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第16章 幼精の羽根


第16章 幼精の羽根



 学校のシェルターの中では生徒会のメンバーが中心となって負傷者の救護に当たっていた。

ここには水も食糧も数ヶ月暮らせるだけの量がある。星ごと破壊されても救命艇として機能するようこのシェルターは作られてある。とりあえずは安心のはずだ。

それに運悪くダル先生のように命を落とした者も生徒達の中にいたが、大半の者たちは生き残ることが出来た。

しかしそれでも負傷者の数は多い。


「会長とカイトは大丈夫でしょうか」

 ルルが少し手を休め、同じ生徒会のメンバーに聞いてみた。しばらく間を開けて副会長のルイスが答える。

「正直言うと、わからない」

「副会長、そう言う時は気休めでもいいから大丈夫と言うんですよ」

「気休めを言ってもしょうがないだろ。気休めは所詮気休め、事実ではないんだから」

「でも……」

「俺だって無事だと思いたいさ。会長はもちろん、カイトともいがみあってばっかりだったがそれでも無事でいてほしい。でも……」

「でも?」

「下手な希望は万が一のとき、ショックも大きいだろ……」

「……」

 その言葉を聞いてルルは何も言えなくなってしまった。

「私は大丈夫だと思っていますよ」

 と、これはエル。

「気休めと言われればそれまでですけど、会長が付いているなら多分大丈夫ですよ。あの人頭いいし」

「そうですよね」

 ルルは笑顔で答える。

「ええそう」

「でも会長もいいとこありますよね。妹を救いにいくカイトに一緒について行くなんて」

「ほんと、昔の会長とは大違いね」

「本当にそうでしょうか……」

 ルルとエルの会話にナギが口を挟んだ。

「どういうこと、ナギちゃん」

「いえ、私はただカイトさんの妹のために会長が病院に行ったとは思えないんです。確か病院にもシェルターは設置してありましたよね」

「……ええ、あるはずよ」

「ならカイトさんの妹さんもそこへ退避したと考えるのが普通じゃないでしょうか。それでも心配で病院に行きたいと思うカイトさんの気持ちはわかりますが、普段の会長なら逆にカイトさんを引きとめたはずです」

「……」

「でも会長はカイトさんと一緒に病院に行きました。私は会長がカイトさんの妹のためだけに病院に行ったとは思えないんです。何か別の目的があって病院に行ったのではないでしょうか」

「別の目的?」

「はい」

「例えば?」

「わかりません」

「……」

「ただ何となくそんな気がするだけです。会長は何か理由があって病院に行ったんじゃないかと」

「考え過ぎじゃないか」

「そうかもしれません」

「ここで考えたってらちが開かないよ。会長本人にでも聞いてみない事にはさ」

「そういうことだ。さ、今は負傷者の救護に当たろう」

「わかりました」

 彼らはまた負傷者の救護にあたる。

そして、ナギの想像は計らずとも当たっていた……



「幼精の羽根……」

 秘密の研究室に入ったユリコはその言葉を口にした。その言葉を聞き、この研究室にいる全てのスタッフがユリコを見る。

「姉さん、もしかして姉さんは幼精の羽根の一員だったの?」

 ユリコはキャシーに詰め寄る。

「姉さん!」

「先輩、この人達は?」

 ランがカイトとユリコ、そしてミルを見てキャシーに話しかけてきた。

「こちらは私の妹のユリコ、そしてその友達のカイトとその妹のミル、ああカイト君は未来のユリコの旦那だったっけ」

「そんなことはいいの、姉さん教えて!姉さんは幼精の羽根の一員なの?」

 少し間を開けてキャシーは答えた。

「……そうよ」

「そんな……じゃあ今回の事件はやっぱり姉さんが……」

「……そうね、彼らの目的はおそらく私たちでしょうね……でもユリコ、あなたもしかして察しはついていたんじゃない」

「確証はなかったけど……もしかしたらって……」

「……あのー、会長」

 カイトは恐る恐る会長に聞いてみた。

「幼精の羽根ってなんですか?」

「あんたねえ、少しはニュースでも見なさいよ」

 ユリコは呆れる。

「幼精の羽根とは主に地球人が主力となって、反帝国を掲げ活動しているテロ組織の名称です。反帝国を掲げて活動しているテロ組織はかなりありますが、その中でも鴉の骨、龍の鱗、炎魔の爪、魔法の傷が有名です。幼精の羽根もかなりの規模だと聞いています」

