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恋心なんていらない。  作者: 花煉
後日談
124/124

彼と彼女の想い

一年ぶりの番外編です……(震え声)


 王宮の庭園、咲き誇る薔薇に囲まれた空間。

 木目調の椅子に腰かけながら、アリスは大好きな人の真摯な瞳を受け止め、彼を見つめていた。




 あの後、アリスは彼に己の過去の所業を伝えた。

 すなわち、自らの恋心を捨てたという事実を彼に打ち明けたのだ。

 案の定、アーネストを戸惑わせてしまい、私たちの間に気まずい空気が流れて、それから一日経ち。

 彼の執務仕事で少し時間が開いてしまったが、彼は時間の許す限り急いで、アリスとの面会を求めて来てくれて。

 それから庭園までアリスを連れ出して、こうして自らの言葉を大切に紡いでくれようとした。


「アリスには辛い思いをさせてしまった。それを悔やまない訳ではないけど、君が昔よりも思ったことを口に出来るようになったことは、良い変化だと思っているんだ」

 髪をひと房取って、愛おしげに口付けてくるアーネストにアリスは頬を赤らめる。

「もちろん、後悔はたくさんある。過去、僕に勇気があれば良かった。それに尽きるってことも知っている」

「いえ、私が自分の感情を……辛いからって向き合おうとしなかったことは本当ですわ」

 恋心をなくして、苦しみから解放されることを望み、それは確かに逃げではあった。

 頬を優しく包む手に甘えたくなってしまうのを堪えながらアリスは、もう一度「ごめんなさい」と告げる。

 アーネストは椅子に座るアリスの前に回り込み、跪くと目線を合わせて優しく微笑んだ。

「君が思い悩んで決めた選択肢に文句を言う権利なんて僕にはないんだよ。必要以上に自分を責めなくても良い。僕は自分の不甲斐なさも君の選択も受け止める」

「……」

 ──もっと文句を言って欲しかったというのは、我儘なのでしょうね。

 責められるのは怖いと同時に、いっそのこと怒られたかった。

 俯きがちになるアリスの顎に指がかかった。


「これは、不甲斐ない婚約者の戯れ言だと思って聞いて?」

「……?」

 親指が唇を妖しくなぞり、それをアリスは体を硬直させながら受け止める。

 ──こんな時だと言うのに、触れられると……私は。

 熱がぶり返して、触れて欲しくなってしまう自分に戸惑う。

 話をしているというのに、ただ触れ合いたくなった。

 それを知ってか知らずか、フワリと正面から抱き締められた。

 座っているアリスの肩を優しく抱き寄せて、覆い被さるみたいにして。


「すごく、怖いって思ったんだ。本当に君を失うところだったんだなって」

「……」

 彼はそれだけしか言えないとばかりにアリスを抱き締める腕に力を込める。

 震える彼の背中にアリスはそっと手を回した。

「ごめんなさい……。私、自分のことしか考えていませんでしたわ」

「……謝らないで。アリスを問い詰めるとか、その前に、アリスがこうして僕の腕の中に居てくれることに、ありがとうって言いたいんだ。今はもうそれだけで良い」

 それから、頬にそっと唇が寄せられて。

 アリスは皮膚に触れるだけの優しい口付けに、目を潤ませた。


「何でも言うから。僕はもうアリスに言葉を伝えることを怠るつもりはない。決めつけて自己完結するなんてことは、しないよ。アリスを子ども扱いなんてしない」

「……ありがとうございます。貴方のお言葉を嬉しく思います」

「子ども扱いしているように見えたら、それは君より年上だからと良いところを見せたいっていう僕の自尊心みたいなものなんだ」

「年上……」

「そう、好きな子には、カッコつけたいっていう男心」


 それからアリスの唇に、柔らかく濡れたような暖かなものが重なった。


 ──やっと、唇同士で触れてくださった……。


 ようやくくれた恋人同士のキスに、アリスは恍惚としながら目をそっと閉じた。




 ちなみにアリスは知らなかったが、アーネストがこのような発言をするに至って、裏話があった。


 これは少し時を遡ったある兄弟と一人の青年たちの会話である。



「ねえ、兄さん。おーい。にいさーん?」

 医務室に行き、エリオットがこっそり隠して常備していた徹夜用強走薬を回収しながら、アーネストは、どんよりとした雲を背中に背負っていた。

 先程から弟であるルーカスが声をかけてくれているが、耳に入らない。


「僕は……なんてヘタレなんだ……」

「すごく今更すぎて頷くことしか出来ないけど、兄さん何があったの? それ、僕が聞いていい話な訳?」

「ルーカスならどうする?」

「兄さん、主語がない」

 アーネストの婚約者であるアリスから衝撃の告白をされた。



『私の態度が突然、変わったのには訳がありますの。あの時は愛想を尽かした訳ではなく、魔術で恋心をなかったことにしたのですわ』



