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第二章~道中の色々~

第二章~道中の色々~


 セントバレイを出発したキャラバンは、次の町ヴォルフカインへと進む。

 ここから先は入り組んだ地形となる。街道は海沿いから少しだけ内陸へと離れていき、曲がりくねった谷底をゆっくりと走ることになる。車窓からの眺めは両側とも岩壁だけ。先の町で何冊か本を買っておいて正解だったかな、とラミアは考えつつ、初等部の教科書に目を落としていた。

 本当に初歩的な魔法、例えば指先から水を出す、料理のために火を熾す、ちょっとした怪我を治すための治療魔法などを、基礎の基礎からしっかりと説明されている。その他、道徳的なお話、簡単な計算、そして文字の読み書きの練習など。本当に最低限の知識で固められていた。

 ラミアは識字も古代語を含めてあるし、割と複雑な計算もできる。ただ、魔法に関する知識がかなり偏っているところもあり、一度基礎から学び直したい、と常日頃から思っていたのだ。

 一通り読んでから、ラミアは顔を上げる。

 気がつけば、馬車の中が少しだけ賑わっていた。昔ここには盗賊が跋扈していただの、小さな勇者が盗賊を撃退しただの、という話題だった。

 最近はあまり聞かなくなったが、昔はどこの街道にも野盗・盗賊といった連中はいたし、ひどい例としては、食うに困っていた村全体がグルとなって、旅人を襲って金品を奪い、それで何とか食いつないでいたなど、やむを得ず手を出していた、という例もある。

 どうしてそんな話をしているだろう、とラミアは首をかしげながらガイドブックに目を落とした。すると、この街道にだけ『盗賊に注意』と書かれている事に気づき、納得した。

 キャラバンには、護衛のための冒険者が分乗している。ラミアたちの馬車には丁度いないが、前後の馬車に二人ずつ乗っていることは確認済みだ。厳密にいえば、ラミア達の前列には旅立ったばかりの新人冒険者四人が座っているが、旅行者枠として数には入っていない。冒険者に成り立てらしく、護衛任務を受けられなかったと、彼らは話していた。

 全体としては三十人ぐらいはいるので、よほどの大きな盗賊団でもない限り、襲撃はしないだろうと、この時ラミアは、そう考えていた。


 セントバレイとヴォルフカインとのおおよその中間地点。谷からは脱し、南は海、北は草原が広がる。街道もかなり広く開かれており、この場所で昼食を兼ねた、一番長い休憩を取る場所にもなっていた。

 周辺に集落でもあるのだろうか、海側には露店が建ち並び、馬車から降りて早速食べ物を購入、備え付けのテーブルについて食べている人たちもいた。

 しばらく待っていると、タルファーム方面のキャラバン隊がやってきて、同じくここで休憩のため停止した。

 双方あわせれば五十台近い馬車の数にのぼる。そちらから降りてきた乗客たちも、トイレ車に走ったり露店で食べ物を購入したり。方面違いの商人たちがいきなり商談し始めるなど、一気に賑やかになった。

 ラミアたちも馬車から降り、体をほぐしているときだった。


どうん!! どうん!!


 大きな爆発音が二つ。キャラバンの前後で起こったのだ。

「な、なに!?」

「盗賊の襲撃だー!」

 と、誰かが叫ぶ。それから間を置かずに、草原側でも爆発が起こった。

 五つ程の小さな爆煙だが、その煙が何やらカラフルだった。その煙が晴れると、そこには五人の武装した男達が立っていた。いつの間に、と誰かが叫ぶ。それに答えるように、一人が一歩前に出た。

「我こそは! この地を牛耳る盗賊連合『荒ぶる狼』の首領、ドン・ホワールである! 一同のもの! これより我らの仲間が集金に向かう! 命が欲しくば、全額とはいわんがある程度支払って貰おうではないか!」

 ドン・ホワールと名乗った男が腕を振り上げると、今度は彼の背後で爆発が起こり、またもカラフルな煙が立ち上った。それと同時に、キャラバンの前後を挟むように大勢の盗賊たちが街道を塞いだ。

 ラミアはしばらく呆けていたが、はっと我に返って馬車に戻り、武器を手にして馬車から飛び降りた。

「あ、おい?!」

 誰かが制止しようとしたが、無視して草原へと駆け込む。その後をアルフも武器を携行して追ってきた。

「あ、あの子たち挑戦する気か!?」

 馬車側が一気に騒がしくなった。当然であろう。突然盗賊が、白昼堂々名乗りを上げて襲撃してきたのだから。

 ドン・ホワールの前に、ラミアが仁王立ちする。その後ろに、アルフがようやく追いついた。

「私たち急いでるんだからさ、早くここを通してくれないかしら?」

 急ぎの旅ではないが、方便だ。ラミアは左手を背中に伸ばし、武器を握り駆けだそうとした。しかしアルフに肩を掴まれ、一歩だけ前に進んだだけだった。

「…そうだな。指定した金額を支払うというのであれば、おまえらだけでも通してやらん事も、ない!」


どどん!!


 首領の背後で、またも爆煙。それと同時に、キャラバン側からも悲鳴とも応援ともなんとも付かない声が上がっていた。

「私たちだけ通して貰っても、馬車とかないから意味ないじゃない? こんな馬鹿なことしてないで、とっとと全員通しなさいよ!」

 ラミアの怒鳴り声は、その小柄で華奢な体からは想像もできないほどに大きく、迫力があった。

 一瞬怯んだドン・ホワールだが、含み笑いを漏らし始めた。

「……くくくっ」

 その直後、ドン・ホワールの背後にいた盗賊達が整列し、手に持っていた筒を空に向けた。

「それは、できない相談だァーー!!」

 ドン・ホワールが叫ぶと、筒から大きな爆煙が空高く発射された。

 ここで、ラミアは違和感を感じ始める。何かの作戦だろうか、と。小声で呪文を唱え、周辺に探査魔法を展開した。しかし、罠などの特におかしな反応はなく、逆に混乱してきた。そんな混乱をラミアは押し殺し、不敵に笑ってドン・ホワールを指さした。

「じゃ、実力行使して良いかしら?」

「キャラバン全体が人質となっているが、それでもか?」

 警備の冒険者たちは何をやってんだ、と内心焦るものの、表情には全く出さず、更に挑戦的な笑みで、ドン・ホワールを睨み付けた。

「それでも、と言ったら?」

 馬車側がにわかに騒がしくなる。後ろ目で確認すれば、冒険者たちは盗賊たちに剣を突きつけられていた。が、その表情にも違和感を覚える。

「もし。その人たちに手を出したら、あんたたちなんか跡形もなく吹っ飛ばすわよ!!」

 ラミアにはそれができる魔法がある。周りにほとんど影響を与えず、望んだ対象だけを消し去るあの魔法だ。ただ、邪念が入るとおかしな状態になるため、並ならぬ集中力が必要だ。今現在、違和感に心を乱しているため、魔法自体を発現できるかは分からないが。

 ラミアの迫力のある、怒気のはらんだ怒鳴り声に再び怯んだドン・ホワールだが、ラミアを睨み付け、怒鳴り替えした。

「できるもんならやってみやがれっ!!」

 その声と同時に、控えていた盗賊たちの背後で、またもカラフルな爆煙が上がった。

 ラミアが感じる違和感は最高潮に達したが、それを怒りの感情で塗りつぶす。

「…本当にやるのか?」

 後ろから、アルフが声をかける。

「ええ、腹立ったから」

 そう言いながら、ラミアはローブを脱ぎ捨てる。ラミアの腕には、白銀の篭手。雷を彷彿とさせる意匠が施されていた。後ろに回していた左手は、武器を引き抜き、そのまま篭手と接続する。そして右手もまた、武器を引き抜いて篭手へと固定した。

 元々は、くすんだ灰色をしていた篭手。しばらくユニスに滞在していたとき、これを作成したファーゲン武器店で、綺麗に磨いて貰ったのだ。そして作成された当時の姿、≪雷帝≫本来の姿を取り戻しているのだ。

