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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
エピローグ
58/58

X-1 これから

星宮アリス――小説を描く少女

「こんなの推理小説じゃないね」


 原稿の束が机に投げられた。呆れた様子で頬に笑窪を浮かべている。

 おれと美妃のふたりきりの新聞部部室。入部から現在までのできごとが推理小説になりうると思いついたおれの小説がまとまったので、小説を描く先輩としての美妃――アリスに感想を求めたのだ。

 ところがこのザマである。ばっさり切って落とされた。

「つまりさ、アリスの正体を暴くミステリを作ろうとしたら、私がほとんど登場しないうちにアリスが私だと明かされてしまったんでしょ? だから、半年間の私とのやり取りを無理やり総合した、まったく作り話(・・・・・・・)の『七月号(・・・)』を挿入して、私が最終話でアリスとして登場できるようにしたってわけね」

 指摘の通りだった。

「だって、犯人は予め登場していないとアンフェアだろう? ノックスもヴァンダインも、最後の最後で犯人が突然現れるのを否定しているじゃないか」

「……そうやって外堀を埋めるように方法から小説を書くというのは、正直なところ気に入りませんね」

 星宮アリスが眉をひそめた。美妃は自身がアリスの演者であることが明かされてから、しばしばおれの前で面白がってアリスの演技をして見せる。

「そうきつい言い方をしないでくれよ。七月号が架空のストーリーであることはちゃんと示したつもりだ。明らかにほかとは独立した、矛盾のあるものにしている」

 おれの弁明に、アリスの口調はいっとう刺のあるものになっていく。

「そんなことはわかっています。三倉さんの協力なしに岩出さんが推理を完成させるのはこのお話だけですし、そもそも新聞部のみなさんや礼奈さんが登場せず、振り返りの形になっているのも異質です。しかも、岩出さんは六月に眼鏡を壊してコンタクトレンズに替えていたはずなのに、『眼鏡』と罵られています」

「そうそう、そこだよ」

「物語の当初、三倉さんが新聞部の活動を紹介する言葉の中に『七月号』は含まれていません。また、既刊を数える際にも七月号のぶんは入っていません。そのほか些細な書き方も違うように感じます。しかし、何よりも見逃せないのが、七月号の中で自分が休載をお願いしていることです……そんなことをするはずがありません」

 その点、アリスには悪かったと思う。

 ふと気が付くと、アリスの演技を終えて美妃が戻ってきていた。

「あとさぁ、私に許可なく水着のシーンを入れるってどういうこと?」

 架空の物語だったのだから、それくらい許してほしい。絵に描いたわけじゃあるまいに。

「いや、ほんと……配慮を欠いた部分があったことは認める。ごめんな。でも、こうするよりほかに公正さを確保する方法が思いつかなかったんだ」

「そうは思えないけど」

「だって、美妃がクラスメイトとしてあんまり身近だったものだから、物語に組み込みようがなかったんだ」

「……バカ。そんなことで言いくるめられると思うなよ」

 美妃は再び原稿を手に取り、顔を隠すようにしてめくりはじめた。いつもの冗談めかしたのとは少し違った笑窪が浮かんでいる。

 美妃をアリスの演者だと確信したのは八月の半ばごろだっただろうか。それには合宿中のメールのやり取りから得たヒントはもちろん、クラスメイトとして過ごした時間の蓄積も大きかった。ところが、おれが執筆を始めたのは合宿に出かける以前であり、彼女やその協力者たちを「アリス」と呼んで向かい合うまでには至っていなかった。

 それでも推理小説としてアリスの正体を解き明かすまでを描こうと思ったのは、アリスが新聞部にいるということはほとんど間違いないと思っていたからだった。だから、美妃をアリスとして示唆する描写ができようはずもなく、ミステリを描くにあたってのルールというものにも理解が浅かった。加えて、小説の構成そのものが新聞の発行に並行してミステリに出会うという経験に基づいていたから、彼女のシーンを増やすということはそのミステリの軸から外れることになりかねなかった。

 結果として、文化祭が終わるところまで物語が進んだにもかかわらず、美妃がほとんど登場しなかったという事態に陥ってしまった。その問題を解決するために、四月から文化祭までの美妃との会話や彼女に関する気付きをひとつに総合し、架空の『七月号』で起こってもいないミステリとともに提示した。

「まあ、この結末が堅物な諒らしいと言えばそうなんだけどさ、やっぱりまだ足りないよ。もう少し手がかりを増やしたほうがいいし、種明かしはどうするつもり?」

 それなら名案がある、とおれは胸を張った。

「種明かしはいまのやり取りをそのままエピローグにするんだ」

「ああ、なるほどね。じゃあ、どうやって諒が――こうやって言うのもアレだけど―――叙述トリックを仕掛けることを明確にするの? それこそエピローグでいきなり種明かしされたって困っちゃう」

「それにはな、プロローグを書くんだ」

「プロローグも後出しするってことね?」

「そういうこと。そこで、おれが創作したお話だってことを明らかにすればいいんだ。きょう美妃にはプロローグのことも意見をもらえないかと思っててな」

 都合のいいこと、と美妃は目を細めた。絶えず笑顔を浮かべているのは相変わらずだが、大袈裟に笑ったり、空気を変えようとしてまで笑ったりということは減っていた。

 美妃はアリスの正体を暴かれてから、割り切っておれを計画に加担させた。アリスのアカウントにログインするパスワードも教えてもらった。安斉先輩が今年度いっぱいで新聞部を引退してしまうと新聞部とのパイプが心許なくなってしまうから、おれがその役目を引き継ぐことになったのだ。アリスはすでに十月号から始まる新しい短編の執筆を開始しているが、Alice Memoを紛失していたブランクを埋めるため、さっそくおれがアリスの一部として美妃に力を貸している。

 いずれアリスの後継者探しもしなくてはならないときが来る。おれや美妃の大学受験が始まる前に、現在の中学三年生か、その次の二年生に執筆を託さなければ、アリスは途絶えてしまう。それは幼馴染の繋がりからアリスが旅立つことも意味しているから、計画が真にスタートするときなのかもしれない。おれと美妃はその出発を見届ける。

 アリスがこの先長く執筆を続けて、ひとりの少女として受け入れられることを祈って。



「なあ、美妃。どうすればプロローグで七月号のことを示唆できると思う?」

「ううん、諒が書いた小説だってことを示すのが大前提だよね。作法みたいなものだから。あとは……そうだね、時系列をぶっ壊すのはどうだろう?」

「時系列を壊す?」

「そう。プロローグをごく当たり前に、最初に書いた(・・・・・・)としたら矛盾する(・・・・・・・・)ように書くの」

「なるほど、つまり現在の視点からプロローグを書けばいいんだな? よし、パソコンの席を譲ってくれ」

 美妃に代わってキーボードに手を広げる。美妃は背もたれに手をかけ、おれの肩口から画面を覗き込む。先輩顔をしてあれこれ指図する気に違いない。

 小説の中のおれと現実のおれとをできるだけ切り離して、物語を完成させるプロローグの書き出しを想像する。読み流してしまえば何気ない一文なのに、よくよく考えればとても奇妙な序文にするには、そうだな――



『入学から九月の文化祭までにおれの周囲で起きた出来事は、推理小説として振り返ることができる――そう気が付いて執筆を始めたのは、夏休みのことであった』

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