手の中にあるものは
私の手の中には、(屍になる)未来がある!!
「ただいまっと」
俺は疲れてる所為か、やけに重く感じるドアを開ける。幸がすぐに出迎えてくれた。
「おかえり、お兄ちゃん。お客さん来てるよ?」
「お客?」
またおっさんだか佐奈だろうか?
「ど、どうも………」
金髪ツインテールのほのこだった。
何やかんやでバイトの制服とかしか見たことないから、私服のほのこを見るのは初めてだった。
薄いピンクのワンピースに、パーカを羽織っていて、頬を赤らめモジモジ―――………良いねえ。
まあ、そんなことは置いといて。
「どうしたんだ?なんか用か?」
ほのこは最初モジモジしっぱなしで、何がしたいんだかよく分らんかったが、意を決したように口を開いた。
「………昨日のことだけど………」
「ああ昨日ね、どうした?あれからなんかあったのか?」
「ち、ちがっ……そうじゃなくて、私のせいであんたに迷惑かけたから……」
「?何も迷惑なんてねえぞ?」
「で、でもあんた停学が五月いっぱいになったって」
「なったな」
「学校中に問題児ってレッテル貼られたって」
「元から問題児だったしな」
「あんたの人気度がゼロどころか、マイナスになったって―――」
「ちょっと待ってそれ誰から聞いたの?」
「佐奈ちゃんに聞きました」
「あっそ」
「最近キャラが変わりまくりだって」
「それはお前の所為じゃなくて別のやつらの所為」
「と、とにかく、ごめんなさい」
ほのこは頭を下げる。ツンもデレもないこいつはやっぱかわいいんだよな。
「ん?良いよ、気にするな」
俺は答える。
「でも……」
「そう言えば、この前お前の母親のほうは入院してるとか言ってたな」
俺が母親のことに触れた瞬間、ほのこの表情が変わった。
しまったと後悔する。
「すまん、触れていい話じゃなかったな」
「………」
「お兄ちゃんに、ほのこちゃん、お菓子食べる?」
「………ああ、そうだな。持ってきてくれるか?」
幸はうんと言って、席を立つ。
幸がお菓子を持ってきて三人で静かに重苦しい空気の中クッキーを食べていると―――
「……ねえ、聞いてくれる?」
ほのこが静かに口を開いた。
「……お前が金を稼ぐ理由か?」
「………うん」
私は小さなアパートで、お母さんとお父さんとで三人で、貧乏だけど楽しくやってた。
小学生の頃は、私は学校に行って、お父さんは仕事に行って、お母さんは午前中のパートに行ってた。
『ただいまー』
『あら、お帰りなさい』
学校から帰ったら、お母さんのお帰りが返ってきて、
『うわー、良い匂い』
『ふふふ、今日はほのこの大好きなカレーだよ』
家には美味しそうのな匂いがあって、
『『『いっただっきまーす』』』
三人で一緒に温かいご飯を食べた。
土日には、みんなで公園に行って遊んだりして、年に一回映画を見たりして、夏休みも、みんなでお出かけとかしたりして、楽しい日常がそこにはあった。
『ほのこちゃんをあだ名で呼ぶとしたら、絶対にアホコンがいいと思う』
『でもアホコンってなんかあれじゃね?アホ的な?』
『あはは、そういう意味じゃないよ――――』
学校ではみんなにアホコンって呼ばれたり、友達と一緒に色んな物で遊んだりした。
朝起きたらおはようがあって、夜になったらお休みがあった。
行って来ますがあって、ただいまがあった。お帰りなさいもあった。
家にはお母さんとお父さんがいて、学校には友達がいた。
朝は慌しい朝ごはんがあって、お昼は楽しい給食があって、夜は温かい夜ご飯があった。
家にはお金がなかったけど、幸せがあった。
私は中学生になるとき、私立の学校に入った。勉強もそこそこ出来たから、成績優秀者ということでお金を他の人より払わなくて良かった。
そこにいるのは、私の知らない人ばかりだけど、きっと楽しい生活があるって思った。
だけど、そこには何もなかった。
私の名前が面白いのか、つまらない事でからかわれたり、仲間はずれにされたり、無視されたり……叩かれたり……。
そこに友達はなくて、いじめがあった。
そして、私が二年生になって間もない頃、お父さんが事故で死んだ。
家には、お父さんがいなかった。お母さんは、お父さんがいなくなったから、朝昼夜かまわず、仕事しに出て行くようになった。
帰ってきたら、チンして食べてくださいという置き紙と、ラップがかかった冷めたご飯があった。
私はそれをレンジに入れて温まるのを待っていた。
ずっと待っていた。
