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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 暗黙

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第100話 深夜の帰還

 中央へ行ったきり、二日経ったのに高田(たかだ)が戻ってこない。


 麻乃(あさの)の部隊の連中もイナミの言葉が気になるのか、入れ替わり立ち替わりで頻繁に道場へ顔を出してくる。

 そのたびに、高田がまだ戻らない旨を伝え、やつらはひどくがっかりした様子で詰所へと戻っていく。


「戻り次第、伝えに行くと言ってあるのに、やつらも相当に気にしているようだな」


 今も、顔を出した麻乃の隊員に同様の答えを返し、とぼとぼと戻っていく後姿を見送りながら塚本(つかもと)が呟いた。


「まったく……ああも熱心に来られると、なにもしてやれないこっちが切なくなるなぁ」


「先生も、なんの連絡もよこさないなんて、これまでなかっただろう? なにかよほどのことでもあったんだろうか?」


「冗談じゃないぞ。縁起でもないことを言うなよ……」


 子どもたちの様子を見ながらも、ふとした瞬間に嫌な考えが頭をよぎる。

 振り払おうとしても、どうしても頭の片隅に残って離れない。


 背後から、昼食の準備ができたと呼ぶ声が聞こえた。

 多香子(たかこ)の調子もずいぶんと良くなったけれど、無理をさせられないからと、修治(しゅうじ)の母親が食事の支度を手伝いに来ていた。


 市原と塚本がいるとは言え、夜に女手があったほうが安心だから、今は修治の実家で多香子の寝泊りもさせてもらっている。


 悪戯に心配させるわけにもいかず、夜になるまでは当たり障りのない会話で、塚本と二人、たえるしかなかった。


 その夜も、塚本とともに道場で色々と話をしていた。

 深夜一時を回ってうとうとしかけたころ、表で車のエンジン音が聞こえてあわてて飛び起きた。


 裏口から外へ出ると、ひどく疲れた様子の高田と一緒に、憮然とした表情の尾形(おがた)加賀野(かがの)が車からおりてくる。

 あまりにも重苦しい雰囲気に、声をかけられず立ち尽くしていると、加賀野がこちらに気づいた。


「おまえたち、こんな時間だというのに、まだ起きていたのか?」


 そう言って加賀野は表情を緩めた。


「ご無沙汰しています。先生が出かけられたきりでしたので……今日はお揃いで、どうかされたんですか?」


「どうもこうも久しぶりだしな。今日はこれから少しばかり飲むぞ。ちょうどいいからおまえたちもつき合え」


 加賀野はかかげた袋を塚本へ押しつけ、豪快に笑う。

 それを横で見ていた高田が手招きをした。


「二人とも、多香子はどうしている?」


「だいぶ調子は良くなったのですが、なにかあったときに俺たちでは対応できないと思って、修治の実家で寝泊りをさせてもらっています」


「そうか……」


 ほっとした高田のため息が、やけに大きく聞こえた。


「市原、尾形さんと加賀野を客間へ案内してくれないか。塚本、手間をかけるが、詰所へ行って小坂(こさか)杉山(すぎやま)、それから豊浦(とようら)……いや、大石(おおいし)の三人を呼んできてくれ」


「今から、ですか?」


「こんな時間だができるだけ速やかに、ほかのものまで出てきて大騒ぎになっても困る」


 その言葉に、尾形と加賀野を案内しながら思わず二人を振り返ると、塚本の視線が市原を向いた。

 不安が目にあらわれているのがわかり、市原が小さくうなずくと、塚本は一度、ゆっくりと瞬きをしてから、高田のいうとおり詰所へ向かった。


(三人だけ……しかもこんな深夜に呼び出すなんて……本当によほどのことがあったとしか思えないじゃないか)


