 カウントダウンは進む。もうすでに残り2分を切っている。

「どうやらあんたも事情は呑み込めていないようだな」

 バルサロームはキャシーにそう言うと、部下に手で合図を出し、銃を構えさせる。

「ちょっと、本気でユーファを破壊する気?」

「そのユーファというのがあれのコードネームか」

 バルサロームは開かずの棺を見る。

「確かに任務はあれの回収だったが、現場の判断で破壊することにする。あれは我々の手にも余る代物だ」

「……」

 キャシーは何も答えない。というより手に余るという言葉に今は同意せざるをえない気分だった。

「そのユーファというもの何なのかはわからんが、今のこの状況はあれが引き起こしたものだろ。おそらく先ほどの停電もな。しかも、あんた達の様子から、あれの事を一番よく知っているはずのあなたでさえもその原因が分からない。違うか?」

「……」

 キャシーは何も答えられない。

「あれをこのまま起動させてはならない。なにより私の勘がそう告げている。あれは危険なものだと」

 そう言うとバルサロームは手を振り上げた。特殊部隊は全員そのユーファが収められている開かずの棺に向けて銃を構える。

「やめ……」

 キャシーが止める間もなくバルサロームは手を振り下ろす。と同時に特殊部隊が開かずの棺に向け銃撃を始めた。


 ドドドドドドドドドドッ


ものすごい音が室内に響き渡る。カイトやユリコやミル、キャシーも含めてみんなその場でうずくまる。

こんな銃撃を受けてはひとたまりもないと誰もが思った。しかし……

「!」

 その開かずの棺の前に再びビームシールドが現れ、全てのビームや銃弾ははじき返す。

確かにビームシールドは強固な防御兵器だが、それ以上の出力のビーム兵器などを用いればビームシールドを破壊することは可能だ。

ましてやこちらは数十人でそのビームシールドに攻撃を加えている。戦艦に装備してある高出力のビームシールドならいざしらず、こんな携帯式と思われる小型のビームシールドは簡単に破壊できると思っていたが、特殊部隊の攻撃は全てそのビームシールドに阻まれている。

