《リミットレス•シンデレラ》④
レッカは、閉じた扉を見ていた。
取り巻きとの対戦を終え、ようやく追いついたと思ったら、メイはもう博士の研究室の中だった。
扉の隙間には、黒い霧がまとわりついている。
中の声も、カードを置く音も聞こえない。
ドアノブへ伸ばした腕を、シオンが軽く押さえた。
「メイに任せよう」
「……わかってるよ」
レッカは、手を引いた。
けれど、待っているだけというのは、どうにも落ち着かない。
入口で見たカードが、頭から離れなかった。
小さな絵の中で、黒服の男が口を動かしていた。何を言っているのかは、聞こえなかった。
負けたら、メイもああなる。
自分たちが勝ったからといって、この扉の向こうでも勝っているとは限らない。
少し離れたところで、リツが拾ったカードを確かめていた。
指で縁を挟み、絵の中の男を見ている。
さっきまで敵だった相手だ。それでも、人間が閉じ込められた札を、床へ放っておくことはできなかった。
「……シオン」
「ん?」
隣のシオンは、扉を見たまま返事をした。
自分と同じものを見たはずなのに、落ち着いている。
腕を押さえていた手も、もう離れていた。
「メイのこと、信じてんだな」
「うん。勝つためにどれだけ考えるか、知ってるから」
シオンの返事には、迷いがなかった。
レッカは、閉じた扉へ目を戻す。
「……強えのは知ってる。でも、俺だってあいつに勝ってるんだぜ。絶対勝てるってわけじゃねえだろ」
「知ってる。そのあと、どうだった?」
「そのあと?」
「負けたメイは、何してた?」
レッカは、口をつぐんだ。
あのときの対戦卓を思い出す。
勝負を終えたメイは、手札を広げていた。リツの指摘に頷きながら、レッカがもっと確実に勝てた手順を、一緒になって確かめていた。
「……俺の勝ち方に、ダメ出ししてた」
「次は、その手順まで考えてくるよ。あの子、自分が負けた試合も、放っておかないから」
リツが、拾った札を丁寧にしまった。
「君との対戦でも、最後まで勝ち筋を残していたね。あの攻撃を耐えて、返しで勝ちきった」
「私も、あそこで終わらせるつもりだったんだけどね」
シオンが、少し笑った。
あの勝負は、レッカも見ている。
凍った海。大きな竜。増えたライフが、見る間に削られていく。
それでも、メイは手札を確かめていた。
そして、次の攻撃で勝った。
「好きなカードで勝つためなら、あの子はとことん考えるよ。一枚じゃできないことを、ほかの札と組み合わせてやらせる。誰も使わなかった組み合わせを見つけたら、回るまで試す。出来上がったのがクソデッキでも、本人は大笑いしてる」
「……クソデッキ発明家?」
「それ、本人に言ったら喜ぶと思う」
「だろうな」
そこは、簡単に想像できた。
見たこともない組み合わせを見つけて、笑う。相手の驚いた顔を見て、もっと笑う。
そんなメイなら、もう知っている。
カードで悪いことをするやつはぶっ飛ばすと、昼飯の予定まで決めてここへ来た。
今も、早く勝って飯を食うつもりでいるのだろう。
「でも、あれだけフェイブルーンが好きなあの子には、もっと似合う呼び名があるよ」
シオンは、扉を見ていた。
リツも、そちらへ目を向ける。
「御伽噺の語り部」
シオンは、その言葉をゆっくり口にした。
扉を見つめる目が、わずかに細くなる。何か懐かしいものを見ているようだった。
「……ずいぶん格好よくなったじゃねえか」
「お姫様も、魔法使いも、ただ並べて終わりじゃない。メイがデッキにすると、思いもよらないところで出番が来るんだよ」
「確かに、彼女のデッキは最後まで見てみたくなるね」
リツが言った。
レッカは、閉じた扉を見た。
あの小さな金髪のお嬢様が、中で何を使っているのか。どんな顔で、博士と向かい合っているのか。
まだ、分からない。
早く出てきて、聞かせてほしかった。
今度はどんなデッキを作ったのか。どんな勝ち方をしたのか。
「戻ってきたら、全部聞かせてもらうぜ。どんなデッキでぶっ飛ばしたのかさ」
「うん。そのためにも、待ってよう」
レッカは、頷いた。
ノブには、もう手を伸ばさなかった。
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城の前で、エラが実験体を見上げている。
足元には硝子の靴。肩から広がる舞踏服には、星の光が走っていた。
もう、支度は済んでいる。
俺の手には、最後の一枚がある。
さっきまでつけていた、首飾りや外套の札を思い出す。
それぞれの世界では、脇役だった。
ちょっと力を足す。ちょっと守りを足す。使って、次の札を引く。
そんな小さな札を集めて、こいつをここまで連れてきた。
向かいには、81/81のニューロシーズ。
エラの進む先を、濡れた巨体が塞いでいる。
あとは、いつもの終わり方を変えるだけだ。
その前に、俺は口を開いた。
「あんたさ。公認大会の帰りに、仲間と飯食ったことあるか?」
博士が、眉をひそめた。
「何の話だね……? 君は、今の状況を理解しているのか?」
さっきの「来るわけねぇだろ」も、今の言葉も、そのまま出た。
お嬢様の言い回しへ直されていない。
こういうときは、転生者たちの前でなくても、俺は「俺」のまま喋れる。
理由は、知らん。