 二人を客間へ案内し、まずは盃だけ先に出した。

 塚本が戻るまでは、大したことは話さないだろうと思い、調理場でつまみの類を準備に取りかかる。


 全員が揃うまでのあいだ、昔話でもしているのか、時折、加賀野の笑い声が聞こえてくる。

 なにを話しているのかまではわからないけれど、屈託のない笑い声に、つい市原も口もとが緩む。


 こうしていると、本当にただ、高田のもとに旧友が寄っただけに見えるが――。


 ここへ戻ってきたときの三人の表情で、嫌な話であることはわかってしまった。

 海岸へあわてふためいてあらわれたイナミの姿……それに小坂たち古株、しかも三人だけを呼び出すほどの、一体、なにが起こったというんだろうか。

 調理を済ませ、それを運んでから、火の始末にもう一度、調理場へ戻ってきた。


 市原は料理がどちらかというと苦手だった。

 ここに師範として通うようになってから、その腕前はすこぶる上達した。


 多香子の教えもあってのおかげだけれど、その原因は麻乃だ。

 口にするものは自分でなんとかしないといけないと、早いうちに学習できた。


「まったく……今ごろ、麻乃のやつはどうしているんだか」


 つい、独り言が口をつく。答えの出ない問いを頭の端に追いやり、さっさと火の始末を済ませると、客間へ戻った。



---



 塚本は重い気分で詰所まできた。西詰所が、あまりにも様変わりをしていて驚いた。

 ちょっと前までは、自分たちが使っていたころと変わらず古い建物だったのが、増築、改装が成され、すっかり綺麗になっている。


 麻乃のやつが西詰所に常任になると聞いてから、突貫で工事が入ったという話は知っていたけれど、ここまで変わっているとは思わなかった。

 入り口を開けて中へ入ると、まずは談話室へ顔を出してみることにした。


 まだ起きて談話室に残っていた中に、ちょうど大石の顔を見つけ、手招きをして呼び出す。

 廊下では誰に見られるともかぎらない。

 一番近くにあった会議室へ入った。


「おまえがここにいてくれて助かったよ」


「こんな時間に……まさか、あのことで、なにかわかったんですか!」


 大石が声を張ってつかみかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。


「まぁ、落ち着け。つい今しがたな、高田先生が戻られた。おまえと小坂、杉山を呼んでこいと言われてな」


「三人だけですか?」


「あまり大ごとにしたくないそうだ。二人だけ、呼び出して来られるか?」


「ええ、ちょうど二人は同室ですから、ほかのやつらには気づかれません。すぐに呼んできます!」


 大石が会議室のドアを思いきり開き、駆け出していこうとしたのをあわてて止めると、落ち着いて行動するようたしなめた。


 十分ほど待って揃った三人を静かに連れ出し、塚本は道場へ戻った。

 車の中で、小坂あたりがいろいろと聞いてくるかと思っていた。

 それが、誰一人として口を開かず押し黙っている。


 塚本も嫌な予感はしているが、三人が心配する気持ちも相当に大きいのだろう。

 そう思うと少しばかりかわいそうな気がした。自分とて、同じことだ。

 道場の前まで来ると、エンジン音に気づいたのか、市原が待っていた。


「早かったな」


「ああ。大石のやつが談話室にいてな、二人もすぐに呼んで来られる状況だった」


「そうか。まぁ、とりあえず中へ入れ」


 市原にうながされてあとをついて行く三人は、緊張のせいもあってか、顔色が悪い。

 裏口のドアを開けた途端、奥からにぎやかな声が聞こえた。


「先生、三人が着きました」


 客間に入ると、もう高田たちは飲み始めていたけれど、全員が揃った途端、さっきまでのにぎやかさが消え、部屋中が緊張した空気で満ちた。


「こんな時間にすまないな。明日でも良かったのだが、少々、時間がなくてな」


「いえ、俺たちのほうは大丈夫です」


 高田の言葉に小坂が答えた。


「こちらは尾形さんと加賀野だ。顔くらいは知っているだろうが、二人とも元蓮華でな。尾形さんのほうは修治と豊穣(ほうじょう)()に出ている長谷川(はせがわ)くんの師範だ」


 小坂たちに二人を紹介してから、今度は尾形たちに向かって三人を紹介する。


「この三人が、麻乃の隊の者です。あれが隊を持ったときからずっと一緒にやっています」


 軽く頭をさげて挨拶をした小坂たちに、尾形は、そう緊張するな、と言い含めて笑ってみせてから、三人に静かに問いかけた。


「自分たちが呼ばれた理由の、見当はついているな?」


「はい。出航の日、イナミさまが海岸にいらしたときに、その場におりましたので」


「ただ……なぜ、自分たちだけが呼ばれたのか、それがわかりません」


 小坂と杉山は尾形にそう答えると、不安気な顔で高田を見つめた。


「麻乃の隊で最初から残っているやつらの中だと、おまえたちはそれなりに歳も上だ。豊浦や矢萩(やはぎ)でもよかったのだが、あいつらでは若過ぎる」


「おまえたちなら冷静に判断ができるだろうと、高田はそう考えたんだよ」


 高田の言葉のあとを、加賀野が引き継いだ。

 確かに、三人は麻乃の隊の中でもほかのものより落ち着いていると塚本も思う。

 それに恐らく、一番、麻乃に近いだろう。


「本当なら長田くんの隊の者たちも含めて全員を呼び、話すのが良いのだろうが、今は時間もなければ情報も少ない。まずはおまえたちに、確実にわかっていることだけを話しておこうと思ってな」


「それにおまえたちは、誰よりも先に知っておかなければならない事情がある。わかっているな?」


 尾形が一人一人の顔をしっかりと見すえながら確認するような口調で言った。

 隣に座った大石が、ごくりと唾を呑む音が聞こえ、塚本もついこぶしを強く握り締めた。


 考えていた以上に緊張していることを、手に滲んだ汗で思い知らされる。

 不意に左の肩甲骨あたりが痺れるように痛んだ。

 つと視線を上げると、脇腹の辺りをさすっている市原の視線とぶつかった。互いになにも言わなかった。

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