 何とこれに答えたのはミルだった。それに対してキャシーが褒める。

「あら、確かミルちゃんと言ったわね。よく知っているわね」

「私ニュースはよく聞きますから」

「そう、それは偉いわ」

「ちょっと待ってください、では会長のお姉さんはそのテロ組織の一員だと」

「……そうよ、でも1つだけ訂正させてちょうだい。私達はレジスタンス。テロ組織じゃないわ。テロ組織と言うのは帝国寄りの呼び方よ」

 キャシーがそう言うとその場にいたスタッフの全員がキャシーの言葉に頷いた。

「で、そのレジスタンスの人達がこの星で何をやっているんです」

「ある任務のためにね……」

「任務?」

「そう任務、残念だけど詳細は説明できないわ。極秘任務ですからね、朝もそう言ったでしょ」

「それであなたたちは今まで何をしていたんです。この星が襲われてから」

「……この星から脱出しようとしていたんだけど、ちょっとトラブルがあってね」

「脱出?今この星ではあなた達のせいで多くの人が犠牲になっているんですよ。それを見捨てて逃げる気ですか」

「……」

「あなたたちは地球人でしょ。そしてレジスタンスというからにはその地球人のために戦っているんでしょ。なのに見捨てて逃げるんですか」

「その引き金を引いているのは帝国だ。俺たちじゃない」

 今度はミサワが口を挟んだ。

「俺たちはテロ組織じゃない。現に今までも民間人に手を出したことなど一度もない」

「あなたたちが直接手を下さなければそれでいいんですか、巻き込まれる形で多くの人が犠牲になっているんですよ。それを助けるどころか自分達だけ逃げるなんて、それにあなたたちさえ来なければ、そもそもこの星は戦禍に巻き込まれる事はなかった。そうじゃないですか」

「確かにな、でもさっきも言ったがそれでもこの星の住民を虐殺し、その引き金を引いているのは帝国の連中だ。それともお前はこう言いたいのか、帝国は軍隊だからそれが許される。でも俺たちは帝国の言うところのテロ組織だから、それでも俺たちの方が悪いと」

「それは……」

「形にこだわっていれば物事の本質は見えないぞ。帝国だとかテロだとかいう形の概念は捨てて現実を見てみろ。この星を襲い、住民を虐殺しているのは紛れもない帝国だ。本質から見れば帝国の方がテロだろうが」

「……」

 カイトは反論することが出来なかった。

「もうよしなさい、ミサワ君、この場で善悪の議論をしていても仕方がないわ」

「は……」

「カイト君と言ったわね、あなたの言っている事も正しいわ。この星が今帝国から襲われているのは私達のせいだし、そして私達はその人達を置いて逃げようとしている。それもまたまぎれもない事実だわ。責められても仕方がない」

「主任」

 ミサワが口を開きかけたがそれをキャシーは手で制止した。

「それでも私達は逃げなければならない。例えこの星の全ての人達を犠牲にしてまでも……それほど今回の任務は重要なのよ。詳細は説明できないけど私達には全てを犠牲にしてまでも守らなければならないものがあるの」

「……」

 その言葉を発するキャシーの目はそれが冗談でない事を物語っていた。

「ならなぜ早く逃げないの。もうこの星が襲われてからだいぶ経つわ。それなのにまだここにいるなんて」

 今度はユリコが話しかけてきた。

「ちょっとトラブルがあってね……」

「トラブル?」

「今日の昼間にちょっとした事故があってな、その際にシステムを強制ダウンしたらメインコンピューターがシステム不良を起こして、そのせいで脱出シャトルに向かうゲートのロックが解除されないんだ」

