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これだけで転生してよかったと思えるやつ


「それで」

 俺は最後のカードをホルダーへ収めた。

「わたくしにご用、と言いますと?」

「うん、メイに伝えておきたいことが」

「……もしかして、『教会』からのお話かしら?」

「あまり大きな声じゃ言えないけど、正解」


 わぁい教会案件。メイ、教会案件だぁい好き。

 とりあえず、詳細は後で聞くことにする。

 で、だ。


「メイ、まだまだやり足りないって顔してるね」

「お時間はよろしいんですの?」

「話をするならここじゃなくて御伽のどこかの方がいいでしょ。その前に一戦くらいならいいよ」


 シオンが制服のポケットから、濃紺の細身のホルダーを取り出した。

 さっきまで熱心に感想戦をしていたリツが、即座に自分の椅子をサッと引いて通路側へ下がる。レッカも目を輝かせながら自分のデッキを片付け始めた。


「おっ、シオンがやんなら席譲るぜ! ぜひ俺も対戦、見させてくれ!」

「ありがとう。ではお言葉に甘えて」


 シオンが答えたところで、カウンターの奥から通る声が飛んできた。


「おいおい二人とも、せっかく現役プロが対戦するんだ。フィーチャーエリアを使ってくれないか?」


 ソウジが、店の奥を親指で指し示している。

 対戦卓の列から少し離れた、広くスペースの取られた一角。床には白い線で四角い区画が引かれ、その両端に、向かい合って立つための目印がある。


「あそこなら見学したい常連にもよく見える。『エアフィールド』で一戦、どうだ?」

「私は構いませんよ」

 シオンの返事は早かった。

 こちらを見る青紫の瞳が、もう勝負を待ちきれないように笑っている。


「メイは?」

「ええ。せっかくですから、使わせていただきますわ」

「よし。ナギ、案内と周りの整理頼めるか」

「いえーい。案内係ナギ、出動。お二人とも、こちらへどうぞですー」


 ナギが値札をカウンターへ置き、先に立って歩き出す。小柄な背中を追うと、頭のてっぺんでひと束だけ跳ねた髪が、足取りに合わせて揺れていた。

 俺はホルダーを手に椅子から降りた。シオンが足元のスクールバッグを持ち上げ、レッカたちも残ったカードをケースへ収めて後をついてくる。


「おい、シオンさんがやるってよ」

「対戦相手、御伽のお嬢様か?」


 通り過ぎる卓から、ひそひそとしたざわめきが広がった。

 ショーケースの前にいた客まで、一斉にこちらへ顔を向ける。プロが実戦を披露すると分かれば、店内のカード中毒者たちが放っておくはずもない。

 ソウジはそんな様子を満足そうに眺めながら、空いた卓の椅子を片付けていた。


「観戦するやつは、白線の外側から見ること! 通路側は塞ぐなよ!」


 ナギの誘導で、レッカたちは白線の外側へと回った。

 リツはすでにホルダーを構えて記録態勢に入っている。コハルがその隣に並び、レッカは爪先を床のラインにぴったり揃えてワクワクした顔で待機していた。


 俺とシオンは、フィーチャーエリアの両端に立って対峙する。

 ふたりの間に対戦卓はない。

 ホルダーを構えて投影機能を起動させると、目の前の空間に淡い光のフレームが立ち上がった。山札、ファクター、バトルエリア――いつもの盤面が、ちょうど手を伸ばしやすい高さの空中にホログラムとして展開される。


 エアフィールド。

 立ったまま向かい合い、宙に浮く盤面へカードを繰り出す対戦形式だ。ルールもカードの配置も、さっきまでのテーブルトップと変わらない。呼び出されたユニットたちは、ふたりの間に立体映像となって現れる。卓の上には収まらない大きさで。


(……これも、何度やってもたまらねえんだよな)