「……なっ!?」

 首領の表情がにわかに変わる。

 馬車側でもどよめきの声が上がった。

 手に握るは、つや消し黒のジャマダハル。ジャマダハルを装備する人自体が少ない上に、つや消し黒のジャマダハルは、ある意味有名である。

 オルディクス大陸で、とある暗殺者が暗躍していた時期がある。彼の者は小柄で、漆黒の篭手とジャマダハルを装備していた。正体は分からず、その武具からいつしか、≪漆黒≫と呼ばれるに至った、という。

 ドン・ホワールは、まさかそんなわけがない、と考える。そもそも篭手の色が違う。それに、以前に出会った彼女はもっと小柄だったはずだ。

 ラミアはジャマダハルに魔力を込めると、紫色のスパークが迸り、篭手の意匠を光らせる。

「じゃ、行くわよ!」

 そう宣言したラミアは、地面すれすれまでに体を傾け、全身の力を足に叩き込んだ。

「っ!」

 一瞬のうちに、ドン・ホワールを間合いに捉え、右手のジャマダハルを繰り出す。ドン・ホワールはさすがに戦い慣れているのか、すぐさま回避に移り、急所を確実に捉えてくる一撃を躱す。そして恐ろしいほどに精密に繰り出してきた一撃を分析した。

 ドン・ホワールは冷や汗を流す。

 最初の一撃はかろうじてよけたが、二回目の突きは手にしていた短剣で弾いた。しかし矢継ぎ早に繰り出される次の一撃が鎧にかすり、無我夢中で短剣を振るった。


 がきぃいん!!


 鋭い火花と音が弾け、ラミアが後ろに吹っ飛ばされていた。

 偶然にも、ラミアの一撃を短剣が弾いていたのだ。ラミアはそれを利用してやや後ろに離脱、武器を構え直した。

 ラミアに殺気はないが、しかし油断していれば、確実に狩られる。そこまで感じさせる強者は、彼にとっては本当に久々だった。血湧き肉躍る、そんな感覚が身体の奥底から湧き上がり、ドン・ホワールは歓喜の表情となった。

「……こいつマジでやりやがる! おいお前! 名は?!」

 ドン・ホワールは短剣でラミアを制し、怒鳴った。

「ラミア・スナーよ!」

 名乗りの直後に、馬車の方から大きな歓声が上がった。

「その名、覚えておこう!」

 ドン・ホワールが不敵な笑みで叫ぶと、またも馬車側から大きな喝采が上がった。

 ラミアは、一度はごまかした違和感を、再び感じていた。その違和感のため、一瞬判断が遅れた。

 ドン・ホワールの反撃が始まった。

 右に左にステップを踏みながら、的確に短剣を振るってくる。ラミアはそれを全てギリギリで躱すが、その時その時で沸き上がる歓声や喝采で心が乱され、自分のペースが掴みにくくなっていた。先ほどから続く違和感と意味の分からない状況に、ラミアはかなり苛ついていた。そのため反撃のタイミングを逃し、ドン・ホワールから一方的に攻撃を受ける形となってしまった。決して速いわけでは無いが、攻撃する度に緩急がつくのだ。

 素人が剣を振るうときについてしまう緩急ではない。対人戦を無数にこなし、相手を翻弄するために身につけた技術としての緩急だ。それらのほとんどを躱して避けてのラミアにとっては、非常に戦いにくい相手となる。

 ラミアは僅かにある隙に、アルフの方を見る。彼も彼で、盗賊の誰かと切り結んでいた。どちらも善戦しているが、そちらに関しても違和感を感じた。

 そして視線はそのままキャラバンの方へ向ける。そして、信じられない光景を目にした。

 盗賊団がずだ袋を開けて歩いている。冒険者や旅行者が、小銭やお金になりそうな小物を放り込んでいる。どちらも笑顔だ。

「なっ!? 何これどうなってるの!?」

 余りの光景に、思わず動きを止め、叫んでいた。それが、大きな隙を生んでいた。

「っ!」

 ラミアは振り返り、ドン・ホワールが大きく振り下ろしていた短剣を、ジャマダハルをクロスさせて受け止めていた。力は強く、ラミアはそのまま片膝を地面に着けてしまい、完全に動きを止めてしまった。

 痛恨のミスだ。

 人龍族は、総じて筋力が弱い。それを補うため、スナー流は魔法で素早さと筋力を強化する。動きを止めず相手を翻弄させ、こうして組み合うことはない。組み合って、動きを止めてしまった時点で、スナー流は負けが確定するのだ。だが、ファルアスタシア流なら?

「……幻龍剣っ!」

 力任せに押さえつけていたドン・ホワールだが、支えをなくして、前へ倒れ込むように短剣を地面に叩き付けてしまった。

 その瞬間、馬車側から大きなどよめきが上がっていた。

 ラミアは気にせず、ジャマダハルを構えた状態でドン・ホワールの背後に現れた。彼はギリギリになったが、地面から力任せに引き抜いた短剣でラミアのジャマダハルを弾き、距離を取った。

 ラミアは内心の焦りを隠す。幻龍剣の精度が落ちている。出現しようとした位置より大分ずれてしまったのだ。だから相手に反撃を許す時間を与えてしまったのである。

 そして、ドン・ホワールはかなり戦い慣れしている。伊達に盗賊団の首領というだけの技量を持っていた。ラミアが空間を渡ったことにも余り動揺している様子はなく、もしかしたらファルアスタシアの剣技を知っている可能性があった。

 そんな光景を、アルフと、切り結んでいる盗賊の二人が見ていた。

「しかし、君のお連れさんすごい技量ですね」

「でも、まだまだ詰めは甘いかもしれないね。……ところで」

 二人はロングソードで打ち合うが、どちらもそれほど気合は入っていない。素人から見ればそれなりに迫力があるように見えるが、両者とも手を抜きに抜いているのだ。

「俺たち、いつまでこうしていなくてはならないのか、と」

「そりゃー、首領の方が決着付くまででしょうね」

 その後も二、三度打ち合う。

「しかし君もかなりの腕をお持ちですね?」

「ははっ、そりゃどうも」

 アルフ以外でも、冒険者と盗賊の誰かとが戦っているが、どこもかしこも似たようなものだった。


 ラミアと首領の攻防は続く。

 ラミアは空間転移の技法を使うが、どれも精度は悪い。今回もドン・ホワールからやや離れた位置に出てしまい、ジャマダハルと短剣の打ち合いとなった。そうやって何度か打ち合い、ラミアはふと気づく。自分がかなり焦っていることに。

 ドン・ホワールの重い一撃を利用し、後方に跳ぶ。一度深呼吸をして、気分を落ち着かせた。そこでラミアはもう一つ気づく。この技法はアストラルサイドを通る。アストラルとは精神。アストラルサイドは精神世界。自分の感情や気分に直結するため、その所為で軌道がずれていたのではないか、と。

 ラミアはジャマダハルを構え直し、もう一度深呼吸。迫り来るドン・ホワールを見据え、静かに技を使った。無詠唱、無言で。

「っ!」

 直後、ラミアはドン・ホワールの背後、今度こそ自分の狙った場所に転移していた。そして左手のジャマダハルを繰り出す。狙うは、肩甲骨の真下、肋骨と肋骨の隙間。ファルアスタシアの暗殺技法だ。このまま繰り出せば、この一撃で確実に命を刈り取れる。

 瞬間、母の顔が脳裏を横切った。

 ラミアははっとなり、ジャマダハルを急制動する。切っ先は、狙った場所を軽くつつく形で止まり、動きを止めていたドン・ホワールはその場で膝から崩れ、短剣を取りこぼしつつ両手を挙げた。

「ま、参ったっ! 降参だっ!」

 ドン・ホワールがそう叫ぶと、草原の少し離れた場所から複数の火柱が上がり、上空で同時に爆発した。

「……って、花火ぃっ!?」

 状況が全く飲み込めないラミアは、馬車の方に振り返れば、客も冒険者も、そして盗賊たちからも拍手喝采だった。

「い、一体何がどうなってるのよぉーーーーっ!?」

 本日一番の、ラミアの叫び声だった。



「こう、ぎょう…、工業?」

 ラミアは工具を持ってねじを締めるような仕草をした。

 アルフと、先ほどまで切り結んでいた盗賊は顔を見合わせ、アルフは溜息をつく。

「興業。つまり、これはショー」

 ラミアは言われた言葉をゆっくり咀嚼し、ようやく意味を理解して、へなへな、とその場に崩れ落ちたのだった。


 昔、とある海賊がいた。世界中の海を股にかけるほどの凄腕で、規模も大きな組織だった。行き交う船舶を襲っては金品を強奪するが、無駄な殺生や奴隷として攫うなどの残虐非道なことは行わず、自分らが必要とする必要最低限のものしか取らないという、そんな連中だった。

