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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 北から西へ

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第81話 眠りから覚めて

 ひんやりとした風が通り抜けて、鴇汰(ときた)は目が覚めた。

 窮屈なところへ閉じ込められたかのように、体が強張ってきしんでいる気がする。


 状況が掴めなくてぼんやりと横になったまま、視線だけ動かした。

 暗い中、目が慣れてくると、狭い車内にいることに気づいた。


(なんで俺、こんなところに……)


 そう思った次の瞬間、中央で梁瀬(やなせ)に運転を代わってもらい、眠ることにしたのを思い出した。

 はっとして飛び起きようとすると、シートベルトで体が抑えられていて、勢いで鴇汰の肩にベルトが食い込んだ。


 焦って外して起きあがり、腕時計を見ると、もう午前二時を過ぎている。

 まだ頭が働いていないせいで簡単な計算もできず、中央を出た時間から指折り数えた。


(四時ぐらいに向こうを出たから……五、六……十時間も寝ちまったんだ)


 後部席に目をやると荷物はなにもない。

 窓を全部閉めて車をおり、ロックをかけると、伸びをして体をほぐしてから会議室へ向かった。

 

 詰所の中は静まり返っていて、自分の足音だけが響いている。鴇汰は会議室のドアに手をかけた。 

 明かりの点いているドアを思いきり開けると、中にいた岱胡(だいご)と梁瀬が驚いた顔で振り返った。


「やっと起きてきました? ずいぶん疲れてたみたいッスね」


「あんまりよく寝てるから、このまま朝まで起きてこないかと思ったよ」


 岱胡が机の上にあったポットから、コーヒーを注いでいる。

 鴇汰は椅子に腰をおろし、両手で顔をこすると、ふっとため息をついた。


「んなわけねーじゃん、それじゃ北を早く出てきた意味がねーよ。ったく、起こしてくれりゃあいいのに、もうこんな時間じゃんか!」


 起きられなかった自分が悪いのに、つい口調が荒くなる。

 鴇汰はむっとした顔で二人を睨んだ。


「そうはいっても、あんなに爆睡されてたら起こせないッスよ」


「それに、そのおかげで僕らも仮眠できたしね」


 テーブルの端のほうには、食べもののゴミやグラス、カップが散らかったままになっている。

 部屋の空気がこもって淀んでいる気がして、窓を全部開け放つと、早々に片づけを始めた。


「おまえらなぁ、食ったもんくらい、片づけろよな」


「あぁ、軽く食べてそのまま寝ちゃったんスよね」


 岱胡がゴミを袋に放り込みながら言った。

 外から入ってくる風は夜のせいか、とても冷たくて、梁瀬がくしゃみをしている。


「仮眠したってことは、まだなにもやってないのか?」


「そりゃあ、なにかしようにも、情報持ってる鴇汰さんが寝てたんスから」


「そっか。そんじゃ、どうする? すぐやるか? それともまず、なんか食う?」


「僕、なにか温かいものを食べたいよ」


 梁瀬がそう言うので、洗い物をさげるついでになにか夜食を作ることにした。


「そういや麻乃(あさの)は?」


「あの人ならさっきまでいたんスけど、いったん戻るって……」


 そこまで聞いたところで、鴇汰は会議室を出た。


(なんだよ、すれ違いかよ。ちゃんと起きてたら一緒にいられたのに。これならいっそ、朝まで寝てても良かったじゃんか)


