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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 秘め事

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第96話 見えるもの

*** 穂高




 突然、会議室を飛び出していった麻乃(あさの)を、巧(たくみ)も徳丸(とくまる)も唖然として見ていた。

 梁瀬(やなせ)と岱胡(だいご)も黙って入り口を見つめている。


「まだ修治(しゅうじ)なのかよ……」


 鴇汰(ときた)の呟きが穂高(ほだか)の耳に届いた。

 机に片肘をつき、鴇汰は前髪を掻き上げてから、ひとつ深く息をついた。それから、荷物をまとめ始める。

 このあいだまでのような、苛立った雰囲気にはなっていないようだ。


(ちゃんと考えるって言ってくれた)


 北区まで来たとき、鴇汰がそう言っていた。

 それが変な不安や苛立ちを抑えているんだとしたら、麻乃の影響力は大したものだ、と穂高は思う。


「……あいつ、鞄を忘れていきやがった」


 立ち上がった鴇汰が、麻乃の鞄を掴んで会議室を出ていった。


「ちょっと、一人で行かせて平気?」


 巧が穂高を振り返った。

 梁瀬の話の続きも気になったけれど、確かに、あの三人を一緒にさせるのは危ない気もする。

 かといって、巧や徳丸では持て余してしまうかもしれない。


「うん、俺もついていくよ。こんなときに揉めごとは避けたいからね」


「そうしてくれる? 穂高が一緒なら安心だから」


 巧に答えると、荷物を背負って鴇汰のあとを追う。廊下に出ると、鴇汰は窓から外を見下ろしていた。釣られて外に目を向けると、トラックが停まっているのが見えただけだ。


「なぁ鴇汰。昼飯、どうするつもりだい?」


「ん……? あぁ、どうするかな。こっちの部屋にはなにも残してねーし、穂高はどうすんのよ?」


「俺は今日は夕飯までに家に帰ればいいから、昼は暇なんだよ。花丘(はなおか)にでも行かないか?」


「そうだな」


 生返事をして歩き始めた鴇汰と並び、玄関に向かう。

 ガラス扉に手をかけた鴇汰の動きが急に止まり、穂高はその背にぶつかった。思わず口から声が出そうになるのをこらえ、一呼吸ついてから問い掛ける。


「なんだよ、急に止まって。どうかしたのか?」


 鴇汰の背中越しに外を見ると、麻乃と一緒にいる修治が、珍しく大笑いをしている。一時はぎすぎすとしていた二人も、今は以前のように戻ったということか。


 そういえば、今度の豊穣(ほうじょう)の儀(ぎ)から戻ってからのことを、修治はなにも言わなかった。

 出発前に話すことで、みんなの気が削がれるのを心配したんだろうか?


 扉の取っ手を掴んだまま、動く素振りも見せない鴇汰が、どんな表情をしているのかは見るまでもなくわかる。


(戻ってからのことを知っていれば、こんなところを見ても、大して感情を揺さぶられないだろうに)


 麻乃の髪に修治が触れた直後、二人があまりにも自然に寄り添った。

 恋人同士がするようなそれとは明らかに違うなにかが、穂高には見えた。

 やっぱり二人のあいだには、もうなにもないんだと、はっきりと感じる。


「なぁ、あいつさぁ……」


 鴇汰がぼそぼそとなにかを言った。

 よく聞き取れず、聞き返すと「いや、いいんだ」そう言って扉を押し開けた。

 外から入ってくる風が、やけに冷たい。

 穂高はつい、首をすくめた。


(今……なにを言おうとしたんだろう。あいつって、修治さんのことか? それとも麻乃?)


 どちらにしても、今は聞けそうにない。


 修治の目がこちらを向き、眉を寄せて鴇汰を睨んだ。

 その視線を逸らさないまま、麻乃になにかを話しかけ、麻乃もこちらを振り返る。


「麻乃、帰るんなら鞄ぐらい持っていけよ、忘れてるぞ」


 鴇汰が手にした鞄を掲げてみせた。

 けれど視線は修治に向いていて、表情はわずかに強張っている。


 このまま降りたら、鴇汰は修治に突っかかっていくんじゃないかと不安でしょうがない。ところが修治のほうは、さっさと車に乗り込んで出ていってしまった。


「隊長、こっちもそろそろ戻りましょう」


 トラックの中から小坂(こさか)が呼びかけている。こちらへ駆け寄ってきた麻乃は、鴇汰から鞄を受け取った。


「ありがとう。あんたたち、もう帰るの?」


「俺と鴇汰はこれから昼飯でも行こうか、って言っていたんだ。夕飯には自宅に戻るけど、それまで暇だしね」


「そっか。自宅に戻るんなら、チャコによろしく伝えといてよ」


「わかった。戻ってからでも、時々、顔を出してやってくれよ。比佐子(ひさこ)も暇を持てあましてるだろうし」


「うん、比佐子にも同じことを言われてるよ。鴇汰、明日はくれぐれも運転に気をつけてよね。じゃ、待ってるから」


 麻乃は、ぽんぽんと鴇汰の肘の辺りを叩き、急ぎ足でトラックへ戻っていく。

 麻乃を見送っている鴇汰の口もとが、一瞬、ひどく緩んだのを、穂高は見逃さなかった。


 多分、鴇汰は今、自分の中で必死に感情を抑えているつもりなんだろう。

 それでも、不機嫌さも嬉しさも、顔にしっかりと表れているから面白い。


(待ってるから)