 また、襲撃する相手は事前に精査しており、悪徳のつく大金持ちのみを対象としてきたことから、高い効率を維持し、少ない襲撃回数でも海賊団を維持することが出来ていた。

 一〇年ほど昔、海賊たちはガドネア大陸の南へと進出を試みたが、時期が悪く流氷の餌食となり、六隻の船団はあえなく全滅した。生き残った十数名の海賊はこの地に流れ着いたものの、冷たい海を彷徨ったせいもあり、ほとんどが瀕死の状態だったという。そのまま放置されていれば、全員が死亡していただろう。だが、彼らはセントバレイの人たちに救われ、命をつないだ。

 義理堅い彼らは、僅かに残っていた宝物を全て町へ寄付し、自分らはセントバレイとヴォルフカインの間にある渓谷へと移り住むことにした。

 彼らの仕事場は、海から陸へ。盗賊へ転身した彼らは、主に大金持ちから金品を奪い、しかし命などは取らずという家業を続けた。当然ながら問題となり、デニアス王国から兵士が派遣されるが、彼らは巧妙に隠れるなどして、なかなか逮捕までには繋がらなかった。

 やがて、バース王国とユニス王国の状況が悪くなり、セントバレイ、そしてヴォルフカインにも難民や戦争遺児たちが押し寄せてくることになった。町の財政が一気に悪くなったところで、盗賊団はそれまで盗んだ金銭を匿名で寄付することにしたのだ。街道で奪った金を町に寄付する。なんと歪んだ生き方なのだろう、と自分たちもそう思っていた。

 そんな生き方を始めて数ヶ月。戦争遺児たちがようやく前向きになり生きようと願い始めた頃だった。

 彼らは、数台の東行きの馬車を襲撃した。これはいつもの通りだった。事前に悪徳商人が乗り合わせていることを調べ、かれから金品を奪い、金になりそうな品物は大きな町で売り払い、お金にして寄付をしようと計画した。

 馬車には、護衛のための冒険者を数人、その悪徳商人が雇っていた。それとは別に、客として冒険者が乗っていた。苦戦するも、冒険者たちを何とか倒し、悪徳商人から金銭を奪おうとしていた矢先だった。命まで取ろうとはしない盗賊団だが、護衛の冒険者が激しく抵抗してきたため、反射的に剣を振り下ろしてしまったのだ。直撃すれば、致命傷になる強い一撃だった。

 しかし、その一撃は客として乗り込んでいた、別の冒険者によって弾き飛ばされ、双方難を逃れた。客の冒険者はそのときフードが外れた。彼女はとても小柄で、年端もいかぬ少女のようだった。

 それから、盗賊団が蹂躙されるに至ったのは、本当にあっという間だった。

 彼女は気がつけば背後に回っていた。そしてただ拳を叩き込むだけ。痛くもかゆくもない程度の力でしか無かった。しかし、そのときに浴びせられる闘気と殺気は、彼らを恐怖に震え上がらせ、金縛りに遭ったかのごとく動けなくするには十分なものだった。

 しばらくして、彼らはついに、デニアスの兵士へと引き渡されることとなった。彼らのアジトも家宅捜査を受けたが、彼らが多額の寄付を行っていた事、食べるにはギリギリのお金しか持っていなかった事などが露見すると、デニアスの王家より恩赦が下された。その背景には、悪徳商人から金銭を巻き上げての寄付という義賊という言葉が先行してしまい、一躍有名になってしまったことから扱いが難しくなった、というものもある。

 そこで、当時のデニアス王が妙案を思いついた。

 奪うのではなく、これをショーにしてみては、と。旅をする人たちを楽しませ、少額のお金を貰うことで仕事とするというのだ。自分たちはまっとうな仕事として堂々と技量を発揮できる、堂々と食糧を購入し、そして余った分だけ寄付に廻せば良い、というものだった。

 首領は二つ返事で了承した。

 かくして、タルファームからデニアス王都までの中間、旅に飽きてきた頃の丁度良いアクセントとしてこの興業は大成功、皆を楽しませるようになったのである。


 以上、そこまで詳しい話ではないが、アルフはラミアに語って聞かせた。

「……ぐ」

「確かガイドブックにも書いてあったと思うぞ?」

「……ぐぐ」

「因みに、首領を撃破するとボーナスが入るぞ?」

「……なんか嬉しくない」

 アルフはラミアに手を差し出し、彼女はそれを掴んで立ち上がった。

「いやあ、本当にお強い。まさか空間を渡る技術だなんて、あのとき以来だね」

 話に上がった、彼らを蹂躙した冒険者の戦い方だ。こんな戦い方ができるのは、あの時代は二人しかいないが、それに関しては言及する必要はないだろう。偶然にも程がある、とラミアは呟く。

 そのつぶやきに、アルフは果たしてそうだろうか、と考えてしまった。

 ラミアの母、故マリアは、夢見の能力者だった。彼女の夢見は未来を見るもので、見えた未来を実現するため、或いは回避するために様々な仕込みを行っていた。そして、彼女が亡くなってからも、その一つが実を結んでいる。

 それは、ラミアがアリアからファルアスタシアの剣技を習うことだった。

 これを実現するためには、いくつかの未来が結びついている必要があった。まず、マリア本人が亡くなっている必要がある。遺品となったものを、ラミアがアリアに届ける必要がある。

 遺品となったものは、アリアから取り上げた≪漆黒≫だった。これを取り上げたこともまた、偶然だったのかと問われると、アルフは否と考えてしまう。

 アリアが闇に染まってしまったのは、誰も意図したものではない。しかし、マリアはそれすらも利用した。そしてアリアから武器を取り上げたタイミングも、おそらく意図している。

 アリアが帰郷時に、ドン・ホワールと戦ったのもまた、偶然ではなく仕込みだと、アルフは直感する。彼にファルアスタシアを見せて、覚えさせたのだろう。ファルアスタシアの剣技を覚えたばかりのラミアに、ぶつけるために。そう考えると、辻褄が合ってしまうのだ。

 そしてラミアは、ドン・ホワールと対峙した。外から見ていても分かるほどに、ラミアは心を乱し、転移の乱れに直結していた。しかし自分で理由を見つけ、改善させた。

 おそらくそこまで、見越していたのだろう。

 マリアは、一体どんな未来を見て、一体どれだけの仕込みをしてきたのか。その考えに至ったアルフは、背筋が凍るほどの悪寒を感じていた。

 

「首領、今日の稼ぎですぜ」

 そう言いながら、キャラバンから『集金』していた盗賊が彼の元を訪れていた。首領は中を覗き、大きく頷く。

「思ったよりも多かったかな。……いやあ、君のおかげかな? いつも以上に白熱したショーになったし、なにより俺っち自身楽しい戦いだったし」

 隣では、袋に入れられたお金を集計し始めていた。

「じゃ二人とも、一旦馬車の方に戻っていてくれな」

 かくして、今回の興業で得た金額は、約八万ルドーリアと発表された。大喝采の中、彼らは整列して深くお辞儀をした。

「それでは、ドン・ホワール海賊興業、これにて閉幕でっせ! みんなぁ、ありがとうだぜ!」

 そして大きな拍手が贈られ、彼らは草原へと颯爽と走っていくのだった。


 それからしばらくして、双方のキャラバンは出発した。

 ラミアは窓の外を眺め、溜息を一つついた。

「……疲れたか?」

「精神的に」

 一言だけ返し、しばらく沈黙する。車内では先ほどのことを話題にして結構賑やかだったが、中心人物となったラミアは意気消沈のご様子だった。

「でも一つ、勉強になったことはあるわ」

「……何?」

 先ほどの戦いで、幻龍剣が乱れていたこと。この技が精神状況にかなり左右されることなどを、アルフに話した。

 先ほどアルフが考えていたとおりだった。

 そして、それについてアルフは、ラミアには話さないことに決めた。結局全てアルフの妄想に過ぎないかもしれないのだ。全て偶然の一言で片付けることも出来るし、アルフが考えたことは全て真実かもしれない。どちらかであるという証明すら出来ない。そんなあやふやなものなのだ。そんなあやふやなもので、ラミアを混乱させたくなかったのだ。

