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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
哀悼

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第25話 合同葬儀

 修治(しゅうじ)は八時半に麻乃(あさの)の部屋へ来た。

 今から麻乃を起こして支度をさせれば、泉の森にちょうど良い時間に着くことができるだろうと思ったからだ。一応、ノックをしてからドアを開けると、麻乃はもう正装に着替えていて驚いた。


「まだ寝ているかと思ったら、珍しく早いじゃないか」


「珍しくは余計だよ。あっ、そうだ、修治! みんなに財布の中身のことを話したね?」


 苛立った様子の麻乃が噛みついてくる。これ以上は煽らないほうが良さそうだ。


「ああ。情報として、そんなこともあるって、みんなが知っておいた方がいいだろう? まぁ、もう既に知っているやつもいたけどな」


「トクさんでしょ?」


 間髪を入れずに問いかけられて、また驚く。


「なんだ、随分と情報が早いな」


「うん、さっき鴇汰(ときた)に朝ご飯ご馳走になって、そのときに聞いた」


「鴇汰が朝飯? そうか……」


(鴇汰のやつめ、なかなか素早く動きやがるじゃないか)


 心の中でそう呟いた。

 昨夜、みんなの前で麻乃が丸一日、何も食ってないという話をした。それを聞いて早くから飯の支度をしたってわけか。鴇汰が入れ込んでるのは手に取るようにわかるけれど、麻乃の方はどうなんだろうか?

 二人がどうにかなったなんて話は聞いたこともないし、そんな雰囲気を感じもしない。何より麻乃がそのことを修治に黙っているとは思えない。


「……今日の葬儀、きっとたくさんの参列があるよね」


 麻乃が不安そうにつぶやいたのが聞こえ、はっと我に返った。


「そうだろうな。今回は大勢が亡くなっているからな」


「あたし……恨まれているだろうな……」


 そう言ってうつむいた麻乃の顔は、今にも泣き出しそうに見える。麻乃はきっと、胸の内で自分を責めているんだろう。修治でさえ、もしもあのとき、もう少し早く気づいていたら、違う判断をしていたら、みんなは死なずに済んだのではないかと考える。理屈では分かっている。戦場では咄嗟の判断が裏目に出ることもある。それでも、その理屈が心の痛みを和らげてくれるわけではない。

 食事も着替えも済んでいるならと、時間つぶしにコーヒーを淹れて出してやった。


「それを考え出したらきりがないだろう? 俺たちは、それを背負わなければならない立場なんだ」


「それはわかってるよ! でも、あたしは——」


「落ち着け。おまえがそんなにうろたえていたら、あいつらが心配して旅立てないぞ。ゆっくり眠れるように、おまえがしっかりと見送ってやらなきゃいけないだろう?」


 急に感情を高ぶらせたのを落ち着かせようと、肩を抱き寄せて背中を軽く叩いた。ふっと小さくため息をつき、黙ったままで寄りかかってきた麻乃は、右手で左腕をさすっている。


 そういえば最近、麻乃はやけに左腕を気にしているように見える。西浜戦で海岸に倒れていたときも、庸儀(ようぎ)の件で倒れた日も、どちらのときも左腕を押さえていた。


「おまえ、左腕、どうかしたのか?」


「うん……なんだか時々、火傷の痕がじりじりと焼けるみたいに痛むんだ。右腕の方は何ともないのに」


「爺ちゃん先生には言ったのか?」


「傷はよくなっているから大丈夫だろう、って」


「そうか。でもな、あまり痛むようなら何度でも診てもらえよ。腕に何かあったら大変だからな。さて、そろそろ出かけるか」


 うなずいたその頭をそっと撫でた。最近の麻乃は以前にも増して不安定になっている気がする。突然苛立つことも多くなったし、意識を失くす回数も増えたようだ。前を歩く麻乃を見つめながら、修治は言いようのない不安に駆られた。


(高田先生が言う通り、麻乃は何かを隠している。そのせいなんだろうか——?)


 だとしたら、麻乃は一体、何を隠しているんだろう。

 ただでさえ言葉の足りない麻乃から、隠し事を引き出すのは恐ろしく難しいと思う。


(そのせいで麻乃が無理に覚醒を抑え込んでいるのだとしたら……)


 そのせいで起こる歪みが、こうして麻乃を不安定にさせているのなら、一日も早くそれを取り除いてやりたい。修治はいつでもそう思っているのに、どうしてやることが麻乃にとって一番いいのか、それが、わからないままでいた。



-----



 泉の森には、遺族のほかに蓮華(れんげ)の八人、軍の上層部や軍部で親しかった者、女神さまに仕えるとされる巫女たちが集まっている。

 泉の前で、一番巫女のシタラが葬送の祈りを始めた。森じゅうに巫女たちの鳴らす鈴の音と唱和(しょうわ)が響き、誰もが亡くなった者たちを思い、祈り続けている。


(俺たちは先に行きますけど、麻乃隊長はあとからゆっくり来てくださいよ)


 麻乃は柳堀で言われたことを思い出す。


(ごめんよ……みんなの言葉に甘えて、もう少しこっちで頑張るから。持てる力のすべてをかけて、この国を守り続けるから。だから、あたしが逝くそのときまで、そっちで待っててよね)


