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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
哀悼

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第26話 巧からの提案

 葬儀のあと、(たくみ)に呼び出されて、麻乃(あさの)修治(しゅうじ)を除いた六人が軍部の会議室に集まった。今朝、岱胡(だいご)が部屋に来たときの話では、なにか大切な話があるらしいとのことだ。


(よりによって今日かよ。午後は仕込みに時間をかけようと思ってたのに……長引くと夕飯に間に合わなくなる)


 時計を見た鴇汰(ときた)の頭には、夕飯の献立のことしかない。食材も調味料も、買い忘れはないはずだけど、ここで時間を取られると、作り切れないものが出てきてしまいそうだ。せっかく麻乃が好きな食材をたくさん揃えたというのに。


 そこまで考えてハッとする。重い空気に包まれた会議室の中で、一人だけ違うことを考えているのが少し申し訳なく思えた。


「今、報告書をまとめているんだけど……」


 と前置きをしてから巧と穂高(ほだか)が話を始めた。


「おとといのことなんだけどね、西浜にまた襲撃があったの」


「戦艦は一隻、砦に砲撃があっただけで、兵も降りてこないまま撤退していったよ」


「被害は砦が崩れただけだったけど、このところ、大陸の様子がおかしいと思わない?」


 二人の話に徳丸(とくまる)と岱胡が深くうなずいている。穂高も梁瀬(やなせ)も、思うところがあるのか真剣な表情だ。


「俺は先だっての怪我で今は休んでいるが、これまでの報告書は読んでいる。どれもこれも、大した被害は受けてないが、ここ十日ばかり、どの浜も執拗に襲撃を受けているな」


「こっちは楽って言えば楽っスけど、目的の見えてこない襲撃を何度も受けるのは、薄気味悪いっスよね」


 手持ち無沙汰なのか、岱胡はカチャカチャと自分の銃を分解し始めた。慣れた手つきで部品を外していく音が、静かな会議室に響いている。


「それでね、ちょうど諜報の連中が大陸に出ている今、どんなささいなことでもいいから、できるだけ多くの情報を集めたいと思ってるの。その件では上層部にもかけ合ってみるつもりなんだけど……」


「大陸の状況以外にも、てことっスか?」


「そう。例えば、庸儀(ようぎ)には今、際立って能力の高い武将や戦士はいるのか、ってこととかね」


「しかしな、大陸に討って出るわけでもないのに、それほどの情報が必要か?」


 みんなの同意を求める積極的な巧とは逆に、徳丸は賛成しかねる様子を見せた。眉間に深い皺を刻んで、明らかに渋っている。


「いや、もしも大陸になにか大きな変化があって、僕らで対処できないような状況に変わっていたらどうするの? なにも知らないまま、ここでいつものように受けて立ったところで、防衛が可能とは言い切れないでしょ。先に情報をつかんでおけば、迅速に対処できることも多くあると思うよ」


