第13話 師弟の憂慮
修治が裏口の引き戸に右手をかけながら、左手で脇差をつかんだのが目に入り、麻乃はますます気が重くなった。
手を伸ばし、そっと修治のシャツの背をつかむと、修治はわずかに顔を麻乃に向けた。
「少しだけ、さがっておけ」
言われたとおりに数歩さがると、それに合わせて修治は引き戸を開けた。修治が道場に一歩足を踏み入れたとたん、中からいくつもの打矢が飛んできた。なにか来るだろうと予測していたのか、修治はそれらを軽く払い落としている。
けれど、前方に集中していて、全体までは目が届いていなかったらしく、視界の端にいた師範がなにか大きなものを投げたところを見落としたようだ。
後ろから修治の脇をすり抜けて道場へ入ると、麻乃は脇差の柄を当て、飛んできたものを弾き落とした。
その瞬間、おおっ、と子供たちの歓声がわいた。
足元に落ちたのが槍だったのを見て、修治と二人、思わず顔を見合わせた。
「帰ってきたな、未熟者どもが」
「槍はないでしょう? 先生」
礼をして高田の前に正座すると、拾った槍を膝の前に置いた。
さすがに不機嫌になった修治の顔を見て、高田は豪快に笑った。
「活を入れてやっただけだ。腕が落ちたわけではないようだな。怪我も……大したことはないか?」
傷の具合を確かめるように、高田の手が麻乃の肩に触れた。その手は、あたたかかった。
そのまま促されて、奥の部屋へと入った。
「おとといは、ずいぶんな目にあったようだな」
改めて向かい合わせに座り、麻乃と修治を交互にみると、そう問いかけてきた。
「油断していました。いえ……侮っていたのかもしれません」
「時にはそんなこともある。戦闘に出る以上、命のやり取りは当たり前だが、慢心していると判断も鈍る。その判断次第でどうにでも転がるから、ああしておけばよかった、こうしておけば違ったのではないか、と、そんな気迷いも出るだろう」
その言葉に麻乃も修治も、静かにうなずいた。きっと高田はすでに、ロマジェリカ戦で多くの隊員が亡くなったことを知っているのだろう。
「それでもおまえたちは、迷っている暇はない。亡くした命の分までしっかりと立ち、次に備えなければならないのだからな。おまえたちの背負っているものは、それほどに大きい」
麻乃は高田の言葉を聞きながら、膝に置いた手をじっと見つめた。
言われていることはわかる。頭では理解している。
でも……。
麻乃自身が高田の言う通り未熟だからか、気持ちが追いついていかない。本当は今も、逝ってしまった隊員たちを思うと、どうしようもなく泣いてしまいたくなる。
また、ちりちりと左腕の火傷がうずき、苛立ちをおぼえた。
「――そういうことだ。わかったな、麻乃?」
呼ばれてハッと顔をあげた。
少しのあいだ、ぼんやりしていたせいで、途中から話を聞いていなかった。
「おまえたち、今日はここの手伝いをして、一晩泊まっていけ。修治は道場の掃除と修繕を手伝ってもらおうか。麻乃、おまえは子どもたちと演習に出てこい」
「えっ?」
驚いて高田をみた。
「せ、先生、あたしこれでも一応、怪我人なんですけど……まだ傷もふさがってないし……」
「む、そうか。それはハンデにちょうどいいな」
プッと吹き出した修治を、麻乃はきつく睨んだ。
「えっと……あの、それに実は紅華炎刀が……この間の戦闘で壊れて、修理に出さないと使いものには……」
「もう一刀、帯びているじゃないか。それは大丈夫なのだろう?」
つと刀に目をやってから、修治に目線を移した。
修治も困ったように自分の刀に視線を落としている。
麻乃も修治も言葉にできずに柄に触れてうつむいた。
「なんだ! はっきり言わんか!」
「はいっ! これは……抜けません!」
「抜けない? おまえまさか、それは炎魔刀の炎か?」
「……はい」
久しぶりに怒鳴られ、情けなくて顔をあげられずにいると、高田は修治に向かって問いかけた。
「そうすると、おまえのそれは、炎魔刀の獄か。そしてそれも抜けないのだな?」
「はっ……」
高田の、ふーっと大きなため息が聞こえた。
