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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 秘め事

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第96話 出航前の会議

 西詰所を出る直前、麻乃(あさの)は急遽、小坂(こさか)にトラックを用意させた。


「なんでよ? 俺も岱胡(だいご)も車を出すんだから、そっちに乗っていきゃいいじゃねーの」


「そうッスよ。帰りは帰りで、俺はいったん西に戻るんスから。乗せていきますよ?」


 二人はそう言ったけれど、昨日の腕の痛みのせいで、もやもやと広がった不安を気取られたくない。


「うん、でも、道場から買い出しも頼まれてるから」


 出まかせを言ってしまってから、小坂と口裏を合わせていないことを思い出して冷や汗が出た。


「すみません。うちの隊長はとぼけた人だから頼まれごともすぐに忘れて、みなさんにも迷惑をかけてばかりで。うちのでかい車が前を走ると危ないので、お二人のあとをついて行きます、よろしくお願いします」


 小坂のほうはなにか感じ取ってくれたようで、鴇汰(ときた)と岱胡に詫びている。

 鴇汰も岱胡も、なにか言いたげではありながらも、それ以上はなにも言わなかった。


 中央までの道のりを麻乃が寝たふりで過ごしても、無理を言った理由も言わなくても、小坂もなにも聞かずにいてくれた。


「それじゃあ、今日はそんなに時間がかからないと思うから、買い物を済ませたらここで待っててよ」


 助手席から飛びおりると、小坂に適当な食材を買ってくるよう頼む。

 隣の車からおりた鴇汰と岱胡に向かって頭を下げて、小坂は花丘(はなおか)へ向かって車を出した。


「ちょっと着くの遅かったみてーだな」


「早く行きましょうよ。俺、また(たくみ)さんに、頭を引っぱたかれるのはごめんですからね」


 岱胡にうながされて、急ぎ足で会議室へ向かう。

 ちょうど、上層部が入っていくところとかち合い、間に合ったことにほっとして席に着いた。


 シタラの姿は、今日は見えない。


 会議では、蓮華(れんげ)不在のあいだの各詰所へ詰める部隊の振り分けと、各部隊への細かな指示や連絡事項が伝えられるだけだ。


 これまで、大陸に渡っているあいだに襲撃を受けたことが、何度かあった。

 不在ではあっても、常に防衛は果たされている。

 敵に堤防を越えられるかもしれないなどとは、誰ひとり微塵にも思っていない。


 怖いのは、自分たちがいないあいだの襲撃で、命を落とす者や、大きな怪我を負ってしまう者が出てしまうことだけだ。

 なにも知らないまま、なにもしてやれないまま、戻ったときに誰かが欠けている。それだけは避けてほしいと心から思う。


「今回も例年通り、西浜からロマジェリカ、北浜からジャセンベル、南浜からヘイトと庸儀へ向かってもらう。船については昨年よりずいぶんと改良されたと聞いている。各国へは一日から三日で着けるだろうということだ」


「さすがに大陸の戦艦のようなスピードではないが、これまでに比べればだいぶ楽になろう。停泊予定の島も例年通りとはいえ、今回は慣れないものが多い。間違えのないように、よく位置を頭に入れておくように」


「停泊予定は一週間、不測の事態が起こった際には、速やかになんらかの手段で船に連絡を入れること」


 隣に座っていた鴇汰が麻乃に身を寄せ、肘を突いてぼそりと呟いた。


「速やかに連絡ってったって、俺も麻乃も術、使えねーよな? なにもないだろうけど、連絡手段も考えないとヤバイか?」


「ん……要はなにもなけりゃいいんだよ。大丈夫、体さえ無事なら、あたしがなんとしても活路は開く。多少手荒になったとしても、ね」


 麻乃は資料に目を通す振りをして、肘かけに寄りかかりながら答えると、鴇汰がふっと鼻で笑ったのが聞こえた。


 連絡方法……。


 つと、修治(しゅうじ)に視線を向けた。

 珍しくぼんやりした様子で、窓の外に目を向けている。

 岱胡が修治も式神を出すと言っていた。


(なにかあったときは、それを使うんだろうか……)


 ここ最近は、大陸からの襲撃もない。

 特になにか問題があったわけでもない。

 地区別演習で西区が優勝したというのは、道場のほうから連絡が行っているだろう。

 こうやって顔を見ると、話すことがなにもない、ということに違和感を覚える。


(前はどんなふうに会話していたんだっけ)