「うん、情報はあって損はないと思うね。後手に回ってなにもできないまま、つぶされてしまうかもしれない。状況がわかっていれば、こっちも構えてすぐに動ける」


 そう言って同調した梁瀬と穂高は、意味ありげな視線を巧と交わしていた。


「討って出るわけじゃないからこそ、情報が必要なのよ。ねぇ。防衛するってことは、受け身でいることとは違うでしょ?」


「そりゃあわかるけどな、詳細に情報を集めるとなると、長く大陸にいなけりゃならないだろう? そうなると諜報のやつらを危険にさらすことになるんじゃねぇのか?」


 腕を組んで目を閉じたまま、徳丸の表情は明らかに不機嫌に変わっている。徳丸の言うように、諜報の労力と危険を考えると、その気持ちもわからなくはないが……。

 雲行きが怪しくなってきた気がして、鴇汰は徳丸と巧を交互に見た。


「別に長く潜り込ませる必要はないわよ。短期で少しずつでも新しい情報を集めれば、自ずといろいろ見えてくるじゃない」


「だからって、なにをやらせてもいいってわけじゃねぇだろうが」


「私たち泉翔の人間は、なんのために十六まで武術を学んでいるのよ。いざとなれば、その身の一つくらいは自分で守れるようになるためじゃないの?」


「そうはいっても大陸だぞ? なにかあってもすぐに助けに行ける場所じゃねぇんだ。上層だってきっと、同じことを言うだろうよ」


「なによ? トクちゃんは反対だっていうの? このあいだは上層は現場に厳しいなんてぼやいていた癖に」


 ついに巧と徳丸が睨み合った。

 なにか大事を起こすときには、いつも意見が合い、協力し合っている二人が、今は真っ向から対立している。その異様な雰囲気に、会議室の空気が一層重くなった。


 今にもどちらかが怒鳴り出しそうな雰囲気に、岱胡もすっかり飲み込まれているのか組み上げ途中の銃をそっと机に置いた。


「ちょっと待てよ。これって重要な話なんだろ? 麻乃たち抜きで進めていいのかよ?」


 それまで黙って聞いていた鴇汰は、二人のあいだに割って入った。喧嘩でもされたら、ますます帰る時間が遅くなる。そうなったら夕飯どころじゃなくなってしまう。

 せっかくのチャンスなのに冗談じゃない。

 鴇汰はそう思っていた。


「おとといの敵襲があったとき、あの二人、浜に駆けつけてくれてね、この話をしたのよ。シュウちゃんも同じことを考えていたって言うし、麻乃も情報を集めるなら知りたい、って言ったわ」


「ふうん……そんなら俺は別に反対はしないよ。それに情報を集めるったって、今、諜報のやつらが調べてることに少し上乗せするくらいなんだろ?」


「もちろんそうよ。定期的に、少しずつね。今は庸儀のことだけでも、急いで集めたいんだけど。トクちゃん、事態は急を要するかもしれないのよ」


 徳丸は憮然とした表情のまま、大きなため息をついた。


「必要ないとは言わないが、諜報の人数を増やしてまで調べなきゃならないのは、どんなことだ? 俺には今、おまえがなにを考えてるのか、さっぱりわからねぇ」


 巧と梁瀬、穂高はそろって顔を見合わせた。三人ともなにかを言いたそうな顔をしながらも、なかなか口に出そうとしない。巧も梁瀬も言い淀んでいると、穂高が重い口を開いて話を始めた。


「おとといの敵襲は敵兵が出てこなくて、どこの国だかわからなかったんだ。でも、撤退して行くときに、戦艦の端に女が一人、立っているのが見えた。その衣装を見て梁瀬さんが、たぶんあれは庸儀じゃないか、って。その女は、真っ赤な髪をなびかせてこっちを見ていた」


「それがどうしたっていうんだ? たかが女が一人――」


 徳丸は言いかけてハッと息を呑んだ。


「ちょっと待て。真っ赤な髪だって? それは、うちの国だけの話じゃねぇのか?」


「だって、その家系は今、泉翔に一人しかいないはずっスよね?」


 岱胡が徳丸の言葉を引き継ぐようにつぶやき、巧がそれに深くうなずいた。


「だからなのよ。私は、あの女が本物とは思えないけど、確証があるわけじゃない。どうしても素性を調べたいの」


「――そりゃあ思えるわけがないよな。だって本物は麻乃だもんな」


「鴇汰、あんたも知ってたの?」


 ふうっと息を吐き、頭の後ろで手を組んで椅子を揺らしながら、鴇汰は天井を見上げた。


「まぁね。俺はさ、ロマジェリカとのハーフだから外見はこんなナリをしてるけど、中身はちゃんと泉翔人なのよ。文献だってそれなりに読んでるよ。と言っても、麻乃のことに気づいたのは、わりと最近なんだけどな」