開かずの棺には傷一つつかない。

「くそ!撃て撃て!」

 特殊部隊は銃を撃ち続ける。しかし結果は同じことだった。全てビームシールドに阻まれた。

「おい、お前!」

 バルサロームは特殊部隊の1人を呼びつける。

「は!」

「確かビームバズーカも用意してあったはずだな、あれを出せ」

「え、こんなところであれを撃つ気ですか」

「そうだ早く準備しろ」

「しかし、あれを使えばこの施設そのものが吹き飛びかねません。それでは我々も危険です!」

「いいから用意しろ!命令だ!」

「は、はい」

その特殊部隊は武器を持ってくるため後ろに下がった。

そうこうしているうちにカウントダウンは遂に30秒を切る。と同時にアナウンスによりカウントダウンの秒読みが開始された。

「30、29、28、27、26……」

キャシーをはじめとした妖精の羽根のメンバーは、特殊部隊に反撃をすることも忘れ、その開かずの棺を見つめていた。

キャシーにしてもなぜユーファが目覚めようとしているのか、もう理由などどうでもよかった。

ただこのカウントダウンが終わった先に何が起こるのか、その好奇心のみが彼女の心を支配していた。

カイトとユリコにしてもそうだ。彼らもただ開かずの棺を食い入るように見つめている。

彼らはユーファが何なのか見た事もなければ、理解すらしていない。それでも何かが起ころうとしている事は理解できた。

目の見えないミルでさえ、そういった感覚は肌で感じていた。そしてさらにカウントダウンは進む。

「12、11、10、9……」

ついに10秒を切る。

「まだ準備できんのか!」

 バルサロームが叫ぶ。

「用意できました」

 先ほど後ろに下がった特殊部隊の男が大きな銃を携えて戻って来た。

ビームバズーカ。

人間が携帯し、持つことのできる武器としては、最高クラスの破壊力を持った武器である。

まともに当たればスターナイトでさえ破壊することが出来る。だから使いどころを誤れば大変なことになる。

先ほど特殊部隊の1人がこの場所でこの武器を使うことに反対したのは、下手をすればこの施設を丸ごと破壊して我等も生き埋めになるかもしれないと思ったからである。

それほどこのビームバズーカは威力があるのだ。

「貸せ!」

 バルサロームはひったくるようにビームバズーカを手に取る。しかし、もう遅かった。カウントダウンはすでに3秒前を宣告していた。

「3、2、1、ユーファ起動します」

 アナウンスがついに起動を宣言した。

昼間の実験の時とは違い、数秒前で強制終了することもなく、正常にカウントダウンは終了した。

そして……


プシュウウウウウウウウウ


開かずの棺の側面から蒸気の煙が出る。そして蒸気が収まると、その時がついに訪れた。

この開かずの棺が発見されてから約50年。半世紀もの間、いやおそらくはそれよりも遥か以前、ユーファがあのクロノスボックスなる遺跡の部屋に安置されてから40万年もの間、一度たりとも開くことのなかった棺の扉。

それがゆっくりと、……そうゆっくりと開き始めたのだ。

バルサロームももはや撃つ事を忘れていた。ただ食い入るように開かずの棺を見つめていた。そして扉が開く。

その場にいた全員がその開かずの棺の中を直視した。


「女?いやアンドロイドか?」

バルサロームは呟いた。

現れたのは女性型アンドロイド。身長は170センチ。長い金髪が特徴でかなりの美人だ。

彼女を見るのはここにいる妖精の羽根のメンバー以外は初めてである。

しかし、妖精の羽根のメンバーも開かずの棺の扉が開いた状態で、直に彼女を見るのは初めてである。

今は誰もが声を出せない。

みんなその目の前のアンドロイドに注目していた。

 そして、そのアンドロイド、幾世相の年月を眠り続けてきたであろうユーファの腕が僅かに動いた。

その次は足が、そして彼女はゆっくりと体を起こす。

キャシーをはじめとする妖精の羽根のメンバーは、それを不思議な気持ちで見つめていた。

実際にユーファが動いている姿が夢のように感じて実感が湧かないのだ。しかしこれは紛れもない現実である。

そして彼女は開かずの棺から出て、みんなの前に立つ。

そして、ゆっくりとその眼を開けた……

ユーファの眼は濃い深みのあるブルーだ。それも、とても澄んだ綺麗な色をしている。

ユーファはゆっくりと辺りを見回す。室内は混乱しているみんなの気持ちとは裏腹に、異様に静まり返っていた。

しかしその時……


ドヒューーーン


一発の銃声が室内に響き渡る。我に返ったバルサロームがユーファに目がけビーム銃を撃ったのだ。

しかしそれは今までと同じく、その目前でビームシールドが現れ、はじき返してしまう。するとユーファは銃を撃った張本人、バルサロームを見据えた。

「やはりこれでは無理か、当然と言えば当然だが、ただのアンドロイドじゃねえな」

 バルサロームはそう言うと、今度は先ほど特殊部隊の兵士の1人から渡されたビームバズーカを手に持ち、照準をユーファに向ける。

「貴様、なにを!」

ミサワが叫ぶ。

「さっきも言ったろうが、悪いがこいつはここで破壊して行く」

 するとユーファが、静かだが良く透き通るような声で初めて口を開いた。

「無駄だ……」

 ユーファが小さな声とはいえ、しゃべったことにキャシー達は驚いた。

「ほう、貴様しゃべれたのか、だがこいつはさっきとは比べ物にならねえ破壊力だぞ。起きたばっかりで悪いが永遠に眠ってもらう」

「止めろ!」

「くらえ!」

 ミサワが制止する間もなくバルサロームはビームバズーカをユーファに向けて放つ。

ビーム銃とは比べ物にならない巨大なエネルギーの塊がユーファを襲う。そしてユーファの前に再びビームシールドが現れ、そのエネルギーとぶつかり合う。


 ビリビリビリビリビリビリビリッ!