 だから至極簡単に、ラミアの言葉に同意した体で答える。

「なるほどな」

「ん」

 小さく頷いたラミアは、アルフの肩にもたれた。

「……眠い」

「ああ、寝ろ」

 アルフの短い返事に、ラミアは目を閉じる。そしてすぐに、小さな寝息を零し始めた。

 その寝顔を見ながら、アルフは考える。真実にしろ、妄想にしろ。この時自分はこう考えていたということを、どこかのタイミングで話すつもりだ。そのタイミングはいつになるか分からないが、聞いたラミアが笑い飛ばせる、すべてが片づいた先だろう。何を持ってすべてが片づいたといえるかは分からないが、そんな未来を、アルフは夢見るのだった。


 ヴォルフカインに到着したのは、日没直後だった。今晩泊まる宿も、類いに漏れず発着場の近くとなる。チケットの裏に書かれる店名を確認し、その宿はすぐに見つけられた。

 町の雰囲気は、全体に寂れていた。セントバレイには大聖堂があったためその分活気はあったが、こちらには観光資源となるものが何一つなさそうな、農村がただ大きくなっただけの町だ。人が増えたのは難民を受け入れたから。財政は、宿からの税収と寄付でまかなっている。昼間の興業が無ければ成り立たないような、他力本願の固まりだった。

 ただ、ラミアの目からすれば、これなら観光資源となりそうと思えるものを、ちらほらと発見できた。

「……すごい、これ」

 この日ラミアたちが宿泊する宿は、何と五階建てである。ここまでの高さの建物は、ユニスにはない。ユニス王城は四階建てで、それよりも高いのだ。アルフも小声で負けた、とか呟いている。

 外観はレンガ造りでがっしりとしており、白い円柱の柱が建物の四隅にある。中も豪勢だ。随所に金属や石工で作られた意匠が施されたり、それ自体が何かしら機能を有する、かなり立派なものだった。

 そして、一番驚かされたのが、全部屋に水道が引かれている点である。地下にある井戸から屋上にある大きな水槽まで何かしらの魔導具を使ってくみ上げ、そこから防腐処理が施された配管が各部屋につなげられているのだ。そして何より、一番驚かされたのが。

「え、……風呂がある」

 膝を折らないと座れない大きさだが、確かに湯船だった。水道には近年普及してきた魔導具が取り付けられ、これで加熱してお湯が出る仕組みとなっている。

「素晴らしいな、これは」

 アルフの指が、その魔導具に触れてしまった。途端に、壁に備え付けられていたシャワーからお湯が勢いよく出てきた。

「わっぷ」

 身を乗り出していたアルフは、頭から思いっきりかぶってしまった。

「……ぷ」

 アルフは慌ててお湯を止め、ラミアに振り返った。ラミアは肩をふるわせて笑いをこらえていた。

「……何か言いたいことは?」

 アルフが低い声でラミアに聞いてきた。珍しく照れている様子だった。ここで水もしたたるいい男、なんて言ってしまったらナニされるか分かったものじゃないとむっつり考えてしまうが、とりあえず普通の受け答えを優先した。

「あ、アルちゃん先にどう? そのままずぶ濡れって訳にもいかないし、ね?」

「……そうする」

 アルフは荷物をおろし、タオルと下着を取り出す。残りの荷物はラミアが持って、風呂を後にした。

 改めて、部屋を見渡す。

 部屋は二間。寝室と、先ほどの風呂がある水回りを集めた一角だ。風呂の隣には、なんとトイレまで完備している。陶器で作られた、綺麗なものだ。これほどのものは、高級ホテルや王城でもない限りはお目にかかれない代物である。

 寝室には、ダブルベッドが一つ。一カ所だけダブルになると話していたが、ここがそのようだった。

 窓の外の風景は、ほぼ真っ暗だった。海沿いの目抜き通りにはいくつか街灯がともっているが、町の西から東の端まででも、数えられる数しかない。この高級宿と町の様子が、余りにもアンバランスとさえ思えるものだった。

 しばらくして、アルフが風呂から出てきた。

「ふぅ、さっぱりした。ラミアも入ってこい」

「分かったわ」

 ラミアも既に準備を整えており、すぐに風呂へと向かった。

 タルファームを出てからは風呂が無かったため、ここまでは体を拭く程度だった。今回は狭いながらも体をちゃんと洗える風呂がある。しっかりと綺麗にしようと、誓うのだった。


 ラミアは、タオルを体に巻いて風呂から出てきた。しっとりと濡れた髪は半乾きで、少しお湯の温度が高めだったのか、体が火照っていた。その姿は、どこか艶めかしく見えた。

「……ラミア?」

 ベッドに座るアルフは、彼女のそんな様子に目を奪われた。

 種族柄、普段は年齢よりも若干幼さがある外観であるが、時折こうして色香が漂うときがある。それは仕草に、視線に、ちょっとした笑みに。

「あはは、……下着忘れてた」

 ラミアは照れ笑いをこぼす。その表情が、素直にかわいい、とアルフは感じた。

 ラミアはゆっくりと歩き始め、しかし自分の荷物を無視してアルフの横に腰掛けた。そしてそのままアルフに寄りかかる。しばらくはドギマギとしていた様子だが、次第にラミアの表情は寂しそうなそれへと変わっていった。

 ラミアの心の変化を感じとっていたアルフは、ただ黙って彼女の言葉を待つ。無理に話しかけるよりも、その方が良いとの判断である。やがて、ラミアは意を決して小さく頷き、話し始めた。

「ドン・ホワールと戦ってたとき、不意にお母さんの顔を思い出しちゃって。……それでジャマダハルを止めたのだけど、あのまま突っ切ってたら、あの人を傷つけていたのかなって考えちゃって、ちょっと怖くなった」

「……そっか」

 アルフは短めに答えた。

 彼女自身は、母の命が尽きる直前、強く生きることを誓っている。実際彼女は、表面上でも内面上でも、前向きに明るく過ごしている。だが、時折こうして、アルフにだけは寂しさを訴えることがある。アルフもそんな彼女を受け入れ、今に至る。

「……それでね、怖くなった私を、ぎゅってしてほしいかな、って」

 ラミアは照れ顔で目を合わさず、やや早口でまくし立てた。

 冒険者と他勢力との戦いで、命のやりとりになることは、実のところそう珍しい話ではない。

 今回もラミアは本物の盗賊団だと考え、ドン・ホワールと戦った。だが、ドン・ホワールを確実に仕留められるところで、不意に考えたのは、彼に家族はいるのだろうか、である。自分には母がいて,亡くなった。同じように取り残された家族は悲しむのかな、と思い至った瞬間、ジャマダハルを止めてしまった。そして人の命を奪ってしまいそうだったことに、ラミアは心の底で、あとから恐怖心が出てしまったのだ。

 ラミア自身は、そこまで詳しくは語らない。しかし、その目は如実に物語っていた。そのすべては把握できなくとも、アルフはラミアの気持ちをしっかりと受け止める。

「分かった」

 アルフはラミアの肩を抱く。ラミアはますます身を委ね、嬉しそうにしていた。

「……えへへ。アルちゃん、暖かい」

 それは、ごまかしの言葉だと、アルフは確信していた。

 母を亡くしたという傷は、見えないところで深く抉っている。時折見せる不安定さは、もしかしたらそこに起因しているのかもしれない。この傷は、ラミア自身が解決しなくてはならないものだ。だから、その傷ごと、彼女を包み込むようにする。

 ごまかしだった笑顔は、気がつけばいつも見せている、どこか照れくさそうな屈託のない笑顔に変わっていた。そんな表情で、しかし目は少し潤ませて。

「……もっと、してほしいな」

 アルフはその意を理解し、彼女の顔に自分の顔を寄せるのだった。


 翌日。ラミアが寝坊し、馬車に乗り込んだのはギリギリの時間だった。

「……ごめんね?」

「いや、まあ」

 ラミアが寝坊したのは、どちらかのせい、というわけではないし、どちらも悪い、ともいえる。

 あの後燃え上がった二人が寝静まったのは、深夜もかなり深い時間となってしまったのだ。昨夜のことを思い出してラミアは照れているが、アルフが全く照れないことに不公平さを感じ、次第に冷静さを取り戻す。そして最終的に苦笑して、その話はここでおしまい、とした。

