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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 疑念

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第48話 疑念の芽生え

*** 穂高




 やっぱり気にはしているようだ。鴇汰(ときた)の反応を見て、穂高(ほだか)はあらためて思った。

 まだ子どもだったころ、地区別演習のあとに行われている演武や太刀合わせで、初めて麻乃(あさの)の姿を見てからずっと、鴇汰は麻乃を想っていた。


 十五歳のときに演習でコテンパにやられたときでも、悔しがっていた割に、初めて話をした嬉しさが隠せないくらいだったし、何度も鴇汰自身からその気持ちを聞いていた。


 今も、わざと素っ気ないことを言ってみたら、あの態度だ。どう考えても鴇汰の想いは本物なのに、麻乃はきっぱりと否定する。


(もしかしてなにも聞いてないの?)


 一体、なにを聞いていないというのか。鴇汰がなにか隠してる――?


 幼馴染で、蓮華(れんげ)になってからもずっと色々なことを話してきて、すべてを知っているわけじゃないとはわかっていても、大切なことはなんでも知っているつもりだった。穂高にとって鴇汰は、嘘をつくような相手ではなかった。鴇汰にとっての自分も、そうだと思っていた。それなのに麻乃は、穂高の知らない重要な事実があることを、当然のように言った――。


 あんなふうに麻乃が言いきるほどのことを、穂高が聞かされてないとは思えない。もしかしたら穂高が見落としていることがあるのかもしれない。鴇汰の些細な変化や、何気ない言葉の端々に隠された意味を、親友だと思っていた自分が気づけなかったということだろうか。


 いっそ、なんのことだか、鴇汰に聞いてみようかとも思った。


 ただ、もしも本当に鴇汰がなにかを隠しているんだとしたら、その性格上、聞き出すのは容易じゃないだろう。むしろ、下手に詮索すれば、今以上に頑なになってしまうかもしれない。


 あれこれと考えていたら、思ったよりも早く中央に着いてしまった。


 結局、鴇汰とはなにも話さないまま、雰囲気も最悪だ。


 車を降りると、背後からクラクションが響いた。振り返ると、巧(たくみ)と岱胡(だいご)が着いたところだった。穂高と同じタイミングで振り返った鴇汰の顔を交互に見て、巧が眉間にしわを寄せ、車を降りた岱胡は立ち止まった。


「先に行く」


 一言だけ言うと、鴇汰は自分の荷物を下ろし、足早に宿舎へ歩いていった。その後ろ姿は、いつもより小さく見えた。


「あんたたちどうしたのよ? 喧嘩でもした?」


 目の前まで来ると、巧は鴇汰の後ろ姿を眺めながら問いかけてきた。


「そんなところかな」


「珍しいッスね、二人が喧嘩なんて。さっき、振り向いたときの顔、凄かったっスよ」


 「色々あってね。まぁ、たまにはこんなこともあるよ」


 苦笑いで、適当に答えた。

 穂高は車から荷物を出して肩に掛けると、二人をうながして歩き出した。



♢



 翌日、会議が始まる直前に修治(しゅうじ)が来た。

 どうやら麻乃は来ていないらしい。


 この一週間も、どの浜にも敵襲はなく、諜報員の報告だけがなされた。


 相変わらず上層部は楽観視している。

 庸儀《ようぎ》に出ている諜報員からは、まだ赤い髪の女の報告は上がってこない。


「あの容姿が目立たないとは思えないのに、なかなか上がってこないのね」


「そうは言っても情報収集も思う以上に大変なんだろうさ。向こうも状況が変わったことだろうしな」


 巧がじれったそうに、手にした報告書を机に放り投げたのを見て、徳丸(とくまる)がなだめている。


「そういえば麻乃は今日も来なかったけど、演習、そんなに忙しいの?」


 終始、憮然とした表情のままの修治に、巧が問いかけた。


「さぁな、来るかと思って待ってみたが、連絡も寄越さなかったよ。あいつのことは、俺にはよくわからない」


「なによ、あんたたちも喧嘩?」


「……そんなところだ」


 鴇汰の視線が修治に向いた。

 修治も鴇汰を見た。

 数秒、睨み合ったあと、修治は立ち上がり、黙ったまま会議室を出て行った。


「修治のやつ、どうかしたのか?」


「さぁ? 麻乃とうまくいってないのかしらね」


 修治の様子に首をひねっている徳丸と巧を横目に、穂高は梁瀬(やなせ)に近づいて声をかけた。


「梁瀬さん、教えてほしいことがあるんだけど、ちょっと時間をもらえるかな?」


「いいよ。僕にわかることならなんでも聞いて」


「ありがとう、助かるよ。じゃ、俺たちはこれで」


 穂高はみんなに挨拶をすると、梁瀬を外へうながした。


 梁瀬は眠たそうに欠伸をして立ち上がり、軍部の廊下を急ぎ足で歩く穂高のあとを追ってきた。


「ところで、教えてほしいことって? というか、どこへ行くの? 会議室じゃ駄目だった?」


「うん、ちょっと込み入った感じでね、答えは大体、見当がつくんだけれど一応――」


 梁瀬に振り返りもせず歩き続け、修治の部屋の前まで来ると、ノックをして返事を待たずにドアを開いた。





*** 梁瀬




 穂高に連れられてこられたのは、軍部の修治の部屋だった。ノックをしただけで返事も待たず、穂高がドアを開ける。比較的、細かな礼儀も手を抜かない穂高にしては、珍しい行動だ。


「おまたせ」


「早かったな」


 椅子に深く腰をかけ、腕を組んでうつむいた修治が待っていた。

 梁瀬は二人を見た。穂高の表情が普段よりも硬く、修治もどこか思い詰めたような雰囲気を醸し出している。なにか重大な話があるのだろうか。


「なに? どうしたの? なにか問題でもあった?」


「どう言ったらいいのかな……とりあえず座ろうか」


 そう言って穂高に背中を押され、椅子に腰をおろすと、修治がぽつりと言った。


「このあいだ、演習場にガルバスが出たんだ」


「うん、出たって話は僕も岱胡さんから聞いたけど、まさかあの演習場に?」


 梁瀬は二人を交互に見た。妙に険しい表情なのが気になる。ただの報告なら、こんな場所まで呼び出す必要はないはずだ。


「そのとき、麻乃が怪我をした」


「えっ?」


 梁瀬の声が思わず上ずった。麻乃が怪我?