 そんなことも思い出せない。

 多香子(たかこ)のことも、左腕のことも、大陸に渡る不安も、言えないことばかりが増えていくようだ。


 以前は特に意識しなくても、修治がなにを考え、次にどんな行動に出るのかが、麻乃にはすぐにわかった。

 今はまるで掴めない。


 修治が窓から視線を外したのを見て、あわてて顔をそむけた。


「では、出港は午前七時、明日は十分に休息を取り、各自、遅れのないよう準備をするように」


 上層部が全員出ていったあと、いつものように、全員が会議室に残ったままでいた。

 意識をしたわけでもないけれど、それぞれが組み合わせ通りに寄り合っている。


「鴇汰、今日はこのまま中央に残るんでしょ?」


「ああ。なんだかんだであちこち動き回ってたから、隊のやつらとも色々と話をしとかねーとな」


「そうだよね。それじゃあ、入りは当日?」


「まさか。うちのやつらは戻るまで西詰所だから、明日の夕方には、全員でそっちに行くよ」


「わかった。それじゃあ宿舎のほう、すぐ使えるようにしておいてもらうよ」


 資料をかばんに詰め込み帰り支度を始めると、なにか視線を感じる。

 みんなが自分を見ているような気がして、緊張のあまり全身の神経がぴりっとした。

 注目されている意味がわからないのは、居心地が悪い。


(あたし……近ごろ、なにか変な行動とかしたっけ? なにもしてないはずだけど……)


 心当たりがないまま、立ちあがったところを巧に呼び止められた。


「なに?」


「あんた黒玉(こくぎょく)、身につけてるの?」


「あぁ、これ……?」


 襟もとからいつの間にか出ていた黒玉に触れた。


「だって、こうしていないと失くしちゃいそうな気がしたから」


「そうなのか? こんな高価なもん、うっかり紐が切れて落としたらと思うと、身につけるのも怖いぞ。俺は袋に入れてかばんの底にしまっちまったけどな」


「ええっ? トクちゃんは神経質になり過ぎでしょ? 私はかばんの内ポケットにしまったわよ」


「おまえだって、俺とそう変わねぇじゃないか」


 巧と徳丸(とくまる)のやり取りを見て、麻乃の緊張がほぐれた。

 さっきの視線は、黒玉を見ていたのかもしれない。


 これまで取ってきた態度を思えば、関わりを絶たれてもおかしくないのに、誰も変わらず接してくれ、心からありがたいと感じる。


「やっぱりみんな、身につけないんだ?」


「そりゃあ、本当は身につけたほうがいいんだろうけどね、こんな大きさじゃ、落としたときのことをつい考えちゃうのよね」


 巧の言葉を聞いて鴇汰を見ると、ほらな、とでもいうように、首をかたむけた。


「あたし、岱胡に同じことを言われてかばんにしまおうとは思っていたんだけど、すっかり忘れていたんだよね。戻ったらすぐにしまわないと、気づいたら石だけなかったなんて、洒落にならないよね」


「そうよ。あんたは移動に馬を使うんだから、私たちより危ないわよ」


「無事に戻ったら、返せ、なんて言われるかもしれないしな」


 確かに、徳丸のいう可能性もある。

 修治はどうしているんだろうか。

 やっぱり身につけずに、荷物と一緒にしているんだろうか?