「えっと、うん。気を取り直して。……次はホルフェイス。まあ昨日のようなことがなければ、昼過ぎには到着する予定よ」

「早いな?」

「町同士が近くだし。……たぶんユニスとパルスぐらいの距離、ううん、もう少し近いぐらいかも」

 ラミアは初等部の教科書を開き、地図が掲載されているページをアルフに見せた。ヴォルフカインを指さし、そのままホルフェイスへとなぞる。ラミアが指摘するとおり、ユニスとパルスとの距離と同じぐらいだ。

「でもこの先。ホルフェイスから王都までが比較的長距離。朝六時発。日の出前よ」

「お前は起きれるか?」

「ぐっ、…大丈夫、よ?」

 寝坊したことを蒸し返すか、と心の中でツッコミを入れながら、ふと思ったことがあった。昔から、アルフはラミアのことを『お前』と呼ぶ。名前があるんだからそう呼んでほしい、ましてや今は恋人なのだから、と。そこまで考えて、妙案が浮かび上がった。

「……次言われたら言ってやる」

 と、思わず小声でつぶやいていた。

「ん?」

「な、何でもないわよ?」

 そうごまかしながら、教科書を閉じてガイドブックを開く。ホルフェイスの観光スポットを探すためだった。昼過ぎに到着するのであれば、それなりの時間遊べそうだったからである。

 ホルフェイスの町は、ヴォルフカインと比べればかなり大きい。遊びで回れるのは灯台とその周りにある飲食店、海岸線など、町中ならブティックをはじめとした様々な商店、公園等。その中で、ラミアは灯台近くのカフェテリアに注目し、それを指さした。

「ここなんかどう?」

「ケーキ専門店か。食後に立ち寄るのもありだけど。……こっちはどうだ?」

 アルフが示したのは、ガッツリ系ではなくラミアも好みのお洒落系なお店だった。ケーキはないが軽食とスイーツがリストに並ぶ。

「むむむ。こっちのスイーツも美味しそう」

「……ようはスイーツ狙いだな?」

「当然。せっかくだし」

 その他の飲食店は、海鮮が目立つ。やはり海沿いということもあり、漁が盛んだということなのだろう。逆に、魔獣や家畜肉などは少なめだ。

「たまにはお肉も食べたいな」

「確かに」

 ここまで通ってきた街道はほとんどが海沿いで、立ち寄る町も大体海鮮が多い。漁業が盛んな町は特にそういう傾向があった。そのためか、二人はここしばらく肉を食していないのである。ユニスに滞在していたときは、これでもかと嫌になるほどの量で魔獣肉が提供されていたが、今はそれが逆に恋しい。

 ということで、昼食は町の比較的北の方にある飲食店で焼き肉を、その後灯台近くでスイーツ、その後町の中でウィンドウショッピング、と計画を練るのだった。


 少し広めの休憩場所で、キャラバンは停止した。ここで対向側のキャラバンと待ち合わせとなる。双方の進路上に何かないかという情報交換も行うが、休憩時間は短い。せいぜい一〇分程度である。

「…少し天候が悪くなる、と?」

「ああ、王都の占い師の話だから、まず間違いはないと思う。俺らの隊は無事雨に遭わずに済んでいるが、ホルフェイスよりも西がちょっと危ないかもしれない」

「情報感謝する。こちらの街道については概ね問題はない。昨日が興業日で大入りだったから、もしかしたら休演になっているかもしれない」

「そりゃ寂しいな」

 二人は、互いに気づいた点などを報告し合い、別れた。そして各々の中隊長たちと今後のことを話し合い始めた。そしてみんなで何度か頷き合い、何か結論を出したようだった。そして中隊長クラスの面々は、担当する馬車の御者を集め、先ほど決定した事項を話した。

「明日は天候が荒れそうです。可能であれば、明朝五時に出発できるように準備をお願いします」

「解りました」

 という会話がラミアの耳に入った。

「……朝五時出発?」

「マジか。……お前起きれるか?」

「起きられないことはないけれど…」

 とそこまで答えて、お前と呼ばれたことに気づいた。言うなら、今!

「何だったら、私が起こしてあげるわよ? ア・ナ・タ☆」

 アルフの目が点になった。少しでも逆襲してやろうというラミアの計画は、しかし。

「そんな遠回しのプロポーズをしなくても良いぞ? お前の気持ちは良っく分かってるし、お前とは既に結婚を前提としたお付き合いをしているつもりだし、それ以前に俺がお前にプロポーズしてお前はそれを受けてくれたわけだし。まあお前から言われて嬉しくはあるけどなっ」

 ラミアの稚拙な計画を看破した上で、『お前』を連発しつつ極上のカウンターをお見舞いするのだった。

「……うっぐ」

 真っ赤になって撃沈していたラミアだが、ややあってからぽつり、と本音を漏らした。

「名前で、呼んでほしい」

 アルフも、何が言いたいかは分かった上でのカウンターではあったが、少し寂しそうにするラミアに、さすがに少しだけ心が痛む。

「……癖になってる部分もあるけど、なるべく善処する」

「うん。なるべく努力してね?」

 ラミアは少し嬉しそうに、表情を和らげるのだった。


 ホルフェイスへは、予定通り到着した。後は発着場までゆっくりと進行するだけである。

 数人が到着ダッシュを決めていたが、それは昼食かトイレか。ガイドブックを見て感じたとおり、ヴォルフカインとはまるで活気が違っていた。屋台から威勢のいい声が、たった今馬車から飛び降りた人たちにかけられていたり、子供たちが走り回っていたり。

 馬車でわずか半日足らずの距離なのに、どうしてこうも違うのだろうという違和感はあった。道中通してヴォルフカインだけが妙に寂れていた、という印象である。

 違和感といえば。

 ラミアは、ふと考える。ユニスからパルスと、ヴォルフカインからホルフェイスは、地図から見ればそこまで距離に違いはないように思える。だが、実際に走った距離は遙かに短く、短時間だ。そこまで考えてから、首をかしげる。

 直前まで一体何を考えていたのかが、分からなくなったのだ。そこまで長距離を乗っていないのに、ちょっと疲れてるのかな、と。

 そして発着場に到着したときには、これからアルフと町を歩くことで頭がいっぱいになっており、些細な違和感は、完全に頭から追い出されていた。

 普段のラミアなら、その違和感を手記に書き残していたであろう。しかし、この時に限って、書き記すよりも早い段階で、違和感は記憶から抜け落ちていた。そして違和感を感じた記憶すら、あっという間に消え失せてしまうのだった。


 二人も馬車を降り、ガイドブックを見ながら街へと繰り出す。町馬車で北に移動してもいいが、歩いてもそれほど時間がかかる距離でもない。二人は景色を眺めつつ、内陸に向かって上り坂となっている町を歩くのだった。

 目的地としていた肉料理専門店に到着した。店内はごった返していたが、テラス席には誰もいなかった。二人はその席に座り、注文をする。パンと焼き肉のセット。肉の種類は魔獣のお任せにした。二人とも霜降り柔らか家畜肉よりも、真っ赤なワイルド魔獣肉の方が好みだった。なおこちらでは畜産が盛んであるため冒険者がわざわざ危険を冒して魔獣を狩るということが少なく、魔獣肉の方が高価である。

 やがて運ばれてきた熱々の肉にナイフとフォークを刺し、食事を始めた。

 食べながら、アルフは空を見上げた。

 ホルフェイス到着時はそれなりに晴れていたが、三〇分ほど散策した今はどんよりとした雲が西から流れてくるのが見えていた。吹き抜ける風も余計に冷たくなり、アルフは少し震えた。

「……寒いな」

「ほお?」

 ラミアは頬張りながら、首をかしげた。

「おま…、ラミアはよく平気だよな?」

 口いっぱいの肉を咀嚼し飲み込んでから、ラミアは話を続ける。

「んー? まあ、寒いのは慣れてるんだと思う。聖龍島なんて今時期、この辺りとは比べものにならないと思うし。七月の終わりなら普通に吹雪いてるわよ? その辺アルちゃんも知ってる通りだと思うけど」