 あの麻乃が?


「背中と足をやられて、出血も酷かったし、なにより、一人では歩けないほどの傷だった」


「あの麻乃さんが、そんなに酷く?」


 問いかけに修治は黙ったままで頷いた。


「麻乃の様子は、穂高も見ているんだが――」


「うん、医療所で、歩けなくて車椅子に乗せられるところをね」


「だから今日、会議に来なかったんだ? そんな怪我じゃ仕方ないよねぇ」


 梁瀬はようやく合点がいった。それで今日は欠席だったのか。でも、そんなことをわざわざ呼び出して説明する必要が――。


 修治は口もとに拳を当てて、なにか考えている。

 穂高は目線を部屋の片隅に移し、やっぱり考え込んでいる。

 二人の様子に、梁瀬の胸騒ぎが強くなった。ただの怪我の報告なら、こんな雰囲気になるはずがない。


「ちょっと二人とも、一体、なに――」


「――治ってるんだよ」


 言いかけた梁瀬の言葉にかぶせるように修治が言い、そのあとを継ぐように穂高が話し始めた。


「俺が医療所に迎えに行ったときには、松葉杖でやっと歩いてる感じだったのに、昨日、見かけたときには杖なしで歩いていたんだよ」


 梁瀬の頭の中で、情報が整理されていく。重傷を負った麻乃が、短期間で回復した?

 それは確かに異常だった。


「だって……僕が岱胡さんから話を聞いたのは一週間前だよ? 怪我をしたのが仮に十日前だったとしても、そんな短い間には、歩けるようにはなったとしても治りっこないでしょ?」


「それで、あんたに聞きたかったんだ」


 困惑を隠せない表情で、修治が視線を向けてくる。その目には、答えを知ることへの不安と期待が入り混じっていた。


「回復術でそこまで治せるものなのか? その……例えば一晩で」


「馬鹿なことを――」


 梁瀬は呆気に取られた。まさか回復術でそこまでのことができると思っているのだろうか。そんなことが可能なら、今まで失った仲間たちを救えたはずだ。

 椅子に腰かけ直すと少しばかり苛立って答えた。


「そんなことができるくらいなら、僕は今まで一度だって、隊員たちを亡くさずに済ませることができたよ」


「やっぱり無理だよね、うん、無理だろうっていうことはわかってはいたんだ」


「治すことが不可能なんじゃなくて、そんな短期間では無理だってことだよ」


 穂高に向かってそう答える。梁瀬は自分の術の限界を、誰よりも理解していた。


「それこそ一日中、何日も休みなくかけたら、あるいは数日で治るかもしれないけど、そんなことをしたら傷を治す前に、こっちが消耗しちゃう。傷の具合によっては、時間がかかり過ぎて治す前に命を落としてしまう可能性だって高いよ」


 顎を撫でながら修治に視線を移し、最後にぽつりと呟くように言った。


「それに……たとえ、そこまでやっても、そんな大きな怪我じゃ、一日で治るかは疑問だなぁ」


「そうか……」


 穂高の声には、予想通りの答えに対する安堵と、それでも残る疑問への困惑が混じっていた。


「だいいち、麻乃さんの場合は特に、回復術で治すのは無理だと思うよ」


「なぜ?」


 修治と穂高がほぼ同時に聞いてくる。


「ん……本当は、あまり言いたくないんだけど、かかりにくいんだよね、しかも凄く。本人は気づいてないと思うけど」


「あいつが? そんな話は初めて聞いたな」


「そりゃあ、いくら仲間だからといって、そういう話はなかなか……でもね」


 梁瀬は少し躊躇しながら持っていた資料を裏返すと、ペンで真ん中に丸を書き、それを囲うように大きく円を描いた。麻乃の特異な体質は、演習のたびに頭痛の種だった。


「例えば、僕を中心にしてこの範囲で術をかけた場合、円の中は有効なんだけど、麻乃さんは円の中にいてもそれが効かないのね」


 とんとんと紙をペンで叩く。


「金縛りなんかだと、特に顕著(けんちょ)に出るかな。演習のときなんかは本当に困るよ。一番、足止めをしたい人が止まらないんだからね」


 修治と穂高は、円の描かれた紙を見つめながら黙って聞いている。


「効きやすくなるように、前々から準備することも可能だけど、演習でそれをするのはフェアじゃないでしょ? だからこれまでやったことはないんだけど、かけるつもりなら、それに見合った日数や時間をかけて下準備しないと無理なんだよ」


「ってことは、おととい回復術をかけて昨日、治ってるってことは、やっぱり不可能だってことか……」


 修治の声には、答えが出たことへの納得と、それでも残る大きな疑問が含まれていた。


「でも、そうなるとやっぱり最初の疑問に戻るよね?」


 梁瀬の言葉に、修治は深刻そうな表情で首を振った。


「いや、疑問が増えるだろう? 誰が、どうやって――だ」


 修治が紙を手にしたまま、真顔で呟いた。

 三人の間に重い沈黙が流れる。


 梁瀬は黙って、修治の顔を見つめた。

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