 風が頬を撫でて行く。その優しい感触が、まるで亡くなった仲間たちの手のように感じられて、麻乃の胸は締め付けられた。みんなはもう、この風を感じることも、温かい陽射しを浴びることもできない。それなのに自分だけが、こうして生きている。この罪深さを、麻乃は一生背負って生きて行くのだろう。


 泉の水面が陽の光を映して揺らめき、眩しさに目を細めた。相変わらず痛む腕をそっと撫でながら、目を閉じて唱和に耳を傾ける。やけに鈴の音が耳につき、麻乃は軽い目眩を覚えた。


 背後から感じる視線に、胸が苦しくなって息をするのも辛くなる。

 自分が隊長として、もっとしっかりしていれば……。


 葬儀のあと、麻乃と修治は遺族と少しだけ話をした。誰も二人を責めたりせず、戦士として選ばれたときからいつかこんな日が来ると思っていた。国を守り、先に逝ってしまったことも辛くはあるが誇りにも思う、と言う。


 遺族の優しさが、かえって麻乃の心を深く傷つけた。責められた方がまだ楽だったかもしれない。この優しさは、麻乃にとって何よりも重い十字架となって、肩にのしかかってくる。

 今にも涙が溢れそうで、こらえ切れずに下を向いていると、隣にいた修治に手を取られ、まだ人気の多い森をあとにした。


 一度、宿舎に戻って着替えを済ませてから、今度は資料を手に訓練所へ出かけた。

 昨夜、梁瀬(やなせ)が追加で寄こした資料を加えると、中央の分だけでかなりの量がある。合同葬儀で蓮華が全員、中央に集まっているせいで、予備隊は各詰所に待機に出ている。今回は訓練生だけを資料と突き合わせることにした。


 本当は手元の資料だけでさっさと決めてしまって、一日も早く部隊を立て直したい。けれど、ある程度の時間がかかっても妥協せずに自分の部隊に合った者を選ばなければ、あとあと麻乃と反りが合わなかったり、何か問題が起きてうまく機能しなかったりと困ることになる。


 残った隊員たちとの折り合いもあるので、選別には慎重にならざるを得ない。何人か、気になる訓練生と話をして、辺りが暗くなったのを潮に訓練所を出た。


「なんだかこう、ピンと来る子がいなかったなぁ……」


「訓練生はまだ経験も浅いからな。その分、鍛えがいがあって面白い変化を見せるかもしれないぞ」


「確かに、それはあるけどね」


 歩きながら、たった今会って来たばかりの訓練生の資料をもう一度眺めてみた。

 新しい仲間を選ぶということ。それは同時に、失った仲間たちの代わりを探すということでもある。麻乃の心は複雑だった。みんなの代わりなんて、本当はいるはずがない。でも、部隊を維持するためには、どうしても必要なことなのだ。


「一席だけ空けておいて、洸を待ってみたらどうだ? あれは絶対に印を受けるだろうよ」


「ダメダメ。洸は先が楽しみだけど、うちには無理だよ。修治か(たくみ)さんのところの方が合うんじゃない?」


「俺は反りが合わないよ。なんせ鴇汰にそっくりだからな」


「あたしなんか、最初の印象のせいか、反発されてばかりでどうにもならないよ」


 本当なら待ってでも欲しいタイプの戦士になるのに、麻乃も修治も持て余してしまい、苦笑するしかなかった。


「思ったより早く済んだな。飯でも食いに行くか?」


 修治に聞かれて鴇汰との約束を思い出し、腕時計に目をやると、七時を過ぎていた。


「いや。あたし、鴇汰と約束してるんだよね。こんな時間になっちゃったけど、急いで戻ってみるよ」


「なんだ、夕飯もか? あいつも随分と熱心に口説こうとしているみたいだが、おまえ、どうするつもりなんだ?」


 前を歩いていた修治が振り返って麻乃の目の前を塞ぐように立ち止まった。首を傾げて考えると、修治の目を見つめた。


「どうもこうも、あいつの態度は別にそんな意味じゃないよ。だいいち口説かれたこともないし、好きも嫌いも、そんな話だってしたこともないもん。単に身近に歳の近い女がいないから、あたしのことを構ってるだけだよ」


「俺にはそうは見えないがな」


「だって……それに……いや、とにかく、何もないよ。絶対にね」


 鴇汰の優しさはわかる。ただ、鴇汰はほかの女性にも優しい。麻乃に対してのそれは恋愛とは別の話だと、確信を持って言える。さすがにその理由を修治に話すわけにはいかないけれど……。

 なにしろ、そう思う根拠を共有しているのは、今のところ岱胡だけなんだから。


「なんだ? やけにキッパリ言い切るじゃないか。何か根拠でもあるのか?」


「別に……ただなんとなく」


 いぶかしげな表情で麻乃を見下ろしている修治の視線を避けるように、そっぽを向いて歩き出した。問い詰められて鴇汰のプライベートを迂闊に話すことなどあってはならない。


「なんとなく、か」


 修治が大きなため息をついたのを背中で聞きながら、麻乃は小さく唇を噛んだ。ため息をつきたいのはこっちの方だ。鴇汰のことも、自分自身のことも、うまく言葉にできないまま、どこにも落としどころがない。


「じゃあ、俺は梁瀬たちと何か食いに行って来るとするか。明日は昼前にこっちを発つから寝坊するなよ。車の準備ができたら、迎えに行く」


「わかった。早く寝るから大丈夫だよ。じゃあ明日ね」


 手を軽く振って修治と別れると、足を速めて宿舎に向かった。

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