 アルフは腕を組み、考え込んでしまった。

「お肉冷めちゃうよ?」

「……そうだな」

 アルフは考えながら、食事を進めていく。考えているのは、極寒な聖龍島のことではなく、互いの呼称についてである。ラミアは、アルフのことをちゃん付けで呼ぶ。これは幼い頃そのままである。ラミアがガドネアに来て再会したとき、なんとなしにちゃん付けはよせ、とは言ったが聞き入れてもらえず、今に至る。こちらについては、もう慣れてしまい諦めも付いている。何より親しみを込めて呼んでくれているのもあって、今は逆に心地よさすら感じている。

 一方アルフは、大概名前ではなく『お前』呼ばわりだ。これについては、先ほど名前で呼んでほしい、と言われたが、どうにも癖ですぐには改善できそうにない。アルフ本人も、どうしてそう呼ぶようになったのか、思い出せないでいた。

 やがて二人とも料理を完食し、店を出ることにした。どんよりした雲は、徐々に町を覆い尽くそうとしていた。


 二人は町をゆっくりと歩く。所々にあるお店のショーウィンドウを見ては、これはいいなこれはないななど楽しみながら、終始笑顔だった。ラミアは少し先行して振り返り、そのまま後ろ向きに歩く。

「危ないぞ?」

「大丈夫だいじょ」

 どすっ。

「きゃっ」

「…おっと、すまん?」

 ラミアはやはりというか、アルフの忠告もむなしく、出会い頭に人とぶつかり、そのまま尻餅をついてしまった。

「言ってる側から。こちらこそ済みません、俺の連れが」

 ぶつかった人は、アルフと身長が同じぐらいあった。赤い髪は長く後ろで束ねており、顔には大きな傷があった。その傷は左目を通っているようで、その目をアイパッチで隠していた。がっしりとした女性剣士、という出で立ちだった。

「いいよいいよ。大丈夫か? 立てるかい?」

そう言って手を差し出し、そのときにラミアと目が合った。

「いたた。……あれ?」

「ん? お前さんは?」

 ラミアはその手を掴むと、戦士は手を引き、ラミアを立ち上がらせようとした。

「わっとっとっ」

「おっと悪い、お前さんこんなに体軽いんだ? 力加減間違えちまったよ」

 と、彼女は豪快に笑った。

 この女性について、アルフはラミアから話は聞いていた。

 アニー・ステア。旧姓ネリス。元冒険者で、今はおそらくデニアスで宿をきりもみしているはずの人だった。

「久しぶりだねぇ、元気にしてたかい?」

 言いながら、ラミアの背中をバシバシと叩く。

「うん、元気だよ」

 ラミアも彼女のなすがままにされているが、さすがに痛そうだった。

「おっと、自己紹介が遅れたね。俺はアニー・ステアっていうんだ。よろしくな。お前さんがラミアのフィアンセ君かい? ほお、なるほど、なかなか色男じゃないかいっ」

 ばし、とまたラミアが叩かれ、よろめくのだった。

 ラミアとアニーは再会を、アルフは改めて初めましての挨拶を交わしてから、近況を報告し合った。

 アニーは今回、質の良い肉の買い出しにわざわざこの町までやってきたのだという。王都よりもこちらの方が畜産が盛んであり、まとまった量の肉を購入するのであれば、運送費を払ってもこちらの方が安く上がるうえに美味しいものが提供できるためである。

「まあ、来月武闘大会があるだろ? そのため来る人が増える。となると酒場で必要になる食材が増える。てなわけだ。同じ事を考えている宿も多くてさ。早めに手を打っておかないとね」

「なるほどね。かくいう私たちも、その武闘大会に出ようかなって、デニアスに向かう途中なの」

「へえ、あの大会に出るのかい? そりゃ楽しみだ。ということは、二人ともそれなりに強いんだよな?」

「まあ、強いかどうかは分からないけど、一応自信はあるつもり」

 アニーは何度か頷いた。

「ま、出るんだったら応援するぜ。……と、あまり時間がないんだった」

 アニーは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

「やっばっ、取引に遅れそうだ。済まんな二人とも、俺はこれでお暇するわ。じゃね!」

 彼女は手を上げ、北の方へと駆けていった。

 それを見送った後で、アルフは一言。

「色々豪快な人だな?」

「まあ、ね? 私もそんなに知ってるって訳じゃないけど、妙に気が合うような感じで」

 ラミアはアルフに振り返って、少しはにかむ。

「私に姉がいたら、あんな感じだったのかな、とか思っちゃうの」

「ああ、なるほど、なんか納得できる」

 実際の所、ラミアが生まれる前、母は二回流産した。もし無事に生まれていれば、アルフよりも年上の女性だったはずである。丁度アニーの年頃に近かったかもしれない。母が流産したという話は昔から知っていることであり、今更何ら感情が動くようなことではない。ただ、アニーのような姉がいたらなんとなく嬉しい、そんな感じがするラミアであった。

「じゃ、そろそろ行こっか?」

「ああ」

 二人はその後も町を回る。

 衣料店に入り、気に入った服も見つける。旅の荷物になってしまうので買えないが、代わりに下着をいくつか追加購入しておいた。また、主に町の人向けの商店街にも足を向け、どんな食材があるのかも見て回った。ユニスでは珍しいものが沢山あったり、逆にユニスでは普通にあるものが高級品になっていたりと、その違いを見て楽しむ。

 昼下がりで小腹が空いてきた頃に、灯台を眺めながらケーキを頂く。空はどんよりと曇っていたが、二人で歩く時間はとても楽しかったと、ラミアもアルフもそう感じるのだった。


 気がつけば、大分暗くなってきていた。太陽は見えず時計もないので時刻の確認はできないが、腹時計で一六時過ぎだと、ラミアは言う。彼女の腹時計は、結構正確で、一〇分程度の誤差はあれどピタリと言い当てる。

 チェックインの時、明日の出発の時刻が早まっているため四時に起こすことを告げられた。また、合わせて朝食もパンと飲み物ぐらいしか用意できないとも。申し訳なさそうにしていた受付だが、起こしてくれるだけありがたいと話した。いくら腹時計が正確であっても、だからといってそれで確実に起きられるとは限らないのである。

 それからすぐに夕食を食べ、部屋へと上がる。軽く体を拭いて、ベッドに入ったのは一九時ぐらいだった。

 この日の宿はツインだが、ラミアはアルフに抱きついて寝ていた。

 実のところ、ユニスの町を出発してからずっとこの調子であり、今は半ば習慣化していた。

 ふと目が覚めたアルフは、ラミアの顔をのぞき見る。彼女はうっすらと涙を浮かべていた、寂しそうな顔をして、目が合った。

「あう……」

「どうして、泣いてるんだ?」

「泣いてなんか……」

 否定しようとしたものの、ぐしっと鼻を鳴らして、観念した。

「……お母さんの、夢、見ちゃったから」

 ラミアはアルフの胸に顔を埋めた。

 強く生きる、とラミアは死に際の母に誓った。とはいえ、亡くなってからはまだ二月にも満たない。普通だったら悲しみに暮れていてもおかしくはないが、ラミアは誓ったとおり強く生きている。だが、もしかしたらこれまでも、こうして夜に一人、悲しくて泣いていたのかも知れなかったし、悲しみをごまかすために、こうして毎晩アルフが寝ているところに侵入していたのかも知れなかった。

 アルフはぎゅっとラミアを抱きしめ、俺がいるから、と小さく囁く。ラミアは小さく頷き、安心したのかそのまま眠ってしまった。


「……眠い」

「……眠いねー」

 きっちり朝の四時にたたき起こされた二人は、朝食を味わう暇もなく詰め込み、四時半には発着場へと追い出されていた。アルフたちだけではなく、馬車便の乗客たちの大半が、半分寝ているような様子で集合していた。

 馬車の準備はとっくに終わっており、すぐに乗り込める状態だった。乗客たちは自分らの席に座ると、すぐに寝てしまう人がほとんどだった。ラミアたちも例に漏れず、自分らの席に座るなり、互いにもたれて目を閉じるのだった。

