男鹿の奇行
うーん、脱字脱字誤字脱字
あの日から、狂犬は狂犬ではなくなった。かといって忠犬でもない。なんだろう、どっかイカれたのは感じるんだけど、ただただ不気味な静けさだ。
「おーがー、ちゃん?元気?」
「天に召されろ」
という感じで覇気がなく淡々と暴言を返す。
ちょっとつまんない。
最近なんか、命令された通りに人間を十字架を剣状にして淡々と始末をし、いつ会得したのか土魔法で速攻墓作って埋葬するという一連の動作をこなす。
ベルトコンベアもビックリのスムーズさ。やばい。
そして空いた時間があれば聖書読み耽ってる。
まぁ、十字架武器にしている時点でなんとなくこうなる気はしていたんだ。だけど、だけどさ。
「…………」
「…………」
「………え?なにそれ」
期待の新人、男鹿誠の服装が神父へと進化していた。
「なにが?」
「いやいやいやいや、何がじゃねーよ。こんな糞みたいな組織の中で神父の格好してたら変だろう!?てか何処で手に入れたそれ!?」
「…主人がくれた」
「……マジかよイカれてんな」
イカれているのは前からだけど、こんな変な方向に拍車がかかるとは思わなかった。なんで止めないんだ。
俺のバディも頭が悪いなりにコイツの異常さには引くものがあるらしく近付かないようにしている。
俺?一応ファムルス仲間だから要観察中。
怖いけどな。
思考回路どうなってんだ。
「あーと、そういえば昨晩はお楽しみだったようだな。羨ましーぜー!どんなプレイしてたんだ?」
急遽話題反らしで昨日ダリルの部屋に女と共に呼ばれていたのを思い出した。監視ありとはいえ、最近のこいつは従順そうに見える。きっと褒美として女を与えられたに違いない。
いくら格好が変でもこいつは男だ。女とエロ関係の話なら食い付く筈。
なのに、男鹿はふと遠い目をした。
「主人の性癖には付き合いきれん」
「どんなプレイだよ」
逆に気になるわ。
「じゃあなー」
手を振って別れる。
あーあ、もう少し楽しめると思ったんだけどなぁ。
だいぶ男鹿の格好に慣れた。
一週間見続ければ人間慣れるらしい。
といっても男鹿の奇行には慣れないが。
なんで聖書を二つも持ち歩いているんだよ。ひとつで充分だろ。
そう言ったら、男鹿は珍しく驚いた顔をしていた。
「これが聖書に見えるのか」
だと。
とうとう目までイカれたか。
そのうちこいつは聖書の福音までしだすんじゃないかと思い始めた。
狂犬から神父への進化、か。
人間を精神的に追い詰めるの、ほどほどにしよう。
こいつの姿見てそう思った。わりとガチで。
ファムルス組の風呂は一番最後である。
と言っても普段あいつとの行動パターンは違うので今まで同じになったことはない。大浴場で一人風呂満喫だ。
「………」
「………」
だから初めてこいつと一緒だと気まずい。
絡み方が分からなくなっている。
あの頃の分かりやすく殺気飛ばしてくるコイツのが弄りやすくて好きだったなぁー。今は悟り開きかけてるもん。
はぁ、と、ため息吐きながら男鹿を見る。
うーん、良い感じに背中傷だらけだ。てかよくこいつもダリルと組まされて未だに死んでないなと思う。
ファムルスとはいえ耐久値を越えれば当然死ぬ。
こいつがいくら高くても30前後くらいの筈だ。
あんだけ毎日神経を直に攻撃されていれば、オレだったら一週間持たずにショック死する自信がある。
(そーいえば、こいつ初対面でも、俺の攻撃バカスカ受けても立ち上がって来てたよな。タンカータイプか?とすると俺のステータスとは違って耐久値が40近くあるのかもな)
だったらあのダリルが毎日機嫌が良いのも頷ける。
いくらなぶっても壊れない従順なペット。
ボスにとても良い顔で「良いものを与えてくださってありがとうございます」と言っていたという噂もある。