 視線を移すと、ついさっきまで岱胡と話をしていた修治の姿がない。

 穂高(ほだか)梁瀬(やなせ)と額を寄せ合って話をしている岱胡に近づいた。


「ねぇ、修治は?」


「明日はゆっくりしたいから今日中に北に移動するって、もう帰りましたよ」


 愕然として会議室を飛び出した。

 なにを言うかなど考えてもいない。それでも、このまま別れてしまうのがどうしようもなく嫌だった。


 麻乃は必死に廊下を走り、軍部の入り口までくると、トラックの前で小坂と話をしている修治を見つけた。

 言葉がなにも浮かばないまま、息を整えてゆっくり階段をおりる。

 麻乃に気づいた小坂の視線が動き、それを見たのか修治が振り返った。


「じゃあな」


 小坂の肩をたたき、そのまま車に向かっていった修治を追いかけ、シャツの背をつかんだ。

 ちらっとこちらを見た小坂は、そのまま車に乗り込んでエンジンをかけた。

 立ち止まり、振り返った修治の表情は驚いているように見える。


「どうした?」


「ん……その……なんていうか……元気だった?」


 そんなことが聞きたいわけじゃないのに、口をついて出たのは、そんな言葉だった。情けなさに、麻乃はうなだれて目を閉じた。


 修治の漏らした息が、麻乃の頭の上を通り過ぎる。


「おまえはどうなんだ?」


「あたしはなにも変わりはないよ」


「そうか……」


 ちらりと見上げると、修治は腰に手を当て門のほうを向いていた。


「ロマジェリカはずいぶんと難しそうな国じゃないか。まぁ、おまえに心配は無用だろうが、気をつけていってこいよ」


「うん、修治も気をつけて」


 修治が帰ろうと車のドアに手をかけたところを、麻乃はまたシャツの裾をつかんで止めた。


「……今度はなんだ?」


 小さくため息をついた修治が、麻乃を振り返る。

 なんだと問われても、麻乃自身、なにがしたいのかわからない。


「うん……」


「おまえまさか、ビビってるんじゃないだろうな?」


「違うよ、そんなんじゃない。あたしが一緒じゃないからさ、不安なんじゃないかと思っただけだよ」


 修治の言葉にはっとして顔をあげ、麻乃は口を尖らせて答えた。


「俺が? おまえがいないから?」


「うん、そう。ホントは不安なんでしょ?」


 修治は大声で笑った。

 こんなふうに笑ったのを見たのは久しぶりだ。


「馬鹿か、それは俺のセリフだろうが。まぁ、そんな口が叩けるくらいなら、心配する必要はなさそうだな」


 冗談でも、不安だと言ってくれるかと思った。

 まさかこんなに笑われるとは思わず、はにかんだのを隠すように唇を噛んでうつむいた。

 それでも、ほんの少しだけ不安が和らいだ気がする。


「……まだ痛むのか?」


「えっ?」


 なんのことだかわからずに顔をあげると、修治の視線が麻乃の手もとに向いている。

 無意識に右手で左腕を揉むようにしてさすっていた。


「ううん、全然平気。ここしばらくは全然痛まないよ」


 厳しい目を向けられてたじろいでしまう。

 昨日、痛みを感じたことは悟られないようにしようと思っていたのに。


「このあいだ……直しに出した刀がなかなか戻ってこなくて、実はちょっと不安だったんだ。でも昨日、戻ってきて……今はなにも心配することはないよ。腕だって、本当に平気だし」


「そうか。なにもないならそれでいい。今度の豊穣が済んだら、色々と忙しくなるだろうからな。おまえにも面倒をかけるが……」


「面倒なんかじゃないよ、だってあたし、凄く楽しみにしてるもん!」


 言葉をさえぎって答えた声のトーンが高くなったせいか、修治の表情に少し焦りの色が見えた。


「だから……一日でも早くさ……あたしたち、無事に帰って来られるよね?」


 無事に帰ってこよう。

 麻乃は本当はそういうつもりだった。

 そう言わなければいけなかったのに、なぜ今、こんな疑問を投げかけてしまったのか。


 これ以上、口を開くと言わなくていい言葉ばかりがこぼれ出てきそうで、手のひらで口もとを隠して顔をそむけた。

 修治の手が伸びて頭に触れた。

 くしゃくしゃと髪をなでられた感触が、ひどく懐かしい。


「ったく……なんて顔をしてやがるんだ。そんなに不安そうにされたら、こっちまでそんな気分になるだろうが。俺たちは絶対に大丈夫だ。なにもありやしないさ」


「うん、そうだよね……」


 そっと胸に寄りかかると、修治は肩を抱き寄せ背中を軽くたたいてくれた。

 頬に伝わる温かさが、数秒のあいだ、昔から変わらない安心感を呼び戻した。

 突然、肩に触れていた修治の手にぐっと力がこもった。


「麻乃、おまえな……あいつにだけはそんな顔を見せるな。あれは必ず、おまえと一緒になって不安になる」


「えっ?」


「動じるなよ。迷うな。いいか? あいつを前に出させて、おまえは後ろをしっかり見てやれ。あいつが振り返ったときには、そんな顔をするんじゃないぞ。絶対にな」


 顔を上げると、修治はなぜか怒っているように見え、きつい視線を一点に向けている。

 振り返ると、階段の上に鴇汰と穂高が立っていた。


(なんでこのタイミングで来るかな……)


 二人の気が合わないのは承知しているし、修治のこととなると鴇汰の反応がきつくなるのも、いい加減わかっている。

 やっとホッとできて安心したのもつかの間で、あとでまたなんの言いがかりをつけられるのかと思うとげんなりしてしまう。


「麻乃、帰るんならかばんぐらい持って行けよ、忘れてるぞ」


 鴇汰が階段をおりながら、かばんをかかげてみせた。むっとした表情で、目は修治に向いている。

 修治は鴇汰にちらりと目を向けると、面倒くさそうに言い捨てた。


「ゴチャゴチャ言われても面倒だからな。俺は帰るぞ。おまえも小坂と早く帰れ。それから、俺の言ったことを忘れるなよ」


「うん。わかった。ホントに気をつけて……戻ったらまた、ゆっくり話せるよね?」


 黙ってうなずいた修治は車に乗り込み、さっさと敷地を出ていってしまった。頭に残った手のひらの温かさを、麻乃はしばらく消せずにいた。

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