 五時前。乗客全員がそろったことで、定刻より一時間以上早く、馬車は静かに動き出した。車両内では会話もなく、皆寝静まっている。前後の幌も、天候が悪くなることを考慮して閉められ、御者も防寒対策の上に雨対策の衣装を着て、すっかり布団子になっていた。

 街灯が途切れ、町の門にさしかかる。先頭の馬車は強い明かりの魔法をかざし、前方の視界を確保する。続く馬車も皆明かりの魔法を使用し、前方の馬車との距離を見誤らないよう視界を確保した。

 光が届く範囲外は真っ暗である。そのため速度はさほど上げられない。人が歩くよりもやや早い程度だが、こればかりはしようがないことである。

 やがて、周りも車内も薄明るくなってきた。時間的にはとっくに日が昇っている時刻となる。

 その頃には目が覚めた客も多く、自分の横の幌をめくって外を確認していたりした。

 雨こそ降らないが、どんよりした雲のためかなり暗い。ラミアもこの時間には目を覚ましており、小さな明かりの魔法を灯して、先日購入したユニス王立学園初等科の教科書を開いていた。

 教科書には、魔法の他、大まかな地理や歴史などの話も掲載されている。教科書は戦時前の若干古いものだが、時事はともかく大まかな部分では変わっていない。

 時間つぶしの読み物として、ラミアは教科書のページをめくる。

 先日訪れた、アクエイス。タルファームからは、三日の距離。だがふとここで、ラミアは違和感を感じる。

 タルファームとパルスは、南北の位置は大体同じ。そして、バース王国の首都と、アクエイスも大体同じぐらい。タルファームからアクエイスは、山岳を通って三日。パルスからバースまでは、平地を通って四日。もちろん時代ごとに馬車の性能差もあるが、それでも山岳を通るため圧倒的に速度が遅いはずのアクエイス便の方が、一日早く到達できる。何かおかしい、とラミアが思い当たったとき、強烈な睡魔に襲われる。

 ちょっと寝不足かな、とあくびをかみ殺し、そして直前まで考えていたことがすっぽり抜け落ちる。それ自体に違和感を感じることは無く、目を閉じてしまった。


「…ラミア、起きろ」

「…ん? あれ、私寝てた?」

「ああ、ぐっすりな。もうすぐ昼休憩の時間だ。……時間なんだけどな」

 ラミアは、周りの音に気づいて上を見上げた。

 ざー、という音が幌から響いていた。そして昼というのに薄暗いことで、すぐに気づいた。

「もしかして雨降ってる?」

「ああ。そのせいで結構遅れが出てきている。昼休憩の町への到着が定刻通り。出発時間を考えれば、一時間ほど遅れている」

「……そうなんだ。うん、分かったわ」

 ラミアは欠伸をして、目をこする。眠ってしまう前に何をしていたか、記憶を探るも、何も思い出せない。ただ、畳んだ教科書が膝の上にあり、これを読んでいたのかな、ということぐらいしか思い出せなかった。

 それからすぐ、馬車は休憩のための町へと到着した。

 二人は食事を摂るため、馬車の外に出る。雨はそれほど強くはないが、南風が強い。フードを深くかぶっていても水滴が顔に飛び、とても冷たく感じるほどだった。

 停車している場所は小さな町の広場で、周りには食堂が建ち並んでいた。二人は適当に選んだ店に入り、簡単な食事を注文する。

「そういえば、ノリヴァフスクってどこ?」

「ノリヴァフスクは、こっちの街道じゃなくて、もう一つ北の街道、ガドネア中央街道だな。そっちはデニアス王都からアクエイス経由で、首都バースまで繋がっていたんだけど。ま、バースがあの状態だから終着はアクエイスになっている。街道自体は整備されてるけど砂漠を通るから結構過酷だそうだ。でもどうして急にノリヴァフスク?」

「ただなんとなく。私たちとメルの両親たちにゆかりがある場所だったなって思い出してね」

 メルの両親の話は、ラミアにはメル本人から詳しく聞いている。その内容を、軽くアルフに話した。

 かつてラミアの父とアルフの父、アーサーとファーネルは冒険者でコンビを結成していた。そしてとある依頼を受け、アクエイスを訪問してマリア、そしてミリアと出会った。ミリアの目的に沿う形でパーティーを結成し、その後二人ずつに分かれてガドネア北部街道、中央街道の各々を探索することとなった。そしてノリヴァフスクを訪れたアーサーとマリア組みが、ウロフカーニャを見つけ、アレクサンドルと共にデニアスへと移動、そこでミリアとウロフカーニャが再会を果たした。

 その後六人でミリア達の目的を果たし、ウロフカーニャとアレクサンドルの二人がパーティーから抜け、二人の人生を歩み出した。

 そしてその後、この二人の間に生まれたのが、メルなのだ。

「なるほどね。確かに不思議な縁だな」

 料理が運ばれてきたことで、話を中断した。温かい料理を食べ、体の中から温まる。

 メルは、天涯孤独だと自分で話していた。しかし、彼女の出生を考えれば、父方の家族がいるはずである。それも、同じガドネア大陸内にだ。王夫妻もアーサーもそれを知っているはずなのに、何故彼女に伝えていないのだろうかという疑問は残る。色々思惑があるのだろうか、と深くは言及しないことにした。

 予定通りならば、首都まではあと半日だ。話題をデニアスに切り替える。

「アルちゃんはデニアスには明るい方?」

「いや。実は初めてだから分からん」

「……え?」

「え、って、それは何に対して?」

「アルちゃんなら、良い宿知ってるかなって」

「ガイドブックには?」

「書いてないから。あくまでもこのガイドブックは道中のことしか書かれていないからね」

 二人して、考え込んでしまった。

 デニアスの首都は広い。ガドネア大陸でも一番歴史のある町であり、その分複雑な構造をしているのだ。

 まず王城を取り囲むように城壁がある。その周りに小さな町ができて、それを取り囲むように城郭ができた。人が増え、その外に町が発展しては城郭が作られる、を繰り返して今に至る。多くの王都はこのようにして大きくなるが、不要になった旧城郭をそのままにするか、取り壊して往来の妨げにならないようにするかは、その時代の王家の考えに左右される。デニアスの王都の場合は取り壊す方針だったようで、一部の城郭は取り壊された。だが諸事情で取り壊せない部分も残っており、比較的迷路状となっている地域が多い。そんな中を、真っ暗な中宿屋を探して彷徨わなくてはならないのだ。

「……ま、到着してから考えるか」

 今考えてもしょうがない、とアルフはさじを投げる。二人して土地勘がないのだから、そこはしょうがないだろうと、ラミアも早々に話を切り上げる。

「そうね。雨がひどくならなきゃ良いけど」


 町を出発してから、雨は多少弱まる。しかしあちこちに水たまりができていて、あまり速度は出せない。時折ぬかるみにはまり、御者や護衛の冒険者達が泥まみれになってしまう。そんな状況故に、都度馬車が遅れる状況だった。このままのペースでは、小さな町や村でもう一泊する可能性も浮上してきた。

 そんな説明がされて、不平を言う人もいれば納得する人もいる。

「まあ私たちは急ぐ旅じゃないから良いけど。アルちゃんも別に良いよね?」

「ああ、問題ない」

 次の休憩にしている場所は、ピッツェという宿場町だった。そこで、ようやく対向方向のキャラバンとすれ違うことになったのだが、その際の情報交換では、この先は湿地帯でもあることから、道はかなりひどい状況になっている、とのことだった。タルファーム方面の便も、今日中にはホルフェイスへは到達できないことを確実視しており、どこかの町で宿泊を挟む予定としていた。

 通常便で宿泊指定している町では、二方向のキャラバンを迎え入れても余裕があるような、大きな町を定めている。その他の休憩で停車する町や村では、一方向のキャラバンがなんとか宿泊できる場所を選んでおり、この町も例外ではなかった。だが、最近のキャラバンは人数が増えている。この街では許容量を超えているため、隊を分割せざるを得ない。

 二方向のキャラバンの隊長たちは相談した結果、デニアス方面はこの町と次の町に、タルファーム方面もこの町と次の小さな村に分散して宿泊することとなった。それぞれ、先頭から三分の二程度が次の町へと分散する形となる。ラミアたちは後ろの車両のため、この町での宿泊が決定した。