 これにはミサワが答えた。

「総出で復旧作業にかかっているから、あと1時間もあれば復旧するとは思うが……」

「1時間ですか……」

「ああそれまでこの場所が奴らに見つからなければいいんだがな……」

 しかし、そう語るミサワの考えは甘かった。



「隊長ちょっと来てください」

 一般病棟を調査していたバルサロームの元に、その情報が入ったのはカイト達が秘密の研究室に着く暫く前のことだった。

 バルサロームが隊員に呼ばれ、特別病棟に行くと、そこには既に事切れている2人の隊員の姿があった。

先ほどキャシーとミサワがカイト達を助けるためにビーム銃で撃った2人特殊部隊の遺体だ。

 バルサロームはその遺体の傷口を見る。

「これは……」

 バルサローム率いる特殊部隊の隊員は全員アーマースーツを着込んでいる。普通の拳銃の弾ならはじき返すくらい強力なやつだ。それを何の苦もなく貫通している。この2人の隊員を殺した銃がただの銃ではないとことは明らかだった。

「ビーム銃で撃たれた跡だな」

「ビーム銃ですか」

「ああ間違いない。一般人が所持している様な銃ではない」

 バルサロームは立ち上がると全隊員に通信を送る。

「こちらバルサローム。特別病棟の方で動きがあった。全隊員特別病棟に向かえ、そしてくまなく調査しろ、やつらのアジトは間違いなくここにある」

 そう言って通信を切る。

その後バルサロームは特別病棟を注意深く調べ始めた。結果としてカイト達のいる地下室へと降りる空き部屋が特定されるまで、20分もかからなかったのである。

「隊長、この部屋です」

「間違いないのか」

「分析の結果、異常が確認されたのはこの部屋だけです。ほぼ間違いないかと」

「よし」

 そしてバルサロームその部屋を調査する。しばらくして壁から端末が見つかり、その端末を分析して隠し階段へと繋がる道が発見された。

「よし、ついてこい」

 バルサロームは部隊を率いてその階段を降りる。ついにカイト達のいる秘密の研究室へと続く道が発見されてしまったのである。



 カイトとユリコは研究室でケガの応急手当を受けていた。

気が立っていたために気が付かなかったが、体中至る所をスリ傷やら切り傷でケガをしており、カイトに至っては頭にケガも負っていた。

そういえば学校で生徒会室にいた際、最初に爆発が起きて伏せた時に、頭にケガをしてそのまま何の処置もしないで来ていた。

それで、ここでランに頭に包帯を巻いてもらい、手当てを受けているのである。

「これでよしと」

 ランは包帯を巻き終わる。

「ありがとうございます」

「別にいいのよ」

「何かさっきはすいません。興奮して結構きついこと言っちゃって」

「別に気にしなくていいわ、あなたの言っている事も理解できるし、それより……」

「何です?」

「あなたあの主任の妹さん、ユリコとかいったっけ、一体どこまで進んでいるの?」

「どこまでって?」

「やーね、それを女の口から言わせる気、恥ずかしいじゃない」

 全然恥ずかしがっているように見えない……と、カイトはそう思ったが、このランという女性は、こんな状況で緊張しているであろう自分達をリラックスさせようとして、こんな質問をしてきているのだろうと思った。

そこでカイトは答える。

「そうですね、一応健全なるお付き合いを……」


 ガンッ


「痛!」

 ユリコも別の所でケガの手当てを受けていたが、そのユリコが靴をカイトに向けて投げてきた。

「誰があんたと付き合っているって?」

「いや、健全なるお付き合いを将来させていただく予定と言おうとしただけで……」

「同じことよ、全く、こんな時に何を言っているのよ」

「あらあら、主任以上に気の強い人ね。あなたもあれでは将来苦労するわよ」

「あはは……」

 その時だった。


ビーー、ビーー、ビーー


辺りに警告音が鳴り響く。

「何?」

「どうした?」

ただごとではないことが起こったのはみんなが理解できた。室内に緊張が走る。カイトの隣にいるミルはカイトの腕をしっかりと掴む。

「これは……」

 監視モニターには、この部屋へと続く通路に銃を構えて歩いてくる特殊部隊の映像が映し出された。

「くそ、もうばれたか、おい、ハッチの解除はまだか?」

「もう少しです」

「急げ!もう時間がないぞ」

 ミサワが檄を飛ばす。しかしあせっていては思うようにはかどらない。

おそらくハッチの解除よりも先に敵がここに辿り着く方が早いだろう。そう思ったキャシーは休憩室へ走りだす。

「どうしたんです主任」

「手の空いている者は手伝って、入口にバリケードを作るの。とにかくソファとか何でもいいから入口を塞ぐ、運ぶのを手伝って」

「わかりました」

 皆手の空いている者は休憩室に向かった。カイトとユリコも手伝おうと立ち上がるが、そのカイトの足をミルが掴んだ。

「お兄様……」

「大丈夫だミル……と言いたいところだが、もしかしたら助からないかもしれない。そうなったらすまん」

 ミルは頭を振った。

「先ほどのお兄様と、ユリコさんのお姉さん、キャシーさんとの会話でこの星で何が起きているのかは大体わかりました。私のことは心配なさらずに、もう覚悟は出来ていますから」

