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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 出航日

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第98話 出航

 夜が明けると同時に、船の準備はすべてが整った。市原(いちはら)は人だかりのなかに立ち、にぎやかな西浜をぼんやりと眺めていた。

 敵襲のあるとき以外は静かな西浜も、今日はとてもにぎやかだ。


 鴇汰(ときた)は部隊の者たちと積荷を手伝っていたのか、船からおりてくると、その付近でなにかやり取りをしている。

 麻乃(あさの)のほうは修治(しゅうじ)の両親や高田(たかだ)多香子(たかこ)と談笑をし、麻乃の隊員たちは、離れたところからその様子を眺めている。


「見送りなんて久しぶりだな。麻乃はいつも南から出航だったからな」


「あぁ、そうだな……昔、高田先生を見送って以来か」


 塚本(つかもと)の言葉に、市原はそう答えた。

 明け方の早い時間だと言うのに、琴子(ことこ)耕太(こうた)たち十六歳組の子どもたちも見送りにきていて、市原はせっつかれて麻乃のそばまで移動した。


「なんだ。あんたたちも来たんだ?」


 こちらに気づいた麻乃が寄ってきて、琴子たちを見つめた。

 子どもたちと軽口をかわしている麻乃は、やけに落ち着いて見える。


「あたしが戻ってきたときには、あんたたちきっと、印を受けているんだろうね」


 そう言って子どもたちの顔を見回した表情は、懐かしいものを見るような、柔らかい表情だ。

 不意に麻乃の目が市原を向いた。


「あれ? (あきら)は?」


「あぁ、あいつなら長田(おさだ)くんのところだ」


「なんだか……あいつ、すっかり気に入られたみたいですね」


 麻乃はそう言って、洸に捕まっている鴇汰のほうを眺めて笑った。


「おまえ、今日はやけに落ち着いているな。おろおろしていないおまえは、おまえらしくない気がするぞ」


「塚本先生……あたしだって、そういつも情けないばかりじゃないですよ……これでもやるときはやるんです」


 塚本の言葉にしかめっ面で答えながら、麻乃は船のほうへ目を向けた。

 そろそろ出航の時間だ。船員たちがせわしなく動き始めている。


「うちの隊長のこと、くれぐれもよろしくお願いします」


 洸から解放された鴇汰が、今度は麻乃の隊員たちに捕まり、そう言われているのが聞こえてきた。

 蓮華でありながら、こんなに大勢に心配をされているやつもそうはいないだろうと思うと、市原は思わず吹き出してしまう。

 麻乃に向き直り、言葉をかけた。


「まぁ、そう心配する必要もないだろうが、気をつけていってこい」


「麻乃ちゃん、怪我しないように気をつけてね」


「出迎えも来るからさ、変なもん食って腹、壊さないようにしなよ」


「わかってるよ……あんたたちも変な心配してないで、洗礼まで気を抜かずにしっかり体を鍛えなよ」


 子どもたちの言葉に苦笑いで答えると、横から麻乃の隊員が声をかけてきた。


「隊長、そろそろ出るそうですよ」


「うん、わかった」


「それからこれ、俺たちからです」


 小坂(こさか)が小箱を麻乃に手渡した。

 怪訝な顔で麻乃が開けた小箱の中には、ピアスが入っていた。

 黒玉(こくぎょく)ほどではないけれど珍しいとされている紅石(こうせき)で造られたものだという。


「俺たちの代わりに、それを身につけていってください」


「なかなか見つからなくて、加工にも時間がかかったから、こんなにぎりぎりになっちゃって」


「どうしたのこれ……? 粒が大きいよ? よくこんなの手に入れたね?」


「五ミリ程度のものですから、大したもんじゃないですよ」


 大柄の戦士たちが揃って照れ臭そうにしている姿が、妙におかしい。市原も思わず目を細めた。

 道場に手伝いに来ているあいだも、常に数人がどこかへ出かけていた。交代で息抜きにでも出ているのかと思ったら、理由はこれだったのか。


「交代で泉の周辺を捜しまわったんです。運良く二つ見つかってほっとしました」


「まさか黒玉なんてもらってるとは思わなくて見劣りしちゃうかもしれないですけど」


「ううん、そんなことないよ、凄く嬉しい」


 麻乃は、顔をあげるとそう言い、早速ピアスを付け替えている。

 それと同時に出航時間を知らせる汽笛が海岸に響き、冷たい風が麻乃の上着の裾を翻した。

 先にタラップをあがり始めた鴇汰が振り返って麻乃を呼んだ。