 指先で空中の光枠に触れ、感度を確かめる。

 ホルダーを手に向かい合っているだけで、前世の土曜の朝に見ていたホビーアニメの主人公になったような錯覚を覚える。

 本当に、目の前へ姫だの竜だの巨大な水棲魔獣だのが現れるのだ。カードゲーマーとして興奮するなというほうが土台無理な話だった。


「メイ。できればシンデレラでお願いしてもいいかな?」

「もちろんですわ。けれど、ご指名の理由をお聞きしても?」

「プロリーグの次の相手、【シンデレラリンク】を使うらしいの。どうせなら、スパーリングをお願いしたくて」


 スパーリングなら、願ってもない話だ。


「そちらのワールドは、《ネレヴァス》ですの? それとも《ミラヴェール》?」

「《ネレヴァス》だよ。本番で使う予定のリバース軸」

「承知しましたわ。とっておきのお支度をして差し上げます!」


 澄まし顔で答えながら、俺はすでにホルダーの画面を高速でフリックしていた。

 ディスプレイに、登録されたデッキリストが並ぶ。

 いくつか画面を動かすと、ドレスで着飾った少女のサムネイルが現れた。

 シオンが操るのは、青のワールド――《ネレヴァス》。こちらの狙いを見極め、一番痛いところで打ち消してくる。

(青対策、しっかりめにしておくか)

 止めるべき札を一枚余計に使わせる。その隙間に本命の一撃をねじ込む。

 さっきの敗北を噛み締めていたはずの頭が、もうシオンを崩す手順を組み立て始めていた。


「おっ、今度はシンデレラか! どんな勝ち方すんだ?」

 白線の外側から、レッカが声をかけてくる。

「ええ。今度は違う演目ですわ。どうぞ、お見逃しなく!」


 リストを確定すると、がしゃりと音を立ててホルダーからデッキがせり出した。

 カードの角を指先で丁寧に揃え、宙に浮く山札のスロットへセットした。指を離しても、カードの束は空中にピタリと静止している。

 向かい側ではシオンが、慣れた手つきで自分の盤面を整えていた。


「よろしく、メイ」

「こちらこそ。――どうぞ、お手柔らかにお願いいたしますわ」


 前世の俺なら絶対に口にしない挨拶とともに、ワールドカードを空中の指定枠へ滑り込ませる。

 シオンが凛と顔を上げた。


「コンタクト――《ネレヴァス》、レディ」

 

 使用するワールドを宣言すると、シオンの足元から、深い青の光が波紋のように広がった。

 床を覆う水面のエフェクトがどこまでも広がり、静かな海原がエリアを満たしていく。


「コンタクト――《フェイブルーン》、レディ」

 

 対する俺の足元からは瑞々しい緑の枝葉が伸び広がり、ふたりの間に深緑の森の輪郭が立ち上がった。

 重なる巨木の幹の向こうに、シオンの涼やかな立ち姿が見える。

 頭上で響く葉擦れの音も、その向こうで煌めく波の光も、さっきまで卓の上に収まっていたホログラムとは桁違いのスケールだ。


「おおっ……!」


 レッカから感嘆の声が漏れた。

 リツは空中に投影された盤面データへ視線を走らせ、コハルは森と海がせめぎ合う境界線を眩しそうに見上げている。ナギが観戦の列の端へと下がり、ソウジもカウンターの向こうから腕を組んでこちらを見守っていた。


 互いの頭上に浮かぶライフカウンターが、眩い光とともに『40』を灯した。


(――今度こそ、勝つ)

 シオンの口元にも、笑みが浮かんでいた。

 目だけは、もう俺の盤面を見ている。

「「クロッシング!」」

 ゲームの開始を告げる二人の声が、店内に響いた。



《イグナリア》

 ワールド

 あなたは赤、または「イグナリア」カードをデッキに入れることができる。

 <燃え盛る炎>—手札を1枚捨てる:あなたのスリープ状態のファクターを3枚まで選び、アクティブにする。

—

 大地の底に、竜の吐息に。世界を生んだ火は、今も脈打っている。


---

《フェイブルーン》

 ワールド

 あなたは緑、白、または「フェイブルーン」カードをデッキに入れることができる。

 <物語の始まり>—最初のスタートフェイズが始まるに際し、あなたの手札、またはデッキからレジェンド・ユニット1枚を探し、【主人公】を持った状態で表向きに除外する。手札から除外したなら、カードを1枚引く。(このアビリティはスタックに乗らずに解決される)

—

 めでたし、めでたし。その言葉を目指して、今日も誰かが歩き出す。


---

《ネレヴァス》

 ワールド

 あなたは青、または「ネレヴァス」カードをデッキに入れることができる。

 <海底に眠る記憶>—あなたのエンド開始時に、あなたのファクター1枚を破棄してもよい。そうしたならば、カードを1枚引く。その後、あなたの手札からカード1枚を裏向き・アクティブ状態でファクターに置く。

—

 氷に閉ざされた海の底で、記憶は眠る。再びその名を呼ばれる日まで。




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