「ミル……」

 カイトはミルを抱きしめた。しかし、ミルの体は小さく震えている。

当然だ。

覚悟は出来ていると言ったがミルはまだ10歳の子供だ。死が怖くないはずはない。

「それじゃあミル、ここにいるんだ。兄さんはちょっとここの人達を手伝ってくるからな」

「はい」

 そしてカイトも入口にバリケードを作るため、ソファなどを運ぶのを手伝った。

休憩室にあったソファや、果ては自動販売機に至るまで、とにかく何でもいいから入口に山積みし、バリケードを作った。

これが気休めにしかならないことは、提案したキャシーも十分わかっていた。しかしキャシーは時間さえ稼げればなんとかなるかもしれないという期待もあった。

とにかく、脱出口へと向かう扉のハッチが開きさえすればいいのだ。そうすればユーファを連れて脱出することができる。

ここに配備してある脱出シャトルは高速シャトルだ。一度ワープしてしまえば追ってはこれないはず。

そういう期待があったのだ。

 バリケードは比較的早く出来た。そして皆コンピューターの端末の影に隠れて、敵が来るのを待つ。

カイトとユリコ、そしてミルは後方に下がらされた。そんなカイトの元にキャシーが来る。

「あなたにこれを渡しておくわ」

 そう言うと、キャシーは懐から銃を取りだした。ビーム銃だ。

「これは……」

「ここから先は助けてあげられるかどうかわからない。だからこれで身を守るの。あなたも見たと思うけど、この銃なら敵がアーマースーツを着ていても倒せるわ。だからこれを渡しておく」

「でも俺、銃なんて……」

「使った事がないというんでしょ。でも今はもうそんなことを言っている状況ではないわ」

「……」

「ごめんなさいね、こんなことになるなんて、もしかしたらここに連れてきたことがあなた達を結果的に死地に追いやることになったかもしれない。あの時、助かりたいなら私達に付いてこいだなんて、余計なことを言ったかもしれない、本当にごめんなさい」

 キャシーは深く頭を下げた。

「顔を上げてください。別に恨んではいません。あのまま地下シェルターに向かえば私達はとっくに殺されていただろうし、この病院の周りには敵兵もいっぱいいました。外に逃げても無事に逃げられたかどうかはわからない。ただ忍び込む時は運が良かっただけで……これは結果論です。もしここで死ぬのならそういう運命だったと諦めるだけです。でも……」

 カイトは横に佇んでいるミルの顔を見た。

(なんとかミルだけは救いたい……なんとか……)

 カイトがそう思ったその時だった


 ドゴーーーーーーーーーーンッ


 とんでもない爆発音が辺りに響き渡る。特殊部隊がドアを爆破したのだ。

その衝撃でドアの前に山積みしていたバリケードは一瞬にして吹き飛んでしまった。バリケードは気休め程度にもならなかったのである。

「来るわ!みんな構えて」

 キャシーが声をかけると皆ドアに向けて銃を構える。

ドアの向こうは爆発の影響で埃が巻き上げられ良く見えない。すると奥から1人の特殊部隊兵が現れた。

「ほう……ここがテロリスト、妖精の羽根の秘密のアジトか、なかなか設備が整っているじゃないか」

 姿を現したのはバルサロームだ。だが、おそらく彼の後ろには何十人もの特殊部隊の隊員が隠れているだろう。

キャシーはバルサロームに構えていたビーム銃の照準を合わせると間髪いれずに撃った。しかし、バルサロームは手を体の前にかざすと何かシールドの様なものが現れ、そのビームをはじき返してしまった。