レンジで温めたご飯は、どこか虚しくて、何故か美味しくなくて、温もりなんか無かった。
お母さんとたまにご飯を食べるときは、何を話せばいいのか分からなくて、いつも沈んだ顔をしてた。
学校にいつまでたっても友達なんか出来なくて、ただ辛い時間があった
そして、たまに帰ってきていたお母さんも、仕事のし過ぎで倒れ、帰ってこなくなった。
学校から帰っても、お帰りなさいは返って来ない。置き紙すらも無い。
家に美味しそうなご飯の匂いなんかなかった。
ただ一人で冷たいご飯を食べていた。
朝起きてもおはようなんてない。夜になってもお休みなんて無い。
行って来ますが無くて、ただいまが無くて、お帰りなさいが無かった。
家にはお母さんもお父さんもいなかった。学校にも友達なんていなかった。
一人寂しい朝ごはんがあって、一人寂しい給食があって、一人寂しい夜ご飯があった。
「――――………私寂しかった。友達が出来ないことに抵抗があったわけじゃない。私の名前は昔からよくからかわれてたし、今も私の名字を知っている人にはよくからかわれるし」
俺は、あまり信じられなかった。今まで見てきたこいつは、いつも笑っていたはずだ。
だけど、今のこいつの顔は、話していくうちに泣き顔へと変わっていく。
「だけど、家に今まであったはずのものが全部なくなっていった。……今まであったはずのものが……全部……。今まで返って来てたお帰りさえも。大好きだっ………たお父さん………もいなくなって」
ほのこの言葉に哀咽が混じる。
ああ、と俺は頭を掻く。
「……その上、お母さんまでいなくなったら……。お母さんあれからずっと意識が戻らないらしいですけど、いつか絶対返ってくる。私は、もう………お母さんに倒れてほしくない。だから私は、お金が必要なんです。お母さんが、少しでも休めるように……」
こいつに泣き顔は似合わない。
「……私は、お母さんに、ずっと……そばにいてほしいから」
ほのこのその哀咽混じりの声は、力強く響いた。
俺はほのこの哀咽がやむのを待って声をかける。
「………そうか。寂しかったか……少しは、楽になったか?」
「……うん」
今まで手の中にあったはずのものが無くなる。温もりがなくなる。
きっとこれは簡単に片付けて良いものではないのだろう。
誰だって、今ある何かに生き甲斐を感じ、今ある何かに生きる意味を持ち、今ある何かに頼っている。人はいつしか自立していくが、それで何にも頼らなくなるなんてことはない。理不尽な上司とのトラブル、思い道理に行かない人生だ。そんな時、誰だって手の中にある温もりを感じて立っていくものだろう。
きっとこいつも、本当に寂しかっただろう。苦しかっただろう。いつも嫌なことばかりあって、それでも、寄り添えるものが何もなかったのだから。
「今日はすまなかったな。辛気臭い話なんかさせちまって」
俺は出て行くほのこを見送りに玄関まで出向いていた。
「ううん、こっちこそ。ごめん、話してて、やっぱりお金をためてるのはお母さんにいてほしいっていう我が儘なのかなって思った」
「そっか、いやあ俺は嬉しいぞ。ほのこが俺に心を開いてくれたらしくてな」
「―――っな」
ほのこの顔が一気に赤くなる。
「い、言っとくけど、あんたに心なんて開いているんだから」
「おおそうかそうか。心開いてくれてんのか」
「――――うっさい馬鹿!!」
ほのこはずかずかと出て行く。
「気をつけて帰れよ?」
「余計なお世話!」
「だったら、余計なお世話ついでに一つ言っとくぞ。
一人で、よくがんばったな―――」
もうすでに外に出て、外の風に髪を靡かせながらほのこは振り返る。
「え?」
ほのこはすっとんきょんな声を上げる
「一人でそれだけがんばったんだったら、お前だって我が儘の一つくらいは良いんじゃないか?」
「変態………」
そう呟くほのこの目からまた、涙が零れる。
「だー泣くな泣くな。お前は笑ってろって」
「っ!泣いてない!」
あいつは顔を隠すように外のほうを向いてしまう。
俺はやっとあいつらしいところが見れたと、ふっと笑って――。
「また寂しくなったら俺の家に来いよ。俺の大好きなカレーだったら食わせてやる。あ、後お前んとこのおばさんの病院、見舞いに行くから教えてくれよ?」
「………ありがとう」
そう振り返ったほのこの顔は、いつものように眩しい笑顔をしていた。
とりあいず今日はあいつがいつもの様に戻ったことでよしとしよう。
次回、まだまだアホコン回だからな