第10話 修治の決意
麻乃が少しずつ言葉と感情を取り戻し、暮らしが戻りかけた頃、また高田が尋ねてきた。
今後、すべての責任を自分が負うので、麻乃を引き取らせてほしい、と高田は申し出てきたのだ。
けれど、修治の両親は強くそれに反対した。
三人がずいぶんと長い時間をかけて話し合った結果、麻乃はこのまま修治の家で暮らすことになった。
程なくして、蓮華を引退した高田は、修治と麻乃の通う道場へ師範としてやってくることになった。
修治の両親は、表立って反対はしなくても、麻乃だけでなく修治が戦士を目指すことにも良い顔を見せなかった。
それでも、修治も麻乃も高田の下で今まで以上の訓練を続けて腕を上げ、ついに二人とも蓮華の印を受けた。最後には両親も折れて、今では戦士として生きていくことを認めてくれている。
「浅はかだったんだよ。実戦を知らなかった俺たちは、手負いの方が厄介だってことを知らなかった。おまけに訓練とは違う、打ち倒すことと本当に倒す――命を奪うということの違いも。ガキのうぬぼれが、取り返しのつかない結果を招いたんだ」
修治の胸には、今でもあの日の後悔が重くのしかかっている。もしも自分がもっと冷静に判断していたら、もしも演習を抜け出したりしなかったら、麻乃の両親は死なずに済んだかもしれない。
両手で顔を覆い、ため息をついたとき、梁瀬は修治の顔を覗き込むようにして問いかけてきた。
「麻乃さん、泉翔人にしては髪が赤茶だけど、瞳は黒いよね? 古い文献で鬼神の記述を読んだことがあるけど、髪も瞳も紅いって書いてあったよ。だから僕は今まで、そうかもしれないと思いながらも確証を持てずにいたんだけど」
「ああ。一時的だったから、目を覚ましたら覚醒したときのすべてを忘れていた。髪は薄っすら色が変わっていたが、瞳は黒に戻っていた。それから今までは、あの通りだ」
「じゃあ、もう鬼神として目覚めることはない?」
「いや、時が来れば必ず覚醒はするそうなんだ。ただ、そのときの状態が安定していれば今と変わらないまま。万が一……不安定な精神状態で覚醒すると、敵も味方もない。文献と同じで麻乃は本当に鬼になる」
それを聞いて、梁瀬は腕組みをして唸った。
「あの腕前で敵方に回られたら、僕ら束になっても抑えられないんじゃ……」
「そのときは、俺が刺し違えてでも止める。そのために常に麻乃の前を行くように鍛えてきたんだ。あの日から俺はそう決めて生きてきた。いつでも麻乃が安定していられるように……ずっとそばにいてやれるようにな」
修治の決意は、恋愛感情とは異なる場所から来ている。それは家族への愛、守るべき者への責任感から生まれた、静かで揺るぎない意志だった。
梁瀬が思い出したように、あっ、と声を上げた。
「さっきの責任云々って、そこから来てるんだ? じゃあ、やっぱり一緒になるってこと?」
その言葉を聞いて、修治は少しだけ笑みを浮かべると、そのままグラスを一気に飲み干した。
「それはないな。そりゃあ、俺たちの間になにもなかったとは言わない。そういう意味でずっと一緒にいてもいいと思ったこともあった」
「……うん」
「でも結局、一緒に育ってきた時間が長すぎて、恋だの愛だのっていうよりは家族として互いを思い合っていると、俺も麻乃も気づいてしまったんだ」
なにもないまま、そのまま歩いて来られたらよかった。
八年前に想いが通じてから、たった二年のうちに、二人ともが同じことに気づいてしまった。修治にとって麻乃は、血の繋がりこそないものの、兄妹のような、家族のような存在だった。
なにをどう伝えたら良いのかわからずにいた修治に、終わりを告げてきたのは麻乃の方だった。
だからといって二人の間は変わることもなく、それからもずっと、誰よりも一番近い場所で、誰よりも大切な家族としてそばにい続けている。
「そうかぁ……だから二人とも、いつも微妙な雰囲気だったんだ」
「言っておくが、あんただから話したんだ。他言は無用だぞ」
「僕は話さないよ。麻乃さんもそんな話、自分からはもちろん聞かれてもしないだろうし。でも、なにか事情があるってことは気づいていると思うよ。巧さんは特に、ね」
「ったく……あんたは本当に食えない親父だよ」
「だてに場数は踏んでないからねぇ」
思わず呆れて笑った。ふふっと梁瀬も意味深に笑う。
梁瀬に話したことで、少しだけ気持ちが楽になった気がする。罪悪感から逃れたかっただけなのか、それとも本当に楽になったのか、修治自身にもわからなかった。
修治は、ぎゅっと握った拳を口元に持っていくと、数分の間、考えてから梁瀬に告げた。
「俺は今日、あんなに隊員を亡くして、その後倒れた麻乃が妙に気になる。なにもないと思うんだが、謹慎の間、少し宿舎を離れて西区の自宅に戻るつもりだ。その間、こっちとの連絡や資料のやり取りを頼めないだろうか?」
「それはもちろん構わないよ。でもあれだ。二人が一緒に帰るとなると、また騒ぐだろうね」
「……鴇汰の奴か? 越えてこられるなら、その先を考えてやってもいいさ。生半可な奴に麻乃は預けられないからな」
修治を乗り越えられるだけの相手でなければ、麻乃を渡すつもりはない。
近づく相手は誰であろうと牽制してきた。
それが仲間であっても同じだ。
「修治さんも、鬼の口だねぇ」
「明日、麻乃の様子を見て、明後日には帰るつもりだ。後のこと、よろしく頼む」
立ち上がり頭を下げると、梁瀬は黙って頷き、軽く修治の背中を叩いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ここで、修治のイメージイラストを入れてみました。
引き続き、この先もお付き合いいただければ幸いです。