「!」

 キャシーは続けてビームを放つ。しかし全てシールドにはじき返されてしまった。

「これは……」

「何発撃っても無駄だ。悪いが貴様らがビーム銃を携帯していることがわかったのでね。対策をたてさせてもらったよ。携帯型のビームシールドだ」

 バルサロームの手からちょうど体を覆い隠すくらいのシールドが現れている。

ビームシールド。

殺傷能力の高いビーム兵器に対して考案されたもので、本来なら戦艦などに装備されているものだが、最新技術により、人が携帯できるサイズにまで縮小したものである。

これでは何発撃っても無駄だ。

「一応貴様らのトップと話がしたい。責任者は誰だ」

 バルサロームは室内を見回す。

「私よ」

 キャシーは銃を構えたまま前に出た。

「これは驚いた。女性じゃないか。おや……」

 バルサロームはキャシーの顔をよく見る。

「キャシー・アロー博士?」 

「そうよ」

「これは二重の驚きだ。まさかキャシー博士がテロリストに組みしていたとは、ということは……」

 バルサロームは辺りにいるスタッフの顔をよく見てみる。

「ふむ。全員ではないが知っている顔もなかにいるな。なるほど、第576兵器技術開発部、それ自体が妖精の羽根に組みしていたということか」

「答える義務はないわ」

 そう言いながらキャシーは体の後ろで、バルサロームに見えないように手で仲間に合図を送る。

今の内に脱出へのハッチを開けるのを急げというという合図だ。おそらくキャシーは時間を稼ぐつもりなのだろう。

ミサワは合図を確認すると同じようにみんなに手で合図し、ハッチの扉の開けるのを急がせた。

もう少しで復旧作業は終わり、扉は開く。

なんとかそれまで時間を稼げれば脱出することが出来るかもしれない……そういう思いがあったのだ。

「とりあえず交渉に移ろう。お前達が隠している何かをこちらに引き渡してもらいたい」

「何かとは?」

「残念だが俺も知らない。ランク7の秘匿義務が課せられていてな、ただお前達がそれを所持しているという報告は受けてきた」

「何だかわからずにここに来たの?まぬけな話ね」

「同感だ。しかしだからといって命令に逆らえないのは軍人の悲しい所でな。それはアロー博士もご存じだろう」

「……」

「で、どうだろう。こちらにそれを引き渡してもらえないか。そうすれば我々としても無駄な戦闘をしないで済む」

「引き渡したらどうなるの、我々の身の安全は保障してくれるのかしら」

「残念だがそれは出来ない。あんた達は1人残らずここで死んでもらう。ただ苦しまずに死ぬことはできる。拒否すれば我々と戦った末、苦しんで死んでいくことになる。あとは……そうだな、今、街を破壊している部隊にそれを止めるように命令することくらいは出来る。目的は果たされるわけだからな、これ以上街を破壊しても意味はない。どうだ、無駄な戦闘を避けるために降伏してはどうだ」

 キャシーは目を瞑り考えたふりをする。

「そうね、少し考えさせて……」

「あぶない主任!」

 そう言うとミサワが飛び込んできてキャシーを突き飛ばした。ビームがミサワの腕に当たり、ミサワの腕が吹き飛ぶ。

「ぐっ!」

「ほう……」

キャシーが答えを言うまでもなくバルサロームはキャシーに向けて銃を撃ったのだ。

それを察知して、キャシーを突き飛ばしたミサワにバルサロームは感嘆の声を上げる。

「いい反応だ。テロリストにしておくのがもったいないくらいだ」

 ミサワの左手は吹き飛び、その手はカイトの前に落ちた。驚きでカイトは声も出ない。

ミサワはその場に倒れ込みうめき声をあげている。

「ミサワ君!」

 キャシーはミサワに駆け寄り、自分の袖を引きちぎるとミサワの腕に巻いた。そしてバルサロームに向けて言う。

「卑怯な!まだこちらの返答を聞かないまま……」

「聞くまでもないことだろう、どうせこちらの要求に乗るつもりはないはずだ。ただあんただけはビーム銃で一瞬にして苦しまずに殺してやろうと思っただけだよ。だがそうもいかないようだ。それに、お仲間がさっきから隠れてこそこそと裏でやっているようだが無駄な事だぞ」