 たったそれだけの言葉で、あんなにも嬉しそうな表情を一瞬でもされると、穂高まで嬉しく思うのと同時に、子どものころの恋愛感情を思い出して照れ臭くなってしまう。


 女の子たちを相手に歯の浮くようなセリフを平然と言っては、散々遊び回っていたやつと同一人物とは、とても思えない。


「なんだ、まだ出かけていなかったんスね」


 気がつくと、全員が会議室を出てきていた。


「ちょうど昼どきだ、みんなで一緒に飯でも食いに行くか? 巧、おまえはすぐに自宅に戻るのか?」


「そうねぇ……子どもたちもまだ道場だろうし、お昼を済ませてから戻るわ」


「みんなで一緒に飯を食うなんて、滅多にないっスもんね。早く行きましょうよ」


 岱胡がさっさと速足で車に向かい、手招きをしている。腹が減っているだけなのか、それとも本当にみんなで出かけるのが嬉しいのか、穂高にはわからない。

 花丘に着くと、一番大きな店に入り、個室を取った。


 それぞれが好きなものを食べ、雑談を繰り返す時間はとても穏やかで、普段の忙しさもあさってからの不安も、少しのあいだ、忘れさせてくれる。


「ずいぶんと機嫌が良さそうじゃない? あれなら、大陸へ渡っているあいだも大丈夫そうね」


 隣の巧が肘を突いてきて、鴇汰に視線を向けた。


「まったく。わかりやすいやつだよ、全部顔に出ているからね」


「ま、そのほうがこっちも対応しやすいから助かるけどね。これで少しは向こうに行っているあいだの不安が減るわ」


 巧はくすくすと笑い、安心した表情を見せた。

 穂高もその気持ちがわかるだけに、機嫌が良さそうに岱胡と会話をかわしている鴇汰を見ながら、つい、笑みがこぼれる。


「ところで梁瀬さんは、まだあのことを?」


「あぁ。ヤッちゃんねぇ……」


 巧は一番端の席で一人、難しい顔をして、黙々と食事を続けている梁瀬に視線を移した。


「どうしても、ってずいぶんとごねてたから。あまり無理を言うやつじゃないのに、トクちゃんも困ってたけど……行き先はヘイトだし、少しのあいだならってことになりそうよ」


「そう……」


 大陸に渡ったついでに、どうしても調べたいことがあるんだと、今日になって突然に打ち明けられた。

 古い伝承についてわかることを一つでも持って帰りたいと言っていた。

 徳丸と巧が、しつこく理由についてを聞き出そうとしていたけれど……。


「はっきりと言いきれないから、今は話せない」


 その一点張りで、梁瀬は一向に引こうとしない。

 自分の意見を押し通そうとするタイプではなく、なにかをするときには思惑のすべてを語ったうえで、他人も巻き込んで調べつくそうとするのに、今度に限っては恐ろしく口が堅い。


 シタラの黒玉の一件で、意味のよくわからない式神を送ってきたことと、なにか関わりがあるんだろうとは思っている。

 とすると、その調べたいことの中身はきっと麻乃に関連することだろうというのも想像がつく。


 鬼神(きしん)の血筋はあくまで泉翔(せんしょう)に伝わるもので、大陸の古い伝承で麻乃に繋がるなにかがわかるとは思えないし、なぜそれを知ろうとするのか、その意味も理解できない。


 ただ、梁瀬のことだ。

 うちに強かさを隠し持っているぶん、手ぶらで戻ってくるはずはないだろう。

 戻ったときに持ち帰ったものがなんなのかを、穂高も知りたいと思った。


「俺は少し興味があるかな。初めて行く国だし、様子も変わっているだろうから難しいことはたくさんあると思うけれど、俺も庸儀(ようぎ)でなにか手に入れられるものがあるなら、協力してあげたいと思うよ」


「あんたまでなにを言い出してるのよ?」


「だって、いつも梁瀬さんには世話になってるしね。もちろん、進んでなにかするっていう意味じゃなく、通りすがりに必要と思えるものがあったとしたら、ってことだよ」


 巧は机に肘をつき、湯飲みを手のひらで包むように持って視線を天井に向けた。


「そうねぇ……いくつか村を通り抜けることになるものね。場合によっては持ち帰れるものがあるのかもしれないわね」


「行ってみてからじゃないと、どうにも言えないし、期待をさせても手ぶらで戻る確率のほうが高いけどね。なにかしてあげたいと思うんだ」


「わかった。考えてみようじゃないの。ただし、行きは絶対に駄目よ、なにもしない。するなら帰りね」


 巧の言葉に、穂高は大きく頷いた。

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