何かが壊れた
馬で運ばれている。正確には馬の引く荷台に乗せられ運ばれている。
ガタゴトガタゴトと、初めて外に出た。
天気は快晴。だが、ピクニックに行くんじゃない。俺はこれから馬車を襲いにいくのだ。
警告通りに間に合わなかった為にナイフで刺された腹をヒールで治している。俺は黒ひげ危機一髪じゃねーんだぞ。何度もブスブスやりやがって。
命令違反の激痛よりはマシだが、痛いものは痛い。
そろそろ《痛覚耐性》とか付いてくれないだろうか?
ウィンドウを見てもそんなものはなかった。
その代わり《忍耐力》のスキルがついていてレベル4だった。
何の忍耐力だろうか?精神の方か?肉体か?
どちらにしてもさっさと痛覚消してくれ。そうしてくれれば俺は全力で皆殺しをするのに。
そんなことを考えつつ周りの地形を頭に叩き込んだ。
この組織、スウェイは町ひとつがアジトのようだった。
家があり、商店があり、立派な外壁がある。
町の中央には俺が閉じ込められていた大きな屋敷。
あまりにも堂々とし過ぎてて、本当に犯罪組織のアジトなのかと疑うが、町並みを無視して往来している人達の姿をみて考えを改める。
一般的な町には、人間が人間を綱で繋いで散歩させている光景なんて無いだろう。無いと思いたい。
「おらっ!!歩け!!屑!!」
目の前でか弱い女性が男に殴られて引き摺られている。
服は殆ど着てない。
そしてもう少し行けば服を売るみたいに奴隷や獣を売っていた。隣には宝石店、そして更に隣には武器屋。
その光景をぼんやり見ていると、ダリルが楽しそうに話始める。
「そんなに奴隷が珍しいか。あの檻の女いるだろ?あれは皆娼婦だ。あっちは珍しい娼夫、獣人、亜人。貴族の拐ってきた娘もいる。俺達の仕事はこの奴隷の補充と、財産の没収だ。今回は商団だが、たまに依頼を受けて襲う。この仕事は良いぞ、癖になるからな」
はははは、とダリルは笑った。
周りの男達もだ。
「お前ももう少し従順だったら良い思いさせてたんだがな、モトを見習え。あいつは良いファムルスだ。仕事を選ばすきちんとこなす。お前も今回の仕事をちゃんと出来たらご褒美やるからな」
「ダリルさん。狂犬がゆうこと聞いたら狂犬じゃなくなるんじゃないか?」
「確かに、それはそれでつまらんかもな」
「ご主人さまー!わんわんってか?」
「きっも!流石に吐くわ」
勝手なこと言いやがって。
十字架を手に考える。
脳内に何度も何度もエラー音が鳴っていた。
源本の言う通り、二回目の願いを聞かなければグラーテス出来ないらしい。
とにかく、絶対服従以外で二回目の『願い』を引き出さないと。
目の前に車輪が大破した馬車がある。
それが三つ。
全部俺がこの十字架で潰した物だ。
体の神経が未だにビリビリと痺れている。限界まで抵抗したが、やはり無理だった。
しかし、今回は割りと長く耐えられた。
やっぱりあの《忍耐力》が関係しているに違いない。
源本はバカなことは諦めろと言っていたが、やっぱり諦めずにいれば道は開けるに違いない。
「ぅぅ、もう、やめて…」
後ろでは商団の人達が縄で拘束されて連行されていた。
申し訳ないと思う。俺が車輪を破壊したせいで、この人たちはこれから奴隷となるのだ。
足元に流れる血溜まり。
これは車輪を壊したときに衝撃で死亡した人のだ。
俺が耐えきれなかったばかりに、申し訳ない。
これしか出来ないと、手を合わせた。
それをダリルが見ていたとは思ってなかった。
「ほれ」
と、ダリルが俺の目の前に子供を放り投げた。
子供の頬は腫れ上がり、鼻血を流していた。
咄嗟にヒールを掛けようとしゃがみかけた時。
「こいつを殺せ」
と命令された。
一瞬何を言っているのか分からなかった。殺す?誰を?
「このガキ、懐にナイフ隠し持ってやがった。見てみろ、俺の服。破れちまった」
服の先がほんの少し切れている。
しかしこの子供はもうナイフを持っていない。ダリルはこの子供に報復もしている。というか、これは俺達に襲われた事に対する正当防衛だ。なのになんだ?殺せ?
子供は俺を見て震えていた。
腰を抜かしてうごけないようだった。
「聞こえなかったのか?そのガキを殺せ」
ビリビリと神経に痛みが走ってくる。
だが、俺は「嫌だ」と言った。
途端に叫び声を上げたくなるほどの痛みがやってくる。
どんなに屈辱的な事でも、もう耐えられる。だが、この子供を殺すのだけは嫌だ。
「もう一度言う。殺せ!!!」
「!!!?」
雷でも落とされた程の衝撃でふらつく。だが、まだ立てていた。繰り返し食らっていた為に耐性がついてきていた。いいぞ、このままダリルが諦めるのを待てば。
「……そうか、お前がその気なら、こちらももう一段階威力を上げよう」
威力?
「ダリルさん。それ以上威力を上げたら、この狂犬、後遺症残りますぜ?」
「構わん。どうせファムルスだ。何とかなる」
ダリルが、契約印の浮き出ている手の指輪を弄った。
カチカチとした音。
まさか、これ以上の痛みがあるのか!?
「狂犬。殺せ」
指輪から膨大な魔力が流れ込み、地獄を味わった。
指の先まで鋭い針で刺されたような痛みが神経に伝わってくる。こいつふざけてんのか?普通の人間なら即気絶だぞ。
それでも耐えようとした。
耐えようとしたのだが…。
「やり方も知らんのか?これ掴め」
すぐ近くの男が俺にナイフを握らせて固定した。
そしてそのまま振り上げさせられる。やめろ、よせ!
ダリルがニヤリと笑った。
「オガ・マコト。そのまま子供にナイフを振り下ろせ」
名前指定で明確な指示。
あ。と、男が俺の腕を離すと、抵抗する間もなくナイフを持った手は重力の影響もあってあっさりと振り下ろされた。
子供の胸に突き刺さる。
肉の切り裂かれる感触。吹き出す血液。耳をつんざく女の悲鳴。
「そのまま、何度も突き刺せ。完全に死ぬまでだ」
ドスドスと、腕が勝手に動いた。
止まらない。自分の腕なのに、言うことを聞かない。
「助け…」
子供の口から血が溢れだして溢れ落ちる。
それなのに俺の体は子供にのし掛かり、無我夢中でナイフを突き刺していた。
痛みはもう分からない。
あるのかも無いのかも。
高い声の「人殺し」との言葉で、一瞬我に返り、子供を見た。
「…ジョン…」
血まみれになっているジョンだった。
誰だ?ジョンをこんな風にしたのは。殺したのは誰だ?
誰だって?そんなの自分が一番知ってるじゃないか。ジョンを本当に殺したのは──
「……………俺、だ」
真っ赤になった右手には、同じく赤く染まったナイフが握られていた。
ジョンを殺したのは俺だ。
全く動かなくなった小さい体。
痛みは消えていた。
「よくやった。狂犬。これでお前も仲間入りだ」
ダリルの満足そうな声。
泣き崩れる人々の声が遠ざかっていく。
そこから先は覚えていない。
ただ、この時を切っ掛けに、俺の中の何かが壊れたのだけは、はっきりと分かった。