 そう言うとバルサロームは部屋の奥にある脱出のためのハッチの端末に向けてビーム砲を放った。そこで作業していたスタッフごとである……

 作業していたスタッフは一瞬で絶命した。端末も破壊され、もうこのハッチが開くことは無いだろう。

これでキャシー達がハッチから脱出すことは不可能となってしまった。

この部屋からの脱出ルートは無くなったのである。

「では苦しんで死んで行くがいい」

 バルサロームは手で合図をする。

すると扉の外から特殊部隊がぞろぞろと中に入って来て、ビーム銃ではなく、なんと実弾の銃で攻撃してきた。

妖精の羽根のメンバーも応戦する。この研究所内で本格的な銃撃戦が始まった。


 妖精の羽根のメンバーが所持しているのはみんなビーム銃である。

武器の性能自体は実弾兵器よりビーム兵器の方が勝っているし殺傷能力も高い。しかし特殊部隊は全員がビームシールドを装備しており、ビーム銃は全く効かない。実弾でも同じことである。

そして数の上でも特殊部隊の方が圧倒的に上、まさに八方塞がりの状態であった。

 特殊部隊が実弾で攻撃してきたのは、それ自体弾が当たっても、よほど当たり所が悪くなければ即死とはならないからである。

バルサロームの苦しんで死ねと言った意味はこういう意味だったのだ。


 妖精の羽根のメンバーは端末などの影に隠れて必死に応戦したが、また1人、また1人と撃たれ倒れて行く。もはや全員殺されるのは時間の問題だった。

 ユリコも頑張ってビーム銃を撃つが全てシールドにはじき返され全く効かない。カイトも何発か撃ったが全く意味がなかった。

ミルは震えながら目に涙を浮かべていてカイトの足にしがみついている。必死に恐怖と戦っているのだろう。目が見えない分ミルの方が恐怖を掻き立てられるのかもしれない。

しかしもうどうすることもできない……

「ぐわあ!」

 カイトの目前で、銃で撃たれたスタッフの1人が倒れてきた。

「大丈夫ですか」

カイトはそのスタッフを介抱しようとするが、そのスタッフは当たり所が悪くもう既に絶命していた。

カイトの手にそのスタッフの血がべっとりと付く。

震えているのはミルだけじゃない。自分もだ。カイトはガタガタ震える自分の体を抱きしめた。

恐怖で体が震える。もう何も出来ない。ただ殺されるのを待つだけだ。

カイトの眼にも自然と涙が出てきた。


(助かりたいか……)


 ふとカイトの脳裏にまたあの声が聞こえてきた。

 だが不思議だ。

ただでさえここは鳴り響く銃声がすごい音をたてている。人の声など銃声にかき消され、聞こえるはずがないのだ。

自分が死を前にして気がおかしくなったのかと思ったが、その声はまた聞こえてきた。


(助かりたくはないのか?……)


もう幻聴でも何でも良かった。カイトはその声に答えた。

「助かりたい!」

(ならば私の名を言え、そうすればお前は力を得ることが出来る。妹も、そしてユリコも救うことが出来る」

「名?そんなものは知らないぞ!」

(知っているさ、ただ思い出さないだけだ。お前ははるか以前から私の名を知っている。そう、生まれる前からな)

「何を言っているんだ……」

(さあ私の名を言え、言うんだ!)

 気が付くと目の前にあの少女が立っていた。

今朝病院に来た時、病院の前で佇んでいた少女。生徒会室の外で空に浮かんでいた少女だ。

その少女が今は自分の目の前にいる。カイトは手を伸ばしてみたがその少女に触ることはできなかった。

よく見ると体が透けている。まるでホログラフィみたいに。ただ頭に響く声の主がこの少女であることは直感的にわかった。

「君は誰だ?」

(私が何者か、すでにお前は知っている)

「俺が?」

(そうだ、早く名を言うんだ……マスター!)

 その時、ユリコの肩に特殊部隊の放った銃弾が当たったのが見えた。肩を押さえて倒れるユリコ。

その時カイトの頭は真っ白になり、ある言葉を口にした。自分では知るはずもないその名を……

「クラウディア……」

 それは誰にも聞きとることの出来ない、小さなか細い声だった。隣にいたミルでさえも聞くことができないような。

そしてカイトがその名を呼んだのとほぼ同時だった。

カイトの目の前にいたその少女は静かにカイトに微笑みかけると、粒子となって消え失せた。

そして……


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