 出発は明朝八時。先行した方とはその町で合流し、一路デニアスを目指すという。

 乗客が次々と降りていき、今晩の宿を探しに出て行く。ラミアたちも同じく、馬車から降りてガイドブックをのぞき込んでいた。

「良さそうな宿はあるか?」

「内陸方面に二〇分ほど歩いたところに温泉宿。ちょっと料金高めだけど、どう?」

「温泉好きな?」

「うん」

 アルフのツッコみに、ラミアはしれっと答えた。すると、アルフは少し真面目な顔をして、ラミアに再び尋ねる。

「以前はあんなに傷見られるのが嫌って言ってたのに、どんな心境の変化だ?」

 ラミアは顎に手を当て、しばし考える。

「前に、タルファームでアニーに出会ったのがきっかけ、かな? ……えっと、その…」

 ラミアは途端に真っ赤になった。言葉後半はほとんど聞こえないぐらいに小声になっていた。

 あの日の出会いが合ったからこそ、ラミアはアルフとの関係を一歩進めることが出来た。その思い出は、二人とも心に刻んでいる。ただ、≪こいつ照れやしねえ≫称号持ちのアルフはともかく、ラミアはそれを思い出すだけで恥ずかしくなってしまった。

 ただこれを機に、ラミアはお腹の傷が他人に見られることに対しての忌避感や恐怖心は、大分小さくなっていた。

「りょ、料金は気にする必要はないみたい」

 ラミアは、誤魔化すように話題を変えた。

 恥ずかしいこともあったのだが、この馬車便利用の規約で、一つ思い出したことがあったのだ。

「どういうことだ?」

 ラミアは、馬車便に乗るための規約が書かれたページを開いていた。難しい表現で書かれていることもあり、おそらくほとんどの人が読み飛ばしているであろうものだ。またチケットを購入する際も規約に関しての説明が全くないので、このような決まりがあること自体知らない人が多いかもしれない。

 ラミアは、その一文を指でなぞり、書いてあるまま読み上げた。

「天候不順その他の影響で途中宿泊した場合、その領収証を持って宿泊費等を保証するものとする。……えっと、次がここ。第四条第三項における支払いは下車予定地の各馬車センターでとり行うものとする、支払いは馬車便が遅延した証明書が必要、と」

「つまり、便が遅れた証明書と、宿の領収証を発着場の事務所に持って行けば、払い戻しされる、ということか」

「うん、……と、上限があるみたい。えっと、上限は一人につき二〇〇ルドーリア。宿泊と食事の合算。温泉宿だと少しオーバーするけど、まあ仕方ないわよね」

 ラミアはガイドブックを荷物に仕舞い、ナップザックを背負ってその上からローブを羽織り直す。背中がぽっこりと膨れるが、雨の日は皆この格好だ。その姿でラミアは軒から飛び出し、振り返る。

「せっかくだから、この町も楽しみましょ?」

「そうだな」

 二人は取り急ぎ宿を確保し、それから街へと繰り出した。商店街の道は狭いが、代わりに道自体に屋根が設置してあり、ここでは雨対策の装備は必要がなかった。いわゆるアーケード街だった。

 この中では露店も普通に営業しており、小腹が空いた二人はいろいろなものを食べ歩きしたり、アクセサリや衣服をウィンドウショッピングしたりと、練り歩いた。宿では温泉を堪能し、こうして臨時宿泊の町ではあるが、二人は満喫するのだった。


 翌朝は快晴だった。予定通り出発した馬車便だが、街道には雨の影響が残っており、至る所に水たまりがある。また一部が広範囲にぬかるんでおり、馬車が時々立ち往生する始末だった。都度警備の冒険者やアルフが馬車を押して救援しつつ、何とか進んでいた。

「いつもはこんなにひどくはならないんだけどな」

 と、御者も辟易している様子だった。

 一時間の行程を二時間以上かけて進み、次の町で先行していた馬車と合流、そしてここからもまた難航しながらも、しかし確実に進む。湿地帯を脱すると、キャラバンもようやく本来の速度が出るようになった。

 そして昼下がり。キャラバンは一日遅れで、王都にようやく到着した。門をくぐり抜けたところで、安堵の声を漏らす乗客も多い。ラミアもその例外では無かった。

 町中に入れば、事故防止のために馬車の速度もぐっと下がる。今は人が小走りする程度の速度だ。そのため発着場到着を待たずに、飛び降りて自宅や目的地へと向かう人も多い。発着場に到着する頃には、乗客も半分以下となっていた。

 二人はこのまま発着場まで乗り、そこで降りる。事務所で早速宿の払い戻しを行い、二人合わせて四〇〇ルドーリアを受け取った。他にも受け付けで払い戻しを受けている人もいたが、それほど多くはなかった。やはり周知されていないのだろう。ラミアは、知ったもん勝ちという状況に多少の不公平さを感じるも、首を振ってそんな考えを追い出す。

「……さて、宿を探さないといけないし、武闘大会の参加受け付けもしないと」

「首領撃破ボーナスもな?」

「そ、それもあったわね」

 ラミアは発着場にある王都全体図を見ながら、どう回ろうか考えていた。武闘大会の参加受け付けは王城で、撃破ボーナスは冒険者協会で受け取ることができる。問題は宿だろう。

 武闘大会が始まるまで二週間ほどあり、大会自体も一週間ほどの期間となる。その後も一週間ほどこの町に留まることを想定し、九月前半まで部屋を借りる必要があった。

 普通に宿屋を借りれば相当な金額となる。支払えなくはないが、なるべく費用は抑えたいところだった。

 まずは拠点を先に決めてから、各地を回ろうと二人は相談した。

「とはいえ、普通に宿を借りると高いんだよな。俺、途中で長期滞在型に替えたことあるけど、それでもそれなりの値段だった」

「そーいえばそうだったわよね。アンナさんの宿だと、長期は二週間で一〇〇〇ルドーリア、だったかしら?」

「ああ、一日二食付きで」

 これでも相場よりは安い方である。魔獣肉が破格で入手できることから、食費が無料に近かったのだ。正規料金なら、一五〇〇を越えていく。

「…いっそのこと、短期でアパート借りない? その方が安いはずだし。食事とか全部自炊になるけど。何なら私がずっと作っても良いわよ?」

「アパートかぁ」


 善は急げ、ということで、二人は早速近くの不動産屋を訪ねた。

 条件は、アルフの提案で王城まで歩きで一時間以内、治安が良い場所、家具付き。できれば風呂トイレ付き。上限は一月で二〇〇〇ルドーリアとした。二人ともデニアスでの相場が分からないということで、スニラフスキーの宿で一月分の額を提示してみたのだ。さすがに宿とアパートでは相場が違うこともあり、思ったよりも安い価格で、すべての条件を揃えた物件をいくつか見つけることができた。取り急ぎ候補を見学し、二人はとある部屋を借りることにした。

 二人が借りた部屋は、ツインの寝室が一つに、ダイニングキッチン。水道インフラが発達した地域でもあり、トイレも風呂も各部屋に完備。それでいて一月一五〇〇ルドーリアである。

 二人が鍵を受け取り、借りた部屋に改めて入った頃には、既に夕日も沈んでいた。玄関で一度部屋を見回し、アルフが先に中へと入った。

「さて、今日からここが拠点か。……まあ、足りないものばかりだな。食器に食材に。夕食と朝食はとりあえず外で食べてくるとして、明日は買い出しだな」

 と、アルフは振り返りながらラミアに話しかける。ラミアはどこか上の空で、もじもじとしていた。

「えっとね、アルちゃん。……これって、同棲、だよね?」

「え? ………あ、そうか」

 アルフも、言われてようやく気づいた。これまでの道中でも二人で一部屋を共有するのがほとんどだったが、それはあくまでも旅の道中である。短期とはいえ、こうして婚約した二人が一部屋を借り、定住するのだ。顔を真っ赤にしてあたふたしているラミアを見て、アルフは確かに、と理解した。

「その、ね。ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ」

「ああ、こちらこそな」

 普段、よっぽどのことがない限り照れないアルフだが、この時はさすがに少し照れるのであった。


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