↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/23

《リミットレス•シンデレラ》④



 レッカは、閉じた扉を見ていた。

 取り巻きとの対戦を終え、ようやく追いついたと思ったら、メイはもう博士の研究室の中だった。

 扉の隙間には、黒い霧がまとわりついている。

 中の声も、カードを置く音も聞こえない。


 ドアノブへ伸ばした腕を、シオンが軽く押さえた。


「メイに任せよう」

「……わかってるよ」


 レッカは、手を引いた。

 けれど、待っているだけというのは、どうにも落ち着かない。

 入口で見たカードが、頭から離れなかった。

 小さな絵の中で、黒服の男が口を動かしていた。何を言っているのかは、聞こえなかった。

 負けたら、メイもああなる。

 自分たちが勝ったからといって、この扉の向こうでも勝っているとは限らない。


 少し離れたところで、リツが拾ったカードを確かめていた。

 指で縁を挟み、絵の中の男を見ている。

 さっきまで敵だった相手だ。それでも、人間が閉じ込められた札を、床へ放っておくことはできなかった。


「……シオン」

「ん?」


 隣のシオンは、扉を見たまま返事をした。

 自分と同じものを見たはずなのに、落ち着いている。

 腕を押さえていた手も、もう離れていた。


「メイのこと、信じてんだな」

「うん。勝つためにどれだけ考えるか、知ってるから」


 シオンの返事には、迷いがなかった。

 レッカは、閉じた扉へ目を戻す。


「……強えのは知ってる。でも、俺だってあいつに勝ってるんだぜ。絶対勝てるってわけじゃねえだろ」

「知ってる。そのあと、どうだった?」

「そのあと?」

「負けたメイは、何してた?」


 レッカは、口をつぐんだ。

 あのときの対戦卓を思い出す。

 勝負を終えたメイは、手札を広げていた。リツの指摘に頷きながら、レッカがもっと確実に勝てた手順を、一緒になって確かめていた。


「……俺の勝ち方に、ダメ出ししてた」

「次は、その手順まで考えてくるよ。あの子、自分が負けた試合も、放っておかないから」


 リツが、拾った札を丁寧にしまった。


「君との対戦でも、最後まで勝ち筋を残していたね。あの攻撃を耐えて、返しで勝ちきった」

「私も、あそこで終わらせるつもりだったんだけどね」


 シオンが、少し笑った。

 あの勝負は、レッカも見ている。

 凍った海。大きな竜。増えたライフが、見る間に削られていく。

 それでも、メイは手札を確かめていた。

 そして、次の攻撃で勝った。


「好きなカードで勝つためなら、あの子はとことん考えるよ。一枚じゃできないことを、ほかの札と組み合わせてやらせる。誰も使わなかった組み合わせを見つけたら、回るまで試す。出来上がったのがクソデッキでも、本人は大笑いしてる」

「……クソデッキ発明家?」

「それ、本人に言ったら喜ぶと思う」

「だろうな」


 そこは、簡単に想像できた。

 見たこともない組み合わせを見つけて、笑う。相手の驚いた顔を見て、もっと笑う。

 そんなメイなら、もう知っている。

 カードで悪いことをするやつはぶっ飛ばすと、昼飯の予定まで決めてここへ来た。

 今も、早く勝って飯を食うつもりでいるのだろう。


「でも、あれだけフェイブルーンが好きなあの子には、もっと似合う呼び名があるよ」


 シオンは、扉を見ていた。

 リツも、そちらへ目を向ける。


「御伽噺の語り部」


 シオンは、その言葉をゆっくり口にした。

 扉を見つめる目が、わずかに細くなる。何か懐かしいものを見ているようだった。


「……ずいぶん格好よくなったじゃねえか」

「お姫様も、魔法使いも、ただ並べて終わりじゃない。メイがデッキにすると、思いもよらないところで出番が来るんだよ」

「確かに、彼女のデッキは最後まで見てみたくなるね」


 リツが言った。

 レッカは、閉じた扉を見た。

 あの小さな金髪のお嬢様が、中で何を使っているのか。どんな顔で、博士と向かい合っているのか。

 まだ、分からない。

 早く出てきて、聞かせてほしかった。

 今度はどんなデッキを作ったのか。どんな勝ち方をしたのか。


「戻ってきたら、全部聞かせてもらうぜ。どんなデッキでぶっ飛ばしたのかさ」

「うん。そのためにも、待ってよう」


 レッカは、頷いた。

 ノブには、もう手を伸ばさなかった。


 //


 城の前で、エラが実験体を見上げている。

 足元には硝子の靴。肩から広がる舞踏服には、星の光が走っていた。

 もう、支度は済んでいる。

 俺の手には、最後の一枚がある。


 さっきまでつけていた、首飾りや外套の札を思い出す。

 それぞれの世界では、脇役だった。

 ちょっと力を足す。ちょっと守りを足す。使って、次の札を引く。

 そんな小さな札を集めて、こいつをここまで連れてきた。


 向かいには、81/81のニューロシーズ。

 エラの進む先を、濡れた巨体が塞いでいる。

 あとは、いつもの終わり方を変えるだけだ。

 その前に、俺は口を開いた。


「あんたさ。公認大会の帰りに、仲間と飯食ったことあるか?」


 博士が、眉をひそめた。


「何の話だね……? 君は、今の状況を理解しているのか?」


 さっきの「来るわけねぇだろ」も、今の言葉も、そのまま出た。

 お嬢様の言い回しへ直されていない。

 こういうときは、転生者たちの前でなくても、俺は「俺」のまま喋れる。

 理由は、知らん。


「俺はさ、あの緩い時間が一番好きなんだ。三戦全敗した日でも、あのデッキに負けたとか、地雷踏んだとか、今日は引きがどうしようもなかったとか。飯食いながら、笑い合えるんだよ」