そして多分こいつも人間を殺す度に何らかのステータスが上がっているだろう。なんでか十字架持ってないと力は激弱だが、持てばあっという間に殲滅するほどに。
あー、戦いてぇ。
きっと前よりも楽しくなるだろうに。
うなじを触ってため息を吐いた。
これさえなければなぁ…。
「…お?」
視線を感じて上を向けば男鹿がこちらを見下ろしていた。
「…なんだそれ」
「なにが?」
「うなじのそれだ」
「あー…、これね。奴隷紋」
手を退かす。
きっと男鹿にはこの忌々しい奴隷紋が見えている筈だ。
契約印も厄介だが、これは更に厄介。
なんせこれはこの組織が作ったファムルス専用のものだ。ファムルスを生け捕りにして研究して開発した最強の奴隷紋。
と言ってもファムルスにしか効かないらしいが。
相棒契約したと同時に施される呪いは、契約者が死んでも元を絶たない限り効果は続く。
これが俺がこの組織から逃げ出せない理由だ。
きっと前回の聖戦でここに召喚されてたファムルスも同様の理由で死ぬまで戦わされてたんだろう。推測だけど。
「なんでそんなものが?」
珍しく男鹿が食い付いた。
「命令違反すれば神経に激痛走らせるやつ。あれ?もしかして知らない?」
「知らん」
首を振る男鹿。
そうか、俺のバディは馬鹿だからべらべら余計な情報を寄越してくれるが、こいつのバディはダリルだ。こんな事を喋る筈もない。
良い機会だ。久し振りに先輩風でも吹かせてみるか。
声の音量を下げる。
いくら俺達が組織に逆らえないと言っても、警戒はして見張りは付けるだろう。特にダリルはこいつを気に入っている。絶対に逃がさないようにしているに違いない。
現に俺のスキル《気配探知》に一人こちらを窺っているのが居た。
「手ぇ、貸せ」
「なんでだ」
「いいから」
男鹿の手を掴む。
これはこの組織には内緒のスキルだ。
《魔力の接続》。それによって男鹿の魔力とシンクロをし、同時に《声音操作》で対象をこいつに設定した。
これによって魔力を同調している限りお互いの声はお互いにしか聞こえない。まだレベルが低くて接触してないと使えないのが不満だが、今はこれで充分だ。
「お前は知らないだろうから特別に教えてやる。これはファムルス専用の奴隷紋だ。相棒契約の時に首に痛みが走っただろ?あれは普通の契約では痛みは走らない。あの痛みはこの紋を刻み付けたときの痛みだ。水晶二個もってたろ?どっちかがこの紋を刻む為の道具」
男鹿が黙って聞いている。珍しい。
「あいつらは用心深い。いくらファムルスに『願い』で絶対服従を命じても、精神力が高ければ言うことを訊かない場合がある。それを阻止するために同時に施すんだ。神経に直接作用する攻撃だ。二度同じ『願い』を重ねて命じられたときと同じやつ」
その言葉にはっとしている。
身に覚えでもあるか。俺は又聞きだから味わったことはないが。
「バディがどっかに元の欠片を装飾品として身に付けてる。普通こんなこと知らないから、ファムルスは絶対服従の命令の一貫として従ってしまうんだ。死ぬほど痛いしな。当然お前のうなじにもある。見えないから気付いてないだろうがな、相当やられたんだろ?みみず腫が背骨に走り始めてる」
無意識にうなじを触る男鹿。
なるほど、と、納得いった様子で呟いた。
「どうにかしてこの紋を取りたいんだが、なかなかあの道具が見付からなくてなぁー。あー、こいつさえなければさっさとグラーテスかまして逃げてやるのに…」
ちらりと男鹿を盗み見ると、見たこともないほど凶悪な笑みを浮かべていた。口許だけだが、分かる。こいつはきっと何かを企んでいる。
そうか、もしかしてこいつの最近の奇行は頭が可笑しくなったからでは無かったのか。
知らずに俺も笑みが浮かぶ。
「なんかやらかすときは俺も誘ってくれよ」
手が離れ、魔力の接続が切れる。
「ああ…」
男鹿が湯から上がり、こちらを見る。
「そうするさ」