「じゃあ、あとのことは頼んだよ」


 麻乃は鴇汰に大声で答えてから、隊員たちに一言だけ残した。

 こちらを振り返ると、背を正し、高田に向かって礼をする。

 周囲のぴりっとした空気に、市原も背筋が伸びる。


「それじゃあ、行ってきます」


 普段はなかなか見せることのない、しっかりした表情であいさつをし、タラップを踏んだ。


 遠ざかる船のデッキから、手を振る麻乃の姿が見えなくなった。

 それを機に修治の家族や子どもたちは、それぞれに帰っていく。


 海風は体によくないからと、塚本が多香子を連れて先に帰ったあとも、市原は高田や隊員たちと一緒に海岸に残っていた。

 船が水平線の向こうに消えてしまうまで、高田はずっと見送っていた。


 薄曇りの空からは今にも雨が落ちてきそうだ。

 さっきまではにぎやかだった海岸も、今は静けさを取り戻している。


「だいぶ冷えてきたな。市原、そろそろ戻るか」


「隊の奴らも引きあげるようですね。雨も降りそうですし、少し急いで戻りましょう」


 ざっと海岸を見渡してから、高田に答える。

 堤防にとめてある車に向かって歩きながら、高田は麻乃の隊員たちと雑談をかわしていた。


 前を歩いていた何人かがざわめき始め、なにごとかと高田とともに前に出ると、丘の上から一台の車がスピードを出したままおりてきて、堤防の脇でとまった。


 ドアが勢いよく開き、巫女が一人、あわてた様子で飛び出してきて、海岸を見つめてその場に座り込んだ。市原は思わず足を止めた。


「あれは……イナミさまじゃないか」


 高田が呟くと、何人かの隊員が駆け寄り、手を貸してイナミを立たせてやった。


「あぁ……やはり間に合わなかった……」


「どうされたんですか? 間に合わなかったとは一体……」


 ひどく憔悴した様子のイナミに高田が問いかけると、ハッと我に返ったイナミが、高田にすがりついた。


「シタラさまがお亡くなりに……事情があって、カサネさまがこの出航を一時、止めるようにと……北浜と南浜にも、サツキさまとシズナさまがそれぞれ向かわれたのですが……」


 高田は厳しい表情でイナミを見つめている。

 シタラが亡くなったのはともかく、カサネが出航を止めるように言ったというのはなぜなのか。

 事情とは一体……?

 見ると隊員たちも不安をあらわにしている。


「間もなく元蓮華(れんげ)の皆さまに、中央より呼び出しがあるでしょう。高田さまへも御足労いただくことになります。よろしければこのまま、私と一緒に中央までお越しいただけないでしょうか?」


「ちょ……ちょっと待ってください、一体、なにがどうしたというんですか? 出航を止めようって、なんだってそんな……たった今、出ていったばかりですよ?」


 麻乃の隊の小坂が、市原よりも先に二人の間に割って入った。


「はっきりとしたことは、まだわかっていないのです。軍の上層の方々を含め、元蓮華の方々にも事情をお話ししたうえでご意見をいただくというのが、カサネさまのお考えだそうです」


「そんな……」


 麻乃と鴇汰の隊員たちが、それを聞いて一斉にざわめいた。

 吹き抜ける風の冷たさが不安を一層あおり立て、身震いしてしまう。


「少し落ち着け!」


 高田の低い声が響き、ざわめきがぴたりと止まった。


「まずは私がイナミさまと中央へ行き、詳しく話をうかがってくる。戻り次第、なにがあったのかを知らせる。全員、通常通り詰所で待機していなさい。おまえたちはあとを任されている身だろう? こんなときに、おたおたとしてどうする」


 落ち着き払った高田の口調が全員の気持ちを和らげたようで「わかりました」と返事をすると、詰所に戻っていった。


「市原」


「はい」


「そういうことだ。私はこれから中央へ向かう。塚本にも伝え、あとを頼む。多香子には……まだなにも言わずにおいてくれ」


「わかりました」


 その答えにうなずいた高田はイナミをいざない、そのまま中央へ出かけてしまった。

 それを見送ってから、市原は自分の車の前に立ち、海を振り返った。

 重く広がる雲を映した水面は濃い灰色に染まり、大きな飛沫を上げて波音を響かせている。


(出航したばかりだというのに……なんだってこんな、おかしなことが……ほかの浜は出航に間に合ったのだろうか。――北浜の修治はどうしただろう)


 なんの事情もわからないまま、ただ漠然とした思いだけが広がり、車に乗り込むとアクセルを踏み込み、急いで道場へと向かった。

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