ものすごい閃光と衝撃波が起きる。

ユーファの近くにいた妖精の羽根のメンバーは、その衝撃で吹き飛ばされた。カイトや他の者も吹き飛ばされないように近くのものにつかまる。

巨大なエネルギーとエネルギーがぶつかり合う。そして最後に爆発が起きた。

「うわああああ」

その爆発でさらにみんな吹き飛ばされる。カイトはミルを支えながら、必死に吹き飛ばされないように耐えていた。

ユリコもキャシーも必死に耐えている。

その衝撃もやがて収まる。見ると今の一撃で部屋の奥は完全に破壊されてしまった。

土埃と煙で良くは見えないが、壁は完全に崩れ、瓦礫が散乱している。しかし、幸いにして部屋全体が吹き飛ぶことはなかった。

バルサロームは持っていたビームバズーカを降ろす。ユーファを破壊した事を確信しているのだ。

そして後ろを向き、部下に次の指示を出す。

「後は妖精の羽根の掃討だけだ。いいか、1人も生かすな、確実に殺せ」

「た、隊長!」

「ん」

「見てください!」

 部下が部屋の奥の方を見て驚いているので、バルサロームも振り返り、部屋の奥を見る。

土埃と煙が収まってきて視界がだんだん良くなってくる。そして信じられないものを見た。なんとユーファはそこに立っていた。しかも無傷である。

 いやユーファだけではない。ちょうどユーファの前に現れたビームシールドに守られていた背後の部分、そこの部分だけ、床も壁も全く無傷で残っているのだ。他の部分は全て破壊されているのに。

「バカな!」

 バルサロームは目の前で起きたことが信じられなかった。いや、バルサロームだけではない。キャシーもミサワも、この場にいる全員が今見た光景が信じられなかった。

まともに当たればスターナイトの装甲すら破壊するビームバズーカ。それをまともにくらって全くの無傷などありえないからだ。

「お前は一体何者……」

 バルサロームは呟いた。彼は兵士となり、戦場に出てはじめて恐怖というものを味わった。しかし、その恐怖を感じるのは彼にとって僅かな時間だけとなる。

 ユーファはゆっくりと前に歩き出した。誰もその歩みを止めることはできない。ユーファの前にいた者たちは後ずさり、その道を開ける。

ユーファは部屋の中央まで来ると歩みを止めた。

「うおおおおおお」

 バルサロームは恐怖にかられ、ビーム銃をユーファに向けて乱射する。しかし全てビームシールドに阻まれ何の効果もない。

そんなことはもう分かりきっている事だろうに、バルサロームは恐怖で頭が混乱し、冷静な判断力を無くしているのだ。

やがて、ビーム銃はエネルギー切れを起こす。バルサロームが引き金を引いても、カチカチと音がするだけで何も出なくなる。

「くそ!」

 すると今度はユーファが静かに手を上げた。その手を水平に上げるとユーファは何事かを呟く。

「レヴァニエル……」

 それは一瞬の出来事だった。

僅かにユーファの指先が光ったかと思うと、ユーファは腕を水平になぎ払った。

その時はそれだけで何も起こらなかったので、ユーファが何をしたのか理解できるものはその場に誰もいなかった。

そう、すでに攻撃を受けていたバルサロームでさえも……

「なんだ、脅かしやがって……」

 ユーファが何かをしたようだったが、何事も起きないので、バルサロームは少し冷静さを取り戻した。

そして再びビームバズーカでユーファを攻撃しようと、ビームバズーカを手にした時だった。

「た、隊長!」

「どうした」

「首から血が……」

「ん……」

 言われてバルサロームは首に手をやる。すると手にベッタリと血が付いているのがわかった。

(何だこれは、誰かの返り血か?)

 バルサロームは誰かがケガをしたのかと思い辺りを見回す。すると、周りの者達の自分を見る目が恐怖で固まっているのがわかる。

(なんだお前ら、どうしてそんな顔をしている……)

 バルサロームは何か言おうとしたが、なぜか声が出ない。いや、声だけではない。目の前も霞んできた。

(……まさか)

 彼はもう一度首に手をやる。

(この血は俺のか……)