 鴇汰の母親はロマジェリカ人で、父親が泉翔人だった。母親の血が顕著に出たせいで、外見は淡い栗色の髪に琥珀色の瞳だ。

 ロマジェリカでは血を重んじるため、両親や混血の鴇汰はずいぶんと虐げられ、一家にとってはひどく住みにくい国だった。


「もちろん僕も、自分は泉翔人だと思っている。いくつもの古い文献を読みあさったけど、麻乃さんのことを知ったのは、やっぱり最近だしね」


 鴇汰のあとを継ぐように話を始めた梁瀬はクォーターで、ヘイト人の母親を持ち、ロマジェリカ人の父親が泉翔とのハーフだと言う。

 鴇汰と違って外見にヘイトの血が濃く出ていて、金髪に翠色の瞳だ。鴇汰も梁瀬も幼いころ、ロマジェリカからこの泉翔に逃げるようにして渡ってきた。


 この国では外見で差別をされることも純血でないがゆえに虐げられることもなく過ごせた。

 好意的な人間ばかりではなかったけれど……。

 そんな当たり前の生活を送れるこの国で、泉翔人の意識に触れ、それぞれが戦士を目指し、今に至っている。


「もしもあの女が鬼神じゃなくても、なんらかの能力があるとしたら、もう目覚めていると思う。でも、どれほどの力があるのか私らにはまったくわからない」


「対峙できるとしたら麻乃さんだけかも知れないけど、彼女はまだ覚醒していないでしょ。僕らの力で敵うのかどうか、それさえもわからないのはとても怖いことだと思うよ」


「麻乃さんだけに頼るわけにもいかないっスよね。俺たちが期待するぶん、あの人の背中に荷物を積み上げることになるじゃないっスか。少しくらい負担してあげないと、あの人、つぶれちまいますよ」


 途中で放り出していた銃を、また手にして組み立ての続きを始めながら、岱胡が徳丸のほうを見て言った。確かに岱胡の言う通り、鴇汰を含めてここにいる皆が麻乃に対して少なからず期待を抱いている。剣術の腕前があるからなおさらだ。

 そのせいで苦しむ麻乃の姿を見たくない。


「わかった。そういうことなら、俺が直接かけ合ってみる。諜報はまだ何人かは残ってるはずだから、なにか言われても押し切って庸儀へ出してもらおう」


 徳丸の答えを聞いて揺らしていた椅子を戻すと机に向かい、鴇汰は組んだ手をじっと見た。五年前のことを思い出すと、今でも抑えきれない怒りが込み上げてくる。庸儀と当たったときには、必ず探し出して鴇汰が倒すと決めている。


 とは言え、なぜか当たるのはジャセンベルがほとんどだけれど……。


 あの頃、酷い噂まで立てられて、麻乃は相当嫌な思いをしたはずだ。庸儀戦の混乱の中、撤退していく庸儀の戦艦を見つめていた麻乃の顔を、鴇汰は今でも忘れることができない。


「もし、上層部が諜報を出さないなら、俺が直接、庸儀に乗り込んでやる。そんで、あのときのクソ野郎を探し出して、今度は逆に情報をぶん取ってやるよ。例えぶった切ってでも――」


 言い終わらないうちに徳丸のこぶしが鴇汰の頭を直撃した。突然降った痛みに目の前がちかちかして、鴇汰は頭を抱えてうずくまった。


「この馬鹿は本当に海を渡りそうだからな。そんな真似をさせないためにも必ず出してもらうから安心しておけ」


 痛みのあまり抱えるように頭を押さえているのを横目に、徳丸は早々に会議室を出ていった。


「それじゃあ情報が集まり次第、報告書にまとめて速やかにみんなに連絡を回すことにしよう」


「おっと。そういえば俺、シタラさまからみんなに渡すようにって、次の持ち回りの組み合わせ表を預かってたんっスよ。徳丸さん、出て行っちゃいましたけど……」


「いいよ、トクさんの分は僕が預かるから」


「そうっスか? じゃ、お願いしますね」


 岱胡は胸のポケットから折り畳んだ紙を出して配った。手渡された紙をすぐに開くと、鴇汰の目に飛び込んできたのは――。


「えっ……」


 思わず声が出ていた。周りを見ると、みんな同じ顔をしていた。

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