 アリスは、長年持っていた恋心を捨てたくなって実際、マティアスに依頼して消してもらったらしい。

 それから先の展開は、己の知るところである。

 アリスに、謝らせてしまった。

『私、話し合うこともせずに、突っ走ってしまいましたわ。申し訳ございませんでした。決める前に、他にも出来ることはあったはずなのに……』

 アリスの心からの謝罪を聞いて泣きたくなった。

 洗脳されていたとはいえ、大切な存在であるアリスを悩ませていたことに衝撃を受けた……。


「僕が意気地無しでなければ。せめて想いが通じ合っていれば、もっと違う展開があったかもしれないのに……! アリスを悩ませることもなかったのに」

 このまま失っていたかもしれなかった。

 その可能性が頭を過ぎって、自分が本当にギリギリのところだったと知った。


「しかも、動揺してしまって、その事実を告白したアリスに慰めの言葉もかけられなかった!!」

「うわあ……。いつもの兄さんだなあ。ただのヘタレじゃん。どうせしどろもどろになって『そ、そう……なんだ。そういうことあるよね……うん。あ、僕は気にしてないよ』とか言った後、気まずい雰囲気を醸し出したりしたんじゃないの?」

「何故分かった」

 しかも物凄く似ていたというか、再現度がすごい。

「アーネスト兄さん、ここぞと言う時にかっこいいこと言えないからね。ここで上手いこと返せれば株が上がったのに、本当に兄さんは兄さんだよね。それで落ち込んでいるのはそれだけじゃないよね?」

 全く、この弟は出来た弟だ。アーネストがうじうじ悩んでいるのもお見通しなのだから。

「あれからアリスが時折悲しそうにしているんだけど、そんなアリスにどういう顔して声かければ良いと思う?! ルーカスならどんな顔する!?」

「うわあ……安定の兄さんだ……。告白してたから、やるじゃんと思ってたのに」

 ──そうやって呆れたような目をされると地味に傷付くんだけど?!

「いや、昨日も今日も声はかけたんだよ? 『昨日のこと僕は気にしてないよ』って。それでも僕が無理をしているのではと気遣ってくれて優雅に去っていった……。おそらく僕の顔が動揺していたんだ」

 アリスの方は一瞬申し訳なさそうにした後は、いつもと変わらないように見えた。

 もしかしてテンパっているのは自分だけなのだろうか?

「ああ……声はかけられたんだ。頑張ったね……」

 ルーカスが生暖かい目でアーネストを眺める。

 弟なのに、たまに兄であるアーネストよりもしっかりしているように見える。

 去っていくアリスの顔が切なげで、『気にしていない』という台詞は薄情だったのでは? などと考え出したら迷走した。

 想いを伝える覚悟は出来たのに、こういう時色々考えすぎて強気に出られないのは、自分の悪癖だと思っている。


「それからは仕事が山積みになって声をかけられていないんだけど、これからはどんな顔して声をかければ良い!? 反省した顔をすれば良い? 笑顔で声をかければ良いの? これから、なるべく早めに声をかけようと思うんだけども! そこで『好き』だと何度でも伝えようと思っているんだけども!」

「うん。以前だったら声かけられなかっただろうから、一年の間に成長していると言えばしてるけど……うん。何故だろう。根本は本当に変わっていないというか。兄さんだなあ……って」

 何故ルーカスは遠い目をしているのだろうか。

 ──でも、僕は学んだ。

「後悔してからでは遅いんだ。仲直りも出来るんだから、想いは何度でも伝えたって良いんだ!」

「決意して腹も決まっているのに、何を悩んでるんだか」

 そこは年上としての威厳があるだろうに。

「ほら、ルーカス。カッコイイ声のかけ方とか……」


 ごにょごにょと相談しようと声を潜めたその瞬間。



「普通に声をかければ良いんですってば」



 仕事から無理矢理引き剥がしたはずのエリオットが仁王立ちしていた。

 相変わらず目の下にはクマが存在している。


「普通にしていれば良いのですよ、殿下。それを完全なるヘタレと言うんです」

「うっ……」


 完全な正論だった。正論だからこそ、刺さるものがある。


 その後、ルーカスに散々アドバイスを求め、エリオットに「ヘタレ」と連呼された結果、あの一幕が完成したのだが、その辺りはアリスは知らなくても良い話だということは言うまでもない。


新作を連載し始めました。

よろしければ、こちらもどうぞー!

『過去をなくした聖女と、聖なる騎士の執着愛。』


一言で表せば、訳あり聖女とヤンデレ騎士のファンタジーです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの更新嬉しいです! アーネスト殿下の安定したポンコツぶりを読めてちょっと嬉しかったりします!アリスとアーネスト殿下まわりの人間関係や人となりがとても楽しいので、また機会があればその視…
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