第3話 相談という名の距離感バグ
そして1時間目の休み時間――
ノドカの恋愛相談は、思ったより早く始まった。
「ここ空いてるし、ここ座るね!」
そう言うなり、ノドカは当然のように俺の隣の席へ座った。
まるで最初からそこが自分の席だったみたいに。
……いや、いつも思うけど。
こいつ、距離感バグってないか?
「よし、本題ね」
ノドカは楽しそうに笑いながら、俺の方に体を向ける。
ただ、その笑顔の奥に――一瞬だけ、いつもと違う間があった気がした。
そして、何の前触れもなく言った。
「好きな人に、どうやって近づけばいいと思う?」
――は?
思わず固まる。
いや待て。
お前、遠山ノドカだろ。
クラスでも普通に誰とでも話せる、いわゆる“完成されたコミュ力の化け物”だ。
なのに今の質問は、妙に“個人的すぎる”。
「それ、むしろお前の方が得意分野じゃないのか?」
そう言うと、ノドカは一瞬だけ言葉を止めた。
そして、少しだけ視線を外す。
「……でもね、好きな人ってさ」
その“間”が、なぜか気になった。
「普通の人とは、ちゃんと違うんだよ」
その言葉に、ほんの少しだけ引っかかるものが残る。
確かに理屈は分かる。
“友達として話す”のと、“好きな人として話す”のは違う。
でも、それをこいつが言うのは、なぜか少しだけ違和感があった。
「まあ……言いたいことは分かる」
「でしょ?」
ノドカは小さく笑って頷いた。
ただ、その笑顔がさっきより少しだけ薄い気がした。
それから俺は、必死に頭を回し始める。
こういうのは完全に苦手分野だ。
恋愛経験なんてほぼゼロだし。
いや、正確には――
幼稚園の頃に誰かを好きだった気がするけど、それはもうカウント外だ。
「例えばさ、グループワークとかあるだろ?」
とりあえず思いついたことを口にする。
「同じ班になった時に、自然に話すとか」
「どうやって話すの?」
ノドカは即座に食いついてくる。
その視線が、やけに真っ直ぐで逃げづらい。
……いや、それ俺に聞くなよ。
むしろお前の方が得意だろ、それ。
「まあ、課題とかを口実にするんだよ。分からないところ聞いたりとか」
「ふーん。でもその人、あんまり同じ班にならないんだよね」
「ならないのかよ」
じゃあ意味ないじゃん。
俺は少し考えて、別の案を出す。
「じゃあさ、物を落とすとか……」
「物?」
「シャーペンとか。拾ってもらって、それで話すきっかけにするとか」
ノドカはじっと俺を見る。
さっきより、その視線が少し長い。
「それってさ、ちょっと不自然じゃない?」
「……まあ、確かに」
「そのあとお礼にご飯とか誘うとかさ」
「え、それは重くない?」
「……重いな」
即答だった。
やっぱり俺はこういうの向いてない。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
半ば投げやりに言うと、ノドカは少しだけ目を伏せた。
そして、小さく笑う。
「アキラってさ、本当にそういうの分からないんだね」
「悪かったな」
軽く返す。
その瞬間、なぜか胸の奥が少しだけムカついた。
別に気にする必要なんてないはずなのに。
「でも――」
ノドカは一瞬だけ言葉を止めて、少しだけ柔らかい声になった。
「……ちゃんと真剣に考えてくれるのは、嬉しいよ」
その一言で、そのムカつきが少しだけ消える。
代わりに、よく分からない感情が残った。
そして最後に俺は、適当に結論を投げる。
「まああれだ。結局は真剣に向き合うしかないんじゃないか?お前みたいに可愛くて何でもできるやつなら、普通にしてるだけで十分だろ」
その瞬間――
ノドカの表情が、一瞬だけ固まった。
笑っているのに、ほんのわずかだけ空気が変わる。
「……そう、かな」
その声は、さっきより少しだけ小さかった。
ちょうどその時、授業開始のチャイムが鳴る。
ノドカはすぐにいつもの顔に戻って立ち上がった。
「じゃあ、ありがとう。アキラ」
軽く手を振って、自分の席へ戻っていく。
その背中は、いつも通りのはずなのに。
なぜか、ほんの少しだけ遠く見えた。
――そして俺は気づく。
ただの相談のはずなのに。
さっきの“間”が、ずっと頭から離れない。
そしてそれ以上に。
「……これ、本当にただの相談で済むやつなのか?」