 それがバルサロームの考えたこの世で最後の思考だった。

一瞬にして気が遠くなり彼は意識を失った。

バルサロームはもうすでに首を切断されていたのだ。先ほどユーファの指が光り、手を横に一閃した時に。

ユーファが放ったのは今で言うビームソードだ。いや、ビームソードという言い方は厳密には正しくないだろう。

なぜならそれは、糸のように細く、しかも恐ろしく力の集約されたビームだったからである。

バルサロームの首はずり落ち、ゴトンと床に転がる。そして切り離された胴体の首からは血が噴水のように吹き出した。

それを見たユリコは小さく悲鳴を上げる。そして首なしの胴体も、その後その場に崩れ落ちた。

 隊長を失い、残された特殊部隊の兵士達は、恐怖にかられ、怯えながらも全員、ユーファに向けて奇声をあげながら攻撃を開始した。

「うおおおおおおおおおっ」

 この時、もしかしたらユーファに攻撃をせずに逃げていれば、あるいは彼らは助かったかもしれない。

しかし、彼らはどんなときでも戦う事を強制されてきた兵士だ。例え指揮官が死んでもそれは変わることはない。彼らの悲しい性だった。

 でもどんなに攻撃を加えた所で、その攻撃がユーファに届くことはなかった。全てビームシールドに阻まれた。

そして次第に彼らの放つビーム銃のエネルギーが切れてきた。

 ビームの嵐が収まると、ユーファは両腕を前にかざした。そしてまた何事か呟く。

「パルロット……」

 今度は先ほどとは違う。

指は光らなかったが、それとは別のもっとはっきりとした武器が、粒子が集まる様な形で実体化し、ユーファの両腕に装着された。

それはビームガトリングだった。

「!」

 その武器に特殊部隊の兵達はたじろぐ。

そしてユーファは、ビームガトリングの銃口を特殊部隊に向けると。そのガトリングの銃身が激しく回り出す。

そして、凄い勢いでビームが発射された。

 特殊部隊も、すぐにビームシールドを展開したが、それは無駄なことだった。

ユーファの放つガトリングのビームは、彼らのビームシールドなど、いとも簡単に破壊し、ビームは特殊部隊の体を貫く。

「ぐわあああああああ」

「うわあああああああ」

 辺りに悲鳴がこだまする。

ただ、それは僅かな時間の間だけだった。ユーファがビームガトリングを放ってからほんの十秒くらいであろうか、悲鳴が収まると同時にビームの銃声は止んだ。

特殊部隊は1人の残らず全滅した。

ユーファが目覚めてから僅か2分ほどで特殊部隊は全滅したのである。

もはやこの部屋には敵はいない。残されたのはカイトとユリコとミル。そしてキャシーをはじめとする妖精の羽根のメンバーだけだ。

 特殊部隊が全滅した後、ユーファの腕に装着されていたビームガトリングは、淡く光り、粒子化して消えた。

そして彼女はまた辺りを見回す。生き残っている妖精の羽根のメンバー1人1人の顔を確認しているようだ。

 妖精の羽根のメンバーはユーファに恐怖を抱き、誰ひとり近づけなかった。

なぜならユーファが自分達の味方であるとは限らないからである。ユーファが今、特殊部隊を全滅させたように、自分達も襲うかもしれないのだ。

 ユーファは辺りを見回し、ふとカイトと眼が合う。

「なんだ……」

 その瞬間、カイトは不思議な感情に捉われた。

そして、なぜだか分からないが、自分も他の人達と同様に抱いていたユーファへの恐怖の感情が、彼の心から消え失せたのである。

 そしてユーファはカイトの方に向かって今度はゆっくりと歩いてきた。

ユーファの前にいた者は後ずさり道を開ける。ユーファはまた一歩、また一歩と、確実にカイトに向かって歩いてきた。

「こいつ何を」

「無駄よ」

 ユーファがカイトに向けて歩いている事に気が付いたミサワが、ユーファに向け銃を撃とうとしたが、慌ててキャシーが止める。

そして首を振る。

へたに攻撃をすれば我々も特殊部隊同様全滅するからだ。ミサワもキャシーの言わんとしている事を感じ取り、銃を降ろす。

 ユーファはそんなキャシー達を尻目に、ゆっくりとカイトの直前まで来て立ち止まる。

「カイト!」

「大丈夫、会長、心配しないでください」

「でも……」

「何となくですが感じるんです。彼女は敵じゃない」

 なぜだか自分でも分からないがカイトはそう感じていた。

不思議と今は、このユーファというアンドロイドに恐怖を感じない。何よりカイトを見つめる彼女の眼が、妙に温かく感じるのだ。

先ほど特殊部隊を攻撃していた時の彼女の眼は、無機質で何の感情もない冷酷な色をしていたはずだ。

それなのに今のユーファの眼には冷酷な色が無い。

 ユーファは暫くカイトを見つめていたが、やがてゆっくりとその場にひれ伏した。そして口を開く。

「我が名はクラウディア・ラル・アルメリア……おはようございますマスター」


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