「俺はさ、あの緩い時間が一番好きなんだ。三戦全敗した日でも、あのデッキに負けたとか、地雷踏んだとか、今日は引きがどうしようもなかったとか。飯食いながら、笑い合えるんだよ」
悔しかった試合を、もう一度話す。
横から別のやつが口を挟む。そんなカード入ってたのかよ、と誰かが笑う。
次は何を使うか。どこを変えれば、もう少し勝てるか。
食い終わっても、まだ話していた。
「だからさ、困るんだよ。負けたらカードに封印されるとか、魂を奪われるとか。そういうもん持ち込まれるの」
扉の向こうには、シオンたちがいる。
昼飯の予定だって、もう決めてある。
こいつらのやっていることは、その約束まで踏みにじる。
「カードゲームってのは、楽しむためのものだ。生き死にをかけてやるもんじゃねぇ」
俺は、エクシードを掲げた。
「エクシード、ディサイド!」
城の窓の明かりが、白さを増した。
杖を持った魔法使いたちが、エラへ顔を向けた。
「いつか終わる。いつか醒める」
俺の声が、城の高い窓まで届いた。
「どんな夢にも、終わりは来る」
楽しかった時間も、大会も、一日も。
終わってから、もう一度ができないものもある。
「そんなことは、嫌というほど知っている!」
だが今、俺の手にはカードがある。
また向かいに座ってくれるやつがいる。
これから見つけたいデッキも、まだ山ほどある。
「それは立ち止まる理由には、ならない!」
俺は、エラへカードを向けた。
小さな少女が、顔を上げる。
「この物語は、終わらせない!」
窓からあふれた光が、黒い空へ広がっていく。
エラのティアラが、その光を受けた。
「舞踏会は、止まらない!」
城の時計の針が進む。
長い針が十二時を刻んでも、動き続ける。
「そして十二時の鐘は、もう鳴らない!」
実験体の影が、少女の足元まで伸びている。
その影の上に、硝子の靴がある。
俺は、カードを押し込んだ。
「少女の夢は、消えない魔法のその先に! リベレーション——《リミットレス・シンデレラ》!」
城の外壁に沿って、白い階段が伸びた。
窓の横を通り、塔を巡り、時計の上へ続いていく。
エラは、その最初の段へ足を掛けた。
裾を揺らし、次の段へ。その次へ。
硝子の靴が触れるたび、階段の端から星がこぼれる。
博士が、ニューロシーズを見上げた。
実験体は、城の前にいる。
エラの進む道を塞いだまま、長い両腕を広げていた。
頭部から伸びた管に、青い光が走る。
その肩よりも高いところを、少女は駆けていた。
フェイブルーンのリンクが、十八枚になった。
三枚のティアラは、増えた一枚をそれぞれ数える。合わせて、さらに+3/+3。
リミットレスも、自分自身を含めた十八枚を数え、+36/+0を与える。
103/108だったエラの表示が、142/111へ変わった。
「……待て」
博士の声がした。
手札を握った手が上がり、そのまま止まる。
《舞踏会の静寂》は、まだ続いている。
ファクターがのこっていても、《不適合個体の処分》はプレイできない。
一度使ったリベレーションの権利も、戻らない。
エラが、階段の一番上へ着いた。
そこには、もう次の段がない。
少女は、空へ踏み出した。
白い光が、打ち上がる。
ドレスの裾が大きく広がり、月を覆った。
黒い空に、少女の輪郭が浮かぶ。
ほんの一瞬、エラがこちらを見た。
俺は、手を振り下ろした。
「行け、エラ!」
光が、落ちた。
細い流星が、実験体の胸へ突き刺さる。
遅れて、広がっていたドレスの光が押し寄せた。
ニューロシーズの巨体が、白く染まる。
「やめろおおおおおおお!!!!」
博士が、喉を裂くような悲鳴を上げた。
胸から肩へ、腕へ。実験体を走っていた青い光が、白く塗り潰されていく。
太い管が、ひび割れた身体から外れた。
巨体の輪郭が、光の中へ崩れていく。
それでも、エラの光は止まらない。
81/81のブロッカーへ、八十一点。
残った六十一点が、博士を貫いた。
ライフの表示は、40から-21へ。
最初に数えたとおりだった。
足し算にも、引き算にも、間違いはない。
床を走っていた青黒い光が、途切れた。
塔が薄れ、空がほどける。
城の壁が消え、その向こうから博士の机が戻ってきた。
俺は、まだ少し明るい天井を見上げる。
エラの通った光が、その向こうへ消えていった。
「……そしてお前ら悪人には、明日はない」
言えた。
そこまで、ちゃんと俺の口調で言えた。
俺は、肩の力を抜いた。
(俺かっけええええ!)
惜しいな。
シオンたちにも、今のは見せたかった。
《リミットレス・シンデレラ》
フェイブルーン/エクシード
使用条件-あなたの[エラ]を持つユニットに《星織りの舞踏服》がリンクしている。
このカードを、以下の能力を持つ「フェイブルーン」のリンクとして、あなたの[エラ]を持つユニット1体にリンクする。
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"不滅"
リンク先のユニットは"貫通"を持ち、それにリンクしている「フェイブルーン」リンク1枚につき、+2/+0の修整を受ける。
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継母の言いつけも、義姉の罵声も、十二時の鐘さえも。もう、彼女を縛れない。




