87
「竜のペンダント?」
予想外の名前が出てきたと言わんばかりにアーネストは復唱した。
その様子からアーネストがペンダントについて詳しく知っていることを察せられた。
「何故、あれのことを知っている!?」
もはや敬いすらその辺に捨てているような気がする。
「何故と言われてもね。禁書には記述があったよ。どんな魔の力すらも跳ね除けると。そのペンダントが精霊王の加護によって作用していたというのは初めて知ったけどね」
聖女の選定を止める──すなわち、人間への接触を控えるという結論に至った精霊たちは、その約定の証である竜のペンダントにかけていた加護の効果も消し去った。
きっと、ペンダントは何の奇跡も起こさないだろう。
「アリス様は何故、そのような嘘をつこうとするのですか!」
「嘘かどうかは、ペンダントの確認をすればすぐに分かりますわ」
大司祭は、ぐっと押し黙った。図星だったからだろう。
「王宮からルチアを逃がすために、そのペンダントを使ったんだろう? 神殿の最奥にあるという秘宝。精霊の加護が宿っているらしいその品。ああ! そういえば!」
アーネストはわざとらしく、手を叩くとふっと笑う。
──わ、悪い顔をされているわね……。
「効力がまだ残っているかどうかは、王宮の特別査問室で確認すれば早いね。残ってると良いけどね?まあ、アリスの言っていることは嘘じゃないと思うから、ご愁傷様」
煽る。ものすごく煽っている。なんというか、思い切り嘲笑う口調なのだ。
先程から何故、そんな真似を……と思っていれば、大司祭はあろうことか懐から刃物を取り出した。
「きゃあ!」
思わずアリスは叫んだ。白刃が煌めき、反射する様を見たせいだ。
アーネストはつまらなさそうに一瞥すると、待ちに待ったと言わんばかりに一言呟いた。
「確保」
ガチャリ、とドアが開けられ、たくさんの騎士たちが部屋の中へとなだれ込んでくる。
捕まえようとする騎士たちに大司祭は怒鳴り散らした。
「待て。私は大司祭だ! 無礼者が!」
「精霊たちが聖女を選出しないと決めた後に、アリスが新しい聖女だとか何とか言っている時点で嘘をついていたことは明白だ。その時点で貴方の信用は地に堕ちたんだ」
「そちらが嘘をついている可能性だって!」
「同じことを繰り返させないでくれないか?ご自慢の竜のペンダントとやらを確認すれば、嘘かどうか分かると言っただろう。大司祭殿はもう忘れたの? ……いや、元大司祭様かな」
アーネストは必要以上に煽り、周りの騎士たちが激昂して手を振り上げようとする元大司祭を取り押さえる。
捕物らしきことが行われている最中にも、カツン、と誰かが足音を立てながら入室する。
「元大司祭殿。王族にナイフを持ち出した時点で貴方の言葉は信用に値しませんよ。そんな大司祭の言葉なんて、ありがたくないですからね」
「マティアス?」
「貴様は!」
元大司祭の戸惑いなんて興味がなかったのか、アリスとアーネストの方へ一直線に歩いていく。
「さすが殿下です。さて、アリス嬢が言っていたペンダント。効力をなくしてしまったため、随分と脆くなっているんですよね」
マティアスの手にあったのは、双竜が背中合わせになっているようなデザインをした珍しいペンダントで。
「それは!」
色めき立つ元大司祭の声なんか気にもせず、そのペンダントを床へ放り投げた。
カシャーン、とひび割れたような音がした。
──な、投げ捨てた!?
そんなにも高価なものをぞんざいに扱って良いのかと戦々恐々とする。
「あああああ! それは! それは大事なものなのだぞ!?」
発狂する元大司祭の顔を面白そうに眺めながら、なんとマティアスは靴裏で踏み付けた。
「加護がなくなった時点で精霊たちにとっては、こんなものガラクタですよ」
ぐり、と踏み付けられ、粉々になったペンダント。
「ほら。粉々になったでしょう。壊れた時点で加護なんてもうありませんよ。精霊の加護があるならば壊れることは決してないのだから。手っ取り早いでしょう?」
──えぐすぎるわ……。
この日、元大司祭の悲鳴が王宮中に響き渡った。
アーネストとマティアスの容赦のなさが切っ掛けとなり、元大司祭は罪に問われ王宮の地下へと収容された。
元大司祭に従っていた神官たちは問答無用で神殿を追われた。
元大司祭とその配下に居た者たちは、権威を欲するあまり何かとやらかしていたらしいが、元大司祭本人の権力が失墜したため、全てが明るみに出てしまった。
今回の件を切っ掛けに国王が推し進めていた政教分離は、本格的に一歩踏み出したのだ。
新しい大司祭は後にこう語っている。
「神殿に権力はいらない。信仰は人々の心の奥底で指針として存在していれば、それで良いのです」と。
元大司祭とその一派を取り除いた神殿は、非常に風通しが良くなったらしい。
とまあ、少しの期間で目まぐるしい。
執務室でたくさんの書類を裁き、時にエリオットと乱闘を繰り広げ、疲労困憊状態になっているアーネストを見ていると、その凄まじさも分かるだろう。
「殿下。そういえばここだけの話なんですけど」
「ん?」
休憩中、机に突っ伏して寝ぼけ眼になっている相手に言うことではないとは思っていたが、とりあえず伝えておこう。
「聖女は二度と選ばれないということですが、精霊はこの国からいなくなった訳でもなければ、見捨てた訳でもないんですよ」
「え?」
新しい情報を彼に提供し続けたら、頭の中がパンクしてしまいそう。
彼は惚けた顔でアリスを見つめていたからだ。
「精霊王は、聖女のように特別な力を与えた人間が居なくても問題ないと判断したようですわ。だから聖女は選ばないけれど。でも……預言は与えてくれるそうです」
これもまた、白の猫が伝えてきた膨大な情報の1つ。
「なるほど。つまり、僕たち人間はある意味では期待されていると……。でも預言は誰に与えられるの?」
「それは、特に仰ってなかったです」
誰に預言が与えられるのか、それは誰にも分からないが、少なくとも精霊たちは人間を見限っていない。
「案外、アリスに与えられたりしてね」
「そう言う殿下に与えられる可能性もありますよ?」
いつ、どのタイミングで預言の時が来るのか分からないけれど、王族のやることは変わらない。
その預言を聞いて、どう対処するのか。国を背負っていく者たちは、ただ最善を尽くしていくのみなのだと、アリスは思っている。