 今日はどうしても眠気に勝てなかった。

 着いたら起こしてくれるだろうと当たり前のように思っていたのに、まさか放置されるとは。


 急に冷え込んできた気がして、鴇汰は体が温まりそうなシチューを作った。

 大鍋を手に会議室へ向かう途中、宿舎のほうから麻乃が歩いてくるのが見えた。


「あれ? 起きてきたんだ? 朝まで寝てるかと思ったよ」


「えっ? なに? おまえ、道場に戻ったんじゃ……」


 風呂にでも入ってきたのか、麻乃はバスタオルで髪をわしわしと乱暴に拭いている。おまけに、またパジャマだ。


「いや、八時過ぎくらいに来て、それからずっといるけど? 今ちょっと宿舎に戻ってシャワーと着替え」


「ふうん……ってか、また髪、濡れたまま……それになんでパジャマ?」


 会議室の手前で足を止めた。

 少し先で麻乃も立ち止まり、こちらを振り返った。

 パジャマ姿の麻乃を見ていると、なんだか胸の奥がざわめく。


「うん? 梁瀬さんたちが仮眠を取ってるあいだ、あたし、鴇汰が起きてくるかもしれないと思って待っててさ、これから仮眠を取るんだよね」


「えっ? じゃあ宿舎に戻るのかよ?」


「まさか。布団で寝たら、きっと昼まで起きられないよ。会議室の隅にあるソファに毛布を持ってきたから、そこで寝ようと思って」


「あの部屋、変に冷えるぞ? 髪ぐらい乾かさないと、風邪でも引いたらどうすんのよ」


 麻乃がドアを開けてくれ、中に入ると机の端に台拭きを敷いて鍋をおろした。


「岱胡、皿とスプーン!」


「へーい」


 岱胡が出ていってから、鴇汰は麻乃に問いかけた。


「麻乃どうする? 食ってから寝るか? 起きてから食う?」


「そうだな……食べてからにしようかな」


 喜んでるような表情で麻乃が答えたのが、やけに嬉しかった。


 軽く夜食をとったあと、地図を広げて岱胡とやり取りを始めると、麻乃はソファで眠ってしまった。

 梁瀬に聞くと、もう麻乃からは情報をもらって、あとは地図とメモで十分だと言う。

 部屋の隅に置かれたソファに、鴇汰は視線を移した。


「あんな小さいソファでよく寝られるよな」


「俺らじゃ苦しくて寝てらんないッスね」


 鴇汰のつぶやきに、岱胡が笑う。

 穂高(ほだか)が書き込みをした地図を見ながら、岱胡は麻乃の地図を広げて比べてみせた。


「だいたい、穂高さんと同じですけど、俺はこの右側のルートより、左側を通るほうがいいと思いますよ」


 そう言って、奉納場所に向かって川の左側を指した。


「なんでよ?」


「高低差があるんで、同じ川べりでもこっち側のほうが低いんス。だから城から見えにくい、ってことは見つかりにくいってことですからね」


「ふうん……」


「実際、敵兵と遭遇したときは右側にいたんッスけど、崖の高さも相当ですよ。あの穂高さんでさえ飛び込むの躊躇するんですもん。思わず突き飛ばしちゃいましたよ」


 そういえば、穂高も岱胡に突き落とされたと言っていた。


「それから暗くなってからですけど、テントは絶対に遮光タイプで、細心の注意を払わないと駄目ですよ。火は絶対使っちゃ駄目です」


「火も使えないのかよ! だって、そしたら飯は?」


「日中、作っておいてください」


 聞けば聞くほど、なにもかも面倒だ。

 鴇汰は髪を掻き上げると、鼻で大きく息を吐いた。


「鴇汰さんは知ってるでしょうけど、あの国は血を重んじてますから、鴇汰さんの容姿ならまだしも、俺や麻乃さんなんて捕まったら即、処刑台ッスよ」


 ――そうだ。


 あの国では混血や異人を忌み嫌う。

 鴇汰も一見ロマジェリカの外見だけれど調べられてハーフだと知れたらアウトだ。


 たとえ純血であっても、混血の血を宿しただけで殺されてしまう。

 かつて鴇汰の両親がそうであったように――。


豊穣(ほうじょう)の儀を無事に済ませても、上陸ポイントに戻るまで、まったく気は抜けないってことか」


「ですね。慣れれば普通のことなんですけど、最初はキツイと思います」


「あいつより腕が劣るぶん、足手まといにならないように気合入れないとな……」


 眠っている麻乃のほうへ視線を向け、自分に言い聞かせるようにつぶやいた言葉を、岱胡は聞き逃さなかったようだ。


「二人とも、そこらの雑兵(ぞうひょう)相手ならなんてことないでしょ、大丈夫ッスよ」


「渡る前からこんなに不安なのは初めてだ」


 どれだけ地図を見たところで、なんら変わりはないとわかっていても、頬づえをついたまま何度もルートを指でなぞった。

 

 岱胡は梁瀬のほうを見て、地図とメモに釘づけになっている姿を確認してから、鴇汰に額を寄せ、声をひそめた。


「俺、ずっと鴇汰さんは彼女持ちだと思ってたけど、違ったみたいッスね」


 思わず大声が出そうになるのを、鴇汰は辛うじてこらえた。

 前に穂高が、叔父の式神と一緒にいるところを見たのは岱胡だと言ってたっけ。


「馬鹿! あれは式神! 変な勘違いすんじゃねーよ」


 声を殺して岱胡を睨みつける。

 

 岱胡の突然の発言に、鴇汰の心臓は跳ね上がった。まさか自分の気持ちが他人に見透かされているとは思わなかった。顔が熱くなるのを感じながらも、必死に平静を装おうとする。


「浮気や二股とかする野郎は、俺、信用できないッスけど、フリーなんですもんね。なんの問題もないッスよね」


「なにがよ?」


「さっきから不安そうですけど、お目付役もいないことだし、案外いい旅になるかもしれないじゃないですか。それに――」


 言い終わるか終わらないかのうちに、岱胡の頭を思いきり引っ叩いた。

 ぱーんといい音が会議室中に響き、梁瀬がびっくりした顔でこちらを向いた。


「なに? 今の音?」


 顔が燃えているように熱い。

 絶対、赤くなっている。


(この馬鹿……唐突におかしなことを言いやがって……)


 そう思いながらも返す言葉が出てこなくて、鴇汰は隠すように頬づえをつき、二人から顔をそむけた。

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