 悔しかった試合を、もう一度話す。

 横から別のやつが口を挟む。そんなカード入ってたのかよ、と誰かが笑う。

 次は何を使うか。どこを変えれば、もう少し勝てるか。

 食い終わっても、まだ話していた。


「だからさ、困るんだよ。負けたらカードに封印されるとか、魂を奪われるとか。そういうもん持ち込まれるの」


 扉の向こうには、シオンたちがいる。

 昼飯の予定だって、もう決めてある。

 こいつらのやっていることは、その約束まで踏みにじる。


「カードゲームってのは、楽しむためのものだ。生き死にをかけてやるもんじゃねぇ」


 俺は、エクシードを掲げた。


「エクシード、ディサイド!」


 城の窓の明かりが、白さを増した。

 杖を持った魔法使いたちが、エラへ顔を向けた。


「いつか終わる。いつか醒める」


 俺の声が、城の高い窓まで届いた。


「どんな夢にも、終わりは来る」


 楽しかった時間も、大会も、一日も。

 終わってから、もう一度ができないものもある。


「そんなことは、嫌というほど知っている!」


 だが今、俺の手にはカードがある。

 また向かいに座ってくれるやつがいる。

 これから見つけたいデッキも、まだ山ほどある。


「それは立ち止まる理由には、ならない!」


 俺は、エラへカードを向けた。

 小さな少女が、顔を上げる。


「この物語は、終わらせない!」


 窓からあふれた光が、黒い空へ広がっていく。

 エラのティアラが、その光を受けた。


「舞踏会は、止まらない!」


 城の時計の針が進む。

 長い針が十二時を刻んでも、動き続ける。


「そして十二時の鐘は、もう鳴らない!」


 実験体の影が、少女の足元まで伸びている。

 その影の上に、硝子の靴がある。

 俺は、カードを押し込んだ。


「少女の夢は、消えない魔法のその先に! リベレーション——《リミットレス・シンデレラ》!」


 城の外壁に沿って、白い階段が伸びた。

 窓の横を通り、塔を巡り、時計の上へ続いていく。

 エラは、その最初の段へ足を掛けた。

 裾を揺らし、次の段へ。その次へ。

 硝子の靴が触れるたび、階段の端から星がこぼれる。

 

 博士が、ニューロシーズを見上げた。

 実験体は、城の前にいる。

 エラの進む道を塞いだまま、長い両腕を広げていた。

 頭部から伸びた管に、青い光が走る。

 その肩よりも高いところを、少女は駆けていた。


 フェイブルーンのリンクが、十八枚になった。

 三枚のティアラは、増えた一枚をそれぞれ数える。合わせて、さらに+3/+3。

 リミットレスも、自分自身を含めた十八枚を数え、+36/+0を与える。

 103/108だったエラの表示が、142/111へ変わった。


「……待て」


 博士の声がした。

 手札を握った手が上がり、そのまま止まる。

 《舞踏会の静寂》は、まだ続いている。

 ファクターがのこっていても、《不適合個体の処分》はプレイできない。

 一度使ったリベレーションの権利も、戻らない。


 エラが、階段の一番上へ着いた。

 そこには、もう次の段がない。

 少女は、空へ踏み出した。


 白い光が、打ち上がる。

 ドレスの裾が大きく広がり、月を覆った。

 黒い空に、少女の輪郭が浮かぶ。

 ほんの一瞬、エラがこちらを見た。


 俺は、手を振り下ろした。


「行け、エラ!」


 光が、落ちた。

 細い流星が、実験体の胸へ突き刺さる。

 遅れて、広がっていたドレスの光が押し寄せた。

 ニューロシーズの巨体が、白く染まる。


「やめろおおおおおおお!!!!」


 博士が、喉を裂くような悲鳴を上げた。

 胸から肩へ、腕へ。実験体を走っていた青い光が、白く塗り潰されていく。

 太い管が、ひび割れた身体から外れた。

 巨体の輪郭が、光の中へ崩れていく。

 それでも、エラの光は止まらない。


 81/81のブロッカーへ、八十一点。

 残った六十一点が、博士を貫いた。


 ライフの表示は、40から-21へ。

 最初に数えたとおりだった。

 足し算にも、引き算にも、間違いはない。


 床を走っていた青黒い光が、途切れた。

 塔が薄れ、空がほどける。

 城の壁が消え、その向こうから博士の机が戻ってきた。

 俺は、まだ少し明るい天井を見上げる。

 エラの通った光が、その向こうへ消えていった。


「……そしてお前ら悪人には、明日はない」


 言えた。

 そこまで、ちゃんと俺の口調で言えた。

 俺は、肩の力を抜いた。


(俺かっけええええ!)


 惜しいな。

 シオンたちにも、今のは見せたかった。



 《リミットレス・シンデレラ》

 フェイブルーン/エクシード

 使用条件-あなたの[エラ]を持つユニットに《星織りの舞踏服》がリンクしている。

 このカードを、以下の能力を持つ「フェイブルーン」のリンクとして、あなたの[エラ]を持つユニット1体にリンクする。

 -

 "不滅"

 リンク先のユニットは"貫通"を持ち、それにリンクしている「フェイブルーン」リンク1枚につき、+2/+0の修整を受ける。

 -

 ―

 継母の言いつけも、義姉の罵声も、十二時の鐘さえも。もう、彼女を縛れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。