「おまえたち、抜けもしない刀を後生大事に帯びていてどうする。炎魔刀が麻乃の両親の残したものだということはわかっているがな。こう考えたことはないのか? もしも、その刀がちゃんと抜けて、おまえたちが二刀で戦っていたら、先だっての戦争で失った命はもっと少なかったのではないだろうか、と」
ずきんと胸が痛む。
あまりにも最もなことを言われ、返す言葉もない。
「まあ、いい。今さら言っても仕方のないことだ。まったく、おまえたちは未熟者のうえに大馬鹿ものだ。二人とも、炎魔刀は今日から当分ここに置いていけ。修治は月影刀のほかにも何刀か持っているな?」
「……はい」
「麻乃、おまえは近いうちに紅華炎を周防の爺さまに預けたら、適当に二、三本、見繕ってこい。今、爺さまのお孫さんが、結構な得物を打つらしい」
「わかりました」
「今日のところは脇差でいけ。うちの門弟たちはなかなかやるが、おまえの怪我とその得物でちょうどいいハンデになるだろう」
もう、それ以上の抵抗はあきらめて、麻乃は仕方なしに立ち上がった。
「麻乃、こいつも持っていけ」
「ありがと」
修治が投げてよこした脇差を受け取って、トボトボと部屋を出ると、もう道場の中は空っぽだった。
表門のほうからにぎやかな声が聞こえ、裏口から表門へ向かった。
どうやら演習に出るのは十歳以上の子どもたちらしく、人数はそう多くないようだ。
師範の塚本と市原が、子どもたちに色分けされた組み紐を配っている。
十一歳から上にいくごとに、赤、オレンジ、黄色、緑、紺色、水色とわけられていた。
演習では、組み紐を二の腕に巻き、決められた数だけ奪い合う。
奪われたものは、その時点で演習終了となり、演習後、ペナルティとして居残りで訓練をさせられる。
ノルマを達成できなかったときも同じだ。
(懐かしいな……)
思い返すと、麻乃も修治も一度だって居残りをしたことはない。
腕を組み、懐かしさに思いをはせていた麻乃の耳に、塚本のとんでもないノルマが飛び込んできた。
「今回は後ろにいる蓮華の藤川が相手だ。おまえたち全員が組み紐を奪われたら、藤川の勝ち。おまえたちのうちの誰でもいい。誰か一人でも、藤川の組み紐の一部でも奪ってくることができたら、おまえたちが勝ちだ」
「ちょっと! 塚本先生! なんですかそのノルマ!」
説明に驚き割って入ると、塚本は有無を言わさず麻乃の左腕に一番長い組み紐を巻き、小声で答えた。
「麻乃、高田先生がな、これで負けるようなことがあったら、今夜のメシは抜きだって言ってたぞ。うちの門弟たちはなかなかやるからな。怪我をハンデだと思って気を抜くと、足もとを掬われるぞ」
「夕飯抜きって……本気ですか?」
呆然としながら聞き返すと、塚本の向こうからヒソヒソと話す子どもたちの声が聞こえてきた。
「蓮華だっていうけど、手負いじゃんか。弱いんじゃねえの?」
「それにオバサンだぜ、オバサン!」
「俺たちよりチビだしな」
「全然、強そうじゃねえじゃんか」
「男のほうじゃなくてよかったな。楽勝かもよ」
それを聞いて、塚本が思い切り吹き出した。
見れば離れたところで、市原までニヤニヤと笑っているじゃないか。
あまりのことに呆然と立ちすくむ麻乃に、塚本がさらに追い打ちをかけてきた。
「あーあ……麻乃。おまえ、相当なめられてるなあ。強そうに見えないってよ」
(オバサンって言った? 修治のほうじゃなくてよかった? 楽勝だって?)
「二分後にスタートだ。時計を合わせろ。おまえたちが森に入ってから、十分後に藤川が入る。終了は四時間後だ。気合いを入れていけよ!」
全員が時計を合わせ、市原がスタートの合図に大太鼓を鳴らすと、子どもたちは一斉に森へと駆け込んでいった。
(言いたい放題、言ってくれやがって――)
麻乃は脇差を二本、腰の後ろでベルトに挟んだ。
「全部で何人ですか?」
「今日は五十二人だ。手加減は? なしでいくか?」
「やだなあ、塚本先生。あたし一応、大人ですよ。しかも怪我人ですもん、手は抜きますよ。でもまあ、しっかり勉強はさせてきますから」
フン、と鼻で笑う。
「格の違いってもんを教えてやろうじゃないの」
麻乃はそっと呟いた。




